三つ葉の栞を読みかけの本に挟み
混み始めた店を出る。
視線を下にトートバッグを手前に。
降りそうな天気をチラ見して
歩幅を僅かに広げる。
路地裏で薄汚れた猫が座っていた。
人馴れしているのか
不思議と逃げることはなかった。
「似てる」
そう言って出しかけた手を止める。
軽く手を振って再び歩く。
降りそうな天気と猫
その2つだけで充分にあの人が浮かぶ。
世界は文字通り、モノクロになった。
ほとんどの人から彩が消えた。
モノクロの視界が作られた。
原因不明の大事件に
世界中が酷い渦に包まれた。
しかし、どっかの企業が発明した
特殊な眼鏡により
かけている間のみ彩が戻った。
ほとんど、と言ったが
この“ほとんど”という枠組みから外れた
そのひとりが僕だった。
枠組みから外れた僕のような人を
“SKY”
“神の気まぐれ”
と周囲は呼んだ。
“SKY”は、
特殊な眼鏡でも映せなかった
空の色が見えるから。
“神の気まぐれ”は、
その言葉の通り。
他と違う、気まぐれで作られた存在。
“SKY”は、特別となった。
彩が失われないこともだが、
それ以上に注目されたことがあった。
本物の才能があること。
努力も何もせずとも
他とは明らかに違う才能を持つ。
才能の分野は様々だが、
どれも一般人には到底敵わないもの。
しかし、上手い話にも裏がある。
才能がある人格と
凡人以下の人格の2つが
一人の体に入っている。
そして、一日ごとに人格は変わる。
才能がある人格を
陽
凡人以下の人格を
陰
僕は、陰だった。
陽のおかげで僕は、
何もせずとも生きられた。
衣食住、全てが充実している。
学校だって行かなくていい。
ある程度の教育は、
自宅で受けさせてもらえる。
何も不自由がない。
けれど、朝から夜まで
監視付きだった。
近年分かった人種だからこその
化け物でも見るかのような目。
そして、少しだけ
『あー、陰か』
そんな顔。
朝だけ自由時間を貰った。
感じも何も無い時間。
ひとりきりの時間。
6時から8時までの
たった2時間が唯一の息抜き。
今日も外を出る。
大きな運動公園。
平日の朝は特に人がいない。
そして、いつも通りの朝を
迎えずに朝は終わった。
「ひとり?」
そう声をかけてきたのは、
見慣れない年上の女性。
何も悟られないように頷く。
「一緒にどう?」
断り方は習っていなかった。
結局、何も言えずにいると
女性は着いてきた。
女性から話をほとんど持ちかけられ
質問されたことを答えるだけだった。
女性の名前は、スミハラと言った。
漢字までは分からない。
高校教師をしているようで
その日は赴任日だとか。
教師と聞いて何となく腑に落ちた。
コミュニケーション力が高く
よく笑顔を浮かべる。
7時頃になって
スミハラさんは帰って行った。
「またね」
そう声を残して。
いつ会えるかなんて
定かじゃないのに。
降りそうな天気から目を逸らして
残りの1時間を過ごした。
少しだけ最初の1時間より
長く滞在したようだった。
寝た瞬間、陽の顔がチラりと映る。
けれど、直接的な関わりは
一度だってなかった。
白い光の方へ陽は、
見向きもせずにまっすぐに走る。
寝ている間は、何も分からない。
陽が見る世界も見えない。
そして、気がつけば
日付が一日越している。
スミハラさんは、またいた。
僕が年齢的に高校生ぐらいなのが
いけなかったのだろうか。
僕から話すことは何も無かった。
ただ流れてきたことに返答。
それでも、寝た後に
スミハラさんは必ずそこにいた。
降りそうな天気の日。
スミハラさんが突然、屈んだ。
シロツメクサが広がる場所だった。
四つ葉探し、と笑った。
スミハラさんは、
笑うと同い年ぐらいに見える。
実際、スミハラさんは若い。
教師になってあまり年数もない。
スミハラさんが聞いた。
「願いがある?」
「普通に生きたい」
ポロッと出てしまった本音に近い
言葉に思わず驚く。
「君は、SKYなんだね」
スミハラさんは、悲しそうな顔をする。
そして、伊達眼鏡をかけても
バレバレだと笑う。
「今、空はどんな色かな」
「降りそうな灰色です」
「そうか」
結局、四つ葉は見当たらなかった。
三つ葉ばかりが溢れてた。
でも、それで良かった。
それから次会った朝の1時間も
その次も毎度、
スミハラさんと僕は四つ葉を探した。
事態が急変したのは、
四つ葉が見つかってからだった。
やっとで見つけた四つ葉は、
あまり綺麗な形はしていなかったものの
ちゃんと四つ葉がついていた。
スミハラさんは、僕に渡した。
「君に幸あれってね」
また、幼く笑った。
そして、長い残りの1時間を過ごした。
スミハラさんとの朝の1時間が
明らかに僕を変えていた。
スミハラさんは、よく、挨拶をした。
それに釣られて僕もした。
それまで気にかけもしなかった
おじさんやおばさんに挨拶をした。
何かが動いていた。
何気ない会話が挨拶が
“普通”という憧れを導いていた。
けれど、気まぐれで作られた僕は、
