伊田よしのり・2023-12-27
ねるねるねるね
魔女
お菓子
子供の時、練れば練るほど色が変わって、こうやってつけて食べた。
大人になってからは、色が変わらなくなってしまった。ブラウン管の魔女も消えてしまった。
あの時の色も、忘れてしまった。
もう十分練ったので、それ以上は色が変わらなくなった、ねるねるねるね。
君はまだ練り続けている。
もう色が変わらないことに、気付かないふりをして。
これから色が変わることに、期待するふりをして。
ぼんやりした頭で、袋を開けて、トレーに粉を入れた。水を加えて、混ぜ合わせた。すると、あの頃の思い出が、忘れていた色が蘇って、私の目からキャンディチップがこぼれ落ちた。
練っても練っても、
私の心の空隙は埋まらない。
明日も私は練り続ける。
もう一度あの魔女に会うために。
信じがたいことだが、私がねるねるねるねを練っているのではなく、逆に、ねるねるねるねが私を練っているのだという。
それを知って、私は怖くなった。
しかし、もう引き返すことはできない。
あの魔女が、また夢に現れた。
魔女はいつもどおり、妖しく笑った。
そして、ねるねるねるねを作って、口に運んだ。
暗転した次の瞬間、電飾が光り輝き、シンセサイザーが鳴り響いた。
そこで僕は目を覚ました。
今は2024年、大丈夫、あの魔女はもう存在しないのだ。
聞いた話によると、
Windows 98 のパソコンで書かれた、ネルネに関する報告書が、
インターネットのどこかに、今も存在しているのだという。
しかし、私はその存在を知らない。
あの魔女は、今はインターネットに住処をかえて、人々の心の中に、存在し続けている。
はじめ、人々は魔女を歓迎した。
しかし、魔女の魔法が思ったほどは役に立たないことが分かると、しだいに人々は魔女を疎むようになった。
魔女は人里を離れ、一人で研究に没頭した。
そして、ねるねるねるねが誕生した。
乱暴に練れば
楽しいけど疲れる夢を
丁寧に練れば
退屈だけど満たされる夢を
ねるねるねるねは
見させてくれる
どちらを選ぶかは
あなた次第だ
その日の気分によって
練り分ければいい
どうせ変わってしまう色ならば
はじめから練らなかったのに。
明日のことは分からない。
僕は明るい未来を想像するけど、
それは予測ではなく、
ただの願望だ。
未来の色を予測してみたい。
そんな叶わぬ願いを込めて、
人はねるねるねるねを練るのかもしれない。
今でこそ、結婚式のお菓子の定番といえばねるねるねるねだが、
昔、ねるねるねるねは不適切とされる時代があったのだ。
それは、色が変わる様子が、二人の「関係の変化」、すなわち「離婚」を連想させたからだと、いわれている。
もっとも、今ではそんな迷信は誰も信じない。
ねるねるねるねは、多様性の時代を象徴した、サイバー菓子なのだ。
もうすぐひな祭り。
近年は、ジェンダーフリーやSDGsというのがあるので、「ひな祭りは女の子のためのもの」という価値観は昔のものとなった。
お菓子についても、「ひな祭りといえばひなあられ」だが、これももう古いのだという。
ある家庭では、ひな祭りにねるねるねるねを作るのだそうだ。
たしかに、ひなあられとねるねるねるねの色は、似ているような気もする。
春は、出会いと別れの季節。
そんな時期には、ねるねるねるねがよく似合う。
色を変えたくなければ、練らなければいい。
しかし、あなたが望まなくても、時間はあなたの色を変えてしまうだろう。
バレンタイン
なんて言ってお菓子渡そう