#今際の言葉

あの日俺はあの羽織を着て

姉上に遺言を伝えた

姉上はさっきも泣いていたのに更に大きな涙を流しながら崩れ落ち

"そんなことを言われたら……っ"

そういって声をあげる姉上に俺は何もできなくて

俺まで泣けてきて

ただ見ていることしか出来なくて

兄上の匂いがする羽織を姉上に頭から羽織らせた


姉上が兄上の名前を繰り返し泣きながら叫んでいた

俺はただ羽織の上から姉上を抱き締めることしかできなくて

どうして兄上は先に逝ってしまったのだろう

こんなに貴方を想い綺麗な涙を流す人が居るのに…

こんなことなら

俺が………俺が変わりになれればよかった…

姉上はその後もずっと子供のように泣き暮れて

俺はひたすらに抱き締めた

俺の小さな腕には姉上は少しだけ大きくて

しっかりと俺は姉上を支えることができなかった

姉上…俺は

俺は必ず貴女を守ります…兄上の分まで必ず…

だからどうか…

どうか…泣き止んでください…

俺は兄上が亡くなって悲しくてたまらなかった

でもそれ以上に貴女に涙を流させたくはないと強く思うのです


姉上…許されることなら俺は貴女を守る為に

己の魂を燃やしたいとそう…この時は思って居たんです


でもこの決意が後に俺や姉上…そしてあの娘を

苦しめることになるなんて

全く予想にもしていなかった…


俺はそれに気付くにはまだ幼くて


本当の意味で心を燃やすことができていなかったことを

思い知らされることになる…

俺は初めて人を殴った

頭に血が登るのを初めて感じた

手に力が入り

憎しみや怒りが俺の心を支配していくのがわかった

黒い感情…

彼女を汚すあの人があの時俺は酷く憎らしかった

あのまま…命を奪い取ってしまおうとすら思っていた

でも涙を流しながら身体を震わせていた君を見て我に返った

抱き締めた貴女はとてもか弱くて

とても幼かった


俺の我が儘を通してしまって

父上や母上、兄上や姉上には申し訳ないと思ってしまう

でもあんな目にあった彼女を一人にさせることは俺にはできなかった


…本当に純粋な女性…

純粋故に俺は今まで募らせていた想いを…
貴女に直接好きだと伝えることが出来なくなっていった

まるで恋心を抱いた俺自身が汚いモノのように見えたから


純文学や情熱的な愛情深い和歌を象り綴ろうと

その裏にある俺の気持ちが透けて見えて恥ずかしい

あの憎らしく見えた君の父親と同じ感情を持っていると言うだけで自分自身に嫌悪を感じて気持ち悪かった


でも

それでもやっぱり

俺は君のころころと変わる表情が好きで

何に対しても真面目で

真っ直ぐに見つめる君が

大好きで

気付いたら君の事ばかりを考えている


一回り以上年の離れた俺は

君からみたらもういい年寄りだろう


そしてあんなことがあって辛い時期だ

色恋何て言ってられないだろう

俺はそれなのにこんな時でも何処か胸をときめかせてしまっている

情けなくて恥ずかしい

悲しんでいる君をかっこ良く物語のヒーローの様に助けることができない

それが本当に不甲斐ない

そう思った時兄上が昔言っていた言葉を思い出した


"己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと 歯を喰いしばって前を向け

足を止めて蹲っても

時間の流れは止まってくれない 共に寄り添って悲しんではくれない"

