【ForGetMe~クロとユキ~第七話糸口】
「また階段かよ……」
今日は仏の身元とされる、
四件目の証言。
古い社宅のアパート前
ここに津田桔平という男が
いるかどうかを調べる事が
俺たちの目的だった。
今日も、聴き込みに出るなり
杉浦は不平不満だらけ。
俺は呆れて笑い
杉浦の肩を叩く。
「腐るなよ、あの寺よりマシだろー?」
「だが四階ってな…結構辛いぞ」
「何時までも文句言うなよ、ほら行く」
俺は杉浦の背を押しながら
地上4階の津田宅を目指した。
***
古いアパートだ。
手入れが充分に
行き届いているとは言えない。
踊り場で壁の角を見れば
壁のペンキ塗装が捲れていた。
手すりは錆つきが目立つ。
恐らくもうすぐ
改修工事が必要だろう。
杉浦はわざと俺に
全体重を預けるように
階段を登っていく。
「おい、杉浦ぁ、重っ」
「頑張れぃ、クロー」
「くっっそ腹立つっ」
杉浦の背が振動する。
きっと彼は
ほくそ笑んでいるのだろう。
普通に登れば
疲れることもない
たった4階までの階段も
男一人分の重さを
担いで登るようなもんだ。
そりゃあ息だって切れる。
4階の踊り場で
息を整えていると
涼しい顔をした杉浦は
目当ての家の
スカスカになった、
インターホンを押した。
ぴんぽん、
お決まりの音と共に
はーい、そんな声がして
やがて鉄製のドアが開かれた。
ちらりとだけ顔を見せたのは
まだ四十歳には届かないであろう、
若い、女だった。
午後三時という時間もあるのだろう
向こうの部屋には小学生程度の
子どもの姿も見えた。
杉浦はインターホンを
押すだけの係だ。
後の指揮は俺がとる。
荒がる息を静め
俺は女性にいつもの台詞を告げた。
「わ、我々はこういう者です」
「……警察の方?」
「ええ、津田さんのお宅で御間違いないでしょうか」
「ええ…そうです。警察の方が…何か?」
「二、三お伺いしたい事がありまして」
すると女性は
ここでは何ですので、と
俺たちを家の中へ招き入れてくれた。
部屋の中は小綺麗だった。
リビングのテーブルの上には
新聞とリモコンが置いてある。
煙草の灰皿も置いてあるが
吸殻はないようだ。
杉浦が灰皿を見つけて
思い出したように
そわそわし始めた。
「…煙草、我慢しろよ?」
女性が茶を入れに
キッチンへ立った時
小声で杉浦に伝えると
彼は舌打ちと
共に言葉を投げた。
「…エスパーかよ……」
「やっぱりかよ…つうか、エスパー古!」
にやにやと笑う杉浦に
俺は小さなため息をつき
やはり、笑った。
「どうぞ。何のお構いも出来ませんが」
キッチンから戻った女性から
珈琲を差し出され
深々と頭を下げた俺は
本題へと話を進めた。
「それで、お聞きしたいことと言いますのが、こちらに津田桔平さんという男性は…」
「ええ、主人ですが…主人が、何か……?」
今までのレフト、花屋、寺とは違う、
まるで津田桔平が生きているかのような
女性の態度に俺は戸惑いを隠せない。
返す言葉が一瞬遅れると
今度は杉浦が口を出した。
「…ご主人はご健在で?」
「え、ええ…まあ。今は元気にやっております」
前の三件と違って桔平は生きている。
これが仏の身元を探る糸口にでも
なればいいのだが。
そう思い、杉浦を見やると
杉浦も多少、驚いた面持ちで
ごほん、と咳払った。
「今は……、というと?」
「数年前に、大病をしまして、あわやと言うところまで言ったんですが、なんとか持ちこたえまして」
「何年前のお話ですか」
「もう十年ほどなりますか…二十代後半で癌だなんて…映画やなんかではよく見ますが、まさか私の主人が、なんて思いもしなかったことです」
「病状はかなり?」
「ええ、手術もできないといわれましたが、胃癌にお詳しい先生に見ていただいて、二年間内科的治療をしましたら、だんだんと癌が小さくなってそれで外科的治療に踏み切って…」
癌
病
生と死
四人の共通点
頭の片隅で
必死に手を伸ばし合い
繋がろうとしている。
俺と杉浦は
ほぼ同時に女性に告げた。
「主治医の名前は」
「磯辺大二郎先生という方です。県立病院のお医者さんですよ」
かたん、と音を立てる、鍵。
「磯辺……」
「大二郎……」
俺達は、顔を見合せ
ゴクリと喉を鳴らす。
その名に聞き覚えがあったのだ。
これはもしかすると
とんでもない事件に
発展するかもしれないヤマだ。
磯辺大二郎は
六年前の未解決事件の
被害者遺族だった__。
ひとひら☘☽・2020-05-10 #幸介 #幸介による小さな物語 #ForGetMe~クロとユキ~ #事件 #刑事 #仏 #友達 #独り言 #仲間 #家族 #妻 #母 #癌 #糸口 #警察 #真相 #ふとした瞬間 #あなたは知らない私の気持ち #ポエム #恋 #友情 #好きな人 #涙 #推理 #相棒
