はじめる

#刑事

読んでると、
思わず胸がギュッとしめつけられる、
そんなポエムを集めました。

全33作品・



入りっぱなしだった、


透明の、小瓶。



「また、全部……なくしちまっ、た」



日に透かして振ってみれば


たぽんたぽんと小さく鳴った。




「もう……いいよな」




全て、失くした気になって


ぽつり、と独白を続ける。




「もう、充分……だよな?」



硝子と硝子がぶつかる音がした。



小瓶の中の


青酸カリを見つめる。




俺は少しずつ、


唇を近付けていった。




【Looking for Myself~分岐にゃん編~第十話 友紀目線 あの夜】





「ありがとう」



その言葉を残して



マヤは家を出ていく。



一度も振り返らずに。



「待っ……」



待ってくれ



その言葉すら伝えられず



バタンという重厚な音が



俺の耳を劈く。




“ありがとう”



……六花が笑顔で告げた、



掠れ霞んだ最後の言葉と



マヤの想いが重なり合う。




手元に残った、


六花のパーカーと


あの夜着ていたマヤのワンピース。



抜け殻の様なそれは


俺の心をひどく締め付けた。






___あの夜


マヤに声を掛けたのは


鉄橋の上に見た彼女の姿に


心が、揺さぶられたからだ。








***



マヤを拾った夜


俺はいつもの様に


河川敷の高架下にいた。



最早、日課だったのだ。



四年前、磯辺大二郎の


遺体が発見された、


全ての始まりの現場を


向こう岸に眺めながら


生と死の狭間を


右往左往することが。



あの時、上の決定に背かず


多少のことには目を瞑って


磯辺の死を自殺で処理すれば



六花やクロはああならずに


済んだのかもしれない。



後悔のどん底でそう思えば


身は切られるように痛めど


肝心の生命は


俺の胸で拍動を繰り返している。




その矛盾が心を



焦げ付かせる程に苦しかった。






リュックサックには


違法に取り寄せた、


青酸カリの小瓶が入っている。



いつも、今日こそは


今日こそは、そう思ってた。



ふと、月が見たくなって


頭上を見上げて、驚いた。





白い、ワンピース


少し、赤茶けた髪の毛。


欄干の上に、マヤがいた。



息を飲む。


一瞬……高校の時に


クロと喧嘩したと言って


家を飛び出してきた、


六花の姿と重なったのだ。





虚ろな目。


頬に流れる涙。


辛そうで


苦しそうな姿。


そして口元に蓄えた、


諦めの笑み。



1発でわかった。



あいつは、俺と同類だ。



死にたくて、死にたくて


死ぬ事が出来ない……意気地無し。





「おーい、そこのお前。パンツ見えてるぞ」



どう話しかけていいかわからず


そんな卑屈めいた言葉を


皮肉な笑みと共に投げかけた。





別に……生命を


助けようと思っていたわけじゃない。



ただ


死ぬ事で、互いの願いが報われ


互いの心が救われるなら


それもいい


そう思っただけ。





「死ぬんだろ?早く来い」



鉄橋下の川に飛び込んで


マヤに声をかけた時


わざと挑発的に


言葉を捨てた。



まさか本当に


飛び込んで来るとは


思いもしなかった。





俺が何の躊躇いもなく


そこから身を投げる姿を見て


自殺を思いとどまるなら


それでいいと思っていた。



混在する生と死への想い。


俺はあの時


マヤを見つめながら


自分の生き死にと


向き合っていたのかも


しれなかった。






「ちゃんと……死ぬから!!」





そう叫んで空を仰ぎ、



見ていなさいよとばかりに


水の中に吸い込まれていくマヤを



目の当たりにした時



心の何処かが軋んだ気がした。



見ごろしにする事も出来た。


そうしてやれば


楽になれるだろうと思っていた。



なのにあの瞬間


“助けて”


誰かがそう


俺の耳元で囁いた。



“お願い、助けてあげて”



“ゆき……っ”



ともき、という名を


ユキと愛らしく呼ぶ六花の声で


そう聞こえたのは


気の所為だったろうか。




気がつくと俺は


マヤを助けていた。



人を……助けてしまった。



そんな、資格が


何処にあるというんだろう。






六花を死なせた。


クロを半死人にした。



一番、守りたかったものを


手放した瞬間の絶望が


体中を覆う。




そんな俺に人助けなんて


できるわけがない。



きっとまた、失敗してしまう。



本当は誰も、亡くしたくないのに。







「ねえ、あなた……名前は?」


「黒須世名」






俺のような人間が


誰かを救えるわけがない。




クロだったら救えたはずだ。



ねじ曲がって歪み切った思考が


俺に、親友の名を……語らせた。





***



誰もいなくなった部屋。


転がった自傷道具。


ふらつきながら


ベッドに身を投げる。



布団に吸い込まれていく体。


夕日を浴びて煌めく埃。



ごろんと、寝返りをうった。


数時間前まで


このベッドにあったはずの


抱き枕……その温もり……マヤ。




夜、悪夢にうなされ飛び起きた時


側にあいつがいてくれるだけで


安堵に胸を撫で下ろした。



四年前の事件から


わずか数分の睡眠を繰り返し


睡眠不足に喘いでは


規定量以上の睡眠薬に手を出した。



恐らく俺は


ひどい薬中だったのに


あいつを抱き締めると


薬を飲まなくても眠れる



俺は正常だとすら


錯覚するほどに調子はよかった。



「ま、や……」



いつもマヤがいた、


左腕が空っぽで



気がつけば


涙が溢れ出す。




また、無くしてしまう。



この急くような感情は


なんだろう。



汚泥の中で


もがき苦しみながら俺は


そっとリュックに手を伸ばす。



入りっぱなしだった、


透明の、小瓶。



「また全部……なくしちまった」



日に透かして振ってみれば


たぽんたぽんと小さく鳴った。




ドラマのように青酸カリを飲んで


すぐに死に至るわけではないが


致死量を飲み干せば


いずれゆっくりと死に至る。




「もう……いいよな」




全て、失くした気になって


ぽつり、と独白を続ける。




「もう、充分……だよな?」



硝子と硝子がぶつかる音がした。



小瓶の中の


青酸カリを見つめる。




俺は少しずつ、


唇を近付けていった。


20センチ


10センチ


5センチ、4センチ



次第に近づく死の香り。



甘酸っぱいアーモンドの香りが


鼻をさした。



瓶に口づける。



あとは


瓶を傾けるだけ。


ゆるゆると、死んでいくだけ。



手も唇も身体さえ震える。



死にたくない。



そう叫ぶのは、誰だ。


心の声に耳を塞ぎ



いざ、飲み込もうとした時だった。





“友紀、さん。生きて……?”




マヤの絞り出す様な声が、聴こえた。




その途端、


俺は青酸カリの入った小瓶を


怯えるように


手のうちから放り投げる。


小瓶はあえなく割れ


中の青酸カリは部屋に散った。



襲う不甲斐なさに俺は


阿鼻叫喚した。



「くそ、くそっ、くそっ!」



髪を掻き乱し


髪の毛が抜ける程引っ張りあげて



そのまま拳を膝へ振り下ろす。



鈍い痛みが膝を襲うも、



俺は構わず外へと飛び出した。






「マヤ……っ、マヤ、行くな……、待って、待ってくれ……」



足元が覚束無い。


涙で前が見えない。



マヤをなくしたくない



その感情に、突き動かされ


俺は、夜に差し掛かった空をかぶり


マヤを探し始めた。

ひとひら☘☽・2020-06-11
幸介
幸介による小さな物語
LookingforMyself
LookingforMyself~分岐にゃん編
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好き



