君のいない世界に意味は無い
"虚無"なんだ
灰を噛むような日々が
無力な僕を責め立てる
あの時、苦しんでる君の
そばにいることすらできなかった自分を
僕は、許せなかった
だから死のうとした
ただ、それだけのことだったのに__
【この灯りが消えるまでは】
ランプの灯りはまだ強い
少し落ち着きを取り戻してから
シラユキ
僕は白雪と向き合った
日に当たることが少なかった
ただでさえ白い白雪の肌が
月に照らされ青白く光る
半透明でもなく
くっきりとした輪郭を持つ白雪は
生きている僕と遜色がないように思えた
でも、
(冷たい…)
抱きしめた時に、生前は感じられた温もりが
今では微塵も感じない
ひんやりと冷たい肌が
白雪の死を突きつけてくる
「ホントに…死んだんだな…」
『うん、ゴメンね』
悲しそうに顔を歪める白雪
(違うよ…)
白雪が悪いわけじゃない
守ると豪語しておいて
守れなかった自分が憎いだけ
だから
「そんな顔、するなよ」
ハエの鳴くような声だった
また目頭が熱くなる
でも白雪の手前、泣いてる姿は見せたくない
気を抜けば流れる涙を必死に堪える
『うん、ゴメンね』
白雪はまた謝った
どこか寂しそうな白雪を
また、僕は抱きしめた
もう、一時も離したくはない
『ふふ、どうしたの?甚、
随分甘えん坊になったね』
と、白雪に頭を撫でられる
前まで照れくさくて嫌がっていたが
今はそれが心地いい
『……ねぇ、甚…
何でここへ死にに来たの?』
白雪が腕の中で気まずそうに聞いてくる
躊躇った
言ってしまえば、
きっと白雪は自分を責める
「……どうしても、知りたい…?」
『うん、知りたい』
即答
白雪の瞳は揺るがなかった
「…白雪がいなくなってから僕は、
自分が生きているのか死んでいるのか
分からなくなったんだよ
何をしていても、どこへいても
何も感じないんだ
それだったら、死んで
白雪と一緒にいる方がいい」
白雪を腕から解放して
僕は白雪の目を見た
「えっ…!」
雫が、白雪の頬を伝う
「な、なんで白雪が泣いてるの?」
顔を真っ赤にして涙を流す白雪
それなのに、こんな時でさえ
久しぶりに見る白雪の涙を
綺麗だと思ってしまう
『…こうなるって、思ってたの
甚が、死ぬんじゃないかって……』
涙を丁寧に拭いながら白雪が言う
白雪のその言葉に、僕は何も思わなかった
『私、死んだ後ね、すぐに
甚の所に行ったの』
僕は白雪を見つめたまま、黙って聞いた
『そしたら、ね、甚、泣いてた…
お墓の前で…1人で、ずっと…
それ、見てたら、私まで泣けてきて
横で、私…泣いてたの、
知らなかったでしょ…?』
知らない、分からないよ
あの時は、白雪が死んだことで
頭がいっぱいだったんだから
『私、後悔してるの…
私のせいで…甚が、死んだらって…
そんなの、そんなの絶対ヤダよ…!』
(白雪、そんなふうに思ってくれてたんだな)
白雪の優しさが心に染みる
(でも、違うよ、白雪は悪くない…)
本気で、そう思っていた
今もそれは変わらない
『甚』
「…何?」
『死なないで』
「…どうして?」
『甚には、幸せになってほしい』
「僕は、白雪と一緒にいられれば
それだけで幸せだよ」
『ありがと、…でもそうじゃないよ
私は甚に生きて、幸せになってほしい』
「…生きてたって、白雪はいない」
『そうだね、私は死んじゃったから
でも、甚は生きてる』
「僕は、白雪と一緒がいい」
『ダメだよ甚、お願い、死なないでよ』
「嫌だよ、そのお願いは、聞きたくない…」
堪えていた涙が零れて
地面にシミを作っていく
2人とも黙り込んで少しの沈黙
ランプの灯りは
最初より少し弱くなっている気がした
最初に沈黙を破ったのは、白雪だった
『甚』
「…何…?」
『生きてよ』
「……」
『生きていたら、そりゃ失う事だってあるよ
私みたいに身近な人が亡くなったら
本当に辛いと思う
私も、お母さんが死んだ時、
本当にしんどかった…
でもね、生きていたら
その傷を癒してくれる人に出会えるんだよ
新しい大切な人も…出来るかもしれない』
「無理だよ、白雪以上の人なんて、いない」
