深波.・2022-07-31
小説
体温に囁く傷跡
大丈夫?って聞かれなきゃ自分が大丈夫じゃないことを話せない人が苦手だし、大丈夫?って聞かれて、大丈夫じゃないのに大丈夫だよって笑って答えておきながら闇抱えてる人はもっと苦手。
不誠実なコミュニケーションだなって思う。
私のこと信用してないから本当のこと言わないんだろうな、って悲しくなるよ。
誰かのために死ぬのってそんなに美しいことなのかなって、もしもカンパネルラとザネリがいたら尋ねてみたい。
おでこにちゅーしてくれたら全部つながれるのにね。
複雑な言葉も行為も、実はなんにも意味をなさないから。
春野君はあんまり話さない。
特定の友達といるときしか声を発さない。
発表の時間があるときも、小さな声で、しかも身体を少し震わせながら、それでも気丈なふりをして、必死に声を張り上げてる。
今の時代、珍しいよな。
ああいう誠実な人。
誠実っていうのは、自分の感情に嘘がつけない不器用な人って意味で。
だから春野君に激突して怒らせてみたいんだけど、でも私は春野君との接点なんてひとつも持ち合わせていないから、そんなことしたらただのテロリストでしかない。
『正しいテロリスト』
“い”から“れ”は四十文字離れているけれど、平成から令和はその境界線を感じさせないほどゆるやかに移行していった。
流行りの服やコスメを誰でも手に取ることが許されている令和の波にまだ、私は乗れないでいる。
平成には、可愛い子たちの序列が確かにあった。
そんな服あなたには似合わないよとか、そういうの聴けるのは可愛い子だけだからとか。
机の上にたくさんの髪飾りを並べる。
日焼け止めの匂いが嫌い。
夏の日差しが怖くて、遮光カーテンを買った。
小学生の頃、周りから似合わないと言われるのが怖くて、ワンピースやスカートをあまり着ることができなかった。
愛嬌だけで生きているタイプの子たちが苦手だった。私はひたすら図書室に通い詰め、クラスメイトがドロケイで盛り上がる中、ハリーポッターシリーズと赤毛のアンシリーズを読破した。
可愛い子たちは愛嬌で授業も卒なくこなすから怖かった。
私はホグワーツにいたから関係なかったけれど。
あの頃私を縛り、怒鳴りつけていた誰かの存在はいつまでも消えることはなく、それなのに努力で可愛さは作れるものだと謳われ始め、私は弁えている子からサボってる子へと降格した。
PAだかPhだかよくわからない日焼け止めの記号を眺め、カゴにポイと投げ入れる。
これが強塩基の毒物だったら日焼けの心配すらなくなるのにな。
早く私の存在に気付いて欲しいと思い続けて生きてきた。
周りの人たちはみんな、外見とかいうしがらみに囚われすぎだ。
もしも魂の美しさがそのまま見た目に反映されるようになったら、私はエマ・ワトソンも目を見開く絶世の美女になるに違いない。
『社交カーテン』