はじめる

#掌上の雪

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全49作品・

病むひとの

肩に重たき

小夜時雨

名残の秋に

命燃やして

千華・2021-11-07
新選組
沖田総司
掌上の雪
遥かなあなたへ
短歌かな?


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

6章 千 穂(2)





夢を見ていた。
子どもの頃の、たわいない夢だ。
土方と二人、泥だらけになって遊びほうけて家に帰ると、なぜか姉のお光がいる。
お光は、あたたかい笑顔で二人を迎えてくれる――。

――姉さん……。

淡い夢がさめた時、逆光の中に微笑む姉の面影をみとめて、総司はまだ夢の続きを見ているのかと思った。
「お気がつかれましたか?」
額の手拭を冷やしてくれているのは、姉ではない。
「あ、ああ……すみません、すっかりご迷惑をかけてしまって」
総司は、女の顔を初めて間近で見て、その意外な美しさに頬を赤らめた。

「ご気分は、いかがです?」
口調は控えめだが、真摯な温かみがこもっている。人柄がそのまま伝わってくるような、やわらかい声だ。
「ええ。おかげでずいぶん楽になりました」
「まあ、それは――」
よかった、と 微笑んだ横顔が、なぜかとても懐かしいものに思える。
(姉さんに、似ている……)
そう気づいたとき、これまで漠然と千穂に対して抱いていた敵意が、ふわりと薄れていくような気がした。

――歳三さんは、この人を抱いたんだろうか?

ふと、頭の隅をかすめたつまらぬ疑問に、総司はひとり苦笑した。
その額に手拭をのせ、千穂は、姉によく似たくちもとで微笑んだ。
「こんなあばら家ですが、土方さまが所用をすませてお戻りになるまで、どうぞごゆっくりお休みくださいませ」
声の響きまでが、姉のお光を思い起こさせる。総司は、思わず眸を閉じて、懐かしい響きをかみしめた。

「あなたが千穂どのですね? わたしは……」
「沖田総司さま。土方さまからいつも伺っております」
(土方さんは、俺のことをどんなふうに話しているんだろう?)
そんなことが、やたらと気にかかる。
土方が惚れたという女と、もっといろいろなことを話してみたい。
だが千穂は、病人を疲れさせてはと思ったのか、それ以上はあまり言葉もかけず、台所で立ち働いているようだった。

やがて、行燈に灯をともす頃になって、土方が一丁の駕篭を連れて戻ってきた。
「総司、どうだ? 立てるか?」
「ええ、もう大丈夫ですから。歩いて帰れますよ」
見え坊の総司はしきりに嫌がったが、土方が押し込むようにして駕篭に乗せた。
「突然押しかけてすまなかった。沖田が世話になりました。いずれ、また――」
「はい。また、お越しくださいまし」
軽く会釈して顔をあげた千穂の、切れ長の眸が印象的だ。女は、土方だけを見つめている。


思いがけなく、土方の想い人である千穂を知ることになった総司だったが、五条坂の女の家を出てから、ずっと心にかかっている一事があった。
千穂の声音の中に、かすかに秘められたような訛りである。
上方のものではない。大垣といえば名古屋に近いから、そのあたりの訛りだろうか。
(いや、どこかで――? 誰かに似ているような?)
屯所に戻って夜具にもぐりこんでから、総司は突然、その誰かが、江戸にいた頃何度か面識のあった、神田お玉ケ池千葉道場の塾頭、桂小五郎だということに気づいた。
桂は今、この京のどこかに潜伏しているという。新選組や見廻組が血眼になって捜している、長州の倒幕推進派の巨魁である。
(長州の訛り? あの人が……。いや、まさか?)

――偶然か。あるいは?

土方は、気づいていないのだろうか。
それとも、気づこうとしないのか。





❄️

千華・2020-06-29
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

6章 千 穂(1)





洛西壬生。
四条大宮から少し南西に入ったこの界限も、今は民家やビルが建ち並ぶ都会だが、新選組が屯所を構えていた幕末の頃は、一面田圃や壬生菜畑が広がる郊外の農村といった風情だった。
その田舎にも、秋は彩りを添えていく。
午後の日差しに、空が高い。
壬生寺の境内にある大きな銀杏が、金色に色づいた葉を散らしている。

「総司。公用で、今熊野くんだりまで行かねばならん。つきあってくれねえか」
その日、朝から気分が悪く横になっていた総司は、土方の声に跳ね起きた。
断れば、土方のことだ。またひとりで出掛けていくにきまっている。
(あの人は、自分の立場ってものが全然わかってないんだから。危なくって、見てられないよ)
ことさらに元気そうな顔をつくって、馬丁の忠助と三人、屯所を出た。
だが、どうもいけない。
河原町にさしかかったころには、熱のために足元が定まらなくなり、それでも必死に平静を装っていたが、とうとう清水坂の手前まできて、動けなくなってしまった。