あまり運を持っていないようだった。
初めて陽の世界が開けた日だった。
勝手に口が動いて
思考が回って
手足も機能して
不思議な感覚を覚えた。
いつも顔を合わせる人が
見たことの無い笑顔を浮かべる。
薄気味悪いやつ。
そして、よくテレビで見かける
人物がやって来た。
特殊な眼鏡を作った企業の社長だった。
彼もまた、嫌な笑顔を浮かべた。
そこで聞いてしまったことに
蓋をすることが出来なかった。
動いていしまったから。
降ったあとの天気の日だった。
僕から話を持ち出した。
「モノクロの世界をどう思いますか」
スミハラさんは、驚いていた。
でも、笑った。
でも、少し顔が強ばった。
「恋人がいたの」
「幼馴染で中学から付き合ったの」
「大好きだった」
「ほんとに」
「あの日」
「モノクロへと変わった日」
「世界中で事故が起きた」
「そう、たくさんね」
「信号機がモノクロになったら」
「なんもわかんないじゃん」
「止まれなかった車だっていたの」
「うん」
「仕方ない、のかな」
スミハラさんは笑った。
哀しそうに。
寂しそうに。
けれど、泣かなかった。
強いなって思った。
そして、弱いんだなって思った。
泣きたい時に泣けない
ある意味それは、弱さであるから。
言わなければいけない真実を
伝える勇気が消えた。
弱いなって思った。
そして、逃げた。走った。
時間の余った朝に僕も泣けなかった。
弱いな。
三つ葉をひとつ手に取る。
一番、綺麗な形をした三つ葉を。
小さくて可愛らしい三つ葉を。
そして、栞を作った。
いつものシロツメクサが広がる
あの場所へ置いた。
安物の便箋を添えて。
真実をのせて。
いつ見ても灰色の空を眺め
あの場所へと向かう。
見当たらない影に
見慣れないものがそこにあった。
初めて見かけた時、猫かと思った。
大人しくて
臆病で
何だかんだで気にかけてくれる。
猫そっくりの君の瞳には、
確かに空が映っていた。
SKYなんだな、と気づいた。
そして、その瞳がいつでも
歪んでいたことにも。
SKYだと分かると
親とさえ会えずに世界が管理する
家に住まわされるそうだ。
中には、多額のお金が貰えるために
売る親がいるとも聞く。
君は、陰なんだろうと思った。
でも、陽だとか陰だとか
一人の人間に2つの名をつけることも
SKYだと隔離することも
私は大嫌いだった。
救おうだなんて大それたことは
考えなかったが、
せめて、晴れた瞳を映したかった。
彼が私に手を差し伸べてくれたように
誰かに手を差し伸べることで
彼が笑ってくれる気がしたから。
生きてもいい気がしたから。
三つ葉の栞と便箋。
一枚に纏められた言葉を目で追う。
初めて見た整った字を。
すみません。
僕は、SKYであり、陰です。
そして、僕の表側、陽は、
大きな罪を犯しました。
決して許されない。
以前の僕ならば、
許されないと知っても
何もしなかったでしょう。
僕が動いたところで
何も変わらない。
そして、誰も喜ばない。
けれど。
スミハラさんに動かされました。
たった数ヶ月、
たった1時間の積み重ねが
確かに僕の何かを動かしたのです。
あのおじさんやおばさん、
スミハラさんの学校の生徒さん、
そして、スミハラさん。
沢山の人と挨拶を交し、
話を聞いて、
自分が“普通”になれたのだと思いました。
それだけで十分です。
人には与えられる幸せが
決まっています。
手から幸せが零れぬように
僕の幸せを贈ります。
三つ葉の花言葉も素敵ですよ。
希望という言葉があります。
僕の希望であったスミハラさんに
希望が現れることを祈ります。
追伸
もうすぐ、空の色が見えます。
不可解な点は、後に明らかになった。
堂々と流れたニュースに
君の顔が写った。
陽が犯した罪、
それは、モノクロの世界を作ったこと。
陽は、とても優れていた。
そして、作ってしまった。
モノクロの世界を。
手を組んだのは、
あの特殊な眼鏡を作った企業。
多くのお金が陽と企業には
回っていた。
君は、自ら消えた。
陽を消すため。
モノクロを消すため。
空の色が見えると
皆が空を愛おしそうに眺める。
私は、見れなかった。
三つ葉の栞を読みかけの本に挟み
混み始めた店を出る。
視線を下にトートバッグを手前に。
降りそうな天気をチラ見して
歩幅を僅かに広げる。
路地裏で薄汚れた猫が座っていた。
人馴れしているのか
不思議と逃げることはなかった。
「似てる」
そう言って出しかけた手を止める。
軽く手を振って再び歩く。
こんなはずじゃなかった小説( '-' )
もうちょっと深いのに( '-' )
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ
( '-' )( '-' )( '-' )( '-' )( '-' )( '-' )( '-' )( '-' )
スマホ熱くなったからやーめよ
これ、とりあえず、
書きたかったんよ( '-' )
忘れんうちに( '-' )