「私について」
※とてつもなく長文
でも頑張って書いたから
暇な時見てくれたらうれし
私は2008年3月27日に生まれた
普通の女の子だった
いや、その頃から違ったのかな
家は祖母と祖父と母と父と兄と私の
6人暮らしだった、家も大きかった
でも父は、暴力を振る人だった。
母と兄に茶碗を投げたり、殴ったり
そんなことをしていたらしい
私は赤ん坊だったから
祖母に守られていたらしい
結果、母と父は離婚した
離婚の話の時は祖母が二人の間に入り
全力で暴力などを阻止したらしい
そして母と私と兄は
追い出されるように家を出た
引っ越した先はアパートで
元の家からは結構離れていた
引っ越してすぐの頃
母はストレスや、解放感で旅行などに
お金を沢山使うようになった
お金はたくさんあったので
その時点ではなんの問題もなかった
そしてそんな落ち着いてきた生活で
母の様子が少し変わった
私がまだ2、3歳の頃から
怒る時に暴力を振るようになった
茶碗を割ってしまったら怒鳴り叩くなど
兄とは6つ歳が離れていて
私が小学校に入ると
兄は中学校に上がった
すると、兄が段々暴力的になった
元々、いじめてきたりはあったが
明らかに酷くなっていた。
私はそれからふたりに
暴力を振られる日々が続いた。
母は段々仕事場に慣れてきたので
帰りが遅くなる日が増えて行った
そのため参観日はあんまり行けなかった
朝の7時から夜の8時近くまで
仕事をするようになった
私は少し寂しさを覚えた
それと同時に嬉しさを覚えた
家で私は、兄の言う通りに動いた
命令に従わなかったら
殴られたり、蹴られたり
閉じ込められたりした
酷い時は鼻血なども出た
閉じ込められるのは
主に狭いトイレや風呂場
電気を消され、ドアを締められ
電気を付けたりドアを開けたりすると
暴力を振るわれた
私は暗所恐怖症だったため
とても怖かったのを覚えている
なにもできず、ただ泣き叫んで
兄の飽きがくるまでずっと我慢した
20分ぐらい閉じ込められて
やっと出してくれても
少し経ったらすぐ遊ばれる
隙をついて外に逃げたこともあった
でもその時はすぐ捕まって帰らされた
人通りも少なくて
誰も気づいてくれなかった
兄は笑った。いつもそうだ
私をいじめるとき、殴る時
閉じ込めて出した時
とても面白そうに笑っている
私は逃げれないと実感した。
母が帰ってきて
兄が逃げたことをチクると
私が笑われ怒られてしまった
大人からは逃げられない
家族だから逃げられない
それが突きつけられた気分だった
それから私はよく寝るようになった
朝、昼、夜、関係なしに逃げるために
寝たら夢の中に行ける
寝たらなんも感じない
寝たら痛くない
そう言い聞かせて必死に寝た
すると兄は10分殴ったり
蹴ったりするだけで
部屋に戻るようになった
それでも辛く、痛かったが
何十分何時間も遊ばれるよりマシだった
でもその影響から学校で寝るようなった
そのため体内時計が狂いやすくなって
遅刻なども増えていった
それが小学二年生ぐらいだった
そして小学三年生ぐらいから
段々、皆に遅れをとるようになって
分からない問題が増え
友達に、バカにされたり
先生にも、飽きれられたり
見放されるようになった
そして私はよく笑うようになった
それは家でも学校でも
笑っていればみんなの機嫌を
損ねないで済むって
笑っていればいい子で素直な子って
思ってくれるって
何に対しても怒らず、優しく答えた
私は行動や言動の知識も少なく
母から学ぶことと言うと
暴力などだったので
アニメやドラマや映画の
喋り方や行動を真似たりもしていた
でもそのせいか学校で「ぶりっ子」と
言われるようになった
別にそんな気はないし
そんな暇などない
ただ、男子のからかいが多いから
よく関わってただけであって
そんな気はないのに
陰口や悪口を言われるようになった
一方母も日に日に機嫌が悪くなった
というのも私が兄の事をチクったり
兄が文句を沢山言ったりするからだ
だから母の暴力も酷くなっていた
冬でも髪を引っ張って外に出してきたり