さすがに土方はさとい。
総司の真意に気づいて、いたわるようなまなざしを向けた。
「俺のために無理をしたな? ――すまん、総司。大丈夫か?」
「すみません。かえって足手まといになってしまって……」
こらえても、手のひらの隙間から咳があふれでる。
「黙っていろ!」
土方は、石垣の下に総司を座らせると、そっと額に手をあてた。燃えるように熱い。
「ひどい熱じゃねえか。馬鹿野郎。どうして具合が悪いのを黙っていたんだ?」
「だって、わたしは土方さんのお目付役ですよ。ひとりで行かせて、土方さんにもしものことがあったら、わたしが近藤先生に叱られる……」
「――総司」
土方は、ほっとため息をつくと、なんとも名状しがたい、甘酸っぱいような顔で総司を見つめた。
新選組副長には似つかわしくない、やさしい眸だ。
(ああ……。子どもの頃に、試衛館の道場裏で見たのと同じ眸だ)

その時、それまで不安そうにことの成り行きを見守っていた忠助が、遠慮がちに声をかけた。
「土方先生。手前が、駕篭を捜してまいりましょう」
「いや、このあたりじゃ、そう簡単には拾えねえだろう。それにこいつは、少し休ませねえと――。今動かすのは無理だ」
京では、流しの辻駕篭はあまり多くないのだ。
土方はしばらく思案していたが、
「そうだ、忠助。この先に俺の知り合いの家がある。そこまで、こいつを運んでくれねえか」
「へえ。承知いたしました」
そんな会話が聞こえてきて、総司は首筋の毛を逆立てた。
(土方さんの知り合いの家だって? ――あの人のところだ)

――冗談じゃないっ!

思わず立ち上がろうとして、激しい目眩を覚えてよろめいた。
石垣に寄りかかるようにして、身体をささえるのがやっとだった。
拒絶の意志だけが、はっきりと頭の中にある。だが、身体がいうことをきかない。
「わたしは、大丈夫ですよ、土方さん」
「何を言ってやがる。息も続かねえくせに、大丈夫じゃねえだろっ!」
くやしいが、その通りだ。
総司は抵抗をあきらめた。

土方と忠助は、総司の両脇を抱えるようにして、一軒の町家にかつぎ込んだ。
「まあ、どうなさいました?」
「すまぬが暫くの間、連れを預かってもらいたい」
女と土方の話す声が聞こえる。
(ああ。これが、例の人だな……)
熱にうかされた意識の中で、すべては蜃気楼のように曖昧模糊としていた。
すぐに奥の部屋に布団がのべられ、その中に倒れ込んだ総司は、もう目を開けていることさえできなかった。





❄️

千華・2020-06-29
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ

これらの作品は
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「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

7章 月影五条坂(1)





東山五条坂は、清水寺への参道にあたる。ために、朝から夕刻までひとの通りがとぎれることがない。
それでも、参詣客相手の茶店や骨董屋が軒を連ねる表通りから一歩入れば、静かな家並みが続いている。
その五条坂から北へ、入り組んだ石畳の坂道をたどりながら、総司はいまだ逡巡していた。
手にした番傘に、ときおり激しく、冷たい時雨がしぶいてゆく。
(もう紅葉も終わりだな)
足元を、かさこそと音を立てて散り過ぎてゆく枯れ葉を目で追いながら、足取りは重くなりがちだ。

千穂を訪ねる。そして、事の真偽を糾す。
(もし、長州の間者ならば――)
むろん、斬る。――つもりである。
山崎の報告をうけてから、総司は長いことひとりで考えあぐねていた。
やはり土方には話さないほうがいい。
このことを知れば、即刻、土方は千穂を斬って捨てるだろう。

――それだけは……。

させたくない。
女を失うことよりも、真実を知らせることのほうが、土方の悲しみを深くするにちがいないからだ。


やがて雨のしずくの向こうに、女の家が見えてきた。総司の訪れを待つかのように、ひっそりとくすんだ景色の中に沈んでいる。
(もう、後へは引けない)
腹の底で覚悟を決めた。
「御免――」
いつもより低い声でことわってから、総司は引き戸をからりと開けた。
千穂は次の間で縫い物をしていたらしい。白い顔が振り向き、不意の訪問者が総司であることを認めると、驚いたように眸を見開いた。
「まあ。沖田さま――」
「今日はわたしひとりですが……。おじゃましてもかまいませんか」
「もちろんですわ。さあ、どうぞ」
千穂は、手早く縫いかけの着物を片付けると、総司を招き入れた。それが、左三つ巴の土方の紋服であることに気づいて、総司は意外な思いにうたれた。
(このひとは――?)

――土方さんをだまそうとしているんじゃないのか?

ぎこちなく押し黙ったままの総司に茶をすすめながら、千穂は気遣うように言葉を選んだ。
「沖田さまは御府内のお生まれですか?」
「いや、生まれたのは武州の日野です。土方さんの在所の石田村の近く――。九歳のときに市谷の試衛館に移りました」
「わたくしは江戸は存じませんけれど、京よりももっと大きくて賑やかな町なのでございましょうね」
「さあ、どうなのかなあ。……うるさいだけの町ですよ」
言い捨てながらも、総司の視線はいつか遠くを見ている。
江戸。それは、なつかしい響きだった。
喧噪と、ほこりっぽい人混み。路地裏のどぶの匂い。そして、試衛館の道場のささくれた床。汗くさい胴着――。
ふいに土方の笑顔が目蓋に浮かんだ。
かすかな狼狽に、頬が熱くなる。
動揺を懸命に隠そうとする総司に気づかないまま、千穂はことばを続けた。

