深波・2024-08-12
星にも届かぬ儚い波瀾
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「夏の花が好きなひとは、夏に死ぬっていうけれども、本当かしら」と言うけれど、得てして人は、自分の生まれた季節の花を好きになるのではないでしょうか。
桜って、自分が最も美しい瞬間に散るの、儚すぎる。まるで全盛期に引退するアイドルみたい。
春生まれだから私も桜が一番好きだけど、桜のように生きられるかはわからない。でも、目を話した隙にいなくなりそうな感じはある。
この先きっとまた何度か手術を受けるだろうけど、私はそんなに価値のある人間じゃない。大学で誰かと楽しく話してるとき、みんなやみんなのご両親が働いて納めた税金は、ろくでなしの私という人間のために使われてるんだってふと思って憂鬱な気分になる。
お腹痛いとき、お腹痛いって言わないで我慢します。頭痛いとき、頭痛いって言えないし、ふらふらしているときに休みたいって言えない。
私なんかの体調でスケジュールとか周りの人の空気を乱したくないし、体調管理もろくにできない自分のことが嫌になる。で、ひたすら耐える。
ストレスが胃にくるタイプなので胃薬はわりと持ち歩いてる。あと痛み止め。よく頭とお腹が痛くなるからお守りみたいな感じで。バファリンと、あとたまにノーシンピュアも使ってます。ノーシンピュア、パケ可愛くて好き。
障がいを持つ当事者でも、それぞれ意見が異なるんだなって肌で感じた。正直なところ、障がいの種類や程度がその人の価値観に及ぼす影響ってわりと大きい。第三者に頼らなければ日常生活を送ることすら難しい人、見た目は普通だけどそれなり制限が多いなかで生活をしている人、自分1人の力で健常者と同じくらい生活が送れる人、いろんな人がいて、私はちょっとだけ、孤独感に苛まれた。みんな普通にバイトして、スポーツやって、職種も数ある中から選べて、私の話は、あんまり共感されなかった。
同じ種類の病気を持つ人と少しだけ仲良くなって話をした。同じ手術を受けたことがあったり、同じ薬を服用していたりして親近感が湧いたのに、話している感じ、なんとなく、おそらく私の方が普段の生活に制限が多くて、服用している薬の種類も多くて、心に引っかかるものがいっぱいあって、次の日ちょっとだけ泣いた。その人、教育学部だった。同じ種類の病気の人はみんな、教師になれないんだと勝手に思い込んでいたから、その人は将来の選択肢が多くていいなぁって思って、勝手に悲しくなってしまった。コーラスもやってるって言ってた。心疾患がある人のなかで肺を一部切除してる人ってそんなにいないんだなって初めて知った。私は心疾患がある人の中でもさらにマイノリティなんだと知ることができた。
個人的にちょっと意外だなって思ったのは、みんな結構普通に運動してるんだなぁってこと。テニスとか、野球とか、パラスポーツとか。他の人たちがスポーツの話で盛り上がってる中、私だけその輪に入れなくて、疎外感があった。基本的にどんな障がいの人も、工夫次第でスポーツを十分楽しめるんだなってことに初めて気が付いた。私以外。心疾患でも症状が軽い人とか、ペースメーカーが入ってる人は、普通に運動できちゃうんだって初めて知った。あと、まあ正直男女での体格差も大きいと思う。
障がいのある先輩社員の方々ともお話ししたけど、「障がい者採用という方式はなくなった方がいい。健常者と同じく実力で勝負すべき」という考えの方々と、「障がい者手帳があるならばそれを使って有利に就活を進めた方がいい」という考えの方々に分かれていた印象だった。前者の意見の人って、障がいの種類や程度的に、健常者と変わらず日常生活を送れるタイプの人たちなのかなって思ったし、障がい者採用枠で就活する人たちは実力が劣っている、みたいな聞こえ方に感じてしまって、ちょっともやもやした。
私は正直、使えるものは全部使いたいし、就職に有利になるなら手段は選びたくない。でもズルしてる気分になって罪悪感はある。
手帳がなければこんな大企業のインターンになんて絶対参加できなかったし、特別選考のお話だって絶対来なかったと思う。今まで苦しい思いをしてきた分、就活のときだけなら、ちょっとくらいズルしてもいいじゃんって思っちゃう。(障がい者採用はズルでも何でもない)
健常者の友達といるとき、意図せず自分の病気の話になると、みんな黙り込んだり、不機嫌になったり、あまり口きいてくれなくなっちゃったりして、何にも悪くないのにいつも「迷惑かけててごめんね」とか言わなきゃいけなくて、確かに空気を乱したのは申し訳ないと思うけど、なんで私が謝らなきゃいけないのってこっそり思ってる。性格悪いよね。
だから、どれだけ仲良くなったとしても、根本的には友達とは分かり合えないんだなって昔から思ってる。
私の誕生日に合わせて、友達が「せっかくの誕生日だから一緒にディズニー行こう!」って誘ってくれたとき、めちゃくちゃ嬉しかったからもちろんOKした。でも数ヶ月前に退院したばっかりだから、乗れないアトラクションが多くて、事前にそれをLINEで伝えたら、当日の朝、友達しばらく不機嫌になっちゃって、「〇〇は乗れないの??」「〇〇も乗れないの??」って尋問みたいに聞かれて怖かった。せっかく私の誕生日にわざわざ一緒にディズニー来てくれたのに、こんなに乗れないのいっぱいで申し訳なさすぎて開園前からしにたかった。友達に迷惑かけるくらいなら丁寧に断るのが常識ある行動なんだろうなって感じた。
私、朝から夜まで遊ぶのとか無理タイプなんですほんとは。めちゃくちゃ共感できるんです。自分の本性が露呈するの怖いから。
でも大好きなお友達からの誘いって絶対断れなくて、毎回行ってしまうんです。行ったら行ったで楽しいから結果オーライですけど。
私、ほんとはすぐイライラするし疲れたら無言になっちゃうんです。でもそれを絶対顔に出さないプロ(?)なんです。なんなら、むしろ自分の疲れとかイライラとかバレるのが怖すぎて周りの友達のこと必死に楽しませちゃうんです。そしたらどんどん自分の本当のテンションとかわかんなくなっちゃうんです。結局それでいつも楽しめるから全然気にしてないんですけど!