叩いたり殴ったり蹴ったり怒鳴ったり
存在を否定したり
「聞いてんのかって言ってんだよ」
「舐めんのもええかげんにせーよ」
毎日のように家では怒鳴り声が響き
耳を塞いでも、塞いでも
聞こえてくるのは汚い声ばかりだった
私は母の帰りが遅くて寂しかった
その寂しさからぬいぐるみに話かけたり
空想の友達を作ったりするくらいだった
朝から夜まで兄の暴力などに耐えて
やっと帰ってきて嬉しくても
すぐ機嫌が悪くなって
私に強く当ったりしてくる
私は甘えれなかった
少し機嫌がよくて遊んでくれても
そんなの五分ぐらい
嬉しくてつい足が母に当たってしまって
また機嫌を損ねて叩かれて離れてく
一瞬の楽しみが
私にはとても苦しかった
そしてある日先生に聞かれた
「この痣どうしたの」
私は普通のことだと思っていたから
素直に答えた、兄のこと、母のこと
先生は悲しそうな目で私を見た
私はその目がたまらなく嬉しかった
心配してくれてる
本当の私を見てくれている
私は話してるうちに笑みが溢れた
きっとそれさえも
可哀想に見えたのだろうな
純粋に笑いながら
「うん!よく殴られたりするの!」って
そんな私を思ってか
先生は母にそれを伝えてしまった
家に帰っていつも通り
兄に遊ばれていると母が帰ってきた
なぜかそこだけ思い出せないが
とても痛く、怖かったのは覚えてる
でもきっと忘れたかったんだと思う
先生に言われるままに相談しただけなのに
怒られて、怒鳴られて、叩かれて
どうしてそんなことを言うのか
きっとわからなかったんだと思う
「迷惑」という言葉
「最低」という言葉が
私は学んだ、そして私は後悔した
次の日先生に相談はするけど
母には言わないでって約束した
そして小学四年生になった
ひとつ分かったことがあった
それは兄がADHDだってこと
ADHDとは発達障害で
感情のコントロールが難しく
暴力などを振ってしまうことらしい
だからしょうがないの
母はそう言った。
それから母は兄を怒らなくなった
飽きれてるのもあるが、障害だからだ
私はもう母を頼るのはやめた
普通じゃないと知った今、母は敵だった
助けてくれないなら尚更
大嫌いになった。
でもそんな私を知らないで
兄は母の怒りから逃れて、好き勝手した
毎日、痛くて怖くて苦しくて
寂しくて辛くて絶望した。
助けて助けて
何度も何度も呟いて
死にたい死にたい
何度も何度も嘆いた
でもそんなの誰も気づいてくれなくて
誰も叶えてくれなくて
毎日が辛く冷たかった
それから私は学校が終わる15時から
母の仕事が終わる夜の9時頃まで
春も夏も秋も冬も駐車場で待つようになった
母は「虐待してるみたいだからやめて」
そう言ってくるがそれでも兄に
好き勝手されるの嫌だからやめなかった
ある日兄のことで母と
市役所に行くことになった
そこでは別室に連れられ
お互いの話を聞くのだけど
なぜか母の話にもなった
私は素直に話した
するとホテルに来ないかと言われた
そこは窓もなく外にも出れなく
母と兄にもう会えないけど
君みたいな人が沢山いる場所だと
きっと保護所のことだと思う
私はわけがわからず泣いてしまった
感情には表せない、涙だけが溢れた
結局、その話はなしになった
私はここでまた、後悔した。
そして私は5年生になった
相変わらず、母と兄に苦しめられた
それに加え、担任からも苦しめられた
担任は女性でとても厳しい人だった
何も知らない癖に
今の現状だけで私に呆れていた
わり算もろくに出来ないほどに
みんなに遅れていた私は
やる気がないなどと思われたのだろう
居残りなども増え
相変わらず遅刻や居眠りもあり
頭も悪かった
居残りテストでは
私一人で、全然できなくて
「ほら、全然できてないじゃん」と
呆れたような口調で笑ってきたりした
ある日の居残りの日
友達の靴が無くなった時も
校舎に残っていた私と
靴箱に居た新人先生と担任の3人で
話し合うことになって
その話し合いで
私がすれ違った人を忘れていて
新人先生が「この子いなかった?」
「あ、そういえばいました」
担「は?そういえばって何?」
