消えた1年 後編
~死にたがりの僕と生きたがりの彼女~
朝は嫌いだ。
毎朝、絶望と嫌悪に生きなきゃいけないから。
あれから僕は様々な所を回った。
向日葵畑に近所の海、学校の校舎裏に公園。
ほとんどが近所だったのは有難かったけど、万年帰宅部の僕の体力はもう殆どない。
それももうすぐ終わる。
あとたった1つ。
そのために僕は今電車に揺られている。
【これが最後のデートになっちゃったね。
初めての遠出デート。
めいいっぱいのお洒落も初めてのメイクも
気づかなくてちょっといらっとした笑
彼はそういう奴だ。
それでも大好きなんだなぁ。
「⛩ ▲800665 馬を絵かく」】
この謎を解くのに1番時間かかった。
どこかの神社なのはわかる。
でもどこか。
6桁の数字がわからない。
結論から言うと、これは事務管理コードというらしい。
国鉄が定めたコード番号。
そしてこの番号が示す駅に向かっている。
僕は僕の行動力に呆れている。
関係ないことの為に電車に乗ってまで行くか普通。
僕は普通じゃないらしい。
なんとなくあの人に振り回されてるのが癪に感じながら電車に揺られた。
夜は嫌いだ。
毎晩、明日も生きてるのかなんて考える自分が嫌いと誰かが言っていたから。
着いたそこは懐かしい気がした。
来た記憶はない。
幼い頃に来たのだろうか。
なぜこんなにもこの場所は切ない気配が漂っているのだろうか。
頭と胸が傷んだ。
何でもない日の神社に朝早くから人はいなかった。
ひんやりした空気が僕の身体中を駆け巡る。
「馬の絵かく」
これは絵馬のこと。
絵馬掛所には溢れ返るほどの絵馬が飾られていた。
(ねぇ!せっかくだから埋もれないとこに飾ろ!)
頭がズキッと痛み、思わずしゃがみこんだ。
今のはなんだ?
クリアに聞こえた声はここ最近感じている懐かしさと重なった。
でも誰の声かはわからない。
埋もれないところ…
顔をあげると凄く下、一番下の一番端っこの絵馬掛所にたった2つの絵馬が飾られていた。
【奏汰とずっと一緒にいます!
坂本百合子】
【百合子とずっと一緒にいられますように。
竹本奏汰】
目を疑った。
なぜ僕とあの人の絵馬がある?
ずっと一緒?意味がわからない。
まるで…まるで付き合ってたみたいじゃないか。
(いますって宣言してるあたりお願いじゃねえよ。)
(いーの!神様に言いたかったの!)
頭が混乱する。
僕はなんだ。あの人はなんだ。
悲しみは嫌いだ。
他の全ての感情を忘れて死にたくなるから。
絵馬の裏には暗号のかわりに伝言が書かれていた。
【総合病院501号室にて待つ】
待つって果たし状かよ。
そう思いながら僕は2時間以上かけて来た道のりを戻っている。
県内1の大きさと充実さを誇る総合病院には少しの嫌悪すら感じる。
書かれていた通り、501号室に向かう。
名札には坂本百合子と書かれていた。
緊張が増す。
これで全て終わってしまうような、そんな恐怖すら感じた。
ノックし、ドアをゆっくり開ける。
独特な消毒の匂いがする病室は悲しみと絶望とほんの少しの希望が混じり合っていた。
ベッドで眠いっているあの人。
沢山の機械に繋がっているあの人から検査入院なんて嘘なことくらい僕にでもわかる。
あの人の両親であろう人が困惑した顔で僕を見つめた。
“…なんで、ここにいるの?”