私達はうまくいっていた。



上手くいっていると思ってた。



例えそれが愛情でなくても



世名の素性がわからなくても



自傷の理由が明らかでなくても



それが歪な感情だってよかった。




いつか、世名の


自傷行為の代替になれれば。



そう思っていたんだ。







「おい……杉浦、じゃないか?」



雑踏の音が無と化す……



あの言葉を、聴くまでは。





【Looking for Myself~分岐にゃん編~第七話*うらぎり】




「マヤ、皿これでいいか」



「もう少し、大きいのだといいなぁ」



「これか?」


「ベストサイズ!」



私が世名に笑いかけると


彼も、片口をあげて笑む。



世名は最近とても


柔らかい表情を


見せてくれるようになった



それもそのはずだ。



私が家を出てからもう



半月が過ぎている。



飯炊き女兼抱き枕女は


この半月、ずっと続いてる。




携帯電話のない暮らしは


少しだけ不便だけど


誰から連絡がくるわけでもない。



来るとすれば


いじめの加害者からの


心無い刃だけだろう。



父も母も


探している様子はなかった。



これまでの暮らしより



私は今の、世名との


毎日が大切だ。



世名に鼻を摘まれて起き


三食きっかりご飯を食べさせて


世名との何気ない時間を過ごし


世名に抱かれて眠る…


理解して貰えない家に帰るより


ずっと生き生きとしていられる気がした。


現に私は


世名の家に居候するようになってから


一度たりとも、自傷行為はしていない。



世名は……そうではないけれど。






お皿をダイニングキッチンの


テーブルに置きに来た時


包帯を巻いた世名の手首が見えた。


緩んだ包帯には


染み出した血がてらてらと


光っている。



昨夜、剃刀で深く切ったのだ。



慌てて応急処置をしようにも


世名は嫌がって大変だった。




泣き出しそうな顔をしていた、


私に気がついてやっと


包帯を巻かせてくれた。




「ね、世名……」


「あー?」



痛々しい傷痕

生々しい血の痕


私まで胸が痛くて


心の中にすきま風が吹き荒ぶ。


上辺だけでも


取り繕ってあげたくて。




「包帯、巻き直させて?」


私が言うと


世名はやっぱり否定した。


「…別にいい、こんなもん」


「でも、血…ついてる」


「うぜぇ、お前だって自傷行為してたんだろーが」



まるで


これ以上、踏み込むな


そう言うように


面倒くさそうに呟けれど


私だって、食い下がる。


伝えたいことは伝える。


いい事も悪い事も


世名に嘘はつかないと決めていた。




「今は……してないよ」


「あーそうかよ」


「……世名の、おかげだよ?」




世名は、彼をまっすぐに


見つめる私から目をそらすと


バツが悪そうに舌を打つ。



「なんなんだよ、一体。お前ほんと変な女」


「変な女なら…忘れないでしょ?」


「どーだかな」


「忘れないで…私のこと」



世名は、冷たい言葉を


よく、私に浴びせる。



でもわかってきたんだ。



本当はすごく優しい人だって。



だから


食い下がり続けたら


いつも、折れてくれる。





「……巻き直すのか、これ」


ほら…折れた。



「うん」


「ヨレてんぞ」


「そのままよりマシだよ」


「あー…めんどくせ」



そんな事言いながら


世名はテーブルの上に


腕相撲をするように肘をつく。





相変わらず血色は悪いし


血が通っていないんじゃないかと


思うほど、冷たい肌だ。



温もりを


与えるように


優しく大切に触れた。




「巻き直し、最後にしろよ」


「頑張る…っ」




最近、思う。



自傷行為をしていた頃


私はきっと死にたくて


やっていたわけじゃない。



どんなに願っても


好転しない環境に


何かを訴えたくて


あんな馬鹿をやっていた。



さめざめと泣きながら…


声にならない救いを求めて


幾つも手首に紅の線を引いた。




生きてる……


そう思えることが


虚しくて、安らげた。





世名の自傷の


代替になりたい



もう、自分を


傷つけないで。



この想いが心の底に


溶けて伝わればいいのに。





「はい、出来た」


「おー…綺麗にまけたな」


「でしょ♪」


ふとした瞬間に


世名の優しさが見え隠れ


褒めてくれる時間が幸せ。



「あ、ねえ、世名」


「あー…?」


手首の包帯を気にしながら


気のない返事をひとつ


私に送った世名に私は言った。



「食材なくなったから買い出し行く」


「もう無くなったのかよ、浪費家」


「あのくらいすぐになくなっちゃうの。世名、付き合ってよ」


「あー……ほんっと、お前めんどくせ」




めんどくさい


それが世名の口癖。


でも本当は


そうは思っていないはず。



「ね、世名お願い」


「あーしゃあねえなぁ」


ガシガシと大きく頭を掻きながら


世名は私を見下げて


片口の端をあげ告げた。




「準備しろ」


「うんっ」




私達は、上手くいっていた。



いっていると思っていた。



ずっと、世名だけがいればいいと


そう、思っていた。






「あー!世名、世名っ」



「お前……人の名前連呼すんじゃねえよ」



少し照れくさそうな世名は貴重だ。


スマホがあったら間違いなく


写メってる。



場所はショッピングモール。


スーパーへ行く為に


専門店街を素通りする。



だけど、


可愛い洋服。


アクセサリー。


ゲームセンター



立ち並ぶショップ。



なんだか、デートみたい。


嫌でも気分はあがる。




「あれ、見て。あのピンクルビーみたいなハートのピアス」


アクセサリーショップの

ライトに照らされるその

美しい輝きに魅了された。



「お前、穴空いてねえじゃん」


「……開けよっかなぁ」


「ガキが大人ぶるんじゃねえよ」


珍しく声をあげながら


笑う世名が私の額を突っついた。




世名から触れられた額が


ふんわりと温かい。



恋人同士のような…、


触れ合いに心躍らせたその時



「杉浦…?」



後方から聴こえたその声に



身を震わせたのは、世名だった。



「世名……?」


世名の表情を仰げば


血色の悪い肌は


更に青白くなり


目は泳ぎ、冷や汗すら


こめかみに浮かぶ。





身動き取れず


立ち止まる世名に


スーツを着た眼光の鋭い男が



肩を叩きながら回り込んでこう言う。



「おい……杉浦、じゃないか?」



「……楠木……さん」


「やっぱり、杉浦か……ずいぶんと痩せたな、危うく分からないところだぞ」



杉浦……って、誰のこと……?



世名は……黒須世名でしょう?




世名の顔をきょとんと見つめ続ける。



世名は楠木と呼んだその男性から


バツが悪そうに眉に皺を蓄えると


目をさっと、逸らした。



男性は


ようやく私に気がつくと


会釈と共に笑いかける。



「杉浦の、彼女?ずいぶん若いな、いくつだい?」


ずいぶんと質問の多い人だ。



「そ…そんなんじゃ」


ありませんと、言いかけた時


世名は言葉を荒立てる。



「こいつは……、……違います」




違います、わかってる。



でも、世名の声で


告げられたその言葉の破壊力は



生半可なものじゃなかった。



思わず、涙が


滲むところを見た男性は



「おい杉浦、あんまりいじめてやるなよ」



そう、苦笑した。


世名が何も言わないことをいい事に


男性は次々と、世名の近況を聴きたがる。



病院には行っているのか


今は何しているのか


立ち直れたのか






「なあ、杉浦……あの事件の事は」


世名はその言葉に


我に返ったようだった。




「く、すのきさん…急ぐので」



そうとだけ


蚊の鳴くように呟くと


逃げ出すように歩み出す。


足元もおぼつかない……。



「せ、世名……だ、大丈……」



「う、うるさい……黙れ」



「世名……?待ってっ」




世名の後を追いかけることに


必死だった私は……




「……あの子、どこかで。調べてみるか」




楠木という男性が呟いた言葉を


知る由もなかった。






***


これが、やりたかった……!!



ようやく解禁っすーー٩(´‘▽‘`)۶



みなさん、



き、気付いてくれましたか……!?





幸介

ひとひら☘☽・2020-05-18
幸介
幸介による小さな物語
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辛い



「……マヤッ」



友紀さんが、叫ぶ。


悲痛な声に


私の眉は顰められた。




元気で、いてね



私は、背を押されるがまま



パトカーに乗り込んだ。





【Looking for Myself~分岐にゃん編~第十二話 離別】



友紀さんと……一緒にいたい。


彼の身体に縋ろうとしたその時だ。



「そいつぁ出来ない相談だな」



その声に振り返ると


昼間会った楠木さんが


煙草をふかして立っていた。



「楠木……さん、どうして」


友紀さんの声に答えず


私の元へ歩み寄った楠木さんは


私を見下ろしてこう言った。




「新山まやちゃんだろ」


「え……?なんで、私の、名前……」


「ご両親が心配しているよ」


「え?」



父と母の顔が……脳裏を掠める。



「捜索願届が出されている」


「捜索……願い?……嘘、だよ」



心配するわけがない。


出ていけと言われた。


ずっと学校にいけない私のこと


邪魔だと思っていたはずだった。




今更、何?




こめかみに


玉の汗が浮かんだ。



友紀さんは


私の肩を強く抱き直し


楠木さんに物言った。



「学校へ行けなくなったマヤの話も聞こうとしなかった親です……それどころかきつく当たったと聞きました」



両親のところに居た時の


息苦しさが心を掠める。



何気なく吐露した両親への愚痴を


彼は覚えていてくれた。



友紀さんの脇に


押し付けられた、


耳が聴く、彼の鼓動。



涛々と急く鼓動は


まるで私を追いかけるかのようで


少し、切ない。



楠木さんは


ポケット灰皿で


煙草をもみ消すと


こう、告げた。




「その子は未成年だ。何をするにも親の決定が必要になる。それがどれ程、理不尽でも、だ。お前も刑事だったんだ、わかるだろ」


「……それは、そうですが」


「杉浦。下手したらお前、誘拐罪で逮捕だ。俺もそんな事はしたくない」



誘拐……罪?



友紀、さんが?


彼がいなかったら


私はそれこそ


生命を、落としていたのに。




俄に信じ難い言葉に


彼の横顔を見やる。



友紀さんの眉間には


皺が寄った。



険しい顔だ。



「ちが、違います……っ、私、家出したんです、それで友紀さんの家に置いてもらっていただけで、誘拐なんて、そんなこと……!」



私が思わず、声を張ると


楠木さんは腰を折り


私と目の高さを合わせて息をつく。




「それでも、未成年を成人が家に囲うことがあれば、世間や法の判断は“誘拐”そうなってしまう」


「そんな……」



あまりのことに


声も出ない。


目の前が暗くなる。



雑踏も聴こえない。


周囲の楽しげな笑い声も


遠く聴こえた。



「楠木さん」


苦悶の表情で、彼が呼びかける。




「それでも俺は……、こいつを針のむしろの様な両親の元へ、学校へ帰したくは……ないです」


「冷静になれ、杉浦。お前らしくもない」



厳しい楠木さんの声。


風が、まるで口笛でも吹くように


音を立てて耳元を通り過ぎて行く。



友紀さんは


拳を握りしめ、眼差し強く


楠木さんを見つめると


こんな一言を吐露した。




「楠木さん……俺はもう、後悔したくない」


「……じゃあ、どうするんだ」



諦めに顰められた眉。


への字に曲がった口元。


楠木さんのため息と共に


吐き出された言葉に


友紀さんは私に向き直る。





「マヤ……帰ろう、俺たちの家に」



俺“たち”の家……。


その言葉は彼が見せた、


離れたくない、の


意思表示にさえ聴こえる。



心臓が苦しくなる程


彼が、恋しい。



このまま縋りたい。


一緒に帰りたい。



でも。


楠木さんを見やると



「君は“家”に帰るんだ」



やたら優しくそう言って


手を差し伸べられた。




「マヤ……?」



私は、楠木さんの手のひらに



自らの手を重ねる。



横目に見た友紀さんの


唖然とした顔が胸をじくじくと刺す。




「友紀さん……私、帰るね」



「なん、で」



友紀さんを犯罪者に


するわけにはいかない。



本音を沈黙というオブラートに包んで


私は精一杯の笑顔を友紀さんに向ける。



彼の顔は


まるで、泣き出しそうだった。



うまく笑えていないかな。


そうだよね。


本当はずっと一緒にいたいもん。




「さあ、まずは署にいこうか」



重ねた手を


楠木さんは強く握り締める。



手錠をかけられるより


きっと重たい鎖を施された。


「はい……」



理解のない


あの家に、


帰る……


そう思うと


じんわりと涙が浮かんだ。





「……マヤッ」



友紀さんが、叫ぶ。


悲痛な声に


私の眉は顰められた。




元気で、いてね



私は、背を押されるがまま



重たい一歩を何度も繰り返し


道端にとめられていた


パトカーの後部座席に


楠木さんと共に乗り込んだ。




走り始めたパトカーの車窓に


とりどりのネオンが


尾を引いて駆け抜けていく。



後ろを振り返れば


友紀さんが立ちすくむ姿が


網膜に焼き付いた。



堪えきれず、溢れ出した涙は


呼吸さえも、私から


奪い去っていくようだ。



息が出来ないほど


唇を噛み締めて泣いた。


両手で顔を覆い


泣きじゃくった。



楠木さんは言う。



「辛い決断をさせてしまってすまない」


温かな言葉が胸を尽く。



「よく杉浦を、守ってくれた」



頭をぽん、と一度


叩くように撫でられる。



その手のひらの重みが


彼と重なって私は余計


声をあげて泣き頻った。

ひとひら☘☽・2020-06-19
幸介
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【ForGetMe~クロとユキ~第三話愛しき人】




