書くとココロが軽くなる
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いらっしゃいませと、今日も私は接客をする。お客様からお荷物をお預かりして発送するお仕事だ。
小さなショルダーバックからボールペンとメジャーを取り、荷物の大きさを測っていると、カウンターを挟んだ向こう側にいるお客様がこう言った。

「せいりなの?」
「え?」

脳内ですぐに漢字変換できなかった所為で、聞かれている質問の意味がわからなかった私は、頭の中でたったいま言われた言葉を復唱する。

せいりなの?
整理なの?
生理なの?

もしかして、と私は思う。
もしかしていま、私はお客様にセクハラを受けたのだろうか。
しかしである。どうして急にそんな発言をしたのだろうと考える。確かにいま、小さなショルダーバックの中には生理用品の入ったポーチが入っているが、しかしである。お客様と私の間には、カウンターという仕切りがあるわけで、私のショルダーバックの中身がお客様から見えるはずがないわけで。
お客様、お客様。セクハラですか?
店内には防犯カメラがありますが、ご覧になりますか?
そこまで考えて我に返る。

しまった、接客中だった。こんなに無言を貫いていては、不審がられてしまうだろう。
私はお客様のセクハラを無視して伝票に荷物の大きさを記入した。

「こちらが控えになります」

控えの伝票を渡すと、無言で踵を返しドアを開けて帰っていくお客様。
いったいあの発言はなんだったんだろう。
上長に報告すべきか悩んだが、もう帰してしまったのでわざわざ報告しなくてもいいかと自分の中だけに留めておくことにした。

退勤時間になり、外階段を降りていると、さっきのお客様が店の外にいて足が止まる。出入口はそこにしかないのでそこにいられると私が帰れない。やはり上長に報告しようか。
だが、こちらに実害がない以上、お客様が店の外にいるというだけで騒ぎたてるのもどうだろうか。
まるで警察のような考えに、私は首を横に振る。これではストーカー被害に遭った女性が警察に相談するも、実害がないんじゃ動けないと言い訳をする警察と同じじゃないか。
なにかあってからでは遅いのだ。勘違いであるならそれでいいだろう。
私は上長に報告すると、一緒に外までついてきてもらうことにした。

もう一度、外階段を降りていくと、お客様はいなかった。

「いないみたいだけど……どうする、送っていこうか?」

車で送ってもらえれば確かに安心だ。だけど私ひとりのためにそこまでしてもらうのはなんだか気が引ける。

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

さっきあそこにいたのはたまたまで、もうとっくに帰っているのかもしれないし、そもそもあれから何時間経ってると思ってるの。流石にこの寒い中ずっといないでしょう。
大丈夫、気の所為だ。
思えば思うほど私の心臓は鼓動を強く打っていた。いつの間にか足早になってしまう。最後は走っていたかもしれない。家に着く頃には肩で息をしていた。

それからというもの。私は毎日、震えながら生活をしていた。
今日も何処かで私を待ち伏せしているのかもしれないという恐怖が、頭の奥にこびりついて消えてくれない。
そんなはずがないのに、私はどうしてたった一言聞かれただけで、こんなにも怯えているのだろうか。どうしてたった一言。

「せいりなの?」

それだけで……。

怖い、怖い、コワイ。他人からの視線が怖いよぉ。
誰も私をみないで。私を視界に入れないで。

「大丈夫? 送ろうか?」

心配して声をかけてくれる上長に私は泣きながら、大丈夫です、大丈夫です、と言うことしかできなくて。
監視カメラをみた上長は、お客様がなにを言っているのかまでは聞き取れていなかったけど、これは立派なセクハラだと、あってはならないことだと声を大にして言ってくれた。
私があの時すぐに報告していれば。私があの時外階段でお客様をみかけなければ。もしかしたらこうはなっていなかったのかもしれない。
そんな未来を想像しては、たらればなんていまさらだとまた涙した。
もしかしたら私の聞き間違いだったのかもしれない。そんなこと、最初から言っていなかったのかもしれない。そうであればよかったのに、いまさらあれは私の勘違いだったなんて、私は私を誤魔化せないところまできてしまった。

上長、ごめんなさい。あの時自分の中だけに留めておいてごめんなさい。報連相が大切だって、こういうことだったんだ。

そうやって、今日もまた私のような被害者が増えていく。

真鶴。🐰・2025-02-22
報連相
お客様
セクハラ
たられば
ss