私たぶん大庭葉蔵なんだ。「恥の多い生涯を送ってきました」とか書いちゃうわ。文豪やん。
私がディズニー作品大好きなのって、おうちにDVDがいっぱいあったからなんですよね。幼稚園生の頃は特に、入院することが多かったから、お母さんがお見舞いに来るときにディズニーのDVDをいつも持ってきてくれてて、病室で、ファインディング・ニモとかモンスターズ・インクとかを繰り返し観てて、早く退院してディズニー行きたいなあって思ってたんです。
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恋愛って、普通の女の子と普通の男の子を軸に考えられてて、少しでもレールから逸れてるとその波に乗れないんじゃないかってたまに思うときがある。普通じゃない人たちは、その話に入って盛り上がれないんでしょどうせ。って思う。
私のひとつ歳下に、大学通わないで子供産んだ子がいる。それ以来私は親戚から彼氏いないのとたくさん聞かれるようになった。私が大学で勉強していることに興味を持ってくれる親戚はほとんどいなくて、私がどんな卒業研究をするかよりも、その子の赤ちゃんがいまどんな様子なのかの方が大切みたい。その子の妹は、このまえ夏休みの親戚の集まりに彼氏を連れてきたらしい。勉強するより、就活頑張るより、彼氏連れてきたり赤ちゃん産んだりする方が褒められるらしいですが、まいにち中指立てて生きていきましょうね。
ついに最後の最後まで好きな人に自分の本当のことは言えなくて、いろいろ嘘つきまくってたら勝手につらくなっちゃって、彼女いるって知ったとき、実はちょっとだけ安心しちゃった。
普通にみんなと同じように恋愛をやってみたくて試したけど、他人に話せないことがある時点でだめなんだなって気付いたからもう無理して周りの真似しようとか思わないことにした。
可愛い下着買っても、手術の痕があるからどれだけ頑張っても可愛くはなくて、世界なんてしねばいいと思ってたまに泣く。
泣いてるだけではもう誰も助けに来ない年齢になったのに、精神だけ追いつけない。だからずっと、大人になっても、だらしなくひとりで泣いてる。
私ほんとは恋愛ソングも明るい曲も好きじゃない。暗い曲と怒っている曲しか好きじゃない。
相手が秘密にしておきたいって思ったことは触れないでおくべきだし、秘密にしているのがつらいときは、初めからすべて打ち明けて人付き合いをしていくべき。
わたしは嘘をついて秘密を守りながら生きるのが向いていなかったみたいで、途中から壊れそうになってしまったから、もう何かを隠して生きることはしない。隠すくらいなら、嫌われた方がまし。
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つい最近“DINKs”という言葉を知って、自分の生き方とか未来の描き方は世の中から肯定されているんだって初めて思えた。
まあでも、私は他人に生き方否定されてもいいよー。楽しく幸せに暮らせればそれで。
DINKsというのはDouble Income No Kids の略で、子どものいない共働き夫婦のこと。
子どもは望まないけれど動物を家族としてお迎えするのは賛成。自分の仕事を応援してくれるような人と結婚して、共働きで世帯年収高くて、綺麗な広いおうちに住んで、ペットをお迎えする生活が、私はいま1番ほしい。心から。
外で働くバージョンのみくりさん的な?
逃げ恥が私信すぎて怖いです。
ちなみに1番好きなのは百合ちゃん(でしょうね)。。。
子どもを望まないなら結婚をする意味がない?
身を賭してでも?
