「あーほんっと、やっちまったーだよ」
「何がー?」
「いやあ風邪引くなんて…せっかくの水族館」
「寒いからしゃーないよ、水族館は今度な」
ヒロが私の言葉に笑いながら
私の部屋のキッチンをゴソゴソ。
いつも料理を作るのは私なのに
今日は大サービスとか言っちゃって
ヒロは張り切って
私の家のキッチンに立った。
あれは今朝のこと。
デート前
シャワーに入ったら
どんなに熱いお湯を出しても
鳥肌が立つほど冷たく感じた。
シャワーを早々に切り上げて
熱を測ると38度を超えていた。
「風邪をひいて熱がある」
「デート取りやめ、ごめんね」
そうLINEしたら
その一時間後に
インターホンがなった。
玄関の扉を開いてみると
買い物袋を両手に提げたヒロだった。
私が慌てて髪をなでると
ヒロは笑って
「いや、まずマスクだろ」
そう言って買い物袋の中をガサゴソ。
いかつい黒のマスクを
私の耳にかけてくれた。
「ねーヒロ、何故に黒マスク」
「なんか、お前風邪!!って感じじゃん」
「うわー…病原菌扱い」
「あったりまえー♪」
デートがなくなったのに
ヒロはいつも通りのテンションで
なんだかとても安心した。
「あれー?こっからどうやんだっけ…」
後ろ頭を片手でガシガシ。
慣れない料理に悪戦苦闘。
ベッドから見る、
キッチンのヒロの後ろ姿が幸せで
口元まで布団で隠して微笑んだ。
・ ・ ・
「えーー…と」
「はい」
「何を作ったの?」
「ちゃ、チャーハン」
「いや、雑炊作るって言ってたじゃん」
「な、なんか水が、すぐに蒸発してってさ!あれぇ、どこいっちゃうんだよ水って感じじゃね?でも味は雑炊なはず!」
「雑炊味のチャーハンって何」
ヒロは必死の弁解をしながら
照れくさそうに笑う。
私もつられて笑った。
本当はね、料理なんて何でもいいの。
少しでも一緒に居られることが嬉しい。
二人で笑い合えることが幸せ。
私は、ヒロが
作ってくれた自称雑炊を口に運ぶ。
「あ、美味しい」
正座して私の顔を見つめるヒロに
私は笑いかけた。
「あーーーーーよかったあーーーー」
ほっとしたように姿勢を崩して
ヒロは言葉を繋げる。
「さっきまで審査待ちの料理人の気分だった。俺絶対料理人にはならねー」
「おいしいよ?“自称雑炊”で売り出せば絶対いけるよ」
「…それ単に失敗作を世間に公表しろって言ってんの?」
私たちの会話はいつも終わりがない。
いつも笑って話して
喧嘩というものもまだ知らない。
これが付き合いはじめて
まだ一年にも満たないからと
言われてしまえば何も言えないけれど
私は、ヒロが好きで
ヒロも、私が好きで
とても幸せなんだ。
ずっとこのまま
一緒にいられたらいいなあ
隣で笑うヒロを見つめながら
私はそんな事を思った。
「ふぅーごちそうさま、美味しゅう御座いました」
「お粗末様で御座いました」
ヒロが時代劇の家老みたいに
あぐらをかいたまま頭を下げる。
「ご家老みたい」
「家老!?じじいじゃん」
「若いご家老さんだっているんじゃないの?」
「だって字からして、ろうって老いるじゃん」
「あ、そっか」
いつも通りの私たち。
あんなに具合が悪かったのに
なんだかすっかりいいみたい。
「あ、薬飲まないと」
「買ってきたよ」
「おー、気が利く、ありがとう」
「なあ、病院行かなくて大丈夫?」
「んー…」
私は少し考えて
「私の1番の薬はヒロみたい。もうすっかり気分いいよ」
こう答え、薬を口の中に放り込んだ。
コップ一杯の水を飲み干して
コップをサイドボードに置いた、
その時にはもう、ヒロの顔が
私の目の前にあって
あっという間に唇が奪われた。
触れるだけの、可愛いキス。
「やだ……風邪、移っちゃうよ」
「だって、よくなったって言ったから」
ヒロは、不敵に笑む。
「私、病原菌じゃなかった?」
「菌でも好きだよ」
「えー、適当に言ってない?」
ふふ、っと笑ってもう1つ
ヒロは私にキスをくれた。
「…風邪引くと死にそうになってるくせに」
「そしたらお前に看病してもらうからいいよ」
たったそれだけの言葉が嬉しいのは
ヒロが紡ぐ言葉の端々に
【お前、俺の特別な】
そんな想いが見え隠れするから。
風邪引いたら苦しいけど
側にヒロが居てくれるなら
これはこれですっごく
幸せなことなのかもしれない。
おしまい♪
生まれてこの方
風邪知らずの幸介が
お届けしました(*´ω`*)笑