小説
                            
                            
                            「「クリスマスローズ」」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            三年前、クリスマス。
                            
                            
                            彼女の家は炎に包まれた。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                             
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            必死に這い出た彼女は、
                            
                            信じていた。
                            
                            
                            
                            この先に皆いる。
                            
                            必ず会える。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            現実には、もう家族は居なかった。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            無事、逃げられたのは彼女のみ。
                            
                            
                            
                            母親、父親、兄、妹。
                            
                            
                            
                            
                            
                            皆、彼女のそばにはもう居ない。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            僕が彼女と出会ったのは、
                            
                            クリスマスの一分後。
                            
                            十二月二十六日、十二時一分。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            まだ灯りはそのままで、
                            
                            クリスマスのメロディも流れている。
                            
                            
                            
                            
                            でも、何処か寂しい空気のなかで、
                            
                            僕等は出会った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            雪の降り積もる墓地だった。
                            
                            彼女は立っていた。
                            
                            手には白色の花が咲いている。
                            
                            
                            
                            
                            
                            「こんな遅くにどうしたの?」
                            
                            
                            
                            きっと、長い時間此処に居たのだろう。
                            
                            唇は青白く、体はブルブルと震えている。
                            
                            
                            今にも倒れそうな立ち姿だった。
                            
                            
                            
                            「会いに来たの」
                            
                            
                            小さな、でも、芯の通った声。
                            
                            
                            「家族?」
                            
                            「うん」
                            
                            
                            
                            彼女は俯いて、
                            
                            お母さん、お父さん、お兄ちゃん、カナ。
                            
                            と呟いた。
                            
                            
                            
                            多いな、と思った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「君は?」
                            
                            「僕も会いに来たんだ」
                            
                            
                            
                            「君も家族に?」
                            
                            「うん。妹に」
                            
                            
                            
                            「そっか」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            それから僕等は、
                            
                            どちらともなく手を繋いだ。
                            
                            
                            
                            
                            何故かは分からない。
                            
                            ただ、ホッとしたのだ。
                            
                            
                            驚くほど冷たい手は、
                            
                            心を直接温めてくれた。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            彼女も、多少の重さの違いはあるものの、
                            
                            自分と同じような人に出会えて安心したのだろう。
                            
                            
                            「ユキ」
                            
                            「ん?」
                            
                            「私の名前」
                            
                            「あぁ」
                            
                            「君は?」
                            
                            「レイだよ」
                            
                            「よろしくね、レイ」
                            
                            「よろしく、ユキ」
                            
                            
                            次、会えるかなんて分からなかった。
                            
                            でも、会える気がした。
                            
                            約束なんてしなくても、
                            
                            何故か、また手を繋げる気がした。
                            
                            
                            安心する。ユキはそう言って、
                            
                            僕の手を強く握った。
                            
                            
                            僕も握り返した。
                            
                            
                            
                            
                            クリスマスの後の空気を感じながら、
                            
                            寂しくも温かい時間を過ごした。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            予想通り、僕等はまた再開した。
                            
                            
                            「レイ」
                            
                            「久し振り、ユキ」
                            
                            
                            覚えてくれて嬉しい。
                            
                            と、ユキははにかむように笑う。
                            
                            「こちらこそ」
                            
                            「私、ずっと忘れられなかった」
                            
                            「僕も、ずっと会いたかった」
                            
                            
                            
                            
                            告白みたいだ、なんて思った。
                            
                            友達でもない、僕等なのに。
                            
                            
                            
                            
                            「この辺に住んでるの?」
                            
                            
                            僕がユキに聞く。
                            
                            「うん。すぐそこだよ。よってく?」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            少し迷ったけど、
                            
                            冷たすぎる一月の風に押されて、
                            
                            僕は甘えることにした。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            大きな家だった。
                            
                            ボロボロだった。
                            
                            
                            
                            
                            
                            中にはいると、生活感がまるでない。
                            
                            
                            
                            「ここは、私の家だけど」
                            
                            「うん」
                            
                            
                            「今は違う」
                            
                            
                            人が住めるような家ではない。
                            
                            「前、火事になったから」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                             
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            あれからも、僕等は頻繁に会うようになった。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            そのうち冬をこえて、春が来て、
                            
                            「暖かいねぇ」
                            
                            何て言いながら花見もした。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            夏が来ると花火をして、
                            
                            
                            秋が来て、冬が来て、
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            また、僕等はあの日を思い出す。
                            
                            
                            妹が交通事故で亡くなったクリスマス。
                            
                            家族が火事で亡くなったクリスマス。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            十二月に入ると、会う回数は
                            
                            極端に減った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            突然、スマホから音楽が流れる。
                            