「土方さまは、ここに来られても江戸の話ばかりなさいますのよ。ご兄弟のことや、試衛館のこと、それに沖田さまのこと……」
「そうですか」
土方は、自分のことをどんなふうにこの女に話しているのだろうか。あるいはそれは、男女の閨の睦言か――?
総司はしだいに、笑顔をはりつけたままの表情で千穂の話に相槌をうつのに耐えられなくなってきた。
もうこれ以上、この女の口から土方の名前を聞きたくない。

次の瞬間、総司の口から出たのは、自分でも驚くほど冷酷な声だった。
「ところで、千穂さん」
女を見据える双眸が冷たく光る。
「あなたは、桂小五郎という男をご存じですね?」
「―――!」
千穂の息がとまった。血の引く音が聞こえるようだ。
「どうして……それを……」
大きく見開かれた瞳の中に、幽鬼のような総司の貌が映っている。
(俺は許さない。土方さんを悲しませるものは――!)





❄️

千華・2020-07-02
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


◆山南敬助の謎◆



――新選組総長 山南敬助。
あなたのことが、なぜかずっと心に引っかかって離れません。


新選組といって思い浮かぶのは、近藤勇、土方歳三、沖田総司……。
このあたりなら、特にファンの方ではなくても、名前ぐらいはご存じの方も多いかと思います。
更に、芹沢鴨や斎藤一、原田左之助など、結構マイナーな人物が好きだという方も増えましたね。
特に前述の山南敬助は、それほど知名度が高い人ではなかったのに、大河ドラマの影響もあってか、ネットでもよく見かけるようになりました。

私は「新選組!」はあまり見ていなかったのですが、このドラマで山南さんを演じておられた堺雅人さんは、なかなかにはまり役だったようです。
それまでは、何となく人が好くて、頭でっかちで、運命に流されて悲劇的な最期を迎えた……くらいの、どことなく線の細い人物といった印象だった山南敬助ですが、堺さんが演じると、ちょっと懐の読めない謎めいた人物として、これまでにない新しい山南の魅力が表現されていたのかなあと、みなさんの声を聞いて想像しています。

さて、その山南敬助についてですが……。
実は、かくいう私自身、ず~~っと大昔から気になっている隊士の一人なのです。
あえて「気になっている」という書き方をしたのは、未だにこの人の真意がよく分からないから。
そして、人間的な魅力といった部分でも、どうしても土方歳三や沖田総司のような強烈な個性の持ち主たちの前では、少々かすんでしまう気がするからです。

ものすごく好き、というほどでもなくて。
結局、何をしたかったのか、新選組や自分自身の存在についてどう考えていたのか、もうひとつ彼の気持ちが読めなくて。
悲劇的な最期も、なぜああいう経過をたどってあの結末だったのか、が未だに分からないし。
何もかもはっきりしないまま、ただ悲しさばかりが心に残ってしまう人……かなあ。
それでも、追手である沖田と大津の宿でどんな一夜を過ごしたんだろうとか、切腹する直前、恋人だった明里との別れ、格子窓越しに何を話したんだろうとか、妙に気になるし、しかも絵になる人なんですよね。


肝心の脱走の真相については、諸説あるようですが、結局のところ藪の中です。
どうして何も言わず、何の行動も起こさず、ただ黙って脱走したんだろう?
どうして追手が、沖田ひとりだけだったんだろう?
どうして大津方面に向かったことが分かったんだろう?
しかも、あんなにすんなりと沖田が山南を見つけることができたのはなぜ?
書置きには「江戸へ帰る」としか書かれていなかったのに。
山南が何の抵抗もせずに、おとなしく屯所へ戻ってきた訳は?
彼が切腹するのを、なぜ伊東甲子太郎は止められなかったのか?
なぜ? なぜ? なぜ?
数々の疑問に明確に答えられるものを、私は何一つ持っていません。


もしかしたら……。
山南は脱走したのではなくて、自分自身の進退も含めて、これからの新選組のあり方について、近藤と話し合いをしたかったのではないでしょうか。
新興勢力である伊東一派と手を組んで、近藤ら試衛館一派を追い落とす、という選択肢もあったはずです。
何より同じ北辰一刀流ですし、思想的にも山南と伊東はかなり近いところにいたように思われます。
でも、彼はその方法は取りませんでした。
どうしても、近藤を、試衛館の仲間たちを裏切ることができなかったのかもしれません。
思い悩んだ末、山南は近藤ともう一度肚を割って話し合いたいと願い、それに最後の望みを託したのでしょう。
脱走を装ったのは、彼なりの必死の覚悟を近藤に訴えるためだったようにも思えるのです。

けれども、近藤はそこへは行かず(どんな思惑があったのか、あるいは土方の差し金だったのか?)、代わりに追手として沖田を差し向けました。
山南の訴えをはっきりと拒絶したのです。
大津の宿に現れたのが近藤ではなく沖田だと知ったとき、山南はすべてが終わったと感じたことでしょう。
あるいは沖田は、彼なりの配慮で、山南にこのまま逃げるようにと勧めたかもしれません。
けれど山南は、とてもそんな気持ちにはなれなかったのではないでしょうか。
――京を離れて、新選組を抜けて、どこに我が身の置き所があるというのか?
絶望のまま、屯所に帰り、そして従容として切腹して果てた……。