人類滅亡するよとか言われてもね、知りませんからそんなこと。悠々自適に暮らして贅沢ですか?そうですよ。私は何も悪くありません。税金さえ納めれば生産性はあります。
結婚には初めから意味がない。厳密にはメリットもデメリットも山ほどあるだろうけど、結婚って好きでするだけのもの。
“意味なんかないさ 暮らしがあるだけ”ってガッキーと結婚した星野源も言ってるんで。
12月くらい。研究室の卒業生が赤ちゃん連れて遊びに来てて、めっちゃ可愛くて、先生もでれでれになってて、先輩たちが「〇〇さんって私たちとそんな歳変わんないよね」って話してて、私が間違ってるのか、赤ちゃん連れて研究室遊びに来ることが間違ってるのか、頭ぐちゃぐちゃでわかんなくなって、赤ちゃんの声は可愛かった。
恋愛の話をする。初めてする。
私は恋愛、延いては人付き合いが人一倍怖い。
好かれたら「あとどれくらいで嫌われるんだろう」とか平気で思う。
仲良くなりたい人に限って距離感わかんなくなる。
正直アプローチされたことなんて何回もある。バイト先の知らない先輩からDMきたり2人でご飯行きたいって言われたり話したこともない学科の男の子から毎日連絡きたりみなみのこと好きな人がいるんだってって教えられたこともある。週に何度もフォロリクきて憂鬱になったりもする。でも全部払い除けてる。怖いから。他人のこと怖いから。そんな自分のことがきもくなったりもする。
ていうか私なんて冷静に考えて世間一般の可愛い子のレベルに到達すらしてないのにこんなことで悩んでてきもすぎ。引きこもってたほうがいいよマジで。
密かに好きだなって思ってた人から突然連絡がきて、でも私に対する好意はピュアな好きではなかったりして、それでちょっとだけほっとして、実は彼女いて、私は真面目に生きてるのになんでだよおかしいだろと思いました。
私のことをどうでもいいと思っている人ほど寛容だったりします。
病気のことを伝えたら、教えてくれてありがとうって言ってくれて、病気のことで嫌いになったりはしないよって言ってくれて、でもいま彼女は欲しくないって言ってて、そのわりに最近まで彼女いたらしくて、でも私と付き合うつもりはないってきっぱり言われて、だけど会いたいらしくて、もう何が何だかわからなくて、わかるのは、私がコミュニケーション能力低いってことと、相手が幼稚だってことと、自分がそんなに可愛くないってこと。
私のこと好きって思ってる人はみんな私の虚像しか見てないんだと思う。てか本当は私のこと好きじゃないんだと思う誰でもいいんだと思う。偶然私が都合よくその場に存在してたってだけなんだと思う。
私はもしかしたら本当の意味では誰かのことを好きになったことなんてないのかもしれない。
将来DINKsになる!とか言っといてそもそも結婚できるかどうか怪しいの本当におもしろい。
思うように人と仲良くなれなかったり、長期的な人間関係を構築するのが下手くそなのって、やっぱりコミュニケーション能力の低さ故だよな。
それなのに“自分の仕事を応援してくれるような人と結婚して、共働きで世帯年収高くて、綺麗な広いおうちに住んで、ペットをお迎えする生活”を一丁前に望んでしまうの、さすがに小賢しすぎる。
結局1人ではしにたくなくて、かと言って自分の仕事の邪魔をされたくもなくて、だけどお金に困る生活も嫌で、結婚はあくまで折衷案でしかない。
結局なにを伝えたいのかわからない日記になってしまった。
みなさんも未来のことや恋愛のことや仕事のことなどぜひ教えてください。
とりあえず歌詞貼っときます。
営みの
街が暮れたら色めき
風たちは運ぶわ
カラスと人々の群れ
意味なんか
ないさ暮らしがあるだけ
ただ腹を空かせて
君の元へ帰るんだ
物心ついたらふと
見上げて思うことが
この世にいる誰も
二人から
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わたしの人生はうまくいかないようにできている。だから恋も夢も、憧れちゃいけない。
私のいいところは悲しいことがあったときにポジティブでいられるところで、私の悪いところは泣かなきゃいけないタイミングで泣けないところ。
一度進んでしまったら自分が壊れるのも忘れて進み続けるしかない。壊れても止まれない自分がおかしくてたまらない。止まったらしぬんじゃないかなって思うときもある。
他人の痛みにどきどきする。手を差し伸べられるようになった。昔の自分の苦しみが、いま目の前の誰かを救えてることが嬉しい。わたしの孤独は、ちゃんと世界の歯車だった。
不安とパニックで電車に乗れなくなるのも、呼吸が浅くなるのもわかる。知らない路線にひとりで乗って不安になるのもわかる。公共交通機関は、メンタルきてるときは余計つらいよね。
退院してしばらく電車乗るの怖かった。また不整脈が出たらどうしようって考えると呼吸が浅くなった。そしたら今度は過呼吸になったらどうしようって不安の方が大きくなった。
みんな遊びに誘ってくれた。大阪旅行もディズニーもほんとは怖くて行きたくなかった。誰にも言えなかった。
おしゃれはおしゃれな人にしかわからないし
優しさは優しい人にしか受容されない
わたしは、受け止めてくれるひとにだけ届いて欲しいから、99人に届かなくても、100人目のあなたにいつか届くまで、与え続けるような人でありたい。
いつか壊れてばらばらになったら、もとに戻してくれる?