俺には二つ違いの妹がいる。


名は、六花。


俺が警察学校入学の年


両親が事故で他界した。



警察学校へ入校中


六花からの呼び出しを受け


「私もお兄ちゃんみたいな警察官になる」


そう言われた時は度肝を抜かれた。



危険も伴う仕事だ。


何よりその重圧と辛さは


もう、嫌という程知っている。



六花には普通の職業について


平凡な幸せを掴んで欲しかった。




俺は六花の


警察学校行きを猛反対したが


六花も頑固な人間だ。



俺ごときの意見では


その志を折る事は出来なかった。



結果、現在は


無事に警察学校を卒業し


交通課に配属されている。





そして、この六花


困ったことに……





「で?何で休みの日まで杉浦の顔見なきゃなんないわけ?」


「あー?嫌ならお前が出てけ」


「ここ、俺の部屋だぞ!?」


「まあ、固いこと言うなよ」


いつもの調子でのんべんだらり。


落花生を剥き食べながら


テーブルに殻を撒いている…。



怒りに震えながら俺は



キッチンに立つ六花に声を張った。




「おい六花!なんでお前杉浦連れてきたんだよっ」


「え、彼氏だから」


てへ、っと可愛らしく笑って見せる六花。



そうなのだ。


妹、六花は高校時代からの


杉浦の彼女だ。


俺は未だに納得できずにいる。




「なーんでお前らが付き合っちゃうのかね」


「だって、友紀かっこいいもん。お兄ちゃんも彼女作んなよ」


「確かに。このご時世にその歳で、なあ?ご丁寧に貞操守るのもどうかと思うぜ」



俺の下半身のことまで


この言われ様だ。


二人のタッグには敵わない。



何故だか腹が立って、


俺は隣でだらだらと


落花生のカスをこぼし続ける、


杉浦の額をべちりと叩いた。


杉浦は眉をひそめ


額を撫でつつ言う。



「……公務執行妨害」


「は?落花生食う事が警察官の公務かよ」


俺が負けじと言うと


杉浦は


テーブルに顎を乗せて


膨れっ面を作った。



「その顎…あげたら落花生まみれだな」


「ベッドの上で払い落としてやる」


言い合いの止まらない俺たちに


珈琲を出しながら六花が笑う。



「はいはい、仲良しさん。喧嘩はおしまい」



「仲良しさんじゃねえよ」


「クロは友達いねえから俺が拾ってやっただけだ」


「確かにお兄ちゃん、友紀しか友達いないかもね」



そう笑いながら六花は


ちゃっかり杉浦の隣に腰を落ち着ける。



言い負かすことをやめた俺は


あの事件の話を切り出した。




「なぁ、杉浦。明日はどこ行く?」


「…出来れば二、三回れば一気に済むな」


「結構、距離離れてるんだよなぁー…」


歯医者に行った記録もない。


身体にシリアルナンバー付きの


機器が埋め込まれているわけでもない。



身元を探るにはつまり


この足だけが頼りだった。



レフト以外の


仏の身元とされている候補は


あと三つ。



町外れの花屋と、


県外の寺


それから


郊外の団地。



一日で済ますのは大変だ。



「手分けでもするか?」


「いや、杉浦単独行動させるとろくなことない」


「ごもっともで」


そう言って


卑屈に含み笑う杉浦を


食い入るように見つめた六花は


俺たちに聞いた。



「なになに、河川敷のホームレス変死体の件?」


「ああ」



交通課の人間にも


無論、話は伝わる。



六花は興味津々だ。



「ねえ、あれって結局、自殺なの?他殺なの?」


「まだ、なんとも言えねえな」



六花の問いかけに


杉浦は珈琲に口をつけながら答える。


俺は杉浦の言葉に付け加えた。



「上は自殺で処理する方向で…」


「えー?怪しいところがあるのに?」


人一倍、正義感の強い六花は


いかめしい顔つきで


俺たちを睨んだ。



「俺たちを睨むなよ」



俺が苦笑いを零すと


六花はため息を吐きつつ、


軽蔑にも似た眼差しを向ける。


「だってお兄ちゃんたち下っ端でも刑事じゃん、戦いなよ、真実のためにっ」


交通課とは言え


もう六花も立派な


警察組織の一員だというのに


このピュアさというか


誠実さというか頑固さというか


やれやれ


誰に似たんだろう。



そんな事を考えていると


膨れっ面の六花の頬を


杉浦は挟んで、不敵に笑む。



「六花」


「は、はい!?」


「あのな」


「う、うん」


「刑事はな」


「うん」


「上には逆らえねえんだよ」


「かっこわるっ!!」



そう声を張りながら


六花は杉浦と目を見合せ


白い歯を見せて笑う。



杉浦も珍しく


声を上げて笑った。



妹と親友の


ちょっとしたラブシーン




もう、うんざりだ。





そう思いながらも


やはり血を分けた兄妹と


腐れ縁の幸せそうな姿は


嬉しいもので……


ふと俺は、笑んだ自分に


気がついたのだ。




俺と杉浦にとって


愛しい人は


紛いなく、六花だった。




***


三人以上の会話……



やっぱり難しい


( o̴̶̷᷄﹏o̴̶̷̥᷅ )



思い通り描けません。



スランプΣ(艸O_o`*)ガーン

ひとひら☘☽・2020-04-29
幸介
幸介による小さな物語
ForGetMe~クロとユキ~
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【ForGetMe~クロとユキ~第一話不審死】



一人の男が河川敷の


テントの中で不審死を遂げた。



所持品に身分を示すものはない。


遺体を見る限り


ホームレスのようだ。


齢は7、80代…


と言ったところだろうか。



死因は、恐らく失血死だ。



手元には剃刀が転がっていた。



年老いたホームレスの


自殺か……?


頚部に


切り傷が見受けられた。



指先は赤く爛れており


指紋が消えている節がある。



薬品でも使って


自ら指紋を消したのか?



どの道これは


自殺と他殺、両方の線で


洗うことになりそうだ。




「おい、クロ!」



俺を呼ぶ先輩


巡査長の楠木さんが


俺に手招きをした。



「…なんでしょうか」


「この辺り、ホームレスが点々と住んでいるから杉浦と一緒に聴き込み行ってこい」


「わかりました」



河川敷の堤防を


大股で登り


中腹あたりでくるりと


方向を転換した。



少し高い位置から見ると


その場に集まった刑事共が


よく、観察できる。




「さて、杉浦はどこかな」


僅かに芝居がかった動きで


俺は同期の杉浦友紀を探す。



すると杉浦は


事もあろうに


背の高くなった草むらで


寝転んでいる。



「あー…腹立つ」



俺は大きなため息をついて


杉浦の元へ忍び寄り


肩の当たりを足で突っついた。



「なんだよ、クロじゃねえか」


「なんだよじゃねえよ、仕事しろよ」


「あー……他殺の可能性あんの?」


「それを調べんのが俺らの仕事だろ」


「えー…」


「えー…じゃねえよ、聴き込み行くぞ」


俺は屈み込むと


杉浦の額を叩く。


ベチリッッとひどい音を


させたかと思うと


杉浦は恨めしそうに


起き上がった。




「俺の額叩いたな?」


「杉浦のデコは広いから叩きやすいんだよ」


「俺の頭は高いぞ、一万くれ」


「ぼったくり刑事」


俺は悪態をつきながら


含み笑う。



ともあれ、俺たちは


川の上流側の


テントから攻める事にした。




「なあ、どっちがホームレスと仲良くなれるか1000円賭けようぜ」


杉浦は後頭部に手を組んで


口笛混じりにそう言う。


「…お前のそういう刑事らしくないところ、どうかと思うわ」


「クロのそういう刑事ドラマの見すぎ的発言も俺はどうかと思うけどね」


「いや!?普通に賭け事いかんだろ?」



俺が少し声を荒らげると、


杉浦は飄々と風に吹かれて


石段を1段飛ばしで下っていく。


俺の話なんて


聞いちゃいない。



「ったく…、おい、待てよ!」




杉浦とは高校の頃からの腐れ縁だ。



警察学校の最終過程を終えるまでは


寮でも、グループ訓練でも、


実習先でも


ことごとく“一緒”だった。



警察学校を卒業し


やっと腐れ縁が切れて


違う署に配属になった。



数年後先輩からの推薦を受け


刑事課への異動。


意気揚々と刑事課のドアを開けると


そこにはまたも杉浦がいた。


腐れ縁は、切れてはいなかったようだ。



いつも自由風に吹かれ


飄々としている杉浦を見ると


俺はほんの少しだけ


ギスギスした自分が嫌になる。


反面、こいつが心底


羨ましいと感じるんだ。




「よぅ、おっさん」


聴き込みに来て


いきなりおっさんはないだろ。


俺は早速、大きなため息をつく。



白髪頭の老人は


かけた歯で


スルメイカを噛んでいる。


「悪いが名前を教えてくれ」




杉浦がつっけんどんに


尋ねた言葉は住人の男に


怪訝そうな面持ちをさせた。




「…あんたらの名前教えてくれたらな」



全く、世話がやける。


仕方なく俺たちは、名刺を差し出した。


渡した名刺をしげしげと見つめて


男は、小さな声で呟く。




「志賀 喜夫」



「おっさん、あそこのテントのじいさんのこと何か知ってるか?」


「……あそこ?ああ、大造さんかい。苗字は確か……大石だ」


「名前は大石大造…か。おい、クロ、書いとけよ」


「お前が書けよ……」


そう言いつつ、メモをとる。


小さなことからコツコツと、だ。



「大造さんはなぁ、元社長さんだよ」


「社長?どこの」


「……ほら、随分前に大騒ぎになったじゃないか。負債抱えて海外企業に吸収された……」


「レフト、ですか?」


俺が杉浦を跳ね除けて


我先に声を上げると


杉浦は隣で小さく舌をうつ。



「ああ、そうだったかな…」


今度はしたり顔の俺を


跳ね除けた杉浦が


未だスルメを噛む老人に聞いた。


「昨夜、亡くなったらしいんだが、不審な物音や人物、見なかったか?」

「いやぁ、夜は早々寝ちまうし、知らないね」

「あんたのアリバイ、証明してくれる人は?」


「この通り、一人なんでね、誰か居たらびっくりだろう?」


「まあ、そうだな。で、その大造さん、誰かに恨まれる様な事はなかったか?」


「さあねぇ、俺等ほら、世の中のゴミだから」



そう言ったきり


老人は何も話さなくなった。




仕方なくテントを後にし


次のテントへと移動する。


とにかく今は証言を集めること


これが初動捜査の基本。



次のテントの住人は


開けずとも外で


飯炊きをしている


40代くらいの女だ。



杉浦は


失礼にも作っている味噌汁を


住人がスプーン代わりに


つかっているであろう


発泡スチロールの容器によそい


勝手に食べた。


「おい、お前何してんだよっ」



俺が声をあげると杉浦は


うるさいと言わんばかりに


片耳をほじりながら言った。



「ほら、なあ?心通わすには同じ釜の飯を食えって言うだろ?」

「飯じゃねえし!味噌汁だし!食ってねえし、飲んでるし!」


腹立たしくなって


目くじらを立てると


住人の女は意外にも


「面白いねぇ刑事さんたち」


黄色い歯を見せて笑った。



「そこのテントにお住いだった大造さんなんですが」


手帳片手に尋ねると


女は、はて、と首を捻った。



「大造、?」


「そこのテントの人、大造じゃないのか?」


今度は杉浦が訝しげに聴く。


「そこのテントの人は、善逸さんだよ」


思いがけないことに


さすがの俺達も顔を見合わせた。





「では、その善逸さん……以前何をされていたか、ご存知ありませんか?」


「花屋のご主人だったって聞いたよ」



こりゃあ神様もびっくりだ。




その後、


その辺にテントを構える四名の


“隣人”に話を聞いたが


1つたりとも噛み合う証言は


得られなかった。



仏の身元が聴き込みで割れない。



俺たちは勇み足で空回り



辛酸を舐めたのだった。


【ForGetMe ~クロとユキ~不審死(終)】

ひとひら☘☽・2020-04-18
幸介
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「……マヤ」



俺はマヤの後ろ姿に呼びかけた。




長いこと健康的な


暮らしをしていない体…


息が切れ、肺が痛む。


汗にまみれた顎を拭う。



「おい、こっち……向けよ」



後ろ姿のまま


頼りなく震えるマヤの肩。




どうしてこんなにこの女を


失くしたくない、なんて


思うんだ……



自分自身の感情に


翻弄されながらも


俺の体は独りでに……



彼女に近付いた。




【Looking for Myself~分岐にゃん編~第十一話 友紀目線 捕まえた】




時刻は22時を回る頃だ。



何処か寂しげに光輝くネオン。


四方見渡しても


虹彩が目の奥を焼き付けて


視界が霞んだ。





仕事帰りのオヤジが


悪びれもなく千鳥足で酔っ払う。


線を強調した洋服を身にまとう、


艶かしい女が男を


食い物にしていた。



かつての花町のような



そんな色に染まる、繁華街。




「マヤ……どこだ」




どこかの酔っ払いに


手を引かれて行きそうになったマヤの


手を握り直した時


俺は、救われた気がした。



本当は


柏沖に連れ去られる六花の側で


ああして止めたかった。




痩せた身体


呼吸する、肩


幾ばくなく、天へ召されようという、


六花の生命をああして


繋ぎ止めておきたかった。




“しばらく…ここにいてもいい?”



