背中にあった翼は
君と共に無くした
飛べた頃の記憶は
擦り傷の様には消えてくれない
運命とか神様とか前世とか目に見えないものを信じて縋らずにはいられない。それが人間。
でも普通に考えて存在しないし、僕は信じたくない。
信じたくないけど、否が応でも信じさせてくる。それが世界。
そんな長い長い僕の話きいてくれるかい。
僕は前世の記憶がある。
世界中に何人が前世の記憶を持つのか知らないが、少なくともどの時代を生きても僕は前世の記憶持ちに出会ったことはない。
しかし輪廻転生は僕が僕を持って証明した。
“生まれ変わっても…”なんていう使い古された言葉も僕にとっては他人事ではない。
そして数えることが嫌になるほど生きる中で運命という言葉も認めざる得なかった。
僕には運命の人がいる。
必ず20歳を迎える前に死んでしまうその人はいつの時代も美しい花のような女性だ。
僕と彼女との初めての出会いはずっとずっと昔。穀物を耕す小さな村で農民として僕は村娘の彼女に出会った。
結婚し子供が生まれ、幸せな時を過ごした。
歴史の教科書によく出る言葉、疫病。
当たり前だが、その時代でも疫病は流行った。
最古の疫病、結核。
当時は悪魔病と呼ばれ、人々を死に至らした。
僕の妻も19歳で悪魔病を罹った。
村で初めての罹患者であった彼女はこれ以上流行らないようにと生き埋めにされた。
森の奥深くに眠らされた。
人生で初めて愛した人を生き埋めにされて怒らない人間はいないだろう。
僕は反乱を起こした。
僕は少し強かったらしい。
すぐに死ななかった。
一緒に争った子供は死んだ。
いっそ殺してくれと願った。
何度かの争いで僕は死んだ。
夜光虫を引き連れて彼女の元に逝った。
次の僕が前の僕を思い出したのは彼女に再会したときだった。
僕は当然彼女も前世の記憶があるのだろうと疑わなかったが彼女は愚か、誰一人として信じなかった。
気味悪がり、親でさえ幼い僕を捨てた。
それでも諦めない僕に彼女は少しずつ心を開いたが、また彼女は病に伏せた。
それでも人目を盗んで彼女に会いに行った。
彼女は前世の話をする僕に言った。
好きな人をずっと覚えてられるのは幸せだねと。
そんなわけない。
思い出は何も語らない。縋り付くあても無い。
零れた涙はずっと君に届かない。
彼女はたった10で死んだ。
覚えていてと皮肉な言葉を残して。
僕はまた夜を生きた。
その後、何度生きても彼女は僕より先に死んだ。
4度目の彼女は天災で。
貴族に生まれた彼女は暗殺で。
妹だった彼女は自殺を。
戦渦だった彼女は餓死で。
いくつか前の彼女は交通事故で。
僕は彼女が死ぬたび守れない自分に嫌気がさす。
僕は彼女を守るために生まれ変わるのに。
現世で僕らは高校生をしている。
こう何度も生きていると上手に生きることを覚える。
この時代は平和を謳われる。
実際、人殺しを正義と叫ぶやつはいないし、医療進歩は目まぐるしい。
生きやすい時代だ。
それでも死はいつでも隣り合わせなことを僕が1番知っている。
その死から彼女を守ることが俺の役目。生きる意味。
忘れないし忘れられない。
僕は彼女に長く生きてほしい。それだけだ。
僕はとても久しぶりに彼女の恋人になった。
顔を真っ赤にして好きという彼女に僕の長年の恋心が一気に熱を帯びた。
彼女に負けないくらい顔が赤くなり、言い逃れできず晴れて僕は彼女と交際を始めた。
付き合うという行為をほとんど初めて行っている僕は何かをするたびに浮かれてしまう。
そんな僕を見て彼女は笑う。
あぁ、そうだ。
彼女はこんなふうに優しく笑う人だ。
彼女の笑顔に僕の心の靄が少し消えた気がした。
“運命って信じる?”