あるいは、ばらばらになることが本懐だったのかもしれない。
ばらばらになったらわたしは宇宙に溶けて、またエトワールに戻るだけだね。
わたしはちゃんとわかるから。
RADWIMPSは端っこで泣かせてくれないから嫌いなんだ。
誰1人残らせない正義が怖い。
残してほしい。可哀想じゃないから。
わたしの人生はうまくいかないようにわたしがコントロールしてる。だから恋も夢も、ほんとはなにも欲しくないのかもしれない。
わたしはなにが欲しくて生きてるんだろ。
リファのヘアアイロンと櫛
笑
まちがえてしんでしまいそうになったとき、それを食い止めてくれるような人を好きでありたい。ちゃんと。ちゃんと、そういう人を好きでありたい。
間違えても、そういうときに背中を押してくれる人を好きになっちゃいけないと思う。
ちゃんとした人になりたい。
自分の価値を見出すために大切なものをわざと壊したり、しんでしまいたいと思ったりしない人になりたい。
大人になるっていうのは、記憶が増えていくっていうこと。
記憶のない皺はただの模様だと思わない?
夢でなら君に逢えるから、だらしのない私で待っているね。
病室のベッドの柵をも飛び越えて、本当は手を伸ばして欲しかったのに。
息をしているだけで偉いなら、毎日ため息だけで済ませてやるのにな。
優しさって、つめたいものだと思う。ひんやりさらさらしていて、夏の暑い日のクーラーみたいに、うたた寝してしまうような心地の良いものだと思う。
1年前の自分を抱きしめに行きたい。世の中への隠し事があまりに大きくて、なにも食べられなかったわたしをぎゅっと抱きしめたい。
大丈夫になるから。絶対、大丈夫になるの。
絶望は、はてしない希望のはじまりだから。だからわたしは絶対に大丈夫だから。すぐ目と鼻の先で待ってるから。飛び越えて、追いついてきて。わたしならできるから。みんなが待ってるから。
倒れた日、失神したときに、亡くなったおじいちゃんの夢を見た。つかの間の大学生活、高校生の頃じゃ想像もつかないくらい楽しかったけど、もうこれで終わるんだと思った。少しだけ夢を見させてくれてありがとう、でもやっぱり、私はこの生活に見合わないんだね、って。
大学生活で、たくさんの場面でたくさんの人たちに嘘をついてきた罰なんだなと思った。元気なふりしてないとバイトも受からないし、きっと友達にも見限られるし、だから、病気のことは絶対誰にも言わないって決めてた。それの罰なんだろうなって。
大丈夫。終わりじゃなかったよ。人生これから始まるよ。わたしは何にでもなれるよ。みんながいるから大丈夫だよ。
わたしはえとわーるになんかならない。
壊れても壊れても、かたちを取り戻すだけ。
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結局同じくらいの重さの何かを抱えている人じゃないと本気で好きにはならない どこか軽蔑した眼差しを向けてしまうだろうし自分を曝け出すのを躊躇してしまう それ恋って言わないよ愛って言わないよ依存だよ でもそのほうが心地良いに決まってるから歪に歪んだ高い理想像を追い求め続けたいの
来年の就活に向けて障がい者手帳の申請を進めている最中です 私の持病だと三級か四級が取れるみたい たかが手帳一冊で就職が大いに有利になるなんてずるをしているみたいで嫌だけど、これまでたくさん痛い思いやつらい思いをしてきたからちょっとくらいゆるしてほしい なんだか卑怯だし恨まれたくもないからお友達には話さないの
なんか社会に出るってめんどくさいし精神すり減らされるんだろうなと漠然と思っていたけど、私が思っていたよりもずっと社会は優しいのかもしれない むしろ大学にいたりアルバイトしていたりする今の立場での生活の方がよっぽど生きづらい
アルバイト、全部全部ほんとうに嫌だった 心から嫌だった 能力も経歴もあるのに持病が理由で面接落とされたり、仕事内容の説明が不十分だったがために勤務中に倒れかけたり、挙げ句の果てには「みなみさんって体力ないよね」「もっと力つけなきゃ生きていけないよ」と笑われたりして散々だった アルバイトがガクチカとか嘘だ ほんとうにほんとうに全部嫌だった やめてよかった みんな気持ち悪かった そういうわけでアルバイトはしばらくしないですというかできないです
もとから不仲というわけではないけど、最近めっきり母と仲が良くて、2人で出掛けたり美味しいご飯を食べに行ったりしています 「母は私のこういう部分をわかってくれない」とか「母は私が好きなものを認めてくれない」といったすれ違いがだんだん減ってきて、私の認識する私と母の認識している私が同じになってきたような感じがしています すっきりした気持ちで祖父のお墓参りにも行けました