「え、忘れてて、今思い出して、」
って明らかに疑われ
結局私が犯人になり、怒られた
私が何も知らない癖に
偉そうに言ってくる友達の言葉に
泣いてしまって、先生に呼ばれた時も
先生の勘違いで私が悪いってなって
謝ることになってわけがわからず
泣いていたら
「今は泣くところじゃありません」って
怒られたりした
私は学校に行きたくなくなった
学校に行っても理解してくれる人
なんていなくて
バカにされたりするだけで
家にもいたくなかったけど
ずっと寝たら逃げられると思ったから
でも母は怒鳴って
殴って髪を引っ張って起してくる
いつもは殴ったり蹴ったりだけだけど
こういう時は本気で起こしてくる
私は「先生が怖いの!!」
それしか、いえなかった
だって本当は家の事が影響して
こうなったのにそれを知らない癖に
怒ってくるから。だから
結局引きずられ暴言吐かれて
泣きながら行った
相変わらずみんなに冷たい目で見られ
私は笑顔でなんともないよと伝えるようにへらへらしながら学校で過ごした
こっそり窓に助けてってかいたり
机に助けてってかいたり
無駄な足掻きして、すぐ消して
家でも誰かが助けてくれる
きっと幸せになれるとか
魔法使いになって
この狭い部屋から抜け出すんだって
ずっと夢見てきた
本当、ばかみたいよね
おとぎ話に憧れて
ヒーローを待って。
そしてある日の夜
車の中で母と口論になった
家に着いて出ようとした時に
車の中に押されて
転けたところでドアを締められ
鍵を閉められた
泣いて、叫んだ。
すごく痛かった
押されて打つなど痛くないのに
そんなの全然マシなのに
とても痛かった
胸がぎゅーとなった
いつも母の言葉には胸がぎゅーなる
「迷惑」「頭おかしい」「は?」
「ええ加減にせーよ」「邪魔」
その日は冬で寒かった
いつもそう
寂しくても苦しくても
誰も隣にいない
誰もわかってくれない
誰も気づいてくれない
祖母や祖父やおじやおばや
母や父はみんな兄の味方
私にばっか指摘して怒ってくる
兄はめんどくさいから
指摘しても無駄だから
とりあえず私が悪いって
みんな大嫌い
みんな敵
居場所なんてない
どこか遠くに行ってしまいたい
死にたい、消えたい
おとぎ話など夢ばかり見せないで
現実を見せて
そして決断させてほしかった
なのにいつも信じてしまうのは
偽りの夢で、揺らいでしまう
翌日先生に言った
あった出来事や
もう帰りたくない。という感情を
すると保護所に行くことになった
でも一時的なものだった
2ヶ月しかいられない場所だった
でもそれでも離れたかったから
行きますと、今度はハッキリ言った
もう後悔したくなかったから
すると、担任の先生が私に突然
ぎゅっとしてきた。
「よく頑張ったね、もう大丈夫」
初めてだった
誰かの暖かいハグは
涙が溢れた
少し肩の力が抜けた
そして一時保護所では
今までとは比べ物にならないくらい
とても幸せな生活だった
寂しいなんてなくて
痛くなくて辛くなくて
みんな居て
やっと幸せになれるそう思った。
でも誕生日がもうすぐだった
母は機嫌がいい時は優しいから
出かける予定があった
2週間も経ったし、さすがに大丈夫だよね
わかって、くれたよね
そう言い聞かせて帰ることにした
帰る時は笑顔を意識した
大丈夫、大丈夫、そう思い続けた
笑って笑って車の中では話を逸らした
家に着くと母はすぐ仕事に向かった
この頃には母の帰りは10時近く
遅い時は11時を過ぎるようになっていた
私は家に入るまで
正しかったんだ、大丈夫そう言い続けた
でもダメだった。
家に入った瞬間
全部頭に流れ込んできて
自然と涙が溢れた
震えた、怖かった
また始まるんだって
そう直感した
私はもう真っ白になって
市役所に電話した
戻りたいって
でもそれには
母の承認が必要だった
そんなの無理に決まってる
でも私はそれさえも考えられなくて
お願いってお願いって
母に連絡した
もう耐えられないって
寂しくて苦しくて痛かったって
そしたらあそこは
保育園とかそういう所じゃないって
苦しいって痛いって何?
