〔 半壊した不可解は君に仄か 〕
『ででんっ、問題です』
「急になんだよ」
『僕が急なのはいつもの事だろう
そろそろ慣れてはくれないか』
「自覚あるのかよ
つかなんで俺がお前に
適応しなきゃなんねーんだよ!
図々しいな本当」
『図々しいだって?
それは極めて心外だと言わざるを得ない
僕だって君の
鼓膜を突き破らんばかりの大声に
適応して耐えているんだぞ
あたかも自分だけが
苦しんでいるかの様言い方を
しないで頂きたい』
「俺が大声出してるのだって
元はと言えばお前のせいだ!」
『それでは気を取り直して問題です』
「無視すんなよ!」
『もしこの僕が悪い人になっても』
『君は』
『友達でいてくれるでしょうか』
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また、懐かしいものを見た
彼が俺の日常から消えて
どれくらいの時間が過ぎたのだろう
何度この夢を見ただろう
後悔と、やるせなさと、喪失感と
そんな感情に押し潰された心は
生きることも死ぬことも放棄したらしく
俺は一日の殆どを
寝て過ごす様になった為
時間の感覚はすっかり麻痺していた
彼は、
鉄虎はどうしているのだろう
鉛のように重い体をなんとか動かして
テレビのリモコンに手を伸ばす
ポチポチと適当にボタンを押して
チャンネルを回すと
深刻そうな顔をした
ニュースキャスターが映し出された
「高校生」
「死者八名」
あった、鉄虎のニュースだ
彼が今どうしているのか
少しでも情報が欲しくて
食い入るように画面を見る
そしてその数秒後
心臓が、凍った
「未成年」
「殺傷事件」
「犯人は___」
" 死刑判決 "
__
『おやおや、これはどうした事だろう
此処に来る前は
天才と呼ばれていた
この僕を持ってしても
この事態は予測出来なかったと
ここに宣言させて頂きたいのだが
しかし、事これに関しては
僕を責めないで欲しいのだよ
何故か
人生とは唐突と不可解の連続だからだ
これは今日の格言だまぬけん
君のその容量が少なすぎる脳に
叩き込むことを強くおすすめする
なんなら今後
君の決め台詞にしたって構わない
「人生の九割は不可解と唐突で
構成されてるんだぜ☆」とか
キャラにもマッチしているし
とてもよく似合っていると思う
我ながら天才的発想だ
よし、まぬけん
今ここで僕が考えた決め台詞
言ってみせてくれないか
出来るだけキメ顔で頼む
ではさん、にー、いち、きゅー』
「ああああぁもうウザイしうるせー!!
誰が言うかそんなセリフ!!!
大体お前はいつまで
この事態が予測出来なかった
言い訳垂れてんだよアホか!」
『そんなこと言っていいわけ?』
「小学一年生かお前は!
もしく中年オヤジか!
その決まった!
みたいなドヤ顔やめろ!