ひとりで映画館や博物館、美術館、水族館などに行くのが好きなのですが、ふらっと遊びに行くと知らない人に付き纏われることがあります フロアや展示室を変えても付いてこられたり、ひどいときは一日中ついて回られた挙句、帰りの電車でとなりの席にまで座られたこともあります それ以来ひとりで出掛けるのがちょっとだけ怖いです なんかもう逆にすっぴんにジャージで出掛けてやろうかなみたいな
あと怖かったのが、ひとりでカラオケに行ったとき、私に連れがいないのを受付で確認してからエレベーターに乗り合わせてきた人に「何階の何号室ですか?」と聞かれたときです 嘘をつけばよかったのに、咄嗟の出来事すぎて本当の番号を言ってしまって、そのあと怖くなって一瞬で帰りました ドアのガラス越しに部屋の様子を確認してくる人もいます
ひとりでいるときに限らず女の子2人でいるときもこういうことは起きるから、こういうときに彼氏がいると安心なんだろうなとか思っちゃったりします たとえ一緒にいなかったとしても、「今日こういうことがあって怖かったんだ」って連絡できる相手がいると不安が減ると思う 相手いねえけど
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note15の方々の日記に憧れていて私も面白くて綺麗な文章になるように心がけて書いてるのに、いつもつまらなくなる。
だけど、人と比べてつまらなくなるのは当然のこと。オリジナリティが息できない。
「機にかないて語る言は銀の彫刻物に金の林檎を嵌めたるが如し」は、彫刻を施した銀の盆に金の果実を載せたようなイメージ。タトゥーを彫るとしたら背中にそれを入れてみたい。
「鳩のごとく賢く、蛇のごとく慧かれ」も印象的なので、鳩と蛇もいい。
そういえば夏に伊豆行くんです。熱海と伊豆。青春18きっぷ買って、ローカルの路線乗り継いで。
好きなメンバーの愛用コスメを特定して買い揃えるけど仕上がりが全然違って絶望するのはもうルーティンと化している。
障害者手帳をたまに失くしかける。
ので、就活用の黒いバッグのなかに放り込むことにした。ヘルプマークも。
都営バスや都営地下鉄に無料で乗ることに抵抗がなくなった。むしろ乗り倒している。目的地へ行くのになるべく都営だけでどうにかならないかな、と日々乗換案内と格闘したりしている。
「うちの学科の人たち水曜の午後体育取ってる人結構いるけどみなみは行かないの?今度一緒に履修しようよ体育なんて出れば単位貰えるじゃん」って友達にたまに言われてなんとなくふわふわに返事してる。こういうことの小さい積み重ねでちょっとずつ心がしんどくなってくる。
ちゃんと説明しない、嫌われたくないからって全てを打ち明けないエゴイストのわたしが悪い。いつも自分のことばっかりで嫌んなる。
Place/NE°ってところのオレオケーキめっちゃ美味しかった。新大久保は詳しくないのでそのあと新宿まで歩いた。雨降ってた。新宿行くと雨降りがち。新宿といえば灰色って感じ。
新宿は豪雨
あなた何処へやら
今日が青く冷えてゆく東京
友達と行く旅行が好き。日々の中でいちばん好きな時間かもしれない。眠る直前までずっと一緒にいて、朝起きても隣のベッドや隣の部屋にいるのが好き。ずっと同じご飯食べて、お風呂のあともずっと一緒にいて、朝起きて支度しながら喋るのも好き。ずっと楽しい。ずっと笑ってる。楽しくてたまらない。修学旅行がもし中止じゃなかったらこんな感じだったんだろうな。
可愛くて優しそうな彼女がいるのにまだ私に何かしらの執着心があるようで、でも私も私で愚か者だから、そういうのでしか自己肯定感が上がらない。
歴史上の悪女もヒロインだった筈だし、犯罪者だって恋をする。
今はもう平手友梨奈といえばクールで個性派なモデル兼女優というイメージが定着していそうだけど、てちが健全にアイドルしてるときの弾ける笑顔、意味わかんないくらい可愛かった。
どこにでもいそうでどこにもいない圧倒的唯一無二感、抜群なスタイルの良さ、独特な歌声、アイドルらしからぬ妙な落ち着き、ぜんぶぜんぶ、ほかのアイドルにはない魅力なのに、自分の魅力をひとかけらも自覚していなさそうな儚さがあって、頭がてちでいっぱいだった。
本当に大袈裟なんだけど、平手友梨奈を知る以前と以後で価値観がまるで違うの。紀元前と紀元後くらい違う。私のアイドル信仰のはじまりは欅坂46だから。
高校生の頃、もし自分がミスiDのオーディションを受けるとしたら、という妄想をよくしていた。どんな特技を披露するのか、自己紹介に何を書くのか、どの人格の自分で審査員の前に立つのか。想像してみるといくつかパターンがあって、でもどれも統合しそうにないばらばらの自我ばかりで、本当の自分がどれなのかわからなかった。
小さい頃から、鯨の夢を見たり、鯨のモチーフを見ると言いようもない虚無感に襲われたりしていた。いまでも、鯨と名の付く小説や音楽は立ち止まって魅入ってしまう。前世があるとするならば、鯨に食べられた小魚か、あるいは捕鯨をしていた漁師とか。