マヤを拾った翌日


彼女にそう言われた時


これで救われる、と


心が安らいだ。




マヤを何かの代わりに


しているのかもしれない。



救えなかった笑顔


満ちることの無い穴のあいた心を

マヤ
絆創膏で塞ぎたい、


ただそれだけなのかもしれない。



マヤにとったら


ここで終わりにした方が


幸せになれるだろう。




だけど、とまらない。


マヤを探す足が、眼が、体が


鼓動が__。


否応なく打ち付ける脈が


マヤを……喚ばわる。




「ねえ、遊んでいかない?」


キャバクラで働く女だろう。



「サービスするからさぁ」


ネイルの施された長い爪を


俺の肩に引っ掛けて


ねっとりとした撫で声を


耳元に囁いた。



「離せ」



手を振りほどいても


女は食い下がる。


「安くするように店に頼んだげる、ね」


悪質な客引きだ。


警察手帳でも持っていれば


一発でしょっぴいてやるのに。


「客引きは条例違反だ、知らないのか」


冷ややかな目で睨みをきかせると


女は僅かにたじろぎながらも


負けじと吐き捨てた。



「新人ちゃんも入りそうなのに、ざあんねん」



刑事時代に磨かれた、


なけなしの嗅覚が反応する。




「おい……新人って?」


「え、何?お兄さん可愛い顔して、新人食い?」



下らない戯言を吐く女を


睨みあげると女は今度こそ


後込んで言葉を濁した。




「今日……うろうろしてたのよ、可愛い顔した女の子。行くところなさそうだったから、お店に……今頃店長の“面接”受けて」


「……店は、どこだ」


「…え、あ、そこの」



女の指差す先には


ネオンがいかがわしく光る雑居ビル。



カフェ


と小さく看板が出ているそこは


キャバクラではなく


性的サービスを行う、


違法ふう俗店だった。



そんな店の“面接”は


しっかりと客を楽しませることが


できる女なのかどうかを


見極めるため身体を


使わせるものもよくあると聞く。




怯えるマヤの表情が


脳裏を掠めて全身に寒気が走った。



「……くそっ、馬鹿女!」



俺は血相をかえて走り出す。


だくだくと汗が垂れるも


拭うことも忘れて


女の指差した店へと入店した。



ピンクの薄暗い明かり。


喘ぎ声が漏れないよう


配慮されての大音量のBGM…


個室が立ち並んでいる。




「お客様…ご指名になさいますか、それともフリーで?」


視線を定めず


あちこちを見渡す俺に


店のボーイが声をかける。


俺はボーイに掴みかかる勢いで


凄みを利かせた。



「店長はどこだ」


「と、突然なん、すか…っ」


「俺は刑事だ。上に内部情報は黙っててやる。事務所に案内しろ」



嘘をついた。


疾うに警察手帳は


返還しているというのに。



けれど、幸いな事に


はったりで十分だったようだ。



「け、警察っ」


目を白黒させたボーイが


ぎこちなく案内した先は


プレートのない、いかにも


いかがわしい部屋の前だった。




「やっ…やだぁ…!いやっ、いや!」



中から、女の声が聴こえたかと思うと


俺の身体は即座に反応し


部屋の中へ押し入っていた。


木戸は


まさに壊れんとする音を立てて


殴打音を鳴らし


その音に驚いた店長とやらが



「な、なんだ!?」



ソファの向こう側から顔を出す。




そこで俺が見たものは


ソファに押し倒されるマヤの姿。



俺が買ってやった服…


黒のカーディガンは肩まで脱がされ


ブラウスは第3ボタンまで飛び


裾はたくし上げられていた。




「友……紀さ、ん……?」



涙をいっぱいに溜めた、


マヤの俺を凝視する眼差し


その、震える声を聴いた瞬間


理性が飛んだ。




「このっ、マヤから離れろ!」



俺は店長の首を掴むと


めり込ませる程


力任せに壁に押し付けた。



「ぐ……っ、なん、だこいつ」


「て、店長……あの、その人刑事みたいで」


「な、何っ、なんだってウチにっ」


男は苦痛に顔を歪めながら


掠れた声を響かせる。



「いいか、店を失いたくなければ、この子に手を出すな」


「そ、その子がうちで働きたいって言ったんだ、テストして何が悪い!」


「テスト?ここは本番行為なしだったよなあ?この状況、どう見ても強かん未遂の現行犯だぞ、上に報告してやってもいいんだがな。なあ、店長さん」




刑事だった頃の口調を戻して


俺は店長の男を睨んだまま


笑顔を繕った。



「み、店は、見逃してくれるのか」


この期に及んで戯言だ。



俺は勢いよく壁に手を付き


鼻が付くほど店長の男に近づいて


睨みあげた。



「どうしようか……俺はお前みたいな奴が大嫌いでな。…………見逃して欲しければ、こんなことは二度としないと約束しろ」


余程、恐ろしかったのか


店長の男は僅かに振戦しながら


頷きを繰り返す。



俺より遥かに


ガタイもいいというのに


情けないことだ。



納得させたところで手を離す。


むせ返るほど咳き込む男……


危うく、人をあやめるところだった。



息をついて振り返ると


マヤは露わになった上半身を


包むように隠し


そそくさとその部屋を出ていく。



「……おい、マヤ……!」


ブラウスのボタンだって


飛んでるってのに……


やっぱりマヤは馬鹿女だ。



このまま置いてけぼりを


食らってなるものか。



俺は、マヤに


食らいつくように後を追う。




「おい、マヤ!」


店を出て


繁華街を行き来する人並みを縫い


走り出すマヤを必死に追いかけた。



「おい!待て、おい!」


煩わしい喧騒に


流されないよう声を張る。




何度目の呼び掛けだろう。


マヤも疲れ切ったか


足を止め、後ろ姿のまま


俺に震える声をかけた。




「追いかけて……こないで……」





「……マヤ」



俺は呼びかけた。


マヤの肩が震う……。



長いこと健康的な


暮らしをしていない体…


息が切れ、肺が痛む。


汗にまみれた顎を拭う。



「おい、こっち……向けよ」



後ろ姿のまま


頼りなく震えるマヤの肩。



所詮、女子高生だ。



それなのに……



どうしてこんなに


失くしたくない、なんて


思うんだ……



自分自身の感情に


翻弄されながらも


俺の体は独りでに



彼女に近付き、



彼女の肩を抱いた。



途端に


すきま風だらけの心に


安堵の花が咲く。





「やっと……、捕まえた」


俺の呟きを耳元に届けると


声もなく落ちるマヤの涙が


この腕にしとりと零れ落ちる。




「大丈夫か……?こんな格好で……お前馬鹿かよ」



「だ、だって……だって」



「言い訳ならいらねえよ」



この子を


なくしたくない……



強く乞う。



けれど、


どう伝えていいのかわからず


考えあぐねた俺は



「抱き枕がないと……眠れねえんだよ」


首筋に顔を埋めながら


「腹減ったよ……マヤ」



不器用に言葉を重ねた。




マヤは大きく息をつくと


崩れるように泣きながら


ようやく俺を振り向いた。



ぐしゃぐしゃに濡れた頬


その唇で


ひとつ、言葉を紡ぎ出す。




「……私…、友紀さんの側、にいて………いい、の?」



「契約……だろうが。……帰ってこ」



帰って、来いよ


そう言いかけたその時だった。




「そいつぁ、出来ない相談だな」



背後から、そんな声が聴こえた。



俺とマヤが思わず振り向くと、


そこには煙草の煙を立ち昇らせた、


楠木さんの姿が、あったのだ。

ひとひら☘☽・2020-06-15
幸介
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記憶
重なる
片想い
それだけでいい
これはきっと雨のせい
ネオン
自殺未遂
帰ってこい
すれ違い
捕まえた
安堵
必要
精神安定剤
苦しみ
辛い
死にたい

【ForGetMe~クロとユキ~第十七話 杉浦の章*兆し】



きっと、終結の時は


数分の出来事だったのだろう。





だが、あれは俺にとって


途方なく長い、


地獄の様な時間だった。





明り取り窓から覗く小さな空


無数の赤色灯が闇夜を切り裂き


サイレンが静寂を割った。




「重傷者が二名居ます、犯人は確保しました…!早く、早く助けて下さい……っ」


俺は脱いだYシャツを


クロと六花の傷口に突っ込んで


圧迫しながら


無我夢中でそう叫び続けた。



無数の足音が


ばたばたと駆け下りてくる。




やがて、柏沖亮が



足元をふらつかせ


廃人のようにブツブツと


何かを呟きながら


連行されていく様を


横目に見た。





俺の視線は



二人の生命に



釘付けられていた。






「杉浦…!」



楠木さんが螺旋階段の上から


声をかけてくれた時


張り詰めていた糸が


プツリと、切れる。





「杉浦、もう大丈夫だ」


「でも……でも」


「救急がいる」



肩を叩かれても尚


まるで、ぐずつく子どものように


頭を振って俺は抵抗し続けた。




手を離したら


今手を離してしまったら


二人は死んでしまう。



歪んだ強迫観念に囚われた俺は


我を忘れて叫んだ。



「嫌です…絶対に二人は、俺が、俺が助けます」



「杉浦……しっかりしろ……っ」




楠木さんは、破れ鐘の様な声を響かせ



俺を力強く羽交い締める。




汗が滴る程暑いのに


なんだ


どうして楠木さんの体が


こんなに温かく感じるんだ…。




一筋の涙が



目頭から零れ落ちた。





「杉浦、大丈夫だ、もういいんだ、後は救急に任せろ」



その言葉に自我を引き戻した俺は



ようやく……二人から、離れる。






六花の腹から


手を引き抜いた瞬間のこと


指先から血が滴った。



腕まで真っ赤に染まった身体


俺の血じゃない


俺は痛くない


クロと六花の血だ……



どうして、俺じゃない?



どうしてこんな事になった?



どうして。






昨夜、六花の異変に気付いた時


彼女に寄り添えていたら。



もっと早く


地下室に潜んでいた、


柏沖に気付けたなら。






俺の……





俺の、せいだ。








溢れる後悔が


俺の喉を細く締め上げる。



クロと六花の血に塗れた両手で


顔を覆った……。





「杉浦……、よくやった」


「う……あ、ああ」



楠木さんの言葉に俺はもはや


声にすらならない音をあげる。







一体、何が“ヨクヤッタ”、だろう。







崩壊した堰。


だくだくと流れ続ける涙。


止まぬ、自責。



「柏沖の事は俺たちに任せて、お前は二人の病院へ行け」



こんなクソみたいな俺に


楠木さんはそう、慈悲をかけた。





***


二人の手術は12時間以上にも及んだ。



クロの首の根元を斬り裂いた斧は


頸動脈を切断し


鎖骨、更には


頚椎の損傷を来たしていた。



不幸中の幸いだったのは


強い力で投げつけられた斧が


刺さったままの状態で


大量出血を免れた事だった。





あと僅かでも反れていたなら


中枢神経の通る脊椎は


完全に断裂し、即死だった。



幸が重なり、死は免れたが


執刀医の顔は依然として浮かない。


意識は……生涯

コウベ
戻らないだろうと、頭を垂れる。





六花はといえばこちらも重症で


下腹部が真一文字に切り裂かれ


内部はまるでこどもが


泥遊びをしたように


ぐちゃぐちゃに


かき混ぜられていたという。





その結果


子宮と卵巣を全摘出した。





子宮の中には



4センチ程度の胎児が



存在していた、らしい。



大きさから見て



三ヶ月程だという。




思い出す……。


あんなに好きだった煙草の香りを


毛嫌いするようになった。



つわり、か


それとも母性の芽生えだったのか



六花が必死に


守ろうとしていたものが



失われてしまった。




やり直しすら、利かない。







その現実に、愕然とした。





規則的な機械音が響く中


ただ、祈るように


その細い手を握り締めた。





六花の意識は戻らない。




戻ったとしても


どう声をかけたらいいのだろう。




ごめん、六花



ごめん




俺は、苦悩の中で大きく息をついた。






***




「柏沖亮だがな」



病院に顔を出した楠木さんが言う。



「素直に取り調べに応じ始めたぞ」



「よかった」



「六年前の件も、衛の件もやったのは自分だと吐いたよ。何人やったか覚えてないっていうんだが、柏沖家にあった髪の毛の束……衛のものも合わせて17束あったらしい」


「磯辺家の事件も合わせたら20人ですね……」



「今、不明者届けから被害者の身元の割り出しに当たってる」


「早く御家族に知らせられるといいのですが」


「それも骨が折れるがな。全く、とんでもない奴だよ。まあ、ここまでひどいと疑いようもなく数年後には死刑だ。被害者へのせめてもの手向けだな」




不精に伸びた髭面を


楠木さんに向け


上辺の笑みを向ける。



「随分、疲れているようだな、眠れているか」



「いえ……クロと六花の事を思うと」



「あれは杉浦のせいじゃない」



「……俺のせいです」



「杉浦……」




二人の意識が戻らないまま


五日が過ぎようとしていた。



取り調べは着々と進んでいる。



それだけが救いだった。




「ちゃんと、寝ろよ」



楠木さんは


そう念を押して笑うと



俺を病院に残し


署へと帰っていった。




息をついて、


六花の病室へと戻る。



病室には、西日が差し込んで


無機質な部屋をそっと彩っていた。



「六花……」



配線だらけの身体が


やけに小さく見える。



「なあ……六花」


何度呼びかけても返事はない。


おずおずと指先を絡めると


六花の懐かしい温もりを感じた。



「また、抱き締めてくんねえかな…」



呟いてから六花が目覚めたら


抱き締められるより先に


俺が抱き締めるだろうと思い直し


ひとり、失笑した。





六花の手のひらを


両手で包み込む。


元々頼りなかった掌が


益々痩せていて


心は締め付けられた。





ずっと考えていたこと。


結婚しようと伝えた時


六花は幸せそうな顔をして


「保留にさせてね」と笑った。



「保留ってなんだよ」


拗ねっ返って言葉にすれば



「私の為に煙草やめられる?」


と、茶化した。


いつかの子どものために、と


俺に抱きついた。



俺はあの六花の言葉を


真剣に考えただろうか。



六花の“いつか”は“今”だったのに…。




俺が煙草に手を伸ばす度


六花はこの俺を父親には


相応しくないと


そう、思っただろうか。




絶望に目を閉じても


六花の笑顔ばかりが瞼に浮かぶ。



涙が数珠のように溢れた。



「六花……ごめん、六花頼むから……目ぇ開いてくれよ、なあ」



クロの意識は


一生戻らないと言う。



その上


六花まで失ったら俺は…。



「くそ……っ」



六花の眠るベッドを


堪らずに拳で殴った。




ベッドがギギッと


激しい音を立てた、その時だ。



絡めた六花の指先が



ぴくりと、動いた__。

ひとひら☘☽・2020-05-30
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【ForGetMe~クロとユキ~六花の章 第十一話忍び寄る邪心】




