[言の葉の手紙]
もしも、
私たちが普通の恋人だったら。
毎日君と会えて
帰り道に手を繋げたら。
そんな妄想が
今でも頭を駆け巡ります。
一度でよかった。
貴方を抱きしめてみたかった。
唇を合わせてみたかった。
その声を知りたかった。
貴方の心音が聞きたかった。
「ねぇ、がっくん__」
庭の木の葉っぱが
一枚舞った。
「ちゃんと、見つけてますよ」
貴方が言った“光”
がっくんへ
初めて知り合ったのは
貴方の不器用な言葉だった。
SNSで《死にたい》と投稿した私に
『死なないで』
そう、貴方は返した。
初めは、
それを無視してごめんなさい。
でもね、本当にイライラしたの。
無神経。
本当に、無神経だった。
貴方の言葉を、
何日も無視し続けた。
それでも、懲りずにがっくんは
毎日私に言葉をくれました。
貴方の言葉は、とても不器用だけど
まるで冬に食べるシチューのように
暖かかった。
がっくんの言葉を思い出す度に
あの頃の私は、
ううん。
今の私も
心の真ん中が、
じんわり暖かくなるの。
『死なないで』
《死なないよ》
『本当?』
《本当》
何故かね、あなたの事を
もっと知りたいと思ったの。
じゃなきゃ、
死にきれないと思ったの。
がっくんの言葉が
死にたい私を助けてくれた。
がっくんの言葉が
私に愛を教えてくれた。
貴方の言葉が
もっともっと知りたかったの。
だから、
がっくんとトークが出来た時は
思わずガッツポーズを作りました。
一日、二十四時間のうちの
ほんの一部に過ぎない時間。
そんな、がっくんと話す時間が
私の、
ゆっくりと呼吸ができる時間でした。
《今何してるの?》
『本を読んでいたよ』
《なんて言う本?》
『星の王子さま』
そんな
なんの取り柄もない会話さえ
言葉一つ一つが
キラキラ輝いて見えました。
がっくんは
生きるのが下手くそだった私の
希望そのものだった。
《ねぇ、がっくん》
『なあに? みっちゃん』
《大人になったら
絶対会おうね!》
『うん』
叶わなかったね。
叶うはずが、なかったんだね。
私、楽しみにしてました。
いつか、貴方に会うことを。
貴方と手を繋ぐことを。
《ねぇ、がっくん》
『なあに? みっちゃん』
《私、がっくんのこと、
大好きだよ》
《だからね、私と、
付き合ってください》
『僕もみっちゃんが好きだよ』
すごく、嬉しかったの。
大好きだったの。
愛していたの。
会いたかった。
なのに、がっくんは
大人に、なれませんでした。
がっくんが心臓を止めてしまう、
五時間前に来た、
手紙。
それも、夜中の三時なんてさ
起きてないよ。
私、六時にそれを、読みました。
みっちゃんへ
もうすぐ、僕は死にます。
黙っていたことを、許してください。
僕の心臓は、
生まれた時からとても弱くて
大人になれないと言われていました。
僕がみっちゃんと会話していた場所は
いつもいつも
景色の変わらない
真っ白い病室でした。
叶いもしない約束を
みっちゃんと交わしてしまって
ごめんなさい。
会いたかった。
二十歳になったら、
本当に、会うつもりだった。
なのに、現実では
十五歳で終わってしまうのです。
みっちゃんは僕の夢でした。
希望でした。
光でした。
愛でした。
みっちゃんの柔らかい言葉が
どうしようもなく好きでした。
会えなくてごめんね。
『死なないで』と言ったくせに
先に逝ってしまうことに
なってごめんね。
ああ、指が痛いです。
呼吸が止まりそうです。
これが、みっちゃんに送る、
最後の愛です。
最後の言葉です。
みっちゃん。
僕のいない世界でも
精一杯、生きてください。
世界には愛が溢れています。
この世界は、生きづらいけど
案外、光っているものです。
だから、その光を
少し大きくなったみっちゃんが
僕に教えに来てください。
一つや二つじゃ足りません。
抱えきれないくらいの光を
みっちゃんの言葉で教えてください。
百年くらいなら全然、
余裕で待てるから
僕は、楽しみに鼻歌を歌って
待ってるから。
じゃあ、またね。みっちゃん。
愛してます。
がく より
返信したのよ。
指が勝手に動いていたの。
《私は、生きます》
そう、送っていたの。
既読は、着いていました。
返信は、来ませんでした。
がっくんのお母さんから、
ちゃんと聞きましたよ。
微笑んでいた、と。
私、泣きました。
赤ん坊以来に、大泣きしました。
辛かった。
会いに行きたかった。
けれども、私は言いました。
「必ず生きる」
口に出して言いました。
「必ず生きる!」
大きな声で言いました。
「必ず生きる!!」
そう、叫んでみせました。
雲が流れて、
太陽が顔を出しました。
がっくんに届いたと、
私はそれで確信したよ。
大丈夫。
私は生きる。
必ず生きる。
待っててね。
そろそろ、
手紙を終わりにしようと思います。
がっくんの言う“光”を
私は探さなければならないから。
最後に、伝えたいことがあります。
百年後に、
私が会いに行った時
言葉では足りなかった愛を
温もりを
静かに私にください。
そして、直接、
愛してると言ってください。
これは、
百年後の約束です。
今度こそ、叶えようね。
愛してる
みつ より
完