白髪交じりの女の人が訪ねた。
僕は何の考えをも持たずにやってきたことに気がついた。
僕は慌ててノートを差し出した。
“…これ、坂本百合子さんの物なので、えっと、返しに来ました。”
苦し紛れの言い訳をした僕に、2人はそう。と吐き出すように言って、ノートを受け取った。
そして手紙を差し出した。
“この子の最後の言葉よ。
ここに「答え」が書かれてる。”
そう言って、あの人と同じ目で手渡した。
病院は嫌いだ。
どうしようもなく死の空気が流れているから。
僕は手紙を受け取ると、その場で開けた。
3枚にもなる手紙は達筆だけど、ちゃんと女の子らしい丸さのある字で書かれていた。
【竹本奏汰様へ
奏汰がこれを読んでるってことは
記憶が戻ったか、暗号を全部解いたんだね
すごいなぁ、さすが奏汰
奏汰の頑張りを称えて「答え合わせ」します
まず、薄々気づいてたかもしれないけど
これは言わば謎解き聖地巡礼ツアーです
私達の想い出を辿ってました。
理由は2つ。
1つ目は、奏汰に思い出してもらうため
2つ目は、奏汰に覚えていてもらうため
最後の暗号の場所にした神社は
私達の最後の想い出でした。
あの神社は病気平癒のご利益で有名で
奏汰は私の病気を治ることを願うために
一緒に行きました。
その時私の病気の発作がおこって
奏汰は私のために水を
買いに行ってくれました
そこで奏汰は事故に遭い
記憶喪失になりました
私も倒れたのでその次に奏汰に会ったのは
もう私との記憶がない奏汰でした。
無理に記憶を戻すことは奏汰のために
ならないことは知ってたし
私自身も望まなかった。
そこで君と付き合ってたことを隠しました
奏汰は2回目の高1をしてます
実は私とは1つ違いです
奏汰との関係をただのご近所さんの先輩に
したくて沢山の人に嘘をつかせました
どうせ私の命は長くないと言われてました
これを書いてる半年後には
いない可能性があります
それでいいと思ってたんです
でも奏汰ごめん。
やっぱり無理だった。
寝る時明日も生きてるのかなっておもうの。
奏汰と一緒の時は明日死にませんように
って願ってたのに。
願うことすらしなくなってる自分が嫌でした
だから、最後の悪足掻きをしました
それがこの謎解きでした
意味深なノートに暗号を書いたら
奏汰がノッてくることはわかってました
奏汰は見事見破ってここまで来てくれた
ありがと。
奏汰は私にとって最後の人です
そんな奏汰の最初の人でいたかった
奏汰の記憶に少しでも残したかった
最後のわがまま許してください
たった1年。消えた1年。
でもその1年で私は生きたいと思えました
ありがとう。
奏汰、大好き。
どうか幸せになってね。
坂本百合子】
長くて重い「答え」はあまりにも苦しかった。
こんなにも美しい恋文を読んでも僕は恋人の笑顔すら思い出せなかった。
そんな自分に嫌悪が募る。
記憶が戻らないくせに、涙が出た。
止まらない涙が頬を伝って恋文の字を潰す。
それでも泣き続ける僕の肩をあの人の両親がそっと抱いた。
あの人に繋がれた機械音と僕の醜い鳴き声だけが部屋に響いた。
記憶は嫌いだ。
どうでもいいことは覚えてるのに、大切なことほど思い出せない。
こんなにも不確かで頼りがいのないものってことを知ったから。
あの後、あの人のいう嘘を沢山の人に教えてもらった。
僕は一言一句漏らさず記憶した。
それでも僕はあの人のことを何1つ思い出せなかった。
それでいいと皆が言った。
あの人は死んだ。
お葬式には何故か出れなかった。
後日お線香をあげた。
それから毎年お線香をあげている。
もう今年で10年だ。
10年たった今も記憶は戻らない。
薄情者だとあの人は怒るだろうか。
ドラマならきっと記憶を取り戻した主人公が生涯彼女を想いながら懸命に生きる悲恋ストーリーだろう。
小説なら記憶を取り戻せない自分に嫌悪した主人公が自殺を選ぶ捻くれながらも美しい物語だ。
しかし残念ながら僕はそんな出来た人間ではない。
記憶を取り戻したいとも思わず、自殺を図ったこともない。
死にたがりの僕だけど、未だに死ねない僕はこれからも惰性で生きる。
寿命を全うするのだろう。
それなりに仕事をこなしながら、もしかしたら結婚して子供なんて生まれるのだろうか。
想像出来ないなと鼻で笑う。
あの人は幸せになってねって言った。
それは難しいかもしれない。
死にたいと嘆く僕はきっといつまでも幸せになれない。
あの人がこんなにも願った「生きたい」すら僕は思えない。
でも僕は生きるだろう。
あの人は覚えていてと言った。
それくらい僕にだってできる。
消えた1年は取り戻せないかもしれないけど、あの確かに感じた悲しみを僕は忘れない。
全人類が忘れても僕だけはあの人が存在したことを忘れない。
それが死にたがりの僕が出来ること。