【幸せな奈落】
会いたいなと、
最近思うのです。
これは奈落で綴る
私の日記です。
生まれてから十六年間程生きた時、
常に笑顔で満ちていた少女は
深く愛した想い人に告白をし
交際することとなりました。
想い人はスポーツも出来て
成績優秀なこともあり、
好意を持つ女子は少なくは
ありませんでした。
そんな中、少女は
世間で言う"虐め"という行為を
受けるようになりました。
その被害は想い人まで害し、
想い人は少女に別れを告げました。
少女は人生で初めて
死にたいと思うようになりました。
そこから始まる少女の
塵みたいな日常を
此処、奈落で綴ります。
「死ねよ。」
「わかった。」
「ざまあ」
「うん。」
虐めは別れてからも
止まることは無かった。
関に野に
笑に真
そう書いて
せきの えま。
いついかなる時も
真実の笑みを魅せるという意味で
笑真と名付けられた。
シャーペンの先で
肉を引きちぎられ
腕に描かれた
"死ね"の文字。
その痛々しく
考えられぬ傷は
文字は掠れ読めなくはなるも
痕が消えることはない。
笑真は両親に隠し続けた。
いついかなる時も
偽りの笑みを面に貼り付けて。
そんな彼女が
唯一本音を打ち明けたのは
アルバイト先の本屋の
シミズリョウヘイ
清水凌平
一つ年上の高校生であった。
「うわっ、なあにその指の傷」
隠せない手の傷だが
彼は何も察する事無く指摘した。
「拒否として伸ばした手を
躊躇なく叩かれたら
赤くなって。
これは、内出血というものなのかな。
何時間かしたら青く染まった。」
「すっげえ痛そう。
んな奴殺しちゃえばいいのに。」
「殺したいとは思わない。
自分が死ねばいいのだから。」
「えー、そう?
俺は逆に死ねって思うなー。」
凌平がそう言いきった後、
二人の間には
少しの沈黙が続いたが
凌平はもう一度口を開いた。
「痛くねえの?」
「1から10で表すのなら
体の痛さは7くらいで、
心の痛さは0以下。」
「0以下ってなんだよ。
お前ドMなの?」
「よく分からない。
死にたいと思うのは
心が痛がってるとは思わないから。」
「お前、病んでんな。」
「病んでない。」
真実の笑顔とは何だろうか。
ふと溢れ出す笑みか
面白い場面を見た時か
よく、分からない。
「じゃな。
送ってこうか?」
「…え?」
「そんなこと言える人だったんだ、
みたいな目で見んじゃねえよ。
俺結構言える人よ。」
「びっくりした。
じゃ、さようなら。」
「遠回しに断ってくんなし。
ん、また今度。」
お風呂に入る時
傷が染みるのはちょっと面倒だし、
下にものを置く時
背中が痛むのは結構嫌だし、
体に傷をつけるのは
出来れば辞めてもらいたいと思う。
良いことをした人は天国に
悪いことをした人は地獄に
生まれ変わったらまた…とか
そういう決めつけを謳うけど、
真実ではないのに、
何故 子に孫へと
伝えられていくのか。
そして何故
皆それを当たり前に
信じるのか。
奈落に逝きたいと思う。
よく分からないし
あるのかも分からないけど
逝きたいと思う。
朝起きると、
1番に感じるのはやっぱり体の痛み。
骨の髄から皮膚の表面まで
一時も休むことなく
伝わり響く痛み。
「笑真ー?
起きてるのー?」
朝日が窓を貫通して
部屋が暖まってきた
少し遅い朝の時間。
母親が笑真に声をかけた。
「おーきてるよー!」
喉から精一杯声を出した。
母親に二時からバイトだと
言うことを伝えると、
電車賃の他に
おやつに食べる用と
タッパーに入った
塩漬けのリンゴを渡してきた。
季節は秋、
寒くもないし暑くもない。
椛や銀杏が枯れ散るを見て、
人々は美しいというこの季節。
枯れる葉を見て美しいというのは
普通におかしいと思うけれど、
実際そう思ってる人って
私くらいしか居ないんだろうな。
そう教えられてきたから。
桜はピンク色が舞って綺麗だし
向日葵は太陽を向く姿勢が美しいし
秋の葉っぱは色付いて綺麗だし
雪がさんさんと降る銀世界は美しい。
そう謳われてきたから。
人は殺してはいけない
小・中学校は行かなきゃいけない
目上の人は敬わなきゃいけない
いずれは死に腐る
今とか世界とかそういうのに
囚われて
生きよう生きようって
足掻く人間たちが
"決まり"を作ったから。
私はそういう
私が生きるこの今が
どうにも好きになれない。
「おはようございまーす、」
「清水さん、もうお昼すぎてる。」
「別に良くねえ?
