私には推しがいる。いくら崇拝しても足りないくらい尊い存在の推しだ。
「俺ぇ、好きな人できたかもしんね」
いつものように、ざわめく教室で席に座りながら彼と談笑していると、唐突にそれは降ってきた。
推しには推しができたらしい。
それはとても喜ばしいことで、今宵は彼の為に赤飯でも炊いて盛大に祝わなければならないことで。
だから私は満面の笑みで推しの推しについて話を聞いた。
「そうなんだ! どんな子? 私の知ってる子?」
才色兼備。大和撫子。推しの推しはとても清楚で美人で綺麗な人だった。
こういうタイプが好きなんだ。知らないことが知れて嬉しいな。
友達は私の心中を心配してたけど、私はただ推しを推しているだけで、失恋しただなんて微塵も感じていないのに。
大丈夫? って何が?
私の方が可愛いよって?
意味わかんない。そっちが勝手に押し付けてるだけのくせに。
だから私は惚気たよ。だって推しの推しの話が聞けるなんて最高じゃん。私も全力で推したよね。
彼から推しの話を聞く度に嬉しくなって、楽しくなって、にこにこしちゃう。そんな毎日。
そう、毎日。月曜日から金曜日まで。彼女に会えると嬉しいんだって。彼女と話すとドキドキするんだって。彼女に触れると心臓が止まるんだって。
私、それは知らないな。
私の知らない彼がどんどん構成されていく。それはとても喜ばしいことで、これから先も未来永劫、隣で見ていたいわけで。
卒業しても、大人になっても結婚しても。彼の生き様を隣で見ていたいわけで。
それってファンの極みじゃん。最推しじゃん。まじ神じゃん。
ああ、彼は私の神様なんだなぁ。
思った瞬間、目頭が熱くなる。
私、知らなかったんだ。本当にただひたすらに彼を推していただけで、本当に、本当に。
私が誰よりも彼を推していたのに。私が誰よりも先に彼を推していたのに。どうして私じゃないんだろうなんて、思ったらいけないのに。
「才色兼備なんかに勝てるわけないじゃん……」
苦しい。
「ていうか、そういうのがタイプなら最初から言ってよね」
私今、どんな表情(かお)してる?
もやもやの雨が降り注ぐ。台風が接近してる。
誰か止めて。雨を、風を、雷を。
推しが推しが私の推しが好きな人ができたかもしんねってだから私私私私しししし全力で応援しようって思って毎日毎日話を聞いてきたんだよ。
心臓が止まるってなんだよ本当に止まってたらしんでんじゃん。
比喩表現?
ばかみたい。そんなん私なんて毎日止まってるっつうの。
彼の知らない一面が見れて嬉しいって思ってた。彼が好きになった人なら応援しなきゃって、最初はね、本当に思ってた。
だけどそんなの苦しいだけだって気付いたよ。気付いたから苦しいんだ。
こんなに苦しいなら気付きたくなかったよ。純粋にいつまでも応援したかった。
だけどごめんね。私むりだ。応援できそうにない。
私に会えると嬉しいんだって。私と話すとドキドキするんだって。私に触れると心臓が止まるんだって。
言われたい。
言われたい。
私だけが嬉しいの。私だけがドキドキする。私だけが心臓が止まって。私だけ、私だけ。
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
私だけなのねえなんで?
「あのね、私も好きな人ができたんだ」
キラキラと瞳を輝かせながら、彼が相手を知りたがるから。
私は前方を指差すの。
私には推しがいる。いくら崇拝しても足りないくらい尊い存在の推しだ。