「黒須さん、また明日ね」



「うん、お疲れ様!」



私は、黒須六花。


交通課の女性警察官だ。



もっぱらスピード違反や


駐停車禁止車両を取り締まるのが


私の誇り高き、仕事。




署を出たところで同僚と別れ


帰路を歩む。



車通りの多い道を選ぶ…



最近、いつもそうだ。



すっかり暗くなった街灯の下。



タイヤとアスファルトが


擦れる音で空気を震わせながら


ざー、ざー、っと通り過ぎては


走り去っていく。





「あ、今の車……20キロスピード違反だ」


スピード違反の切符ばかり


切っていると


対抗してくる車が何キロで


走り去るのかわかるという、


特殊スキルが身についた。



「あー、もう!あんなにスピード出してたら危ないんだからねっ」



運転手には


届くはずもない忠告を


私は夜空に響かせる。




体育の成績がいつも



“頑張りましょう”



だった、私。



何処へ行っても


一番どんくさかった私が


警察官になって


いかついお兄さんや


変態さんを躱しながら


業務にあたり点数減点や


罰金を言い渡し切符を切ってる。




これってすごい事だ。




元々、曲がった事が嫌いな私は


存分にその正義感を


発揮出来る今の仕事が


性に合っているらしい。








でも……時としてそれが


裏目に出ることもある。




ヴヴヴヴヴヴ……


ハンドバッグの中で


スマホが振るう。



反射的に肩が震えた。


バッグの中が


ライトで煌々と照らされる。


動悸。


焦燥。


目に映る、文字。





__非通知。



嫌だ、嫌だ、恐い。



幾ら警察官になって


国民の安全の為に働くと


耳にタコができるくらい


聞かされていても


こういう時、恐怖は


虫が湧くように零れ落ちる。




震える手が


スマホに伸びるのは


きっと……自分自身に


負けたくないからだ。




「も、もしもし」


いつものようにスマホアプリの


ボイスレコーダーを起動させ


通話ボタンをタップして


私は細い声を押し上げた。




ザー、ザー、という


車の転がる音に交じる息遣い。




「…………今日は元気………ない、ね……?」



ボイスチェンジャーを使った声


高音の機械音になっていてもわかる。



これは男だ。



まとわりつく様な声が耳に障った。



「……夜道は……危ない…よね、六花ちゃんは……女の子だもんね……スカートはやめた方がいいね。元気で、てきぱき仕事してる警察官の六花ちゃんは……表の顔だもんね……そんな格好していたら…悪い狼にあっという間に……食べられちゃ、うよ?だって……本当は弱くて弱くて弱くて弱くて弱くて…」



なんなの…この男


冷や汗が、ツッと背を伝う。



「い、いいかげんにしてください」


私が威勢よく声を張ると


男は一段と気疎い声をあげて


私の耳の奥に


その言葉を突き刺した。




「ああ……あああぁ、今すぐにでも、ころしたい」



「やっ……やめなさい、脅迫罪ですよ!」


理性の欠片もない。


焦燥に駆られた私の喉は


干からびて張り付き


声を金切らせた。



そんな私の戦きを


男は嘲笑う。



くすくすくす、


忍笑いが次第に大きく



ははははは


爆ぜるような音になり


私の耳を汚した。



我慢の限界だ。


慌ててスマホを切ると


私は辺りを見回しながら


足早に自宅のあるアパートに向かった。




あの男が


どこの誰なのかわからない。



でも、嫌がらせが


はじまったその頃は


勇んで駐停車違反の車を


取り締まっていた頃だった。


もしかしたら


交通法違反者の中に


男がいたのかもしれない。



現に男は


非通知で電話をかけてくる度


警察官、と執拗に言葉にした。



いつも、どこかから


不快な笑い声を響かせて


見張られている…


そんな恐怖が在った。






兄や彼は刑事課所属の警察官。



相談しようと思えば


いつでも相談出来る間柄。



だからこそ、


遠のくのかもしれない。



兄はちょっと


とぼけた刑事だし


彼は風来坊に見えて


実はとても心配性。



今は彼らは


事件を抱えている。



大きな事件に


発展しそうだと


この間、ぽつりと


兄が電話で漏らしていた。



こんなストーカーごときの事で



心配をかけるわけにはいかない。





私は警察官。



交通課だって


術科訓練は一通りやってる。



逮捕術なんか


得意だったんだから。



いざとなれば


どうにでもなる。




ストーカーなんて


やっつけてやる。



大丈夫


大丈夫



大丈夫よ




だって相手は素人だもん。





強く、心に言い聞かせる言葉は


とても頼りなく


まるでひとひらの木の葉のように


ひらひらと心の底へ積もっていく。



ふと、彼、友紀を想う。



助けて……。


呟きたかった本音は


伝えずに私は無理に笑った。




「明日は、友紀の家に押しかけちゃお」



本当は


すぐにでも会いたかった。


会って、あの力強い腕で


抱いて欲しかった。


耳元に口付けて


大丈夫だ、って


俺が守るから、って


言って欲しかった。


安心して眠れよって


穏やかな笑顔の友紀が


見たかった。



でも



「今日は、がーまん!」



態と声を弾ませて


やっと、見えたアパートへ歩を進める。




その先で見たのは


私の部屋の前に置かれた、


花束だった。




無数の白薔薇……



友紀かとも思ったけれど…


彼はこんな手の込んだサプライズを


するような人では決してないし



何よりも


その茎は全て手折られていた。




あの男かも……しれない。





べそをかきながら


家の中に入り、白薔薇の


花言葉の意味を調べて


愕然とした。




茎のついた白薔薇の花言葉は純潔




手折られてしまえば


その意味は反転し




____。




確実に、エスカレートしていく、



拭いようもない、恐怖。





「友紀……っ、お兄ちゃん……っ」





否応なく打ち付ける動悸に


私はとうとう、頭を抱え涙を零した。

ひとひら☘☽・2020-05-23
幸介
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【ForGetMe~クロとユキ~杉浦の章*第十六話 ジ・エンド】





「動くな!!」



腹を裂かれまさに目の前で


息耐えんとする六花しか


目に入らなかった俺の耳に


クロの声が届く。




我に返って正面を見れば



柏沖亮が斧を俺の後方に向かって


振り投げる寸でであった。




「や、やめ!!」



俺の声は無惨にも散りゆき


斧は俺を掠めて


何度も円を描きながら後方へと


飛んでいく。



ゴッ、ガンッ


やがて鈍い音がして


何かが崩れ落ちた……。




「ひゃ、ははっ、命中だっ」



狂った笑い声をあげた亮は


まるで無邪気なこどものように


手を叩いて喜んだ。



俺がすぐさま、後方を振り返ると


首の根元に斧を突き刺したまま


階段に仰向けて痙攣する


クロの姿が見える。







「く……ろ、りっ、か……」





腕の中で冷たくなっていく六花


倒れたままバタバタと震え続けるクロ


目の前にある光景が


とても現実のものとは思えない。




どく、どくと、生者の音が


高鳴る度に


俺の心は死んでいく気がした。



「あ……ああ、あ」


細く吐かれる息と共に


否応なく喉が叫ぶ嗚咽。



その声に反応しゆっくりと……


照準を合わせた柏沖亮は



獲物を見つけた禿鷹の様に


眼孔見開き、俺に告げた。





「つ、ぎ、は……杉浦さん、ね」




弾む言葉が物語る…


柏沖亮は、コロシを


楽しんでいる。



突風が吹き抜ける如く感じる危機感が


脳内で鳴り響いた。




動け


動け


動け……っ!








生への執着が


俺の体を遂に動かした。



視線は柏沖亮に預けたまま


抱きかかえていた六花の頭を


床にゆっくりと寝かせ


ホルスターに入った拳銃に手をかける。




柏沖は棚の上に


無造作に置かれた凶器の数々を


指先でなぞりながら



「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」



微笑を唇に蓄えながら


物色をするとやがて


鉈を手にして腰を落とした。





臨戦態勢だ。




よく研がれた鉈が光る。



柏沖亮は間合いを詰めながら


大きな舌を出すと


鉈の平の辺りをゆっくりと舐めた。



「大丈夫、そんなに怖がらないでよ、ねえ、杉浦さん。世名さんはあっという間にやっちゃったから、杉浦さんはじっくりやってあげるよ」



その裂ける様な口角に身が震う。



汗が伝い


拳銃を握る指先が濡れた。



間合いを詰められれば後退り



拳銃を使うか組み合うか


チャンスばかりを窺う。



急がなければ


二人の生命ももはや危ない。



イキ
熱れる室内に頭が濛々とした。



柏沖亮は饒舌に語る。




「俺、知ってるよ。あんた六花ちゃんの彼氏でしょ?……俺の可愛い六花ちゃんに手ぇ出したんでしょ?」



その言葉でぼんやりとしていた、


六花のストーカーが


柏沖だったのだとやっと知った。



一か八か賭けよう……。



俺は平常を装い


六花の盾になるように


前へ進み出ると


とうとう柏沖に告げた。




「お前が見つけるよりずっと前から、六花は俺のもんだけどな」


「じゃあ杉浦さん、あんたさぁ嫌われたんだよ、六花ちゃんに。六花ちゃんは今は俺の事が好きなんだ」


「……何を根拠に?」


「俺がちょっと停めてた車をさ、駐停車違反って言って窓をノックしたんだ。笑ったんだよ、可愛い顔で俺に笑いかけたんだ。色仕掛けたんだよ俺に」


俺は大袈裟に鼻で笑う。


「色仕掛け?は、馬鹿馬鹿しい。大方お前が哀れに見えて失笑したんだろ」


「あ…われ?」



柏沖の顔つきが変わる。




「柏沖、お前鏡見た事はあるか?ブッサイクな面しやがって。そんな容姿した男に六花が靡く?」


わざと噴き出して笑った。


怒りからくる震えを


体の底へ追いやって高らかに笑った。



柏沖亮を眼孔で捕らえたまま


笑いあげ、言った。






「ありえないね」






その声が響くと


柏沖亮はみるみると怒張した。



荒がる呼吸で怒りを逃すが


一向に留まることの無いそれを


俺にぶつけるべく


とうとう叫び声を張った。




「あんたに、なにが解るんだあああ!!笑うな、笑うなああ!」



まるで別人の様に目を吊り上げ


鉈を振り上げた柏沖亮は


俺に向かって突進してきた。






怒り狂い我を失う


この瞬間を待っていた。






透かさず俺は、


ホルスターから拳銃を引き抜き


柏沖目掛けて夢中で引き金を引く。






バンッ、バンッ





足を狙った二度の発砲音に



倒れ込んだ柏沖亮は



その痛みに悶え、暴れ狂う。



「あ、ああああああ、う、うったな、よくもうっ、痛……っっつあ」



「4時47分、殺人未遂及び公務執行妨害逮捕」


俺はすぐさま手錠をかけ


更に落ちていた結束バンドで


柏沖亮の足を束ね拘束した。




動けないと悟るや、


これからの自らの行く末を


案じたか柏沖の声色が変わる。



「やめ、やめろ、やめろ!生かすな、やれ、やれよっ!」



身勝手な懇願が腸を煮え繰り返らせ


俺は呼吸を荒らげた。



「うるさい!本当は今すぐにでもその頭ぶち抜いてやりたいが、相応の罰を受けてから逝け!どうせ死刑だ!」



「罰……?し、けい?」



「お前みたいな殺人鬼、誰が生かしておくか馬鹿野郎」




そう吐き捨てると目を見開き


涎を垂らした柏沖亮は


気力も無くしたか


抵抗ひとつしなくなった。







戦意喪失…






ジ・エンドだ。






「クロ!六花!!」



俺は、ふたりの元へ。



凄惨な状況を見れば


馬鹿でもわかる…。



漂い始める、死。



脳裏を掠めるのは


二人の笑顔。




“杉浦、お前なぁ!”



