書くとココロが軽くなる
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朝七時二十五分。会社に行くついでにごみを出す。
朝七時二十六分。自転車に乗って駅に向かう。
朝七時二十七分。彼女の隣に住む住人がごみを回収する。


部屋に戻ると私はごみ袋を開けて中身を物色した。残飯は透明の袋に入っているから汚くないし、そんなに量も多くない。
使用済みのナプキンが入ったビニール袋を見つけると、先月よりも早くきたんだと思いノートに記録する。
今週は魚を食べたようで、魚の骨が透明の袋に入っていた。
通販で買ったであろう茶色い袋に水道代のお知らせの紙。値段を見た私は駄目じゃないか、と困り顔になってみせる。
前回よりも値段が上がっていた。これは由々しき事態だよ。
最近はスーパーも値上がりしているんだから、こういうところから節約していかないと。


一通り中身を物色すると、新しいごみ袋にそれらを入れてごみに出した。
同じアパートの住人におはようございますと挨拶された私は、おはようございますと言いながら、さも自分のごみを出しにきたかのようにしれっとそこに置いていた。


彼女が隣に越してきてもうすぐ一年が経つ。
私は初めて彼女を目にした瞬間から心に決めたのだ。彼女の全てを知りたいと。
毎朝何時何分に家を出て、何時何分に帰ってくるのか。
自転車の空気が抜けていれば、私が代わりに空気を入れてあげたりもした。
置き配達の荷物が雨で濡れそうな時は、そっとビニール傘を添えて荷物が濡れないように守ったりもした。
そして彼女は思うのだ。


宅配便さん、雨で荷物が濡れないように傘を差してくれるなんて心遣い、ありがとうございます。


いいんだよ。気にしないで。私が守りたくてやったことだからね。
洗濯物だってそうだ。雨に濡れないように私が傘を差していた。
そして彼女は思うのだ。


良かった、雨に濡れてない。ラッキー。


いいんだよ。気にしないで。私が守りたくてやったことだからね。


あれ、洗濯物、中に入れないんですか?


なんということだろう。同じアパートの住人に、彼女の洗濯物が雨に濡れないように私が傘を差しているところを見つかってしまった。
私は突然のアクシデントに弱いんだ。なんと返せばいいのか分からず、日本語が話せなくなってしまう。
すると、あ……とか、うう……とか唸る私に、そういえばと追い討ちをかけられた。


そこって(私の苗字)さんの家じゃないですよね?
どうして(彼女の苗字)さんの家の洗濯物に傘を差しているんですか?


私と彼女の触れてはいけない領域にズカズカと土足で入り込む同じアパートの住人に、私は返す言葉もない。
いつまで経ってもまともな日本語を話さない私を見て、スマホを手にする同じアパートの住人。
もしかして警察に通報しようとしているのだろうか。それはまずい。通報なんてされてしまったら、私と彼女の関係が終わってしまう。
彼女が越してきた当初以来、挨拶すらしてこなかったんだ。
それは私が彼女を避けていたからで、これは私の存在を知らしめることなく今まで築き上げてきた関係なんだ。
それがただ同じアパートの住人ってだけの、ぺらっぺらの紙よりも薄い関係の奴に、壊されてたまるかよ。


違いますよね。不法侵入なんかじゃないですよね。ちゃんと(彼女の苗字)さんの許可を得て、そこにいるんですよね。


これが最後のチャンスと言わんばかりに同じアパートの住人に問い詰められた私は咄嗟に、これはボランティアですと答えていた。


あの日から半年が過ぎた頃。私の家のインターフォンが鳴った。
どちら様ですかとドアを開ければ、隣に越してきたという若い女性を見て、私は彼女の全てを知りたいと思ったんだ。

真鶴。🐰・2025-02-16
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