しとしとと、雨が降る。
「彼女」の涙が降りしきる。
「さくらさん」
ヨイヤミは彼女を撫でた。
彼女の怒りが伝わる。
これは果たして
迅太の生命を
奪った天狗への恨みか
はたまた真実を
見せたヨイヤミへの怒りか
「忘れたかった記憶です……」
「そうですね」
「私は……馬鹿です…苦しい別れだったけど、最期の彼の言葉を、彼の死に様を知っているのは、覚えていてあげられるのは私だけだったのに……」
内なる怒りは、
彼女自身に向けられたものだった。
「都合のいいように作り替えて、あまつさえ、彼が迎えに来てくれないなんて……そんな勝手な」
寂しく、響く声には
絶望がひしめく。
それでは悲しすぎるから…
「さくらさん」
ヨイヤミは
彼女を呼んだ。
彼女がざわっと
音を立てて答えると
ヨイヤミは言った。
「あなたは信じたかっただけだ」
「え…?」
「迅太さんを蔑ろにしたわけではないでしょう」
ヨイヤミの言葉に
彼女の心が浮き上がり始めた。
シャボン玉が空へと飛ぶように
ふわふわと立ち上る。
ヨイヤミは今にも弾けそうな
脆いシャボンの心を必死に守る。
「体、とても痛いでしょう」
ヨイヤミは頭上の天狗巣を
見上げながら彼女に尋ねた。
「はい…」
「苦しいでしょう」
「はい…」
「今まで病に負けず、一心に待ち続けた、あなたはそれほどまでに迅太さんを」
彼女の心を揺さぶる、ヨイヤミの理解。
「愛していたんですね」
彼女の葉から
雫がぽたぽたと舞い落ちる。
ヨイヤミは
とても穏やかで
とても優しげな声で
彼女に告げた。
「もう、楽になりなさい」
ヨイヤミは手のひらで
宙を仰ぐような素振りを
見せたかと思うとそのまま
指をぱちんと鳴らした。
するとどうだろう。
ザザザッと強い風が吹いた。
暖かく心地よい風だった。
まるで天狗のうちわで
扇いだような風だった。
まだ寒い冬だというのに
彼女の枝先の花芽は
あっという間に揺り起こされて
満開の花になった。
彼女が長年苦しみ続け
迅太の帰りを待ち続けた証
天狗巣もさっと無くなった。
体のきしむような痛みは潰えた。
苦しみ、痛みのない体…
夢のような体だと
彼女は心から安堵して
胸をなでおろす。
「体の痛みは消えた、さあ、あなたが今望むものはなんですか」
「…私が……望むものは」
彼女の中には、迅太の笑顔が浮かんだ。
【ヨイヤミCase One wit'ches broom⑧】
どうしたことだろう。
私には足が生えていた。
背中には大きな翼。
まるで迅太のような鷹羽根だ。
手には、私の証…
可愛らしい桃色の花が
たくさんついた桜の枝を持っていた。
白い道が続いている。
光り輝く道だ。
希望はどこにある?
足の向く先にある。
不思議なことにそう、信じられた。
そのうち、気持ちばかりが急く。
歩くことももどかしくなると
私は自然と、翼を動かし飛んだ。
唄をうたった。
迅太に気づいてもらえるように。
喉が張り裂けんばかり声を張り上げ
喉を大きく開いて
今まで歌ったどんな声より
美しい声をあげた。
すると、聴こえた。
確かに聴こえた。
「さくらっ!!」
霞む視界の中で
ひとりの天狗が
私目掛けて飛んでくる 。
翼……治ったんだ。
足も、しっかり
宙を蹴る。
山伏の白装束は
赤く汚れてはいない。
酷い怪我も、ない。
苦痛に歪む顔もない。
知ってる?
赤い顔なんて嘘。
長い鼻なんて嘘。
天狗は
人間と何ら変わらない、
無邪気な顔で笑うの。
私は桜。
川辺りに咲く小さな桜だった。
でも今は、
「迅太さん…っ」
宙を蹴る足がある。
「さくらっ」
欲しいものに伸ばせる手がある。
250年の時を経て
愛しい人と抱き合える身体を持った。
「…会いたかったっ!」
「もう、離さない」
あの辛い経験があったからこそ
私たちはきっとこれから
互いを大切に出来るでしょう。
「好きです、迅太さん…」
「俺も、さくらが好きだ」
かたく、抱き締め合い
迅太さんは私に口付けてくれた。
やっと通じた想いが
そこにはあったのでした。
【ヨイヤミCase One wit'ches broom⑧終】
・・あ・と・が・き・・
急に始まったヨイヤミ
第一回目終了です(●´ω`●)
お疲れ様でしたー♪
書きながらの投稿でしたので
ちょこちょこ修正を加えたり
お見苦しい間違いやらも
あったかもしれませんが
御容赦下さい。
ヨイヤミはシリーズ化して
時間があるときに
今回のようにだーーーっと
載せようかなあと思っています。
次回はどんなお話かな。
お楽しみに!
…してくれてる方いるんだろうか笑
幸介