蔵 クナイ・2021-08-01
散文詩
「気泡を掴むように」
散文詩
「過密性の不一致」
夕暮れ近くの坂道、夏を遠くにした婦人が蝉時雨の狭間を歩いている。案外、人と云うのは外見から判別出来ることも多いのやもしれない。婦人は憔悴しきっているように思えた。白い服に向日葵の影を映した夏の月めいた女性であるが、その瞳に明るい兆しは見てとれない。婦人が立ち止まって、「あ」と小さく声にした。蝉が闇のやすらぎに還るべく地面に落ちていたからだろう。
「お疲れ様、蝉さん」
婦人が風にささやいた優しさを、ぼくは確かに耳に残した。虫が大好きなぼくは、婦人を感受性に溢れた人だと好ましく捉えた。
そして、夏のすれ違い。
ぼくは婦人を見ない。
婦人は蝉の歌に消え入りそうだ。
夕映えせまる坂道で、婦人の心とぼくの気持ちは何の接点も無いままだった。
ただ、夏の限りに鳴く蝉の声、その過密性だけがためらいの全く感じられない景色の表題だった。
他人のぼくと婦人は、夏の小夜を楽しむことも見つけられない。
ゆっくりと夏が暮れる。婦人とぼくの歩みの不一致を哀しい絵画へと変えて行くのは、寂しさの若いカラスの羽根。
カラスが蝉を喰った。
婦人が目を伏せる。
今日は夕立の予兆は無い。
気が合った僕ら笑い合った
不意に放った冗談
「このままだと笑い過ぎて死ぬから離れよう!」
なんてね。でも、君の心には強過ぎた
急に顔をくもらし涙を流し俯いた
「どうしたの?ごめんよ、ごめんよ、泣かすつもりはなかったんだよ」
君は自分でもわからぬ涙に戸惑いながら
「ううん、違うの、何でかわからないけど、胸が痛いの」
どうしたら良いかわからぬ僕は君を抱きしめてた
「きっと、僕達、心が近過ぎたんだ。知らない間に」
二人は見つめ合いながら唇を重ねることで
言葉を越えた
散文詩
「廃墟のハイビスカス」
ふと、最期の音がしたんだ。街中の夕暮れに流れる廃墟の心に、真実を遠くした破滅への自我に、ようやく最期の響きがしたんだ。
こころの面影は、虚ろな住人となって、ぼくの明日をゆらゆら揺らめかせるけれど、(傷みの途中)確かにハイビスカスの夏と早い秋の虫の歌は繰り返されてる。
最期の音は、雨の雫に心を通わせた小鳥の悲鳴に似て悲しく、そして街の誰も、その音に気付いてはいないように思われた。
ふと、片手のスマートフォンが振動する。
懐かしい友人の笑顔の声。
見上げれば、空は虚空を越えて蒼いまんま、小さなぼくを赦して広がる。
夕闇の闇に呑まれぬよう、ぼくは再び命を振り返る。満たされた否定形が、いま、夜に向かって、
生きろ。
ひたすらに、生きろ。
と、ぼくの最期の音を遮った。
こころの住人と、半月の宵を漂う。
十八時の、ありふれた日暮れに、ぼくは階段を降りて行く。
廃墟は、もう廃墟では無い気がして。
散文詩
「恋慕」
そうして星を見れば、あたたかな涙を知った。彼女に恋をして、ぼくは心の欠片を取り戻したようだった。淋しい寂しさこそ、ぼくには恋そのもののように思えた。星は応えを深い夜に投げ掛ける。片思いのまま、閉じる雨もまた恋のやさしい恵みだと。
確かに、ぼくも彼女も若くはない。もう、大きな熱の衝動だけを求める恋も魅力的には映えない。
ただ、ぼくは、彼女に会いたい。
冷え込む遠くの息遣いに、冬は幻ではない。
ぼくは、もしもを胸で育む。
メリークリスマス。メリークリスマス。
黎明の恋慕に、彼女は花を抱えて微笑んでいる。
それが虚像の願いでも、ぼくと彼女のつながりを月光に想っていたい。
心のままにポインセチアを思い浮かべれば、流れる夜のしじまがこのハートの片隅に、愛の風をそっと与えてくれた。
ぼくの手は冷たいが、ぼくの両手は彼女の為にあたたかくしていようと考えて、ほうじ茶の湯のみをじっと見つめてみる。
一度だけふれた彼女の手は、せつないほどに孤独を伝えていた。
距離を、優しい距離を置いて、ぼくは彼女とのはじまりを鑑みている。
黎明の季節は、いつも冬の薫りに包まれている。
そうして、夜空の星はまたたくままだ。
散文詩
「ビコーズ」
秋の夜に思う心を正しく説明して良いものか、または正しく解説する必要性があるのかと悩む夜更け。しばらく、無人だったぼくの心に面影が浮き上がり、そっと抱こうかと思案している。彼女はまさしく、もう会うことの叶わない女性であるし、夜風に昔話を準えるのも随分と淋しいことのようだろう。
実際、彼女はステキな女性だった。
泳いで、冬を共にして、別れても、なお、二人は友人であった。星空が胸を焦がして行けば、リリシズムが心を揺らすだろう。だから、ぼくは小さく音楽を流した。そう。彼女には、いつでも会える。