そんなドラマを思い描いています(あくまでも想像でしかありませんが)。
これも、どなたかの説をどこかで拝見した記憶かもしれないのですけれど。
いつか、山南さんの最期を書くことがあれば、こんな話になるかもしれないなあと、今は漠然と考えています。


山南敬助が死んだのは、元治2年2月23日。今の暦に直すと3月20日になるそうです。
近頃は暖冬で春の訪れが早く、もしかするとその頃には、桜もちらほら咲き始めているかもしれません。けれども、幕末の頃はどうだったでしょうか。
京の春はいつも気まぐれで、3月になってからも、寒の戻りで雪がちらつくような日もあります。
私には、山南さんが切腹して果てた日も、壬生の里には遅い春の淡雪が舞っていたように思えてならないのですが……。

格子に取りすがって泣き崩れる明里の肩に、髪に、舞い落ちる雪。
地面に落ちるか落ちないかのうちに溶けて消えてしまう、はかない幻。
この世の出来事は、すべて夢まぼろしの如く――。
春に降る雪は、冷たく悲しいのです。




❄️

千華・2020-07-07
歴史語り
新選組
山南敬助
掌上の雪
遥かなあなたへ
墓碑銘


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

8章 嫌われ歳三(1)





十二月、新選組にとってちょっとした事件があった。
江戸深川で北辰一刀流の道場を開いている伊東甲子太郎が、同志、門弟七名を伴って入隊したのである。
話はさかのぼる。
これより前、新選組は大々的に隊士を募集していた。
池田屋以来、新選組の名は文字通り天下に鳴り響いた。
だが、活動が大規模になればなるほど人数もいる。さらには、日常の激務で負傷したり、逃亡する者も多く、隊は慢性的な人手不足だった。
新入隊士はいくらでもほしい。
そこへ、伊東が同志とともに加盟してもよいとの意向をもっている、という話がもたらされたのだ。
膳立てをしたのは藤堂平助である。
藤堂はこの時期、隊士徴募のため、ひとり江戸に下向していた。
同門の誼みで伊東に参加を呼びかけたところ、快く内諾を受けたという。

「いい話だ。トシ、そう思うだろう?」
「さあ――?」
土方は疑わしそうに眉を寄せた。
伊東甲子太郎。その高名は土方も耳にしている。
はじめ水戸で神道無念流を学び、のちに江戸に出て、伊東精一のもとで北辰一刀流を修めた。その後、伊東家に婿入りして道場を継いでいる。
門弟の数およそ百人。著名な国学者たちと広く交遊し、学者としても名が高い。
流儀も人物も一流である。
近藤が相好を崩したのも無理はない。
だが。
(あぶねえな――)
藤堂と伊東、さらに総長山南敬助は、北辰一刀流という剣術の流派でつながっている。
そこに、得体の知れぬきな臭さを嗅ぎ取ったのは、土方の天性の勘だろう。
さらに、伊東の学問の根底にあるのは、水戸派の尊皇攘夷思想だときいている。
(今、俺たちが斬ってまわっている倒幕の過激派浪士と、紙一重じゃねえか)
そういう連中が、大勢で新選組に入るという。
ふと、不服そうに押し黙っている山南のやせた顔が脳裏をかすめた。
(こりゃあ、剣呑だぜ……)
いやな予感がした。

土方は漠然とした不安を抱いただけだったが、実はこのとき、藤堂と伊東の間には、重大な密約が交わされていたのである。
初めて訪ねた伊東家の奥座敷で、主と二人きりになるなり、藤堂は声をひそめて言った。
「伊東先生に、新選組を乗っ取っていただきたいのです」
「なに――?」
伊東は、しばし沈黙した。
眼前の藤堂平助は、いかにも江戸っ子らしい、いなせな若者である。
だが、屈託のない表情とは裏腹に、その口から吐かれた言葉は、あまりにも過激であった。
「近藤、土方を消して、先生に隊長になっていただく」
「………」
「新選組は、もともと尊王攘夷の志をもって結成されたものです。だが現実は、有為の志士をいたずらに斬ってまわっている」
藤堂は、悲壮な声で、抱えていた不満を一気に爆発させた。
「先生は、平素勤王の志厚く、また有能な指導者でいらっしゃる。裏切り者を始末したあと、先生を隊長に載き、新選組を本来あるべき姿に戻し、尊攘のために働きたい。それがわたしの望みです」

「藤堂くん――、本気ですか?」
さすがの伊東も、あまりの事の大きさに頬をこわばらせていたが、それも一瞬。
藤堂の言葉に嘘のないことを確信したのだろう。ふっと緊張を解くと、黙って微笑した。
美貌である。
色が抜けるように白く、唇が紅い。形のきれいなくちもとに刷かれた笑みは、色気さえ感じさせる。
「――承知しました」
「伊東先生!」
「わたしも常々、京における新選組の暴走には、心を痛めておったのです。貴殿の期待に添えるかどうかはわからぬが――、やってみましょう」

その後、所用で江戸に下った近藤が直接面談して、伊東甲子太郎とその一派の加盟は本決まりになった。
近藤は、貴公子然とした伊東の人物と、そのさわやかな弁舌に惚れた。
会談は終始なごやかに進んだが、秀麗な貌の裏で、伊東が心底何を考えていたかはわからない。