“友紀、大好き”




額を叩かれた時の優しい痛み。



愛くるしく笑う六花への愛しさ。





幻が虚しく再生された。



涙が……止まらない。





二人とも亡くすかもしれない


恐怖を心の底で握り潰して





「生きろ……生きろクロ、六花っ!」




俺は、応急処置を続けた。










はるか遠くの、果て


救急車とパトカーのサイレンの音が


聴こえる、その時まで。

ひとひら☘☽・2020-05-29
幸介
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【ForGetMe~クロとユキ~杉浦の章*第六話邪な志し】



“お前ほんと何で刑事なんか目指したんだよ”


ふぅーっと煙草の煙を吐きながら


クロのあの言葉を思い出す。




「知らぬは当人だけか…」


「えー?」


ベランダへ出て


煙草を吸う俺を


六花がベランダ柵から


身を乗り出すようにして


覗き込んだ。



「なんだよ」


「何ぶつぶつ言ってるのかなーって?」


「お前にはじめて押し倒された時の話だよ」


「えー?」


「忘れたのかよ」


全く、これだから


忘れっぽい女は困る。


「俺が警察官になった理由」


「ああ、あれか」


六花は、ふふっと微笑むと


俺の腕に絡みつく。



心地いい胸が


二の腕でぽよぽよと弾んだ。


「胸、わざとか、コラ」


「どっちだと思う?」



六花の挑発的な態度が


サディスティックに火をつける。


顔を傾け、臨戦態勢


唇をもらおうと


近づけば


ぐっ、と頬の辺りを


押しのけられた。




「いってぇ、何すんだよ」


「煙草吸った後は駄目」


「なんなんだよ一体、少し前まで煙草の匂いが好きだっつってたくせに」


「自由にキスしたいなら素直に煙草やめればぁ?」


またそんな可愛くもない言い方で


物を言う六花に


俺は少々いじけて


彼女の腰をぐっと寄せた。




「こら、友紀」


「うるさい、黙れ」


「ん、、もう」


一思いに唇を塞ぐと


さっきまで六花が頬張っていた


アイスクリームの甘みが


舌先に優しく触れた。










__俺が警察官を志した理由


それは大義の為ではなかった。



何のことは無い。


好きな女が


懇願してきたからだ。



ただそれだけの理由。



だけど俺にとっては


人生を賭けるには


十分過ぎる程の理由だった。



***

クロ、杉浦…高校三年生
六花、高校一年生の頃




「入れて?」


「……仕方ねえな」


六花はその日泣きべそをかいて


俺の家を尋ねてきた。



パジャマにしてる、


白い長Tシャツ姿に


裸足という刺激満点の


格好を見た瞬間


全身を巡る血液が


沸騰したかと思った。



田舎とはいえ


夜中にこんな格好して無防備に


外をほっつき歩かれたんじゃ


心配を越えて不愉快極まりない。



なんとか気持ちを抑えつつ


俺の部屋に招き入れるなり


俺は六花に尋ねた。




「つーか、何その服装。その辺のオヤジに襲って欲しいわけ?」


「お兄ちゃんと……喧嘩したの」


「クロと?何で」


「……やっぱり警察官の夢、諦められないんだって」


「親はなんて言ってんの」


「……大賛成してる」


「六花はまだ反対してんの?」


「だって、危ないじゃん…、拳銃扱う仕事なんだよ?お兄ちゃんボーッとしてるし、すっごく心配…」



六花は筋金入りのブラコンだ。


高校二年の時


クロにはじめて彼女が出来た時も


俺のところに泣きじゃくりに来て


そのまま勢いで俺たちは関係を持った。




俺はクロと親友になって


六花を妹と紹介された時


一目でその愛らしさに


心奪われていたから


願ったり叶ったりだったわけだが



時折、思う。





俺は面倒臭がりだし


三度の飯より


寝ることが好きな怠惰な性格で


はつらつとしてもいなければ


幼い時に手術をした事もあるような


不健康不育男子なのだ。



一方クロはいつもほがらかで


部活も意欲的に参加し


スポーツにおいても勉学においても



努力家で非の打ち所がない。



俺とは、正反対の性格だ。





…六花は俺なんかで


本当に良かったんだろうか。




それでも嫌いにはなれない。


愛情は増していく。


六花には、泣いて欲しくない。




「クロは、正義感すげえ強いし、警察官向きだと、俺は思うよ」


「友紀まで、そんな事…言う……」


「いいじゃん、好きなことやらせりゃ。俺は警察官なんかにゃ絶対ならないし、いつも六花と一緒に…」


そこまで言った時


六花は目をきらきらと輝かせて


押し倒さんばかりの勢いで


俺に詰め寄った。



「それだ!それ!友紀、それだよ!」


「……は?」


「友紀もお兄ちゃんと一緒に警察官になってくれたら私すっごく安心!」



とんでもない事を言い出した。


兄可愛さのあまり


彼氏の俺の人生を


兄のお守り役にしようとしている。



「おい、待て。俺をそっち側に引っ張るな…」


「友紀は何か夢はある?」


「俺にはサラリーマンになって平凡な毎日を楽しむという夢が……」


「えー……私、友紀の警官服姿、見てみたいなぁ。かっこいいだろうなぁ。惚れ直しちゃうなぁ」



惚れ直すだの、


見てみたいだの、


彼氏心をくすぐる六花の言葉に


まんまと絆され俺は黙り込む。



「友紀がね、警察官になったらずーっと一緒にいられるよ?」


「あ?どういうこと」


「私もお兄ちゃんと友紀追いかけて警察官になるから!」


「は!?」


「悪いやつ捕まえるの!ヤクザとか、犯罪者とか、殺人犯とか、いーーーーっぱい捕まえるんだ」


とんだ将来設計だ。


計画性がない上に


危なっかしいにも程がある。



困ったことにこの六花…



言い出したらきかない。




「……俺が警官にならねえっつっても、お前は」


「なるよ」


「だよなぁ…」


呆れたため息を


吐く俺とは対照的に


六花は満足気な表情だ。


あーあ。


とんだ女に惚れたもんだ。



「わかったよ、クロと心中覚悟でなりゃいいんだろ、警察官に」

「ほんと!?」

「六花の事も…守りてえし」


珍しく自分の感情に素直に


言葉に表せば六花は


嬉しそうに微笑む。



この笑顔がずっと


俺に向けられるなら。



この時、俺は


邪な進路を志す事に決めた。



***


「あー……早まったなぁ」


「んー?」


キスの合間に


呟く言葉。



「やっぱ俺、警官向いてねえよ」


「そう?」


「相変わらず寝るの好きだし、体力ねえし、今日なんかすんげえ傾斜角の寺目指して階段のぼってさ、死にそうだった」


「またまたそんなこと言って、お兄ちゃんフル活用したんでしょー?」


「ご明解」


俺が笑んで六花の耳元に


そう囁くと


こそばゆそうに肩を竦めて


やはり、笑った。



「俺は正義感ゼロだからな」


「そう?」


「一言多いみてえだし。昨日は危うく狭い店の店主に、店ちっちぇなって言おうとしてクロにお小言くらった」


六花は腹を抱えて笑うと


涙まで拭い


俺に絶え絶えな息を吐く。


「それは友紀が悪い。お兄ちゃんが口うるさくてよかったじゃない。お兄ちゃんがいなかったらきっと友紀、始末書だらけだよね」


「うるせーよ、こっち向け」


「もう。うがいくらいし……っ」



風向きが悪いと知るや


俺は六花とまた唇を繋げる。


六花の細い指先に


格好の悪い俺の指を絡めながら


ずっと繋がっていたいと


身体中で語った。



女性警官は150センチ以上という


身長制限がある。


六花はその制限を


ギリギリ0·9ミリ越えで通過した。



抱き締めると小さな身体。



こんな身体で警官とはね。



交通課と言えど、


切符を切る時、柄の悪い輩に


絡まれる事もあるだろう。



「なあ、六花」


「ん?」


「交通課はどうだ」


「すんんんごく楽しいよ!速度違反者とか取り締まる時ドキドキしちゃう」



この正義感の強さが


裏目に出なきゃいい。



心配が胸を締め付けて


身動きがとれずに


あぐねて俺は


六花をいっそう強く抱き締める。



すると六花は


ため息をひとつつき


「しーんぱいしょう♪」


と、俺の尻を揉んだ。



「おい、やめろよ痴女!」



普段、触られなれている場所でもない。


俺が焦って声を大にすると


六花はまるでオヤジの様に


ねっとりとした喋り方を演じた。


「なぁによぅ、痴漢じみたこといつもするのはだぁれぇ?」


「俺のケツは高いんだぞ」


「へぇ?いくらするの?」


「一億万円!」


「ぼったくり!!」


二人で目を見合わせて笑う。


そんなひとときがとても好きだった。

ひとひら☘☽・2020-05-08
幸介
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【ForGetMe~クロとユキ~第二話レフト】