…と真っ直ぐ何処かを見て言っていた

俺はこの言葉に兄上がどれだけがんばってきたのか

我慢をしてきたのか

其すらも乗り越えて兄上は前を向いて来たのだと


そう感じたのを覚えている

俺は幼い頃確かに悲しかった事がないと言えば嘘になる

けど

俺には兄上がいた

何れ程両親が忙しく相手をしてくれなくても
俺は寂しくはなかった


この年になると兄上の強さや誠実さが本当に身に染みてわかる

だから姉上が嫁いできてくれて本当に嬉しく思う

兄上が幸せそうで本当に良かった

心の底からそう思ってる

俺は家族が笑っている顔を見るのが大好きだ

そしてやっぱり

君が笑っている顔を見るのが好きみたいだ

俺は好きだと君に伝えることは出来ないけど

でも

それでも

俺と共に立ち止まることの無い時の流れが

いつか…君の心の傷を癒してくれるなら

その時はこの恋心を伝えることは許されるだろうか

他人任せで不甲斐ない俺だけど


君の隣で笑っていることを許してもらえるだろうか…

拝啓兄上様

兄上が亡くなってもう半月です

俺は兄上の言葉を胸に
剣の道を諦め文学を学んでいます

剣の稽古は今でも日課として続けています

姉上は……

姉上は…兄上が仰っていた通り

芯の強い女性でした

兄上の葬式の日も

その後日も

人前では涙を見せませんでした

俺は…ぼろぼろと情けなく涙が止まらなかったのに…

父上にも何度も叱られました

姉上は俺達の前では泣きません

いつも笑顔を絶やさなかった

仏壇の前では…とても悲しい瞳をしています…

誰にも泣き顔を見せられないのは辛い事でしょうか

俺が泣いてばかりいるから姉上は泣けないのでしょうか

俺は…姉上に泣いてほしいわけではないけど

俺達の前では

家族の前では…泣いても良いと思うのです

気を張らずに

子供のように感情を表に出しても良いと思うのです…

兄上…兄上なら姉上になんて仰有いますか？

兄上なら姉上を泣かせることが出来るのでしょうか…

そう言えば兄上の事を知る隊士が兄上の鍔を持ってきてくださいました

兄上の最後の言葉をその時聞きました

姉上には……

姉上には話せていません

俺が不甲斐ないばかりに…ごめんなさい

姉上に話そうとしてました

話そうとしたんですけど

なにかを忘れるように勤しむ姉上に

俺は…かける言葉が見つかりませんでした

その後も何事もなかったように笑顔で

兄上が亡くなって葬式が終わった夜に

姉上の声が屋敷中に響いて物音が響いて

泣かない姉上の鳴き声のように

ずっと…

ずっと響いていました

俺は…卑怯でその時

俺は…耳に蓋をしてしまいました……

兄上ならどうしたのでしょう

兄上なら…


……兄上…一度だけ柱の羽織を御借りします

俺に力をください

俺に勇気をください


兄上の今際の言葉を告げる勇気を…！

弟には
自分の心のまま正しいと思う道を進むよう伝えて欲しい

父上には
体を大切にしてほしいと

そして妻には…

先に逝くことを許してほしい…と…




俺は妻には夫婦らしいことをしてやることが出来なかった

任務を優先し
ろくに家に居ることが出来なかった…
それでも

それでも…共に過ごせたことを幸せに思う

どれ程…妻に勇気付けられたか知れない
どれ程妻に癒されたか知れない

どれ程…俺が妻に感謝をしたか知れない

どれ程妻に俺が惹かれていったのか妻は知らない

父上が勝手に決めた婚姻ではあったが

俺は…幸せだった

来世があるとするなら俺は…今度は自分から…………

自分から貴女にこの気持ちをちゃんと告げようと思う

すまない

だが…俺は柱として悔いはない

だから君の夫として…俺が出来ることをしよう

未練が残る

悲しみが残る

そんな最後に俺はしたくない



だから一言…

貴女に残す言葉は

たった一言

それでいい



大きな悲しみには勇気をもって立ち向かい

小さな悲しみには忍耐をもって立ち向かえ

苦労して一日の仕事を終えたら安らかに眠れ

次に目覚める時はきっと昨日よりも強い自分になれるだろう

貴女は

一人じゃないのだから



……___

俺は君を心の底から愛している

なんだか最近生徒達…とりわけ男子が騒がしい

何でも明日はバレンタインデーと言うやつらしい！

まさに青春だな実に良いことだ！


だが学校に不必要なものは持ってきてはいけない！

これは決まりだからな！

生徒には悪いが見つけ次第没収させてもらう

上手く隠し通されてしまうとどうもできないがな

……………………………。

………あの人はこう言った行事をするのだろうか

友チョコなるものや義理チョコと言うものも昨今では配る風習になりつつあるらしいが…

………。

ふっ俺は貰おうが貰わまいが婚姻の契りは交わしているから何も必要はない！

気を負うこともないだろう！

はっはっはっはっはっ


……………
……………………
…………………………
………………………………………。


む！
これはいけない！

無意識の内に貧乏揺すりをしてしまっていた！

貧乏揺すりは品を欠く行為だからな！

生徒に示しがつかない！
それに足をゆすると貧乏神に取り付かれると言う迷信もあるのも事実だ！

気を付けなければ


……………

……………………

………………………………………。

はっ！！


いかんいかん…またもや貧乏揺すりをしていた！

よもやよもやだ
教師としてこの落ち着きのなさッ不甲斐なし！！

このままでは生徒に合わせる顔がない！


素振りをしよう素振りをすればこの雑念を吹き飛ばせるはずだっ


ハァアアアアアアアッ

全集中ッ！！！

……………
…………………
……………………
………………………………
……………………………………


ハッ！！
もう……時計の針が真上を向いている………



………………。

…こんな時間では電話もできないな


よし！
遠回りをして帰るとしよう

ランニングだ！！

世の中は忙しなく過ぎて行き

俺がこうやって歩く道もいつの日か変わっていく

そんな移り行く景色を見ながら歩くのが俺は好きです

でも一番好きなのは

散歩に出る俺を笑顔で見送り出してくれる兄夫婦を見るのが大好きで

不思議と凄く安心する

今日も１日いい日になるってそう思えるほど心が暖かくなる

そしてそんな俺は今仄かな恋心を抱いている人がいます

一週間に一回会える女性

その人はとても可愛らしくて

鈴を転がすように笑う人

動物が好きで少しばかり世間知らずで

少し変わった子だけど

とても純粋に物事を捉える事ができる人なんだ

兄上や父上、母上は何て言うだろう

俺が年下の人に恋心を抱いているなんて言ったら

馬鹿にするだろうか

ロリコンだと…思われるだろうか…

父上は心配するかもしれない…

兄上はきっと何時ものように堂々とした声で言うだろうな

母上は笑ってくれると思う

姉上はなんとなく自分の事のように喜んでくれそうだ


…俺が書く和歌や純文学を喜んで読んでくれる人なんだ

キラキラした瞳で本を見ている

その横顔が俺は……


…ふふっ彼女を見ていると一節の和歌を思い出す


古りにし嫗にしてやかくばかり
恋に沈まぬ手童のごと…


今の言葉に直すと

年老いた私がこんなに深く貴方に恋して

まるで幼児のように恋にうつつをぬかしています

と言う恋心を詠んだもの

今の俺がその通りだから
なんだか顔が緩んでしまう


俺は今貴女に夢中になっていて

貴女に会う度に心が踊るのを感じる

貴女と一緒に過ごせたら何れ程幸せだろう

貴女と共に色々見て聞いて
感じる事ができたら

何れ程素晴らしいんだろう


そう思わない日はありません

それほど…貴女に心惹かれています


いつかこの恋心を貴女に伝えることが出来るだろうか…

伝えたらどんな顔を俺に見せてくれるのかな


どんな顔でも俺はきっと心が跳び跳ねてしまうのだろうと


そう思います