上野の国立科学博物館が好きな理由のうち3割くらいは入り口に鯨がいるから。
友達に褒められること:地図が読める
すごく読むのが上手いわけではないけど、どこに行くにも私がマップ担当になりがち。知らない土地でもそこまで迷わない、どちらかというとGoogleマップのおかげ。私じゃなくて。
ディズニーに関しては脳内に園内マップがインプットされているから最短ルートをすぐに導き出せる。ユニバも2回行ってなんとなく覚えたような気がする。
人並みの幸せが嫌い。桁外れの幸せか、かけがえのない不幸じゃないと嫌だ。みんなが持ってるものなんて欲しくない。誰も持ってないものしか欲しくない、東京にない。
私は生涯これからも周りの人にいろんな小さな嘘をつき続けるんだと思う。物理的にも精神的にも、見られたくないことがあるせいで、私のことを見て欲しいのに、私から目を逸らして欲しくなる。
中高生の頃、「このまえの部活の大会のときにさ」とか、「夏休み合宿あるんだよね」みたいな話を聞くたびに、心と表情が捻れて離れる感覚があった。
大学生になって、学科でできた友達や、アルバイト先の先輩たちに、「サークル入ってるの?」「高校生のとき何部だった?」って聞かれたとき、それと同じ感覚が押し寄せてきて、私はこれから先もこういうのと闘わなくちゃいけないんだなと思った。誰も悪くないからこそ何をも恨めなくてずっと苦しい。
運動も吹奏楽もやったことなくて、大きな部活に属していたことも、大会のために練習を頑張った経験もなくて、先輩後輩の上下関係の話とか合宿がどんなものなのかとか何も知らない私ってマイノリティなんだろうな。ていうか実際そうなんだよな、周りの人たちがしている話がわからない。
ちなみに私の周りは、元テニス部とか、元吹奏楽部、元バスケ部、元バド部とか。
電車やバスで誰かに席を譲ったとき、「あれ?私もいちおう席譲られる側の立場では?」ともやもやする。ヘルプマーク付ければいいだけの話だが、友達や周りの人に揶揄われるのが怖いので付けたことはない。ヘルプマークいつも持って出掛けてるから大丈夫だよって嘘ついてごめんなさい。
世の中が平和で飽和している。現代の人類の叡智や技術では到底抗えない、それこそ巨人や鬼が襲ってきたほうがいいんじゃないかとさえ思います。
最近はキラキラした曲が聴けなくて、高校時代によく聴いていた暗い曲をたくさん聴いています。そうして通学すると、自然と着く頃には元気になってる。実際にamazarashiやBUMPを聴いていた当時は、自分がこの歳まで生きて健全に大学生やってるなんて想像もしていなかったから不思議。高校卒業したら人生終わるんだと思ってた。
日記あるある:
ちゃんと書こうとすると暗くなりがち
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通院の日だったので主治医の先生とお話しした。就活の現状報告とか。
今後、妊娠・出産を希望する場合には、事前にいくつか検査(心臓カテーテル検査等)を受ける必要があるらしい。そのタイミングで数値が良くなかったら子どもは諦めた方がいいと遠回しに伝えてくれた。子どもが欲しいと思ったことなんてないのに、どうしてこんなに気が沈んでるんだろう。
「妊娠したいと思ったタイミングで数値がよければ子どもが望める」と教えてくれたけど、それってよほど病状が良くならない限り子どもは諦めなさいということなんだろうなと思った。希望を持たせる言い方をしてくれたのは主治医の先生の優しさなんだと思う。
いつ頃からなのかは覚えてないけど、なんとなく、自分は周りのみんなが憧れるような職業には就けないし、子どもも産めないんだろうなって心のどこかで分かってた。先生から面と向かって説明されるのはこれが初めだったけど、やっぱりそうだったんだとしか思わなかった。
けっきょく、将来子どもが欲しいかどうかを本気で悩めるスタートラインにすら立てなかった。友達の前では「将来結婚して子どもがいたら楽しそう」と軽く言えるけど、どうせ無理だろうなとは薄々わかってた。
みんなの当たり前に私の当たり前が存在してない。たまにインスタが見られなくなる。楽しそうな誰かのストーリーが耐えられない。
ティーンの頃。絶対に結婚なんかしてやるもんかと思っていた。20歳になって、あっという間に21歳になって、そのあいだに小さな結婚願望が自分の中で生まれていることに気が付いて、自分でもおかしくてたまらない。
いま読んでいる漫画に、「みんな大人になったら好きな人との子どもほしいって思うんじゃないの…?」という台詞が出てきて、絶対そんなことないだろと思った。
私が社会に対して貢献できることがいよいよ仕事だけになった。