この心に、恋人の場所があるからだ。
散文詩
「時の椅子」
静かな夜でした。暗がりのカラスは天使に戻り、バラードのチョコレートは机の上に。海から風の妖精の贈り物が届いて、ぼくは一人で月影を見ました。
踊る心の忘れ物がせつなさを呼んで、時の中に椅子がひとつ浮かんでいるのです。その椅子は星を散りばめた優しさの椅子で、ぼくは面影の女性をそっと時に添えました。
静けさの夜でした。ムーンライトの兎達と今宵は少しいっしょに夜空を泳いで、秋の闇に思い出を見るのです。
美しい音楽が哀しみを残すように、時間の椅子がいつまでも心に映っています。
忘れ物にもう会えない人との会話を綴って、夜の風に還しましょうか。
追伸、追伸はありません。
とても綺麗な夜です。
散文詩
「雨」
時折、思い出す雨の朝にはいつもの、恋人が居た。
遠くの昔、傘は紺色と白を並べて歩いた彼女は今はもう他の人なのだろう。ぼくは、そうっと雨の空を見る。面影は、どうして太陽の薫りに寄り添わないのだろう。だから、ぼくは今だって、雨が好きなのやもしれない。
あさ、となりにあなたがいる事に安心した。
いきててよかったって思った。
しずかな朝の匂いを感じた。
ては昨日から繋いだまま、少しつっている。
るり色の空が優しく包んでくれている。
そんな感覚をまた、あなたと。
星に願いを
月に想いを
空に涙を
雲に笑顔を
あなたに愛を
散文詩
「コントローラー」
ゲームを眺める。静かな冬の午後に、テレビゲーム機の本体を見る。ぼくは古くからテレビゲームをしている。「テレビベーダー」。確か、そんな名前だった。ぼくがテレビゲームと出会った、最初の機械は。懐かしさ、あふれる。ニンテンドーは、トランプのメーカー。まだ、誰も知らない会社。そんな昭和。
コントローラーをなんとなく持って、ゲームをしようか考える。真昼に入浴したあと。カップらを、あとで食べよう。
そういえば、クリスマスとお正月に予定が全く無い。
まあ、のんびりテレビゲームをしようかな。
散文詩
「人を演じた道化師の素顔」
別に失う物は無くて、いや、涙は失いたくなくて、そうしたらピアノのとあるメロディーが、ぼくの支えになっていて、生きる意味を追放したはずなのに、どうして夢は美しいのだろう。欠陥品はあの鳴らない海へと、あの日棄てることも出来ただろうに。残念ながら、生きています。あと少し、星明かりに近い昨今が恐らくぼくを許さないでしょう。人間にだけは、なりたくなかったのか、もはや蒙昧な心では判りかねますが。怪人はいつもの深夜に訪れて、ぼくの明日は明るくは無いと執拗に小さな声で反芻するばかりです。疲れた横顔に三日月を映す夜は、ありもしない絵空事の雨に打たれて、それはそれは正義の味方達が多くの瞳の中に、ぼくを幽閉して行くだけでした。静けさの中、還りたい場所を誰にも告げずにぼくは暗礁に隠蔽しては、速く早く一抹の不協和音を待ち焦がれているようです。夜にならない朝は存在しない。例えば深夜の鮫のように、海底の道化師は素顔を知られ過ぎている多義的解釈を持て余して久しいのです。最期は死にたがりやほど、生命力があるような不条理にシュールな油絵の筆が踊ることでしょう。消して、また、描く。消して、消して、消して。
ガレキに見つけた
きらめくわずかな星砂は
無駄な体温を嫌がるように
指の間からこぼれ
すり抜けた
蔦の記憶に寄り添って
雨の予感に耳をすませば
いつか夕日が見える大草原で
時間を忘れて神秘を歌う詩を書きたい。
時間を忘れて本の世界で過ごしたい。
書斎にて
机の上には、書きかけの短歌、詩の草稿、それから、昨日読みかけていた歌集。僕の机の上は、大体そんな感じ。
いや、これ以外にも乗ってる事もあるな。
時に、最愛の人に送ろうとした手紙。時に、中学時代の卒業アルバム。時に、在りし日の決意表明。
インキが付いたペン先、捨てなかったあの日の旅の切符、手垢まみれの英和辞書。
僕の机の上は、大体そんな感じ。
風化の街
街が一つ、亡くなろうとしていた。言葉無く、容赦なく、崩れ始めた。
昨日まで「大きいね」と二人で見上げたビルは、もう僕の膝辺りの低さになってしまった。
瓦礫に佇むのは一人、冬の風は、昔よりも冷たく感じた。雫はとめどなく落ち零れた。
「まだ線路は、続いてるって言って…。」
街が一つ、亡くなろうとしていた。言葉無く、容赦なく崩れ始めた。
昨日まで「大きいね」と二人で見上げたビルは、今になっては、誰も知らない…。