今一人でしょ?って
もうやめて、迷惑なのって。
それに対して沢山反論はできたけど
私にはできなかった
だってあとが怖いから
戻れないのには変わりないから
機嫌を損ねてしまうから
どうせ、逃げられない。
法律があるから家に帰される
家族だから一緒に居ないといけない
逃げられない
居場所は勝手に決められる
普通なんて知りたくなかった
辛いなんて知りたくなかった
言葉の意味なんて知りたくなかった
知る前に死んでしまいたかった
母が帰ってきたら
きっとまた痛いんだろうな
そう思って、また後悔した。
そして案の定怒られた
誕生日の旅行も楽しくなかった
邪魔扱いされ、無視された
そして学校にまた行くことになった
でも私が先生に対して怖いって
言っていたことを母が先生に
言ったらしく担任の先生に再会した時に
合わせる顔がなくて逃げてしまった
初めてぎゅってしてくれたのに
嬉しかったのに
ごめんなさい。そう呟いて
そしてまた後悔した。
6年生になった
学校で親友ができた
今までに会ったことがないくらい
気が合って素直で元気な子だった
お話をふたりで作ったり
それを演技して読んだり
歌が2人とも好きで
一緒に練習したり
学校が初めて楽しく感じた
そりゃあ私を悪く言う人はいたけど
そんなのどうでもよくなった
ずっと学校に居られたらな。
そう考える日々に変わった
でも私は不安だった
今まで親友はたくさんできたけと
みんな離れていったから
仲良くすればするほど
遠くに引っ越して行ったり
親友という関係の時
引っ越すと決まっていた子が
友達に取られたことがあって
目の前で、この子私の親友と言い
その子も何も言わず了承して
私と離れた途端
引越しがなくなったこともあった
だからきっとこの子も離れていく
わかっていながら毎日仲良くするのは
すごく辛かった。
ずっとふたりの時間が続けばいいのに
でもやっぱりだめだった
その子の口から聞き慣れた言葉がでる
「私、引っ越すことになった」
私は、「へー」と
何も考えないようにして
「またね」と最後は言い合った
そしてまたふりだしに戻った私は
中学生になった。
私の人生は失敗ばかりで
後悔ばかりで
いつも兄に笑われて
母には冷たくされて
なんにも変わらない
寂しい日常と苦しい現実
そんなのもうわかりきっていた
だからもう何も求めない
もう何も信じない
もう誰も頼らない
母からの信用はもうなかった
「どうせまた言ってんでしょ」
間があるとそればかり
私だって思い出したくなかった
全てがトラウマだから
全てが後悔だから
あの幸せな保護所での2週間だって
思い出すと戻れないって
苦しくなって涙が出る
みんなみんな大嫌い
何も知らない友達も先生も
暴力や暴言を振る母や父や兄も
味方じゃない祖母や祖父なども
友達は多かったよ
笑って人にしっぽ振って
仲良くしてたから
でも仲良くなった人は
みんな引っ越していく
仲良くなった分遠くに
そのせいでいつもふりだしだった
色んなグループに紛れて
ひとりじゃないって誤魔化すように
人気者ってみんなは言ったけど
それは誰の1番でもないってこと
感情的にも関係的にも
私はひとりぼっちだった
中学校に上がる頃には
もう諦めていた
でもまだ頑張って生きようって思った
だって死ぬのは苦しいから
苦しいのは、痛いのは嫌いだから
なんて思ってたのに
昔から仲良くしてた子から
悪口や陰口を言われるようになった
クラスで私は浮いた存在になった
頭が悪くてぶりっ子って
無視されたり押されたり
バカにされたり悪口言われたり
仲いい子はいなかった
みんなが怖かった
こういう時って親に頼るんだっけ
そんなことを考えた
でも頼れる親なんかいない
あるあるの言葉を拾って
適当に言い回してくる親
学校に素直に行ってくれる思考にさせる
綺麗事しか言ってくれない