Xのほうでもお伝えしましたが、行きたかった企業から内定をいただくことができました。もう何も悔いはないので就職活動はゆるやかに終了する予定です。
詳しくは秘密にしておこうと思っているのですが、総合職でエンジニアの仕事をします。
就職活動をもうじき終えることは大学の友達にも高校の友達にもしばらくは伝えないつもりでいる。親族にもしばらく話さない。来年の夏頃まで黙ってるかも。
現実で誰にも相談できないのをいいことに、就活の状況を明け透けにツイートしたり投稿してしまい、本当に良くないことをしていたなとずっと思っていました。
就職活動を既に経験された方々が私の投稿を見てきっと良い思いをしないだろうし、傷つけているかもしれないし、今後就職活動をされる方々が必要以上に身構えてしまうかもしれないし。後先のことを考えずに発言してしまっていて本当に申し訳なかったです。
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どんなコミュニティに属しても絶対にマイノリティになってしまう、みたいな法則がもしあったら、私はきっとそれに該当する人間だと思う。
だから私は昔から暗い人が好き。輪に入れない人、群れない人、物静かで何考えてるのかよくわからないような人が好き。アーティストもそう。暗くてよくわからなくて、でもめちゃくちゃずっとひとりで悩んでたんだろうなってわかるくらい怒り狂ってる人が好き。明るい曲は嫌いだったし、楽しい映画はあんまり心に響かないことが多かった。
意図せず他人に優しくなった。でも、優しくなるくらいなら、たとえひどい性格であっても生きやすい方がよっぽどよかった。優しくなりたくてなったんじゃない。気弱に思われるだけ。
誰かのためではなく自分のための優しさがほしい。
このまえショッピングモールのお手洗いですれ違った綺麗なお姉様が、素敵な可愛いバッグにヘルプマークをつけていたので、心の中でいっぱい応援しました。
なんかね、実は言ったことなかったんですけど、私の身体的に出席するのがちょっと難しい講義(というか実習)があって、そのことで担当の教授と若干揉めてしまい、単位が取得できなかったです。なので単位足りないです……後期がんばります( ◠‿◠ )
大ごとにしたくないので大学の支援センター的なところに行く予定はまったくないです。てか私が講義内容を事前に確認して「これわたし参加するの無理だから履修するのやめよ」ってちゃんと分かっていたらこんなことになってないので…そもそも私に非がある。
大学生活つらすぎ。
就職して社会人になってからも個人的に小説書き続けたいし、確かに私も今のうちから体力をつけねば…。
会社と家を往復するだけの社会人になりそう。本当はもっと、なんかスペック高そうなかっこいいパソコンとか買って小説いっぱい書きたいし、休みの日は友達と遊びに行ったりしたいけど、私のキャパ的にそんなのできるわけないんだよな。
行きたい企業全部落ちたら副業OKのゆるい会社に入って小説書きまくりたい。
ここ数年の悩み。小説を書こうと思うと、主人公と自分自身とがどうしても切り離せなくなって、どこまでが真実でどこからがフィクションなのかがわからなくなる。私小説と純文学(フィクション)の境目ってどこなんだろう。
↑
でもこれね、このまえ文学の講義受けたらちょっとだけ自己解決できたの。単位も貰えたしほんとに有意義な時間でした🙂↕️
夏休み、久しぶりに本腰入れて小説書こうかなとか意気込んでたのに結局なんにも書けなかった。大学が忙しいと書きたくなって、休みに入ると書きたくなくなるのほんとになんでなの。
🌟
ディズニーランド
ディスアビリティ・アクセス・サービスを初めて利用した。申し訳ないくらい充実して過ごせた。いつもと疲れ具合が全然違った。もっと早くから障害者手帳取ればよかったねごめんねと言われた。小さい頃も中高生時代も友達に合わせてパークで遊ぶといつもぐったり疲れていた。病気のことは昔からの友達はみんな知ってるけど、健常者の疲れる感覚とわたしの疲れる感覚は全然違うから、いつも追いついていけなかったし、疲れた休みたいと言えなかった。
小さい子がたくさんいた。ダッフィーやエルサやドナルドの格好をしていた。先月の主治医の先生との話をお母さんにまた聞かされた。子どもが産めないことを理解してくれる人と結婚して2人で暮らすのが一番いいと言われた。
最近毎日自分の病気のことを考える。これまでは自分が病気だということを意識しないで生活していて、それはとても幸せなことなのだと思っていたけれど、全然そうじゃなかったということに気がついた。
私は子供も産めないしきっとそう長生きもできないし仕事で責任ある役職にも就けないから、ディズニーで他の人より快適に過ごせることくらい、チケットが安いことくらい、少しくらい許されたい。
🌟
