田荘・10時間前
憘劇と謳う
私には出来の悪い妹がいます
何せ出来が悪いもんですから
私が両親の、いや
全ての人の期待に応えないといけません
そんな生活を十数年続けてみると案外
人の心が手に取るように分かるもんです
しかし、妹の心だけは分かりません
いつも明後日を生気の無い
水晶玉で見つめているのです
時折心がざわめくような
表現のしずらい黒い渦を感じます
でも怖くて彼女の心に触れようなんざ
微塵も思いません
それこそ自殺行為です
私は妹が嫌いなんて
これっぽっちも感じません
何も出来ない所が私にとって
憧れなのです
私の生き写し
可愛らしくて仕方が無い
人に持て囃されるのも
悪い気にはなりませんが
やはり私は彼女と過ごす時の方が
何十倍も幸せです
まるで何も出来ない私を
自分好みに育てている気分になれるのです
一種の優越感でしょうかね
そんな妹が
何か良からぬ事を企んでいそうなのは
姉の勘でしょうか
何時もは夜中に嗚咽を零しながら
太腿に自ら刃を立てているのですが
今日は不気味な程に静かなのです
そんな思考は睡魔に遮られました
両親の期待とやらは鉛のように重く
鎖のようにしぶとい
朝食がこの世で1番嫌いな一時
刺すような眼光
鼻腔を続く珈琲
そして、今日も頑張れと決まり文句
胃が痛む
一方妹は呑気に食事
この時ばかりは激しい憎悪と
私の理性がぶつかります
玄関を跨げば重圧から解放され
一気に肩の荷が降ります
人は気張った後、体力の消耗が倍になり
思考が退化します
何時までもそういる訳にもいかないので
移動中に軽く休息を取ります
電車の規則正しい音が
快適な睡眠に誘ってくれます
妹が最寄りの駅で起こしてくれるので
乗り過ごすなんて事は滅多にないのです
私も寝ちゃって
妹は小さな嘘を私につきました
一度、足元に揺れを感じたので
目を覚ましたのです
妹が私の鞄を手に取っているようでした
寝惚けて居たので曖昧な
記憶でしかないですけど
降りたのは三駅先の大きな駅
時間はまだ間に合いそうですが
隣に立つ妹が落ち着かない
その事を尋ねてみました
背筋が凍るような眼差し
一瞬の事ですぐに表情は緩みましたが
あ、私たちの乗る電車がやって来ました
妹に初めて名前を呼ばれ振り返った時には
線路に落ちていました
水晶玉がキラキラと光り
整った真っ白な歯を見せていました
人々のざわめき声
電車の警笛
全ての音があそこに立つ彼奴に吸収される
ひゅっと喉が鳴り私は死にました
こんな結末信じられない
今まで私がどれだけ彼奴らの期待に
応えてやったと思ってんの
出来損ないのお前の為に
何度心を殺してきたと思ってる
こんな仕打ちあってたまるもんか
ああああああああああああああああああ
有り得ない
私は彼奴を沢山可愛がった
何を間違えた
来世でまたお前の双子に
今度は妹として同じ目に合わせてやる
絶対に許さない
幸せになんてさせない
人はみんな特別だなんて
本気で信じているのですか
そんな馬鹿げた言葉は
私のような汚物を取り払った時の
みんなを指しているんです
きっとこの家庭に生まれた
私は間違いだったのでしょう
父も母も姉もみんな
私を必要ないと思っているに違いない
人との会話は疎か
勉強も人並みにも出来ない
同い年の姉に教わっても
何一つ頭には入らない
誰も口にしないだけ
誰もが私を蔑む毎日
このまま一生続く地獄
なんなら自ら行きます地獄
誰の言葉かいつの言葉か
そんなもの忘れてしまった
でも私に幸福を齎した
自ら死を選ぶことこそは
きっと悪いことなのだろう
地獄へ流される私が目に見える
それこそわたしに与えられた使命
とならば自らの選択であることを
残る他者に伝えなければならない
では薬はよろしくない
ロープなんでどうだろう
屋上から足を踏み出すのも良いか
最期なら自分を蔑んだ人達に
迷惑さえかけたいところだった
ならば電車なんて良いでは無いか
遅延なんて皆嫌うことだろう
皆に嫌われる私には
ちょうどいい場所ではないか
思い立ったが吉日
実行は明日
学校へ向かう時
人が一番多い時
良い時間ではないか
陰湿な私には最適か
実行の前夜は瞼が軽い
皆もそうなのだろうか
否命は一つ限り
それを知る者はこの世にない
暇つぶしと言えばやはりネットか
姉に必要だからと買った携帯
ついでに私にも携帯
私の人生を終える前に
伝えたい一人の人がいる
ネットを開き貴方に連絡
経緯も多くは語らない
明日実行することのみ
貴方に伝えたかっただけと
文字を打ちアプリを閉ざす
ようやく襲ってきた睡魔
もう心残りもないはずに
瞼を閉ざしたその瞬間に
音を立てて震える携帯
布団を這って動く身体は
息を吐きまだ重い
予想通りか否か
通知は貴方からのもの
「君が命を落とす必要は無い
それは姉が悪いのだ」
貴方の言葉は冷淡で
無関心の塊だ
けど私は変更する
命を落とすべきは私だ
されども生きるべきは私だ
姉が命を落としてしまえば
私が姉を装えば良い
きっとそれが最適だろう
決意を変えると
再び睡魔は去っていく
なんなら今日は寝なくても良い
明日の朝が勝負時
姉を線路に落とす時
先程より一層
瞼は軽々しく上に登る
慌ただしく焼けるパン
音を立てて沸いたお湯
テレビから流る陽気な音楽
姉には心でお礼を言う
ありがとう私の姉
今日は早く準備が出来たと
予想以上に流暢な嘘
姉と共に駅まで歩く
その道のりは短かった
最寄り駅は人が少ない
此処は駄目だと抑え込み
三駅先の駅まで持ち込み
大きな駅に着く前にと
電車で眠る姉と鞄を交換
同じ学校故に
交換は鞄だけで充分か
変わった鞄を持ち歩く姉
否もう既に妹か
電車を待つ人の数
多くが携帯に夢中
アナウンスが入り
電車の光が見ゆる時
私は姉の背中を押す
線路に横たわる姉には
人は驚き硬直す
けたたましいブレーキの音
処々で上がる悲鳴
共に目を伏せ泣く演技
心の中でお礼を言う
ありがとう私の妹
ここ数日は病院に葬儀
きっと忙しいことだろう
その間に済ます準備
学校が始まる頃には姉の私
きっとまだ地獄が続く
それを知らぬ私が地獄