俺さっき起きて猛ダッシュよ。
ほんと、おはようの時間なの今は。」
「あっそうですか。」
「あっそうですよ。」
新入荷された本が入った
ダンボールを
はさみやらカッターやらで
手際良く開封して
本棚の下の引き出しへと
詰めていく。
この作業はレジ打ちと違って
無心で行えるし、
万が一
刃物で肉を切ったとしても
それにいちいち痛がってたら
私の虐められ役の立場なんて
今日まで続けてこられるわけない。
「そいや、関野はさーあ、
本が好きでやってんの?」
「別に好きじゃない。
本屋のバイトをしてる理由なんて
これといったものは無いけど、
今までやってきたから
他で続けられる自信はないし、
今の今までも続けている。」
「そうかー、
俺の理由、聞いちゃう?」
「別にどっちでもいい。
真横で話してたら
いやでも耳に入ってくるから
聞いてほしかったら
勝手に話して。」
「いや冷たいねほんと。
俺ね、本めっちゃ好きなの。
いや何でかとか分かんないけどね。
なんかすげえなーって思う。
感情をさ、こう、
揺さぶられるじゃん。
本だけじゃないけどさ、
エンタメってすげー!ってなんない?」
「はあ、まあ、なる、かな。」
「でしょ?
でもさすがに俺
小説家とか映画監督には
なれねえからさ。
せめて売る側になりてえ!って
思った。」
「そうなんですね。」
清水さんみたいな
夢で満ちていて
やりたい事とか
やってきた事とかを
当たり前に語れて
"生きてる"を
実感してそうな人を見ると
尊敬というか、なんというか
凄いなと、思う。
「清水さん、
巻き込んでいい?」
「ん、いいよー別に。
どーせ、面倒臭いことっしょ?
慣れてる慣れてる。」
「私、明日奈落に逝く。」
「え、まじ?」
「海で溺死を考えているので
親やら警察やらに
伝えといて貰える?」
「えー、まじか。
まあ、いいよ。
俺的には
逝ってほしくないけど。
まあ、会いたくなったら
俺が逝けばいいもんね。」
「うん。
この世界は
私には合わなかったみたい。」
「十六年間も生きてきて
よく言うよね。
でも逝ったらもう
こっち来れないよ?」
「奈落に飽きたら
そこで死んで
またどっかに行ける
そんな容易い
世界だと祈って
逝ってくる。」
「はいはい。
何処の海?」
「東京湾は目立ちそうだから、
千葉の、勝浦辺りに。」
「結構遠いとこ行くね。
じゃーさよならってことで。」
「うん、
今まで有難う御座います。
清水さん。」
「んな水臭いこと言ってんじゃねーよ。
感情無し人間が。」
「うるさいな、
感情くらいあるってば。」
その会話が
私の人生の最後。
明日は日曜日だし、
外に出る人は多そうだけど
なんたって秋だし、
海にはあんまり
人は訪れないだろう。
冷たい風が
髪を撫でて
家に帰ると
母親は笑顔で
「おかえり。」と言った
私は心の中で
「ごめんなさい。」と呟きながら
相槌を打った。
その日の夜は
すぐ眠ることが出来て
体の痛みですら
快感だった。
朝の3時半、
朝の弱い私だが
なんと理もなく目が覚めた。
まだ秋のくせに
ニットセーターに厚地のスカート。
コートにブーツと
暑苦しい服装で家を出た。
勿論、死ぬため。
早く溺れるため。
重りをつけるため。
冷たい風は
コートで遮られ
なんの寒さも感じなかった。
電車で2時間半。
千葉県勝浦市勝浦海岸。
ゴツゴツした岩場と
向かいに見える
館山市の山々に
何とも魅了された。
もう少し、
この景色を見ていこうと思い
岩場に腰をかけた。
無心で山々を眺める。
葉が赤や黄色に染まって、
なんだか虚しかった。
大して遠くなさそうな
水平線を目の当たりにすると
何処へでも行けそうな気がしてくる。
「さあ、逝くか。」
ブーツの上まで水浸しで
やがてそれは
スカート、胸下、
首までとなった。
勿論衣服はびしょ濡れで
やっと寒さを感じた。
一番新しい傷口が沁みて
やはりそれも快感であった。
その時、
波音より遥か大きい音がした。
「せーきーのー!!!!」
寒さで意識が朦朧としている中、
その声だけが響いた。
「俺!お前に死んでほしくねえ!
でもんな事言ったって、
どうせお前は
逝っちまうんだろ。
俺お前みたいに
感情無し人間じゃねえから、
悲しいって思えんだよ。
じゃあなー関野!!
俺がそっち逝ったらよー
思い出話聞かせろよ!!」
ただただ
涙が流れた。
その後、
二人の間には
少しの沈黙が続いたが、
「そんなこと
言える人だったっけ。」
そう涙を流しつつも
笑顔を零し、
私は逝った。
「感情、
ちゃんとあんじゃねーか。」
清水さん、
奈落には何も無くて
嬉しいことも無ければ
悲しいことも無い。
私が生きたあの世界とは違って
悩みも何もないけれど、
すぐこっちも
飽きそうだなと思う。
あの時、
清水さんが馬鹿みたいに叫んだ声
嫌でも聞こえたよ。
今から、
水臭いこと言うけど
鼻で笑って
指摘してよ。
「あなたが大好きです_。」
何年か経って、
ふとした時突然、
少女の目の前には
びしょ濡れの男が立っていました。
少女は笑みを浮かべて
「少し早くない?
清水さん。」
と、嬉しそうにした。
「言っただろ。
会いたくなったら
逝けばいいって。」