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珍しく筆が進んだ小説
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『Innocent Youth』
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置いておきます
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更新は気まぐれです
start
次の日の朝九時になっても
彼女の姿は屋上に現れなかった
独りでに鳴る風鈴は
夏を感じさせる
彼女が退屈だからと言って
購買で買ってきた何かのケースに
穴を開けて糸を通し
その糸の先端に小さな鈴が結ばれた
簡易的なものだった
「…うるさいわね」
いつもなら彼女の長い話に
付き合わされて風鈴の音なんて
気にしたことはなかった
蝉の鳴き声が短くなる
もう今年も夏が終わる
今でも空一面に広がった積乱雲が
海上を覆うように済ましている
酷い雨のせいでつくられた水溜まりに
強く太陽の光が反射して目を襲った
眩しさに目を瞑り、今日も一日を過ごす
彼女の居ない屋上は久しぶりに
直接に自然を感じられた
お昼になっても結局彼女は来なかった
風邪でもひいて寝込んでいるのだろうか
毎日一緒に居て連絡先すら家すら知らない
ただ、屋上に来て気ままに話してるだけの
知り合いに過ぎなかった
そんなことを考えていると後ろから
人が近づいてくる気配がした
「せーんぱい、暗いっすよーそんな顔してーかわいー顔が台無しっす」
「…、な、なにしにきたのよ」
久しぶりに目にする人に少しだけ
後ずさりをしながら話したのは
彼がジリジリと近づいてきたから
こんなに距離を詰められなくても
会話出来るって言うのにも関わらず
彼はなぜか馴れ馴れしい
「もー、そんな堅いこと言わずにー」
と言いながら肩に掛けれていた鞄を下ろし
中から出てきたのは彼愛用のカメラだった
「見てください、セミの抜け殻です」
と言ってその画面を見せてくる
そこに居たのはドアップに撮られた
蝉の抜け殻だった
「…、きもちわるい、」
「そんなこと言わないでくださいよー、セミが生きた証ですよー!!!」
虫が嫌いな私の横で楽しそうに語る彼
この抜け殻は、蝉が抜けたと同時に
撮影されたものらしい
これは貴重な資料だと胸を張って
この気味の悪い写真について語る
「…、そう、良かったわね」
なんて適当な相槌をひとつ
もうこれ以上真面目に聞いたら
本当に気分が悪くなってしまうと
遠くの空に視線を移した
「へへ、先輩の好きな空の写真も撮ってきましたよ、昼間のもくもくした雲と、夜の見事な満月、どっちがいいっすかー?」
にこにこと私に問いかける彼を横目に
どっちも、なんて答えると
経験上話が長くなりそうなので
満月の方、と適当に返してみた