❄️

千華・2020-07-05
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


スミマセンm(__)m
ワタシは腐女子ではありません。キリッ

って、あーんなBL小説を投稿しておいて
何を今さら…と思われるかもしれませんが
実は、ワタシはBLが苦手なのです😓

本当は乙女ゲームのような
夢小説のような、そういうのが大好きな
ドリーミィ💓なヤツなんです。

「掌上の雪」は少々事情がありまして
あんなことになってしまいましたが。

あれを「燃えよ剣」の二次創作だなんて
言ったら、司馬遼太郎先生に
怒られるだろうなあ (((^_^;)


ワタシが書いた新選組の長編小説では
もうひとつ、藤堂平助を主人公にした
タイムスリップものがあるのですが
こちらは王道の恋愛小説💖😉

またいつか機会がありましたら
投稿させていただきますね~✨




❄️

千華・2020-07-15
掌上の雪
千華のトリセツ
内輪話
新選組
万年妄想乙女

はあ~
やっと完結しました~😅
読んでくださっていた皆様も
長かったですよね💦
ありがとうございましたm(__)m

ちょっと休憩しよ💧

千華・2020-07-16
掌上の雪
よしなしごと


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

10章 春雷は夜空を斬り裂く(3)





ふいと出ていったきり、土方はその夜帰らなかった。
「副長が外泊とはめずらしい」
「さっき外から使いが来たそうだぜ」
「さては鬼にも、泣き所ができたか」
原田や永倉がおもしろそうに言いはやしているのを、総司はひとり部屋に閉じこもり、こどものようにひざを抱えて聞いていた。
土方にたたかれた左の頬が熱い。
(きっと、あのひとのところだ――)
総司はその夜、ほとんど一睡もせずに朝を迎えた。
胸の中に、後悔が固い澱のようにたまっている。

非番の一日を所在なく過ごし、午後も遅くなってから、ふらりと屯所を出た。
土方はまだ帰らない。
あてもなく歩いているうちに、かれの足はいつしか東に向いていた。
四条大橋を渡り、八坂神社を南に下れば、五条坂。
土塀にはさまれた人気のない小路をたどりながら、自分が無意識に行こうとしている場所に気づいて、総司は愕然とした。
(俺は、馬鹿だ――)
五条坂を北にはいった千穂の住まい。そこに土方はいるだろう。
だが、行ってどうなるというのだ――?
総司は立ちどまった。
肩をすぼめるようにしてちょっと考えてから、いま来た道を引き返し、八坂神社を東へと抜けた。
そこは真葛が原と呼ばれる東山の麓である。

春の日は西山に傾き、厚く重なった雲の間に淡い朱の色をにじませていた。
眼下に広がる京の町は、すでに薄墨の中に沈みはじめている。
この時刻、あたりは人影も絶えて、総司はひとり、木立の中に取り残されたように立っていた。
林の雑木はまだ芽もつけていない。寒々とした枝が、曇った空に突きささっているばかりである。
土方に背を向けられるのが、こんなにつらいことだったのか。
春というには冷たすぎる西風が、総司の身体を吹き抜けていく。
ふいに、腰の菊一文字則宗が鞘走った。
背後の枯れ枝が音をたてて落ちる。
驚いたひよどりが二羽、あわてて灰色の空へ舞い上がった。
総司――。
心中の何を斬ったのか。
斬ってもなお、断ち斬れぬものがわだかまっている。





❄️11章に続く

千華・2020-07-10
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ

桜の散りざまは見事だけれど…。
春の淡雪と同じで
落ちれば消えてしまう儚いもの。

人の世もそうではないか。
命も、夢も、
すべては瞬時の幻に過ぎない。

だからこそ、人は
限られた生を精一杯生きている。
もがき苦しみ、血を流しながら。

千華・2021-03-25
再掲
沖田総司
掌上の雪
遥かなあなたへ
墓碑銘
桜舞う頃


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

7章 月影五条坂(2)





「ひとつ、聞く。あなたは長州の間者なのですか? 桂小五郎に命じられて、土方さんに近づいたんですか?」
「いいえ……!」
女は激しくかぶりを振った。

――いいえ、わたくしは……。

血の気の失せた唇がわななき、千穂の眸に涙があふれた。
「――わたくしをお斬りになるのですね」
「あなたが長州の間者として、新選組の内情を探るために土方さんに近づき、あの人をだましているというのなら――斬る! 斬らねばなりません」
「沖田さまはもうご存じですわね。わたくしの夫が、大垣藩士ではないことを……」

縁側の外の細い雨を眺めながら、千穂はぽつりぽつりと語りはじめた。
長州の下級藩士だった千穂の夫は、二年前に脱藩して京に上った。しばらくして、子どものなかった千穂も夫の後を追った。
それほどに夫婦仲がよかったというわけではない。ただ、夫のいない婚家にはいづらかった。
以来、桂小五郎にはずっと世話になっていたという。

「去年の冬の夜、夫は冷たい骸になって家に戻ってきました。新選組に斬られたのだと聞かされました」
「―――!」
夫が死んだあと、千穂はそれまで住んでいた長州藩邸近くの長屋を辞して、今の場所に移った。
それでも桂は、ときおり様子を見に訪れたりしてくれていたが、千穂は、援助の申し出だけは固く断った。
夫が死んで藩との緑が切れた今、これ以上の迷惑はかけられない。
それからは、仕立て物などの内職をしながら、細々と暮らしをたててきたのだという。