杉浦はいつもの様に


署の屋上で煙草の煙を吐き出す。



立ち上る白い煙は


まるで身元不明のあの仏の弔いの様だ。



歩き回ってへとへとの身体を


ガード柵に預けて俺は杉浦を呼んだ。



「なあ、杉浦ぁ」


「なんだよ」


「あの仏、嘘ばっかついてたのかな」


「あー?」


「ひとつも証言が噛み合わなかっただろ?」


「あー、でも」


杉浦は


屋上から見える


建ち並んだビルを見つめた。


「何か…あるかもな」


「ん?」


「嘘の共通点」


俺は杉浦を見つめる。


杉浦の長い前髪が


風に揺れていた。




「嘘の共通点、ねえ」


「クロ、調べてみるか」


「そうだな」



このまま、どこの誰なのか


誰にも知られず


天国へ昇らせるのは


どうしても忍びない。



杉浦にも


きっとそんな想いが


あったのだろう。



杉浦は煙草を地面へ落とすと


事もあろうに靴でもみ消し



「行くぞ」


そう言ったかと思うと


あっという間に


階段へと歩み寄る。



「おい、杉浦、吸殻!」


「あー…よろしくー 」


「え、あ、おい!!」



全く…信じらんねえ奴。


俺は杉浦の吸った煙草を


自前のポケット吸殻入れの中へ


滑り込ませ、彼の後を追った。



まず、最初は


スルメオヤジの証言


本当にあの仏が


レフトの元社長とやらなのか


それを調べてみよう。






…クレシエンス支社.支社長室…




レフトといえば


質の良い文具メーカーとして


まだ、記憶に新しい。



しかし、


事実上倒産したのは


10年も前の話だ。




新製品を開発するなど


手は尽くした様だが


世界的な紙離れにより


文具離れも


加速していった。



結果として多額の負債を


抱えた元レフト本社は


外資系企業の乗っ取りを受け


今やもう


クレシエンスという社名に変わった。



当時の社長は負債を


抱えた責任をとり辞任。



本社であったこの立派な建物は


一夜にして


クレシエンスの支社となり


支社長の座についたのは


当時の社長の息子であった。




「お忙しいところ、アポもなしに申し訳ありません」


丁重な謝罪を入れ、


名刺を手渡すと


支社長は思いのほか友好的に


俺たちを迎えてくれた。



「いえいえ、クレシエンス支社長を勤めております、瀬崎透也と言います、どうぞ、お座りになって下さい」



「はい、失礼します……っておい、杉浦っ」




促される前に


杉浦はどっかりと


質のいいソファの上に


腰を下ろしていた。




本当に恥ずかしい奴だ。


いつもコンビを組まされる、


俺の身にもなってほしい。



「それで……ご用件というのは」


苦笑いをひとつ瀬崎は


訝しげに首を傾げた。



さあ、聴き込みの開始だ。



「レフトだった頃の社長さんは瀬崎大造さんで間違いありませんか」



俺の問いかけに


深く頷いて瀬崎は言う。



「ええ、そうです、大造は私の父です」



あのホームレスの言っていた、


仏の名前が……合致した。



これはもしや、


一件目から身元判明という


ミラクルに見舞われたのでは。



俄かな期待で、杉浦を見つめる。



しかし、杉浦は


なにやら難しい顔だ。



「10年前の事とはいえ、あの騒ぎじゃずいぶんと心労も多かったでしょう、親父さんは健在で?」


出された茶をすすりながら


杉浦が瀬崎に聞くと


彼は眉を下げ声をあげた。



「いえ、残念ながら。もう七年になります」


「な、亡くなっているんですか!?」


「ええ、気丈な父親でしたがやっぱり心労が重なったんですかね…」


瀬崎は、


ふいに悲しげな顔を浮かべたが


戸惑う様子の俺を見て


無理に笑顔を作った。



杉浦は事の顛末を


瀬崎に語る。



「実はすぐそこの河川敷で、ホームレスの遺体が発見されましてね」


「ああ、ニュースで…お気の毒な事です」


「その男が生前、ここの社長をやっていたという話を耳にしまして、こうして確認にきたわけですよ」


「そ、それが父だと?」


困惑している様子の瀬崎に


杉浦は言った。



「ご遺体の写真だが、確認してもらうわけには?」


「……い、遺体……」


瀬崎の顔が強ばる。


俺は間髪入れずに瀬崎に助け舟を出した。



「もちろん、任意ですので、写真確認をしたくないというのであればそれで結構です。こちらで大造さんの死亡は確認できますので。ただ、亡くなった方が大造さんの身分を借りていたとなれば、顔見知りだった可能性がありますので…」



なんとか御協力を。


と、言いたげに瀬崎を見やる。



「……そちらで確認して頂きたい。父はもう死んでいるんです。全盛期を考えれば、充分とは言えませんが葬儀もやったわけですし」


結果は惨敗だ。


先輩方のような舌が欲しい。



「……そうですか。わかりました。御協力有難う御座いました」


落胆した表情を隠せない俺に対して


杉浦は飄々と軽く頭を下げ


支社長室を後にした。



俺は深々と頭を下げ


杉浦の後を追う。





「杉浦…だめだったな」



入口に向かいつつ


俺は杉浦に


声を潜めて語りかけた。



「こんなに簡単だと思ってたのか?」


杉浦は薄ら笑う。


俺は名前が一致しただけの事で


身元が割れるかもしれないと


安易に考えた自分を恥じた。



「いや…そんなことは」


あるくせに、


プライドが邪魔をして


言葉を濁した。



入口から外へ1歩踏み出す。


その途端に胸ポケットに手を伸ばし


煙草を取り出すと


杉浦は一言、意味深に独白す。



「点つなぎ」


「は?」


「事件は点つなぎと同じだ。思わぬ点が繋がる事もある。大造は死んでた、それが点になるかもしれねえだろ」


「まあな」


そりゃあそうだ。


杉浦は型破りで


いつも手を煩わすが


俺と比べて冷静沈着。



先も見据えられず


有頂天になって


その道が事件解決へ


繋がらなかった時


落胆しやすい俺を


いつも引っ張りあげてくれる。





んー、と伸びをひとつ。



「次の証言、調べてみるかー」


俺が青い空へ言葉を投げると


「おー…」


相変わらず


気のない返事がかえってくる。


杉浦を横見れば


煙草に火をつける間際だ。



「あ、おい、タバコ、ここダメだぞ」


「あー?」


「喫煙所いけよ」


「堅苦しいこと言うなよ」



これだから、杉浦は。


俺はいつものように


杉浦の額をベチリと叩いて


彼に無言の叱咤を与えた。

ひとひら☘☽・2020-04-21
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【ForGetMe~クロとユキ~第七話糸口】



「また階段かよ……」



今日は仏の身元とされる、


四件目の証言。


古い社宅のアパート前


ここに津田桔平という男が


いるかどうかを調べる事が


俺たちの目的だった。





今日も、聴き込みに出るなり


杉浦は不平不満だらけ。



俺は呆れて笑い


杉浦の肩を叩く。



「腐るなよ、あの寺よりマシだろー?」


「だが四階ってな…結構辛いぞ」


「何時までも文句言うなよ、ほら行く」



俺は杉浦の背を押しながら


地上4階の津田宅を目指した。





***


古いアパートだ。


手入れが充分に


行き届いているとは言えない。


踊り場で壁の角を見れば


壁のペンキ塗装が捲れていた。



手すりは錆つきが目立つ。



恐らくもうすぐ


改修工事が必要だろう。



杉浦はわざと俺に


全体重を預けるように


階段を登っていく。




「おい、杉浦ぁ、重っ」


「頑張れぃ、クロー」


「くっっそ腹立つっ」



杉浦の背が振動する。


きっと彼は


ほくそ笑んでいるのだろう。





普通に登れば


疲れることもない


たった4階までの階段も


男一人分の重さを


担いで登るようなもんだ。


そりゃあ息だって切れる。



4階の踊り場で


息を整えていると


涼しい顔をした杉浦は


目当ての家の


スカスカになった、


インターホンを押した。




ぴんぽん、


お決まりの音と共に


はーい、そんな声がして


やがて鉄製のドアが開かれた。



ちらりとだけ顔を見せたのは


まだ四十歳には届かないであろう、


若い、女だった。



午後三時という時間もあるのだろう


向こうの部屋には小学生程度の


子どもの姿も見えた。




杉浦はインターホンを


押すだけの係だ。


後の指揮は俺がとる。


荒がる息を静め


俺は女性にいつもの台詞を告げた。




「わ、我々はこういう者です」


「……警察の方?」


「ええ、津田さんのお宅で御間違いないでしょうか」


「ええ…そうです。警察の方が…何か?」


「二、三お伺いしたい事がありまして」



すると女性は


ここでは何ですので、と


俺たちを家の中へ招き入れてくれた。




部屋の中は小綺麗だった。


リビングのテーブルの上には


新聞とリモコンが置いてある。


煙草の灰皿も置いてあるが


吸殻はないようだ。



杉浦が灰皿を見つけて


思い出したように


そわそわし始めた。



「…煙草、我慢しろよ?」


女性が茶を入れに


キッチンへ立った時


小声で杉浦に伝えると


彼は舌打ちと


共に言葉を投げた。





「…エスパーかよ……」


「やっぱりかよ…つうか、エスパー古!」


にやにやと笑う杉浦に


俺は小さなため息をつき


やはり、笑った。




「どうぞ。何のお構いも出来ませんが」


キッチンから戻った女性から


珈琲を差し出され


深々と頭を下げた俺は


本題へと話を進めた。



「それで、お聞きしたいことと言いますのが、こちらに津田桔平さんという男性は…」


「ええ、主人ですが…主人が、何か……?」


今までのレフト、花屋、寺とは違う、



まるで津田桔平が生きているかのような



女性の態度に俺は戸惑いを隠せない。



返す言葉が一瞬遅れると


今度は杉浦が口を出した。




「…ご主人はご健在で?」



「え、ええ…まあ。今は元気にやっております」




前の三件と違って桔平は生きている。



これが仏の身元を探る糸口にでも


なればいいのだが。


そう思い、杉浦を見やると


杉浦も多少、驚いた面持ちで


ごほん、と咳払った。



「今は……、というと?」


「数年前に、大病をしまして、あわやと言うところまで言ったんですが、なんとか持ちこたえまして」


「何年前のお話ですか」


「もう十年ほどなりますか…二十代後半で癌だなんて…映画やなんかではよく見ますが、まさか私の主人が、なんて思いもしなかったことです」


「病状はかなり?」


「ええ、手術もできないといわれましたが、胃癌にお詳しい先生に見ていただいて、二年間内科的治療をしましたら、だんだんと癌が小さくなってそれで外科的治療に踏み切って…」









生と死


四人の共通点



頭の片隅で


必死に手を伸ばし合い


繋がろうとしている。







俺と杉浦は


ほぼ同時に女性に告げた。



「主治医の名前は」



「磯辺大二郎先生という方です。県立病院のお医者さんですよ」



かたん、と音を立てる、鍵。



「磯辺……」

「大二郎……」


俺達は、顔を見合せ


ゴクリと喉を鳴らす。



その名に聞き覚えがあったのだ。



これはもしかすると


とんでもない事件に


発展するかもしれないヤマだ。





磯辺大二郎は



六年前の未解決事件の



被害者遺族だった__。

ひとひら☘☽・2020-05-10
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【ForGetMe~クロとユキ~第九話捜査許可】


俺たちの得た情報で

即座にDNA鑑定が成された。



その結果、六年前に


磯辺大二郎の協力を得て


採取したDNAと


河川敷で見つかったホームレスの


遺体から採取したDNAが一致した。



初見では7、80代と思ったが


被害者遺族ともなれば


心労は一入にかさむ。


苦労が身体に影響を及ぼす事は


ままある事だ。



遺体から指紋がとれなかったのも


磯辺が長年


頻繁に消毒液をつかう医療に


従事していたからだろう。








「六年前の未解決事件の被害者遺族ですよ!これは絶対何かありますって!」


「そうですよ、楠木さん。遺書もなかった、亡くなり方も不審点は否めない」



俺と杉浦が詰め寄ると


上司の楠木さんは唸る。



「言いたい事はわかる。ただ」


「ただ……なんですか」


「想像の域を出ない」


「そ、想像って……大きなヤマかもしれないのに!」


「そう、いきり立つなよ。興味深い話だが、客観性に欠けていて、上が納得するとはとても思えない」


楠木さんにそう去なされ


俺が黙り込むと


今度は杉浦が沈思して


やがて、応戦してくれた。



「では、楠木さんは磯辺大二郎が本当に自殺だとでも?」


静かに睨めつく杉浦に


楠木さんはたじろいだ。


その隙を縫って


俺は言葉をはき出す。



「そ、そうですよ!自殺は通常、躊躇い傷が出来るものですよね。しかし磯辺の手首は傷一つない状態だったでしょう、それに」


「頚部も致命傷になった創傷一つだけ」


杉浦は、俺の言葉を遮り、


楠木さんを追い詰めるように言った。


「テント内も荒らされていなかったというには無理がある状態で、不審な靴跡もあったっていうじゃないですか」


思慮深く黙すると間もなく、


俺たちを力強く見つめた、


楠木さんはこう告げた。




「わかったよ、やってみろ」



え…?