誰にも言えない、誰も味方じゃない
先生でさえ
いじめられやすい人と言ってきて
ほっとかれる
自分で話し合ってくださいって
そしてこの人も何も知らない癖に
怒って居残りをさせてくる
そのせいで部活でも浮いて
顧問にはみんなの前で怒鳴られ
遅れるようになって
とても部活にはいられなかった
それからもっと
顧問に怒られるようになって
公開処刑みたいで辛かった
部員にも怒られて悔しくて
私だってみんなと楽しく部活したい
でもできない
「やればできるのに」
「ちゃんとして」
「みんな頑張ってるから真面目にして」
今にでも爆発しそうだった
でも耐えた
もうめんどう事は避けたいから
それに怒ろうとしても
基本とか普通とか知らないから
知識とか常識とかわからないから
言葉がわからないから
理性が保てないから
言いたいことがうまく伝わらなくて
怒ってる側なのに傷つけたかなとか
余計な罪悪感で
怒りながら泣いてしまって
結局負けちゃって後悔するだけだから
耐えるしか選択肢がなかった
でもどんどんストレスが増えていって
そして私は言っちゃったんだ
友達に「消えたい」って
その友達とは一緒に
学校に行ってたんだけど
私が遅れすぎてからか
よく私、帰るって言ったりしてて
ついに学校に来なくなって
ある日その子が親から
あの子と関わったらダメって
言われたらしく
それも私がときどきその子に
弱音とか吐いてたから
きっと影響されちゃって
ストレスになったからだと思う
それか、その子自身がそう思って
もう関わりたくないってなって
距離を取りたかったのかも
幼なじみだったし
親とも仲よかったからすごく辛かった
それで消えたいって言ってしまった
そして翌日学校から帰ると
母が学校に呼び出されていた
私はすごく怖くなってその子に聞いた
なにか先生にいったの?って
そしたらうんって言ったから
私はパニックになって家から飛び出した
母が学校に行ってる間に
私は遠くに行ってしまいたかった
あの先生なら言いかねない
もう嫌だって
でも行くとこもなくて
保護所の電話番号なんて知らなくて
警察に連絡した
そしたらこっちに来ると言った
そんなことしたらバレてしまう
そう思って自分で行くと言ったが
私がパニック状態で上手く言えず
向かいます、いや来ないでくださいと
言い合いになり
相手の警察官に「は?」と言われた
私は、警察が怖くなった
もう無理なんだって
どうせまた後悔するんだって
死んでしまおうかと思った
大人はみんな敵だって実感して
もう消えてしまいたかった
それしか逃げれないと思ったから
結果来ることになって
交番に行った
すると学校の先生や親が来た
私はもうどうでもよかった
どうせ、帰される
どうせ助けてなんかくれない
だって知らないから
だって理解なんかできないから
その時は母との軽い怒鳴りで終わり
きっと大袈裟だとか思われたのかな
だって母は比較的いい人だから
証言なんか理性がない私だけだもん
結局家に帰ることになって
帰りの車で兄がまた私を殴ろうとした
でも母が止めた
私は嬉しかった
やっとわかってくれたって
でも違った
「また面倒なことになるからやめて」
母はそう言った。
それからは同じ
また同じ失敗を繰り返してる
変わったことといえば
母と兄が少し大人しくなったこと
母は兄が大人しくなったことや
私の相変わらずの機嫌取りで
ストレスが減り機嫌がいい日が増えた
でもそれでもときどき
昔のことで怒られる
「迷惑」なども言われる
でも暴力は減った
でもこんなの望んでない
そんなのもっと証拠が減っただけ
中途半端な優しさのせいで
私の嘘だって大袈裟だって思われて
結局なんにも変わらなくて
もっと私がちゃんとできる子だったら
もっと知識とかあったら
助けてって素直に言えたら
消えたいなんか言わなければ
怖いなんて言わなければ
余計なことしなければ