頭が痛いのでパソコンを閉じて眠ろう。と思ったのに寝付けず斜陽を10ページほど読んだのでした。あなたの赤ちゃんが欲しいのですのインパクトが凄まじくて眠りについた。逃げ恥新春スペシャルを観る。
繋がっていないように見えて、すべて繋がっている…それが人生なのです。
運動部じゃなかった人って人として信用ならないから運動部だった子がタイプ、そうですか。恵まれた環境で人生楽しんでくださいね。
私がどんな気持ちで生きてきたかなんてわからないでしょうね、わかってほしくもないけど。
性格的にも慎重で真面目だし彼氏初めてって言ってたしそのうち結婚することになったのとか突然言われそうでも私は驚かない自信がある。みんなきっといなくなる。そんなこと私が一番よく知ってる。
登録しているチャンネルの新しい動画がしばらく溜まっていて、やりたくない課題をやりながら視聴した。
みんなが当たり前にこなしていく未来に自分は憧れられない
溺れていく
手を伸ばしても届かなくて
そのうち酸素が尽きる
私は、初めから私だけを見ていればよかったのに
普通になろうとしていろんな背中を追いかけたのが馬鹿だった
好きなアイドルとかどんな人がタイプかとか瞬時に答えられないとなんとなく周りの輪に入れないし、
推し活ってお金かかるし、
でもわたしアルバイトしてないし、
かといってお小遣いの金額増やしてほしいって思ってる訳ではないし、
自分にできるアルバイトがほとんどないって実質社会から除外されてるってことじゃないか?とはすごく思うし、
私だって本当は行きたいライブや欲しいグッズがない訳ではないし
アルバイトしてない=親の脛齧って甘えて生きているとは必ずしも限らないし
私だって本当はアルバイトしてお金貯めて欲しいものたくさんあるし
でもそういう気持ちをたくさん我慢して、みなみちゃん家はお金持ちだからね、って突き放すように言われても黙ってにこにこしてる私ってめちゃくちゃ大人じゃないですか
欲しいものたくさんあるけど
プチプラの洋服とプチプラコスメで毎日生活してるし
行きたいライブやお金かけて応援したいアイドルがいるけど
画面越しや音楽聴くだけで楽しんでるし
みんなが楽しんでる輪に入る価値ないんだなって痛感しながら
中指立てて生きてます
友達と旅行行くのもディズニー行くのも美味しいランチ食べに行くのも欲しいコスメや洋服を買うのも全部全部全部全部全部母から貰ったお小遣いで本当に情けなくてだめな人間
こんなに贅沢な暮らしをしてる自分なんてしねばいいと思いながら
それでも普通にお洒落して電車に乗って出かけてるよいつも
自分にできるアルバイトが本当にないんだよ
必要とされてないんだよ
面接で「心臓の病気ですこれとこれとこれができません不整脈でたまに体調が悪くなります」って言えば備考欄にバツ書かれて落とされるし、あとから言うと絶対絶対トラブルになるから。
出先で、レストランやカフェの店員さんが自分と同い年くらいの女の子だと本当しにたくなるんだよ。この子は働いてるのにわたしは何にも努力せずにお客さんにしかなれないんだって思うと何も食べないで家帰りたくなる。
まともに労働することもできなければ子どもも産めないし、かと言って世の役に立つような才能がある訳でもない社会のお荷物みたいな人間なのに、こんな人間が大企業に行くなんて価値あるんですかねとかは夜な夜な普通に思ったりしますよ。私のことを誰がどう思ってるのかは到底知らないけど、私は誰よりも弱い人間だし。
今日も病院に行ってきた。ACHD、移行医療、とか、調べることがまだまだありそう。私もよくわからない。誰もよくわからない。未来がどうなっていくのか、人類は皆目検討もつかない。
これからはACHDがどんどん進学するようになり社会進出を果たしていくよね。私はその先駆けで、ちょっとだけ矢面に立たされているような気分。
じつは、読んでるみなさんにとっては関係のない内容を毎度それなりのヒステリックさで書き連ねているのは、わりと意図があってやっていることです。
こういう状態で産まれてきてしまった以上、大袈裟かもしれないけれど、私には次世代に苦しみを残さないための努力を果たす義務があると思っています。
私や私の友人が大企業に就職すれば、少しずつ次世代のACHDへの道は必ず拓かれるし、大きな企業で声を上げれば次世代ではもっと誰しもが生きやすい社会が実現されているに違いない。
これからの人生、きっともしかしたらどこかの場面でみなさんは障がいのある方と接する機会があるかもしれないです(というか絶対にある)。そんなときに私が日記で書いていたようなことをぼんやりと思い出して、そういえばみなみさんも似たようなことを言っていたなとか、こういうことを言うと傷つけてしまうかもしれないなとか、私の日記を通して、そのいずれ出会う誰かに優しくして欲しいです。心から。