『…ありがと
甚が私の事好きでいてくれるの
すごく、すっごく嬉しいよ
でもね、そのままだと甚が前に進めない
だったら…、私の事は……忘れてほしい』
「え…?」
『私は、甚に幸せになってほしい
ね?お願い、甚』
辛そうに、悲しそうに、白雪は言った
こうなってしまった白雪は頑固だ
僕がどんなに反論しても無駄だろう
今までも、ずっとそうだった
今回も、きっとそういうこと
「………分かったよ…」
『うん、ありがと
ワガママ言ってゴメンね』
また白雪から真珠のような雫が零れた
この時の白雪はいつになく綺麗で
"忘れて"って白雪は言ってたけど
僕は一生、忘れることは出来ないんだと
改めて思い知る
ランプの灯りが少しづつ弱くなっていく
白雪と話せるのも、あと少し
『光、弱くなっているね…』
白雪も僕と同じ事を考えていた
「そうだね」
静かな時間が流れる
寂しさと悲しさに僕の心が溺れていく
「離れたくない…」
不意に本音が空に落ちる
『うん、私も…』
白雪は泣いていた
白雪の心も僕の本音に重なる
ヒラヒラと宙に舞ったそれは
輝きながら澄んでいた
白雪の細い体を包み込む
温もりは感じられなくても
寂しさを紛らわせられれば、と思った
『そろそろ、終わりみたい……』
腕の中で白雪が言った
それでも僕は離さなかった
今離してしまえば、
すぐに消えて無くなりそうで怖かった
すると白雪が僕の腕を優しく振りほどいた
見ると、白雪は光を纏っていた
雪のように細かい光の粒が
白雪のくっきりしていた輪郭を
朧気にしていった
(ホントに、これが最後なんだな…)
頬を伝う涙を白雪のしなやかな指が
ゆっくりと拭う
白雪はもう、泣いていなかった
覚悟を決めたのだ
『じゃあね、甚
幸せになってね』
足元から光の粒に溶けていく白雪は
そう言って、笑った
最後に1つだけ、
「白雪、」
『ん、何?』
白雪の柔らかい唇に僕の唇が触れる
生前は交わしたことのないキスを、今は
躊躇う間も惜しいと言うように白雪を求めた
しばらくして唇と唇が離れた
その頃には光の粒が
白雪の肩くらいまで来ていた
白雪は顔を真っ赤に染めて
あわあわしていたが
最後は恥ずかしそうに
『ありがと』
とだけ言った
それが、僕の最後に見た白雪の笑顔だった
月明かりの下、一人取り残された僕は
月を見上げていた
すると
『さぁ、どうだったんだい?』
あの人は、手すりの上に立っていた
「ありがとうございます
白雪と、ちゃんと話が出来ました」
『そっかそっか、
死ぬのはやめにしたのかな?』
「えぇ、白雪の為にも死ねません」
僕は真っ直ぐにこの人を見て言った
一点の濁りもない意志を持って
『そっか、良かったね』
あの人がふっと笑った
優しい笑みに意識が遠のく
『ジンは、シラユキちゃんの分も
しっかり生きるんだよ…』
目が覚めると、そこは病室だった
真っ白なベッドの上で
僕は3日間、眠っていたんだそうだ
あの日、陸橋から落ちて
(夢、だったのか…?)
思い出そうとするも頭痛が酷い
もしもあれが夢ならば、
なんて無責任な夢なんだろう
目を閉じると新しい記憶の中で
白雪が笑っている
「白雪…」
口に出すと溢れる涙が抑えられない
(ホント…かっこ悪いな…)
そう思い、涙を拭おうとすると
「あ、」
決して、あれは夢などではなかった
僕の手にはあの日、白雪に渡した
鍵のネックレスが握られていた
『幸せになってね、甚』
そんな白雪の声が聞こえた
気がした
END
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おまけ
『ありがとうございます
最後に甚と、話をさせてくれて』
『いや、いいんだよ あの子の魂は、
まだ狩るべきじゃなかった
ただそれだけの事だからさ』
『でも、いいのですか?
死神が死ぬはずの魂を残しておいたら』
『いいんだよ
ジンは生きたいって願ったから
…あの子と違ってね…』
『…そうですか…、ありがとうございます』
『どういたしましてー
あとの見守りは、頼んだよ』
『はい!』
END