かわいい顔して聞く君に僕は愛おしく頭を撫でながら答えた。
“信じるよ。”
彼女は基本現実主義者だ。
世の中の科学や技術で証明されていないものは信じない。運命もその中の1つだと思っていた。
“珍しいね。”僕は思うがままに言ってしまった。
彼女は少し寂しそうに微笑んで言った。
“悔しいけど、受け入れなきゃいけないこともあるから。”
彼女はそう言っていつもより曇った笑顔を貼り付けた。
最近よくする顔だった。
彼女にその言葉の真意は聞けず、曖昧な距離のまま彼女を家まで送り届けた。
嫌なコール音が僕の携帯から流れた。
相手はもちろん彼女だ。
ただ、それが彼女じゃない可能性があることを僕は前世で学んでいる。
電話の相手はやはり彼女じゃなかった。
真冬の寒い中コートも羽織らず、1番嫌いな病院に向かっていた。
消毒の匂いだけで吐き気がする。
彼女の名前が書かれた病室には彼女と彼女の両親がいた。彼女はなんで…と呟いた。
両親は俺のいる経緯を彼女に説明した。
彼女は両親を責めたあと諦めたように二人を追い出した。僕はベッドの横の丸椅子に座った。
重たい沈黙を破ったのは彼女。
“ごめんね。”
貼り付けた笑顔。
僕は随分長くこの笑顔しか見ていない。
“何に謝ってるの。”
僕は少し強めの口調で言った。
彼女は俯いてしまった。また沈黙がうまれる。
“私ね、病気なの。”
勢いよく顔をあげるとまた貼り付けた笑顔があった。
それから彼女は病気の事について説明してくれた。
彼女は遷延性意識障害、俗に言う植物状態になる病気。
彼女は「人」として生きられる時間は限られていた。
そして僕は悟った。
彼女をまた助けられない。
“何もできないし感じないんだって。そんなの、死んだほうがましだよ。”
ポロポロと涙を零しながら彼女は吐き捨てた。
僕は瞬間にして頭に血が上る。
気がつけば彼女を強く抱きしめた。
“死なせない。もう死なせたくない。”
彼女の細い体が折れてしまうのではないかと思うほど、僕は彼女を強く抱き締めた。
彼女も応えるように手を僕の背中に回した。
そして僕は医者になった。
彼女はあの告白後、19にして植物状態になった。
医大に進学した僕はどんなに忙しくなっても彼女に会いに行った。
相槌さえ打たない彼女に僕は前世の話を聞かせ続けた。
彼女はその3年後息を引き取った。
彼女を失ってからも僕は死ねなかった。
いつも彼女が死ねば何らかの理由で僕も死んでいたのに。卒業後は医学研究者として植物人間の研究と治療法について研究し続けた。
40を前にして僕の所属するチームが治療法を確立させた。一時のヒーローになった僕は素直に喜べなかった。
彼女と生きたい。それだけだった。
治療法確立後、僕は研究職から身を引き、医者として総合病院に勤めた。
病院の拒否反応は治らず、今でも消毒の匂いに吐き気がする。
それでも僕は彼女を救えなかった現世の罰として彼女の最後に過ごした場所にいることを選んだ。
50半ばにして幼い子供が病院にやってきた。
まだ10にも満たない女の子。
事故により脳を損傷。
手術は成功したが脳に後遺症が残り、植物状態になってしまった。
そこでかつてのチーム所属者のいるこの病院に運び込まれたのだ。
僕は女の子をみて絶句した。
膝から崩れそうになるのをギリギリの精神で持ちこたえた。
ひと目見ただけでわかる。誰よりも救いたかった人。
彼女の生まれ変わりだった。
この子はなんとしても救わなければならない。
その後はご察しの通り、治療により彼女は普通の生活を営めるほどに回復したよ。
今彼女は看護師になるべく勉強に励んでいる。
そういえば、昨日で22になったらしい。
僕も年を取るわけだ。
定年後は静かな村でゆっくりと過ごしているよ。
え、前世の記憶があってよかったか?
そんなのないに越したことないよ。
振り回されるなんて馬鹿馬鹿しいだろう。
でもそうだなぁ、大切な人との思い出をずっと覚えてられるのは幸せなことかもしれないね。
でももうおしまいだよ。
僕は来世では新しい僕だと思うんだ。
怖くなんてないよ。
きっとまた彼女に出会えるからね。
馬鹿にされるかもしれないけど、僕は運命ってあると思うんだ。