「あの日、歳三さまに助けていただいたのは、本当に偶然だったのです。あの方が新選組の土方歳三だということさえ、そのときは存じませんでした」
自分を助けてくれた男が、夫を[殺]した新選組の幹部だと知ったときは、さすがに声を失った。皮肉な巡り合わせに、眼の前が暗くなる思いだった。
だが、千穂は土方を憎みきれなかった。
死んだ夫を想い悼む以上に、土方歳三という男に傾斜してゆく自分の気持ちを、どうすることもできなかったのである。

「そのあと桂さまに、このまま土方歳三に近づいて、新選組のことを調べてくれぬかと頼まれましたが、お断りいたしました。いくら大恩ある桂さまの頼みでも、歳三さまを裏切ることなど、とてもわたくしには――」
「千穂さん――」
「……千穂は、不義の女でございます」
口に出すのは初めてだったろう。
言葉にした瞬間に、自分が長州の人間であるというこだわりも、かつてほかの男の妻だったという過去も、音をたててはじけてしまった。
あとに残ったのは、土方歳三という男に対する深い思慕の想いだけだ。

澄んだ瞳が、まっすぐに総司を見上げた。
「信じていただけぬかもしれませんが、桂さまとは、それ以来お会いしておりません」
一途なまなざしに嘘はない。
千穂はおそらく、命がけで土方を愛しているのだろう。
「それでも――、土方さまにとってわたくしが害になると思われるのでしたら、どうぞお斬りくださいませ」
女は、姉によく似たくちもとに、かすかに笑みさえ浮かべている。
ふいに、総司の胸にいいようのない激情がせき上げてきた。
幼いこどものように、この場に泣き伏してしまいたい――。
そんなこどもじみた衝動を、かろうじて歯の裏でこらえると、
「いいえ。――もう、ここには来ません。このことは、わたしひとりの胸にしまっておきます」
しぼりだすようにそれだけを言い置いて、総司は女の家を辞した。


雨はいつしかやんで、屋根の上に白いタ月がかすんでいる。

ああ――。

夕闇が肩の上に降りてきて、総司のため息をいっそう深いものにした。
(俺の想いの丈は、あの女にはかなわないのか。夫を殺された悲しみ、憎悪。その恩讐を越えてなお、土方さんを愛そうとするあのひとの想いには――)
下界を照らす月影が、しだいに煌々としてきた。
光とともに、冷気が空から地面にしみこんでいくようだ。
もうすでに、五条坂の店々は、軒提灯に灯を入れている。
清水寺には、夜の参詣に来る信徒も多い。その人々にまぎれて、総司の影はゆっくりと坂道を下っていった。







❄️8章に続く

千華・2020-07-02
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ



総司は受け取った刀をあらためた。
すらり、と抜く。名刀菊一文字則宗が、身震いするような光芒を放った。
二尺四寸二分。細身で腰反りが高く、丁子乱れの刃文に、えもいわれぬ気品がある。

「ほんまに、立派なお差し料どすなあ」
お糸がため息をついた。
さすがに研ぎ師の娘である。
刀に込められた神気の深さがわかるらしい。

「お糸さん、見てごらんなさい。作られてから何百年もたっているというのに、この刀の光は変わらない。
これまでどれだけ人間の血を吸ってきたかしれないのに、この刀身には一点の曇りもない」
「へえ……」
「これから先も、ずっとこのままの姿で、後世に残っていくんでしょうね」

見つめていると、吸い込まれそうになる。
総司は、則宗をぱちりと鞘におさめた。
「菊一文字は立派すぎて、わたしなどにはふさわしくない刀ですよ」
思いがけない声音の暗さに、お糸は驚いたように総司を見た。
頬が青ざめている。

――このおひとは、何かもっと、別のことを言おうとしてはるのやわ。

それがいったい何なのか、だまって男の横顔を見つめるばかりだ。

総司は考えている。
(何人の男たちがこの刀を手にし、そして死んでいったのだろう。それぞれに哀しみも苦しみもあったはずなのに、そんなものは跡形もなく消え去って……。
菊一文字だけが、昔のままの姿で、今、俺の手の中にある)

もうすぐ自分も、この世から消えるのだ。
そのとき菊一文字則宗は、沖田総司という男の、痕跡さえ留めはしないだろう。

――人間の一生なんて、一振りの刀ほどの値打ちもない。つまらないものだな……。



「掌上の雪」より

千華・2022-10-29
なんか刀剣見に行くのでテンション上がりました
掌上の雪
沖田総司
遥かなあなたへ
再掲


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

10章 春雷は夜空を斬り裂く(2)





土方は、総司の詰問には答えず、翳のあるまなざしを虚空に向けた。
「総司よ。俺ァなあ、おめえも知ってのとおり、三十になるまで武州の田舎で、家業の薬を担いで行商に歩いてたんだ」
「―――」
「俺も近藤さんも、武士の出じゃねえ。多摩の百姓のせがれだ。浪人とはいえ、まがりなりにも武家に生まれたおめえにはわかるまいが――」
土方には、武士や武士道というものに対して、苛烈なまでのあこがれがあった。
徳川三百年の泰平の中で、実際の武士階級がすでに失ってしまった士道の美学が、皮肉にも、農民出身であるこの男の内に、より純粋でストイックなかたちで結晶していたのである。