別に面白くねーからなそのダジャレ!」
鉄虎が死刑判決との報道を見た日から
いても経ってもいられず
鉄虎の事を調べ続け
自分が持つ全ての力を使い
やっとの思いで面会に来たというのに
顔を付き合わせればこの調子である
感動の再開だと言うのに
ムードもへったくれも
あったもんじゃない
目の前で謎に変顔しているこの男が
いかに"変な奴"であるか
ここに来て再度痛感させられる
きっと此奴の行動の全てが
この刑務所内で前代未聞だろう
いや、前代未聞であって欲しい
目に涙を浮かべながら
自分に会いに来た友人に対し
開口一番
『やぁ、お久しぶりだね
おや、少し痩せたようだが
ライザップでも始めたのかい』
なんて言ってくる死刑囚が
こいつの他にいてたまるか
比較的くだらないことを考えていると
いつの間にか変顔をやめ
美しく微笑んでいる彼と目が合う
『ふふっ、嬉しい誤算だ
君がこんな場所まで
会いに来てくれるなんて』
「そりゃ、あれだよ
お前が悪い人になっても
俺達は友達なんだよ」
俺の言葉を聞くなり
鉄虎はキョトンとした顔をして
覚えてたのか、と
彼にしては弱々しい声で言った
「覚えてるどころか
ここ最近寝るとその時の夢ばっかだよ
悪い人になっても
友達でいてくれるでしょうか、って
当たり前だろーが
お前は俺にとって大切な人なんだから」
真っ直ぐ目を見て伝えると
少し目を見開いて硬直する鉄虎
その姿は顔が整っているだけに
美術室の彫刻の様に見える
そんな俺の思考を遮るように
彼は右手で両目を覆い隠し
参ったなぁ、と小声で漏らした
いつも俺をつっこませることだけに
精を出しているような彼が
参った、だなんて言ったのを
俺は初めて見た
右手の位置を口元に移動させ
やや頬を赤らめ
伏し目がちにんんん、と唸っている
その様子から察するに
彼は照れているのだろう
まさかこんな場所で初めて
それも「大切な人」だなんて
ありきたりな言葉で
鉄虎の照れている姿を拝めるとは
さっきの仕返しとばかりに
何?照れてんの?と
からかってやろうと思ったが
それより先に彼が口を動かした
『全く、君と言う奴は
どうしてそんなに恥ずかしいセリフを
ペロッと真顔で言えるのに
「人生の九割は不可解と唐突で
構成されてるんだぜ☆」は言えないんだ
変わらんぞ、レベル感が
あぁぁ、もう呆れてものも言えない
君の様な頭の悪い人間は
そんな昔の事
とっくに忘れてると思っていたのに
なんなんだ
人の心を惑わさないで頂きたい
本当にもう、もうあれだ
ものも言えない、全く言えないぞ
ばかばかばかばーかっ』
「もの言いまくってるじゃねーか
なぁ、俺の大切な鉄虎君」
『んんんんっ』
赤面した顔を両手で覆い
唸っている彼を見ている今の俺はきっと
最高に性格が悪そうな顔で
ニヤニヤしていることだろう
いつも余裕綽々といった表情の彼が
顔を赤く染めていく姿を見るのは
中々気分が良かった
こんな事を話に来たわけではないのに
本当は、もっと大切な話を
深刻な話をするはずだったのに
不思議と俺の心は満足感に満ちていた
独自に得た情報によると
彼の死刑執行まで、まだ時間はある
そろそろ面会時間も終わるだろう
この僕があんな単純な言葉で
心を乱されるなんて…はずか悔しい。と
謎の言葉を発する鉄虎に
「また明日」と伝え椅子から立つと
少し慌てた様に引き止められた
『待て、最後にクイズ』
「なんでこのタイミングで」
『ででんっ』
「お前本当俺の話聞かねーな」
『僕に明日は来るでしょうか』
「……何でそんなこと聞くんだよ」
『今質問してるのは僕だ
でも僕は心が広いから答えてやろう
知らないからだ』
「何を」
『僕は自分が死ぬ日を知らない』
「……」
『また会える明日が来るのか知らない
君とまた笑えるか分からない
分からないのは嫌いなんだ
だから答えてくれ
僕に明日は来るか?』
「来る」
食い気味に俺は答えた
「俺が明日を連れてきてやる」
「だから待ってろ」
「勝手に死ぬな」
「明日が今日になったら」
「また何回でも明日連れてくるから」
「待ってろ、良いな」
彼は三回目をぱちぱち瞬かせた後
ふっ、と
彼は微笑んだ
『了解した
また明日だ、間抜け面』
「ああ、また明日大切な鉄虎君」
『んなっ?!』
「また照れた」
『照れて等ない!断じてない!
もうさっさと帰ればか!』
はいはい、と
いつかのように彼を軽くあしらう
明日は絶対、俺が連れてくるから。
目を閉じるとまた
あの光景が浮かんでくる
『ででんっ』
『もしこの僕が悪い人になっても』
『君は』
『友達でいてくれるでしょうか』
" ああ待ってろよ。大切な友達__ "