意見はしたものの


警察組織の一員である俺達に


上の決定を覆させる事は


容易い事ではない。



半ば諦めていた俺たちに


楠木さんの言葉が


微風のように通り抜けた。



杉浦と顔を見合わせると


楠木さんは厳しい口調で


言葉を繋げる。


「このままでは不十分だ。自殺として処理される迄にあと三日ある。それまでの間にこの件が六年前と繋がっているという証拠をあげろ…上への報告はそれからだ」



「は、はい…!ありがとうございますっ」


「行くぞ、クロ」


「ああ……っ!」




血肉が沸き立った。


あの凄惨な未解決事件を


覆す事が出来るかもしれない。



何より、磯辺の死と


繋がっていてほしい、と思ったのは


無念を遺したまま逝った磯辺への


せめてもの餞だと思ったのだ。





俺は勇んで、杉浦と共に


茹だるように暑い署外へと出た。



ここ数日、磯辺の親類などを


しらみ潰しに当たってみたものの


「いい人だった」


「恨まれる様な人じゃない」



皆一様に、口惜しがるだけ。



何も有力な証言には繋がらない。



このままでは


埒があかないと判断した俺達は


考え方を一度、改める事にした。



今日、向かうは、


磯辺の働いていた病院だ。







***



病院で


磯辺と交流のあった者を尋ねたところ


柏沖という医師の元へ通された。





「柏沖亮さんでお間違いないですか」


「はい、私が柏沖です」


死亡当時


61歳だった磯辺の知人にしては


柏沖は若く見える。



「失礼ですがお幾つですか」


「今年、36歳になりますが、それが何か?」


「いえ、蛇足でした、申し訳ありません」



やはり、若い。



「…亡くなられた磯辺大二郎さんとは懇意にされていたとか。今、彼が亡くなった件を調べておりまして二、三お聞きしても宜しいでしょうか」


どうぞ、と促され


用意してもらった、


カンファレンス室の


パイプ椅子へと着席した。



柏沖は


持参していたペットボトルの水で


喉を潤すと次第に語り始める。


「大二郎先生には、研修医時代からお世話になっていました……亡くなられたんですね…残念です」



柏沖は眉をひそめて


俯きながら苦笑った。


大二郎先生と


名前で呼ぶところを見ると


本当に仲が良かったと見える。



「磯辺氏のご家族が殺された事件を覚えていますか」



唐突な杉浦の眼光が光る。


「え、ええ……かなり世間も騒ぎましたし、中には大二郎先生を犯人でないかという心無い者もいて……心身共に疲れ果てたんですかね、事件から二年後に辞表だけ置いて忽然と……」


柏沖はたじろぎながらボソボソと喋り


またペットボトルに手を伸ばした。



「でも、先生はずっと悔いていましたよ」



「悔いていた、というと?」



「つまらない家憲なんかにとらわれたばっかりに、全て失った、と」


「……なるほど」



俺たち刑事の捜査が


しっかりと進んで、


犯人をあげていたら



僅かばかりといえ


磯辺の想いは


報われたかもしれない…


そう思えば


膝の上で握り締めた、


拳に力が入った。





「柏沖さん…この写真を見ていただきたい」




杉浦は、磯辺が名を語った、


四人の顔写真を胸ポケットから出すと


柏沖に広げて見せた。



しげしげと四名の写真を眺めた彼は


やがて「あ!」と、声をあげる。




「見覚え、ありますか」


「ええ、大二郎先生の患者さんです。いずれの方も胃がんだったと記憶しています」


「磯辺さんは彼らに何か特別な思い入れでもあったのでしょうか」


身を乗り出した俺が尋ねると


柏沖は天井を仰ぎながら


そうですねぇ、と前置いた。



「四人に共通して言えるのは、とても仲の良い御家族がいらっしゃったという事くらいでしょうか」


「仲のいい御家族、ですか」


「大二郎先生自身も家族を大切にする方だったので、思い入れもあったのかもしれません。事件後よく仰っていましたよ、まさか自分が遺されるとは思わなかったと。若い奥様と冴ちゃん、太平くん、大二郎先生は一番歳上でしたしね」


「そうでしたか…」


ざらついた、苦い感情だけが残る。


「ああ、そうそう。あれも事件後だったんじゃないかなぁ。生前の写真をわざわざ御家族から頂いてきたりして」



柏沖は、そう言った。





大二郎は由香らの事を


心から愛していた分


凄惨な最期を遂げた事


そして医師という


身分であるにも関わらず


救えなかった事は


耐え難い苦痛であったろう。




忘れたかったのかもしれない。



全てが嫌になったのかもしれない。




だから地位も名誉も掻き捨てて


ホームレスになり


ひっそりと暮らしていたのだろう。




それでも寂しさに耐えきれず



患者の家族に


在りし日の大二郎の家族を


重ね見たという事か。



そう考えれば


ホームレスの隣人たちに


吹聴して歩いた事にも


一定の理解は出来る。





俺達は、病院を後にした。




「クロ」



病院の玄関で


杉浦は小さく


俺の名を呟く。



「ん?なんだ、杉浦」



「……お前も気になっただろ?」


「ん?」



俺が首を捻ると杉浦は


はぁー、と大きなため息をつき


吐き捨てるように言った。




「……そういえばお前、昔から」


「なんだ?」


「いや、感じなかったならそれでいい」



いつもならどんな時でも


仕事の後の一服を欠かさない杉浦が


思慮深く黙り込んでいた。




「何か気になるのか…?」



「ああ……なあクロ」



「ん?」


「これから、もう一度行ってみないか」


「どこへだよ」


「河川敷」


「あ、ああ、それは構わないが」



俺がそう言うが早いか、


杉浦は衣擦れの音を大きく鳴らせて


あの河川敷へと向かい歩み始めた。

ひとひら☘☽・2020-05-19
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【ForGetMe~クロとユキ~第十四話 スマホ】



河川敷に


よくもここまでと言うほどの


パトカーが止まっていた。




暗がりに……無数の


赤色灯の光が折り重なっている。



「クロ、早く行くぞっ」


車を停めるなり杉浦は


ドアをあけて


衛のテントへと駆けていく。



杉浦はきっと焦っていた。



想いは俺も同じだ。




やけにまとわりつく様な


空気を感じながら


ブルーシートをくぐると



先に行ったはずの


杉浦の背中にぶつかった。



石のように動かない。




「おい、杉浦、こんな所で止ま……」



止まるなよ、


咎めようと身体をずらすと


想像を絶するような光景が


目前に広がっていた。



「な、んなんだよ……これ」



そこには


高水敷の縁から


河に流れ落ちる夥しい血。



辺りを立ち込める、異臭。



ブルーシートを捲る科捜研の人間。


その視線の先にあるのは


腹が異様に


落ち窪んだ柏沖衛の遺体だった。


頭には毛髪すらなく


頭蓋骨が剥き出されている。



俺だって刑事だ。


殺人事件現場に


臨場した事も何度だってある。



刑事になってはじめての臨場だって


ぎりぎりで嘔吐は堪えたのに



……なんだ、


この腹の底から込み上げる不快感は。





「…クロ、杉浦」


苦虫を噛み潰したような顔を


していたであろう俺たちに


楠さんが声をかける。



「ガイシャな、腹を切り開かれて、内部は河へ投げ捨てられてある。頭の皮も剥がれているようだが、今のところ残骸は見つかってない。ここまでひどいと逆に滑稽だよ」


楠木さんは、眉を顰めながら


大きく息を吐き出した。



滑稽と言っておきながら


顔はどうだ。


切羽詰まって見える。




俺たちは、喉を鳴らして


唾液を飲み込み、体内から震えた。



俺たちの漫然とした捜査が


この事件の


引き金になったのではないか



出さなくていい被害者を


出してしまったのは……


俺たちではないのか。




現場の凄惨さが


そんな思考に火をつける。



目が回るようだった。




「楠木」


簡易的な検死を終えたのだろう。


楠木さんと同期の検死官


笹谷 努が


俺たちを見つけて声をかけた。



「ガイシャ、もしかするとトリメチルアミン尿症かもしれないな」


「トリ……なんだって?」


「トリメチルアミン尿症。所謂、魚臭症だね。ほら、この異臭、鉄の匂いだけじゃないだろう?すえた魚の臭い、こいつがトリメチルアミン尿症患者の特徴でね」



魚臭症……


柏沖衛、亮に共通した匂いの正体。



「この病気って、遺伝はしますか」


俺が聞くと笹谷さんは


唸りをきかせて言った。



「遺伝子変異による病気だからね、そう言った要因はあると言われているけど、なんせ患者数が少ないから。まぁ、詳しい検査をしてみなけりゃわからないけど」


「何か気になることでもあるのか?」


楠木さんの眼光にさらされた俺は


杉浦に口を開かせる。



「息子の亮も同じ匂いがしたんです。六年前の事件も、衛か亮……どちらかが磯辺宅へ押し入ったのだとすれば、冴が残したサカナツリという言葉は…もしかしたらこの匂いがそう思わせたのでは、と」


「なるほど、有り得る線では有るな」


楠木さんが渋く頷いたその時だ。


近辺の交番に務める巡査が


敬礼と共に近づき、言った。



「自転車が見つかりました」


「自転車だと?」


「はい、堤防の上です。その近くの草むらからはスマートフォンも見つかっています、来ていただけますか」


「ああ、わかった」



俺たちがそちらへ移動すると



なるほど。



黒い自転車が


まるで人だけが忽然と


消えたように倒れていた。




しゃがみこんでよくよく見ると



血痕もべったりとついている。



「犯人が乗り捨てたのか…?」


「現場のこんな近くに、か?」


「何の為に?」


「……さあ?」



杉浦と言い合い


首を捻った。





「お、おい!クロ!杉浦!!」



鑑識が写真を撮り終えた、


スマートフォンの方から


普段の落ち着きを欠いた楠木さんの


焦燥極まる声が聴こえる。



何事かと顔を見合せ


楠木さんの元へ急ぐと



「これ……お前ら、だろ?」


「え……?」



目を細める隙もなく


突きつけられたのは



スマホ画面。



トップ画像に


設定されていたのは


俺と、杉浦が


酔っ払って寝坊ける写真。




ドクン


心臓が、おかしい。





見覚えのある桃色の手帳型


スマートフォンケース。



気をつけろっていうのに


いつもスマホを所構わず


落としてしまうから


角がぼろぼろだ。




杉浦が誕生日にプレゼントした


小さなテディベアのストラップ。



俺が就職祝いに買ってやった、


クマのイヤホンジャック……。



可愛いクマが大好きな、


六花の……スマホ。





「い、妹、のスマホ……です」


なんとか口にした一言に


杉浦はギリッと歯を食いしばる。



「クロ、お前の妹、交通課だったな?連絡は」


「は…い、ひ、昼からとれ…」



情けない。


声が張り付いて


唇が震える。


声に出来ない。



「わかった、お前らはここに」



楠木さんの指示を遮って


咆哮のような杉浦の


叫び声が耳に響いた。




「クロ…!行くぞ!六花を助けに行くぞ!」




六花を


助ける



その言葉に


虚ろな眼は開かれた。




「あ、ああ……っ!」


「あ、おい!クロ、杉浦待て!上の指示を待…」



楠木さんの声は


遠ざかる。



俺たちは六花を助ける為


その痕跡を追うべく


柏沖の自宅へと向かった。

ひとひら☘☽・2020-05-27
幸介
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想い

幸介悩む…



ForGetMeの進め方に悩む



勉強しようと思って


半端にサスペンス小説


推理小説なんか読んじゃって


悩みが深くなる





あああ(ㅇㅂㅇ)


俺のForGetMe


なんて幼稚なんだ!!



なんて駄目なんだ!!



バレバレの行く末


バレバレのオチ



ただ筋道を書きなぐるだけ



これでは



楽しいわけが無い……Ҩ(´-ω-`)



せっかく定まった、ForGetMeの



進むべき道にも悩み始める。



あああ(;A;)


俺の毛ほどの才能は


全て抜け落ちて


遂に禿げになったのか



(๑o̴̶̷᷄﹏o̴̶̷̥᷅๑)



禿げなんて嫌だああああ!


こんなに生みの苦しみを


体験した小説もないな……



杉浦め!クロめ!六花め!


楠木さあああああん!!




書き上がったら



しばらくはもう刑事ものには



手は出さないっっ



……なんて言っておきながら



癖になっちゃって


半月くらいで手出ししたら


怒ってください(´・ω・`)



こらこら


前回駄作だったくせに


何もう1回同じもの


出そうとしてんのバカ!


って怒ってください…( ´。pωq。)



あああー…もうやだあ!



幸介

ひとひら☘☽・2020-05-24
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