「俺は……、本物の侍になりてえ! この国のほかの誰よりも、武士らしい武士になりてえんだよ」
会津藩や徳川幕府には、自分たちを士分に取り立ててもらった恩義がある。
それに応えるには、新選組を最強の集団として育てること、そして自らは、武士として生き、武士として死ぬことだ。
「俺は許さねえ。――新選組を潰そうとする奴は、それが誰だろうと斬るだけだ。組を守るためなら、俺ァ鬼にでも蛇蝎にでもなってやるさ」
総司は沈黙した。
土方の心情を理解することはできる。
なによりも、この男のそういう生き方に魅かれてきたのだ。

だが。
山南敬助のことだけは許せなかった。
山南をあそこまで追い詰めたのは、ほかならぬ土方なのだ。すべては新選組のテコ入れのために仕組まれたことだったとは。
「そうとわかっていれば……、行かなかったんだ」
大津の宿で、総司を目にしたときの山南の驚きと失望、そして諦めの表情が、ありありと思い出された。
「歳三さんの馬鹿っ! 大っ嫌いだ」
ふん、と土方は鼻で笑った。
「言っただろう、総司。俺ァ、昔っから嫌われ者のトシだよ」
総司はこの時、心底、土方歳三を憎いと思った。
こんな残酷な男になぜ心魅かれるのだろう?


「嫌われついでに、これだけは言っておく。とにかくおめえは、一旦江戸へ帰れ」
「いやだ!」
総司は駄々っ子のようにかぶりを振った。
「山南さんは江戸へ帰りたがっていた。伊東さんと示し合わせたり、何かを画策していたりしたわけじゃない。ただ、新選組を離れたかっただけなんです。その人を斬ったわたしが、自分だけ帰るわけにはいきませんよ……!」
いつの間に風がでたのか、障子の桟がカタカタと音をたてている。
木々のざわめきの向こうに、遠く雷(いかづち)の音が響いた。

――山南のことは口実だ。本当は……。

土方歳三と離れたくない、その一事ではないのか。
(これは八つ当たりだ……)
土方は、自分のことを大切に思ってくれている。
だがそれは、身内として、仲間としての親愛の情だ。
それだけで十分なはずだ、普通なら。
(俺は、普通じゃない――!)
愛されたかった。
身も心も土方に奪い尽くされたかった。
そんな暗い衝動に身体中が捉われそうになる。
これまで最後のところで踏みとどまってきた自制心は、ただ土方に嫌われたくない、拒絶されるのが怖い、という思いからにほかならない。

雷鳴がしだいに近づいてくる。
夜空に閃光が走り、総司と土方の顔に深い陰影を刻んだ。
「俺ァ辛いんだ、総司……。おめえのために何もしてやれねえ。おめえが毎日弱っていくのを、ただ見ているしかねえ自分が、情けなくってたまらねえんだ」
「そんな猫なで声出したって……! 山南さんには、ひとかけらの情けもかけなかったくせに。とにかく、わたしは帰りませんからね。ここで逃げ出すくらいなら、死んだ方がましですよ!」
「――馬鹿野郎っ!」
総司の頬が鳴った。
土方は、恐ろしい表情で目をいからせていたが、やがて、黙って出て行った。
後ろ手で障子を閉めた土方の背中に、淋しげな翳がにじんでいるような気がしたのは、総司の思い過ごしだったろうか。





❄️

千華・2020-07-10
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

6章 千 穂(3)






一晩悩んだ末、次の日になって、総司はひそかに監察の山崎烝を呼び出した。
山崎烝。
大坂の町家の出であるが、度胸もあり、腕も立つ。そこを土方に見込まれて、監察の筆頭を務めている。
監察というのはいわゆる探索方であるが、新選組の場合、その対象は隊外だけでなく、隊士個人の素行にまでおよぶ。
副長直属の特務機関であり、そういう意味では、副長の土方歳三同様、隊士たちにとってありがたくない存在だった。

「山崎さん。私事で申し訳ないんですが」
「沖田先生が私用とは、めずらしいですな」
山崎は、よく光る眸で総司を見上げた。
にこりともしない。
どこか翳のあるこの男が、総司はどちらかというと苦手だった。
「新選組が必要としているのは、きみのような人物だ――」
かつて、土方にそう評されたことが、山崎の誇りである。
(そういえば、この人はどこか土方さんに似ているな)
彫の深い顔立ちに、獰猛な肉食獣の凄みをにじませた男の顔を、真正面から見据えるようにして、総司は口を開いた。

「調べていただきたい女がいます」
「女? それは……」
山崎の顔に、あきらかに驚きの表情が浮かんだ。
「失礼ですが、沖田先生のご存じよりの方ですか」
「おかしいですか?」
「いえ――」
やっと、山崎はくちもとをほころばせた。
「申し訳ありません。ただ、沖田先生から女の話がでるとは思いませんでしたので。失礼いたしました」