ずっと我慢していれば
まだマシだったのかな。
そして母からの暴言はまだある
「舐めとるのもええかげんにせーよ」
「本当そのうち殴るからな」
と脅されたり
兄だってときどき暴力振ってくる
母の帰りが次の日などもあったり
夜遅くが当たり前になって
食事も3人で食べることなどなく
ほとんどいつも一人
寂しくなんてないそう言い聞かせても
やっぱり孤独は消えなかった
隣を見ても誰もいなくて
周りを見渡してもいい思い出などなくて
どんだけマシになろうとも
心はもう元には戻らないなって
この家にいる限り幸せなんてないんだって
私は愛着障害になった
学校ではその症状が沢山でてる
他にも躁鬱など
家族の暴力暴言否定
先生の呆れ否定
友達の暴言否定裏切り
寂しくて苦しくて悲しくて
辛くて痛くて
居場所が分からなくて
いつまで我慢すればいいか
後悔ばかりが残った
そんな人生
ずっと願ってきた
幸せとおとぎ話に期待して
きっと普通なんてもうなれない
もう手遅れなんだ
今はもう人なんか信用してない
めんどうごとは避けてる
だってどうせ失敗するから
逃げられないから
そんな中楽に死ねる方法を知った
それが睡眠薬。
いつかそれで死ぬ
そう決めてる
だから今はいつ死のう
いつでも死ねる
そんな考えで支えられてる
それと音楽で保ってる
この文章書く時も
音楽聴いて落ち着かせてる
でも最近友達が亡くなって
手紙をもらった
その子も虐待やいじめを受けてた
だから感情移入していた
その子の手紙には
またねって嘘ついてごめんって
本当はさよならなんだって
大好きだよって
お願いとかも書いてて
そこに幸せになることって書いてて
私は簡単には死ねないなって思った
その子とはお揃いの糸を持ってて
その子の分まで頑張らないとなって思う
だからまだ、死ねないなって
その子に怒られちゃうから
でも私は高校生になる
その生活次第で死のうと思ってる
それは変わらないと思う
しかもまだ未だに遅刻とか
居眠りとか治ってなくて
頑張ってるとこ
学校には絶対行かされるから
まだ学校は昔と同じ状況
行きたくない理由なんて
全部家が関わってるから
親には言えない。だから
面倒臭いからだと思われてる
先生からも友達からも
ずっとひとり
理解者なんてずっといない
寂しい。
それにまだ機嫌取りは続いてる
少しでも気を抜くとすぐ怒鳴り声が響く
なるべくふたりの味方をして
余計なことは言わずに従って
大人しくしてる
だからまだ笑い声が響く日がある
でもその時さえも内心怯えてる
もうきっと心から笑えることは無いと思う
それは家でも学校でも
それがどれだけ辛いか。
その緊張状態のせいで
提出物などのこと
ほとんど記憶に残しておけなくて
内申とかずっとやばかった
私は他人から
悪口や陰口などを言われすぎたり
愛着障害で嫌われたくないという気持ちが
強くて恋愛面でも人間関係面でも
どうしても人に合わせてしまい
本当の自分がわからなくなってる
きっと生きるのに向いてない
そう思う
最後にネッ友へ
私はアニメとかから
知識を得たから
秘密基地とか不思議とか
神秘的とか神社とか
ごっこ遊びとかぬいぐるみとか
すっごく好きで
子供っぽいし幼稚だし
言葉とかも他の人と比べて未熟で
基本が全然わかってないから
迷惑ばっかかけちゃうと思う
感情のコントロールが苦手で
理性が保てなくなることが
たくさんあるし
愛着障害っていう
その家族に甘えれなかった人がなる
精神障害なんだけど
嫉妬とか依存とかかまちょとか
結構めんどくさいから嫌ならごめん
全然離れてくれていいから
だから否定だけはしないでほしい
ごめんね、おねがい。
ここまで読んでくれてありがとう
まあそんな人いないと思うけど
これが私の人生で
まだ10代の私の人生です
こういう人もいるんだって
知ってくれたら嬉しいな