                            
                            「苦しいよ」
                            
                            「僕もだ」
                            
                            「同じにしないで」
                            
                            
                            最近、ユキの様子が可笑しい。
                            
                            「僕等は、同じじゃないの?」
                            
                            「うん」
                            
                            
                            意味が分からなかった。
                            
                            なんでだよ、と僕は少しキレた。
                            
                            「なんでユキだけ可愛そうになってるの」
                            
                            「家族が皆いなくなった。
                            
                             レイなんかより苦しい」
                            
                            
                            
                            
                            
                            何がしたいんだろう。
                            
                            
                            僕は分からなくなって、
                            
                            一方的に電話を切る。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            ベットにはいって、考える。
                            
                            
                            ユキが可笑しくなるのは当然なのだ。
                            
                            今年、家族がもし生きてたら
                            
                            妹のカナは五歳だったらしい。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            ユキの家では、五歳になるとランドセルを買いにいく予定だったのだ。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            随分と先の話をしてたのは、
                            
                            この幸せがまだまだ続くと信じていたから。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            もうすぐクリスマスがやって来る。
                            
                            
                            
                            僕等は一度もあっていない。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            そして、クリスマスイブ。
                            
                            
                            
                            会いたい、そう思った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            僕は久し振りに家からでて、
                            
                            きっと居る、そう信じて彼女の
                            
                            あの家に向かう。
                            
                            
                            途中、花屋があって、
                            
                            僕はあの日のユキを思い出す。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            片手に咲いてた白色の花。
                            
                            
                            「これか?」
                            
                            
                            名前はみずに、記憶だけを頼りに花を買った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            そして、僕は歩いた。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「ユキ」
                            
                            
                            鍵が開いていて、
                            
                            僕は中にはいって、ユキを呼ぶ。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            返事はない。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            居ないのか?
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            いや、居るはずだ。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            何故か確信していた。
                            
                            
                            
                            
                            必ず居ると思った。
                            
                            
                            必ず会えると思った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「ユキ」
                            
                            
                            「ユキ!ユーキー!」
                            
                            
                            
                            「ユキ、ユキ、ユキ」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「ユキ!」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「うるさいよ」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            階段の上で、ユキは言った。
                            
                            
                            
                            
                            「やっぱりいた」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「なんで来たの」
                            
                            「会いたかったから」
                            
                            「私、酷いこと言った」
                            
                            「自分で分かるならもういいよ」
                            
                            「ごめんね」
                            
                            「いいよ」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            ユキに案内されて、
                            
                            
                            ボロボロの寝室に入った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「苦しいよ」
                            
                            ユキはベッドに飛び込む。
                            
                            
                            僕も隣に寝て、手を握った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            「抱き締めて」
                            
                            
                            
                            
                            そっと、彼女の体を包む。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「ずっと、こうして欲しかった」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            温かい。
                            
                            
                            
                            彼女の温もりだけを感じる。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「皆いなくなって、私も死のうと思ったの。
                            
                             でも、生きててよかったな。
                            
                             レイと出会えてよかった」
                            
                            
                            
                            温かいね、ユキは笑う。
                            
                            
                            
                            「僕も、君に会えてよかった」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            涙がこぼれた。
                            
                            
                            そっと、ユキが拭き取ると、
                            
                            ユキの目からもこぼれ落ちた。
                            
                            
                            
                            
                            二人で泣いて、
                            
                            
                            二人で笑った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            時間がすぎて、クリスマス。
                            
                            
                            
                            
                            「そういえば、その花」
                            
                            「あぁ、途中、買ってきたんだ。
                            
                             あの日、ユキが持っていたものだと思うけど」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「クリスマスローズ」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「え?」
                            
                            
                            
                            「それ、クリスマスローズだよ。
                            
                             私の好きな花」
                            
                            
                            
                            
                            「そうか。クリスマスローズか」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「もらっていい?」
                            
                            
                            僕はユキに手渡す。
                            
                            
                            
                            
                            「私の不安を和らげて」
                            
                            
                            
                            突然、ユキがそんなことを言った。
                            
                            
                            
                            
                            
                            「花言葉なんだ、クリスマスローズの」
                            
                            
                            
                            ぴったりだね。
                            
                            
                            僕等は微笑む。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「ユキの不安は、和らいだ?」
                            
                            
                            「レイが抱き締めてくれるときは」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            僕は強く抱き締める。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            辛いクリスマス。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            だからさ。
                            
                            
                            
                            
                            これからも一緒にいよう。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            クリスマスが、少しでも楽しくなるまで。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            「ん」
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            僕等はそっと、キスをした__。
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            
                            end