総司は、手短に千穂のことを話してから、
「この人が長州にゆかりの者かどうか、確かめていただきたいんです」
要点だけをきっぱりと告げた。
「長州、ですか――」
山崎は、何か言い足りなさそうな顔で視線を遊ばせていたが、やがて心を決めたのか、
「承知しました」
静かに頭を下げた。
「それから、このことはくれぐれも内密にお願いしたい。もちろん近藤先生にも、土方さんにもです」
「わかっております。その点はご安心を」


さすがに山崎の捜査は迅速だった。
それから三日後、総司は自室で、山崎から千穂についての報告を受けた。
「沖田先生、例の女ですが。あの家には最近越してきたようで、近所付き合いもほとんどなく、聞き込みに少々手間取りました」
「で、何かわかりましたか?」
「―――」
山崎は鋭い視線で総司を見つめ、一呼吸おいてから、
「沖田先生のご推察どおり、長州にゆかりの者ですな」
宣告するような口調でいった。
(やはり、そうか……)
総司は、自分の暗い予感があたっていたことに失望した。
土方に何と告げよう――。

「以前、長州者らしい浪人が出入りしていたことがあるという話です。どうやら、女の死んだ亭主というのが長州の人間だったようですな」
「………」
「それと、最近は、新選組の幹部らしき男がよく訪ねてくるそうです」
「山崎さん――!」
やはり山崎はただ者ではない。
わずか三日間の探索で、総司が隠しておきたかったことまで探り出してしまったのだ。
どうやらかれは、その幹部というのが、副長土方歳三であることにも気づいているらしい。
わきの下に汗がにじんだ。

その胸中を察したのか、山崎は、この男にしてはめずらしい明るい微笑を浮かべた。
「わかっています。わたしはこの探索を沖田先生から依頼された。沖田先生以外の方に漏らすつもりはありません」
さらに山崎は、さびた声音でつけ加えた。
「――土方先生には、沖田先生からお話しになってください」





❄️7章に続く

千華・2020-06-30
掌上の雪
新選組
沖田総司
土方歳三
遥かなあなたへ


「掌上の雪 ‐沖田総司残照‐」

9章 山南敬助始末(1)





……かごめ かごめ
籠の中の鳥は
いつ いつ 出やる……

遠くに子どもたちの声が聞こえる。
総司は壬生寺の本堂の縁に腰掛けて、ぼんやりと東の空をながめていた。
灰色の雲が、飛ぶような速さで西から東へと流れていく。
今日、山南敬助を斬った。
隊を脱走した山南を、大津の宿まで追いかけて連れ戻し、つい先刻、切腹の介錯をしたのである。
手にはまだ、首を落とした時の感触が残っていた。
(寒い――)
素足の先から寒さがはいのぼってくるようだ。
総司は小さな咳をひとつ、した。


山南敬助は、試衛館以未の仲間である。
江戸にいた頃から近藤の信任も厚く、局長につぐ総長という重責にある大幹部だった。
山南の不幸は、かれの志が、土方歳三の目指すものとまったく相いれないものだったことである。
伊東甲子太郎が入隊してからは、その対立はますます深まった。
慶応元年二月二十一日。
山南は、ついに脱走した。

――江戸へもどる

部屋に残された書き置きには、それだけが記されていた。

「脱走は切腹。局中法度書は絶対です」
すぐに主だった幹部が集められ、席上、土方のこのひとことで、山南敬助処分の方針は決定した。
「しかし、土方副長――」
とりなしたのは、近藤である。
「これには江戸へもどるとあるだけで、まだ脱走とは決められまい。それに山南くんは、新選組の結成にも多大な功績がある人物だ。それを平隊士と同じようなわけにはいかんだろう」
「誰であろうと、例外を認めるわけにはいきません。まして総長という重責にある幹部だからこそ、このままうやむやにしておくことは、隊の規律を損なうことになる」
断固として言った。
伊東は、ひとことも発言しない。

土方の視線が、その場に集まった男たちの困惑した表情の上を流れ、やがて総司の上でとまった。
「総司! すぐに追いかけて、連れもどせ」
「わたしが?」
かすかに拒絶の色が浮かんだのかもしれない。
「そうだ。おまえが行くんだ」
「―――」
総司は言いかけた言葉を飲み込んだ。
山南の脱走は、土方が仕掛けたようなものだ。自ら罠にかかった山南が短慮だというほかはない。
何を言っても、もう手遅れだった。
「ああ、それから――、言うまでもないことだが、山南さんは北辰一刀流の使い手だ。くれぐれも油断せぬように」
総司は、小面憎いほどに無表情な土方の顔を、眸のはしでにらむと、
「沖田総司、参ります!」
わざと大きな声で言い、蹴るようにして席を立った。
手早く旅装を整え、馬に乗って屯所の門を出るまで、一度も後ろを振り返らなかった。


三条通から蹴上を越えれば、山科である。
東海道を東へ――。
総司はひたすら馬を駆る。
早春の陽はすでに西に傾き、長い影が街道に伸びている。
頭の中は空白だった。
ときおり、山南の物静かな横顔が脳裏をかすめたが、むりに心の外へ押しやった。
(よけいなことは考えぬことだ)
そのままの勢いで、大津の宿を過ぎようとした時である。
街道脇の茶店から、ふいに飛び出してきた男の姿を目にして、総司は言葉を失った。
甘酒の湯飲みを手にしたまま、微笑さえ浮かべて手を振っているのは、山南敬助その人だったのだ。





❄️

千華・2020-07-07
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