〔 今世、愛言葉を探して 〕
『合言葉を決めておこうか』
「合言葉?」
『そう、合言葉』
『あと何千回生まれ変わったって
私はもう、この私にはなれないから』
「良いよ。どんなにする?」
『じゃあ、私が君に____』
__
緩やかに揺れる電車の中で
他にすることも無いしと
適当に今までの記憶を手繰り寄せる
犬に生まれた時は
変な男に飼われて大変な思いをした
でもネズミの時よりマシだったな
あの時は人に姿を見られただけで
命を狙われるんだから
たまったもんじゃ無かった
それでもまだ
マシだったんだと思ったのは
カメムシになった時だったか
思い出したくもないくらい
酷い目にあった
それでも君に会う為に
途中下車なんて
ただの一度もしてないよ
なぁ、覚えてるかい
あの日、初めてあった世界線
僕らが決めた"アイ言葉"を
__
『合言葉を決めておこうか』
「合言葉?」
確かめるように問いかけると
君は力強く頷く
『そう、合言葉』
いつもの冗談なのか
暇つぶしの遊びなのか
はたまた何かの暗喩なのか
全く判断がつかなくて
返事に困っていると
君の命を繋ぐ点滴の雫の音が
聞こえてきそうな程の静寂が
病室内に訪れた
沈黙を破ったのはやっぱり君だった
『あと何千回生まれ変わったって
私はもう、この私にはなれない
それは君も同じ
君があと何万回生まれ変わったって
もう今の君にはなれない
だから、合言葉を決めておこう』
"だから"の意味は、
よく分からないけれど。
そう心の中で呟いた
「良いよ。どんなのにする?」
『実はね、私にいい考えがあるの
聞いてくれる?』
「もちろん」
『やった!
あのね、私が君に
何回生まれ変わりましたか?
って聞くの
それが、合言葉の合図』
「なるほど
僕はなんて答えればいいの?」
『それは君が今考えるんだよ
それで、私に教えてくれたら
合言葉の完成』
「えぇ、難しいよ」
『難しくても考えるの!』
「……んー、分かったけど
あんまり期待しないでね」
君のキラキラした瞳に負けて
合言葉の返事を考え始める僕を見て
君は満足気に微笑んだ
__
思い返すと君は
いつだって滅茶苦茶で
ちょっぴりワガママだったね
そんな所も好きなんだけれど
君の声を
君の匂いを
君の笑顔を浮かべていると
ガラガラと音を立てながら
電車の扉が空いた
終点に着いたようだ
さて、次は何になるだろう
出来ればカメムシ以外がいいな
欲を言うなら
人語を解した生き物がいいけれど
また"君"と会えるなら
何だって構いはしない
ふぅ、と深く息を吐いて
僕は"今世"への一歩を踏み出した
__
元気な子供達の声で目を覚ます
辺りを見回すとそこは公園だった
どうやら僕は
ベンチに座って本を読んでいる内に
眠ってしまっていたらしい
今世僕は希望通り
人間の男になれた
しかし、十八年経った今もまだ
"君"は現れていない
深いため息をつくと
先程まで他の子供達と
遊具で遊んでいた少女が近付いてくる
『お兄さん』
「ん?」
『1個だけ、聞いてもいいですか』
「え?良いけど……」
『あのね、お兄さん』
『何回生まれ変わりましたか?』
「君に恋した数」
君はいつかのように
満足気に微笑んだ