同じ夕焼けを・2024-09-23
虹彩のパルス
虹彩のパルス
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話し合いという建前の
おしゃべり会は
午後3時で幕を閉じる
あれだけ喋って
笑ったのに
それでも満足しないのが
高校生なので
みんなで体を動かして
友情を深める
体育館に集合したら
二重に半円を描く
主催者の代表が
疲れ果てるまで
みんなで踊るぞ
そのかけ声に
みんなこぶしを挙げ
声を上げて応える
まず内側の半円の
主催校の生徒が
踊りの手本を見せる
手は使わずに
足だけを動かす
シンプルなその踊りは
ジェンカという名の
フィンランドのダンスだった
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綺麗なお姉さんに
囲まれているからじゃない
彼女が楽しそうに言った
他のみんなも
そうそうとニヤけている
そんなことは
そう口ごもったら
彼女はボクの脇腹を
突いたので
ボクはそうですと
思わず言ってしまった
みんなはフフフフッと
笑いながらボクを見つめる
ボクは肩をすくめて
丸まってしまった
これぐらいに
してあげようよ
彼女は笑いながら
ボクの背中を
撫でていた
目は合わなくても
こころは素直だね
真っ直ぐな目なのに
何か企んでいる人より
信頼できるんじゃない
他校の生徒が
そんな言葉をかけてくれた
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確かに彼女の言うとおり
淋しい学校だと思う
ではなぜ彼女はこの学校を
選んでしまったのか
その答えは他校の生徒が
導き出した
この学校は治安が良い
荒くれ者もいない
授業を退屈と
思う者さえもいない
退屈と思わないから
刺激が欲しいと
思ったりしない
むしろいつもの平穏を
邪魔されたくない
そして人には干渉しない
自分が自分でいられる
そんな校風で
のびのびと毎日を
過ごしていたい
そう願う者には
心地良い環境なのだ
成り行きでこの学校を
選んだボクも
無意識にそれを望んだのか
事実人と目を合わせられない
ボクのような者には
居心地は良いのだった
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交流会はグループ別に
議題が決められている
このグルーブは
学校行事について
それぞれの学校が抱える
問題などを話し合う
そして時節柄
体育祭が引き合いに出される
ボクの通う学校は
体育祭は先週開催された
でも祭の文字を従えながら
内容は陸上競技会だった
種目は陸上部の大会で
競技されているものばかり
楽しむような種目はない
フォークダンスや
組み体操もない
ただ個人の運動能力を
競い合うだけだった
運動が長けた
一部の生徒のための大会
少なくともボクに
活躍の場などなかった
そんな体育祭を
彼女も嘆いていた
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話し合いは
いつしか議題を逸れて
流行りの歌とか
好きなアイドルとか
見ているドラマの話に
なっていた
初対面の他校の生徒と
こんな風に楽しい話題に
花を咲かせるのは
心地の良いものだ
もっともボクには
あまり興味がないのだけど
知ったかぶりせずに
見たことがないと
素直な気持ちを告げると
その人物や話の魅力を
楽しそうに教えてくれる
ボクは頭の中で
想像を広げて
無理に理解するのではなく
ひとつひとつをしっかりと
確かめることで
相手が何に魅力を感じているか
自然と理解出来ることが
楽しいと思う
だからボクは今
この楽しげな場で
機会をうかがって
自分の持つ悩みを
打ち明けてみたのだった
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住宅街を抜け
川の堤防に出ると
視界が大きく広がった
彼女は思いっきり伸びをして
ハーッと大きな息をついた
ボクもつられて
伸びをしたら
秋の空気が肺に流れ込んで
頭の中に涼風が吹いた
空をぐるりと見渡すと
もう日は落ちていて
西の空は残光で
オレンジ色に輝いていた
東の空は透明な青色で
凪いでいた
その中間は
紫色のパステルカラーで
光彩を放っていた
入り日色のトンボたちが
グライダーのように
滑空していた
秋を詰め込んだ空は
閉ざされた感情を
胸の内から解き放ちたい
そんな気分にさせてくれた
その時彼女はボクに向かって
そろそろだよと言った
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なぜこんな内容なの
他校の生徒は
当然の疑問を投げかける
彼女の話によると
この学校では
受験に関係ない行事は
重要視されていない
卒業アルバムに
花を添える程度に
開催しておけば
それで十分だと考えている
生徒会としても
このままではいけないと
毎年何とかしたいと
署名を集めたりして
学校側と話し合っているけど
どんなに楽しい想い出も
志望する大学に行けなかったら
全ては虚無の一点張りで
取り付く島もないとのことだ
現に学校行事に
興味のない生徒には
今の内容で大歓迎なのだ
彼女は淋しい学校だね
呆れ顔で嘆いていた
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完全に彼女の罠に
はめられてしまった
彼女はボクに
好意がありながら
好きな人がいないか
探りを入れるために
こんな罠をしかけたのか
悔しいはずなのに
嬉しくて顔がニヤける
こんな顔は見せられない
ボクは口を真一文字に結び
表情が崩れないように堪えて
何事もないフリをする
どんな人なの
彼女は楽しげに尋問する
ボクはなぜか
キミの存在を伝えたくて
うずうずしている
でも恥ずかしいので
歩きながら話そう
彼女に願い出ると
彼女はしたり顔で
フフフフッと笑って
快諾してくれた
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もしもボクではなくて
他の一年生の男子生徒なら
上級生の女子生徒に
囲まれた状況で
どのように振る舞うだろう
やはりボクのように
何も言えずに沈黙するのか
場を乱さないためにも
必死で何かを言おうと
足掻くのだろうか
そんなことを考えていたら
ふと彼が脳内に現れた
彼ならばこの状況でも
全く動じることなく
むしろまたとない機会を
喜々としながら
おどけたりふざけたりして
みんなの人気を
欲しいままに拐っている
そんな光景が目に浮かぶ
同時に自分の不甲斐なさを
唇を噛んで悔しがっている
ボクの姿を重ねて
やるせない気持ちになった
そんなボクに
彼女は大丈夫だよと
励ましの声をかけてくれた
この声にボクは
ようやく意識を現実に据える
覚悟を決めたのだ
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その言葉でボクは
自分を受け入れることが
できそうになった
目が合わなくても
冷たい印象を与えても
ボクの本心は伝わる
それはボクが
目が合わないことを
素直に曝け出したから
みんな信頼してくれた
そんな些細なことが
今までできなかったのは
過去に悲しい思いを
繰り返し重ねてきたから
目が合わないことを
自らが受け入れて
それを受け止めてくれる
そんな人がいる限り
ボクは胸を張って
生きて行ける
不確かながら
こころの拠り所が
持てたような気がした
ボクは彼女の優しさに
人さし指で脇腹を突いて
応えてみた
彼女は驚きながらも
ボクに頬笑んでくれた
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彼女は振り返って
ボクの目を見つめた
ボクは反射的に
目を逸らせてしまう
そんなボクを見て
彼女はフフフフッと笑って
正直な目だねと言った
気にしていることを
躊躇なく言われて
少し拗ねていると
自分に正直に毎日が
過ごすことができるから
昇りゆく満月を眺めて
穏やかに彼女は言った
どういうこと
キミの言葉の意味が
分からずに
問いかけてみた
彼女は満月を
遠い目で見つめて
しみじみと語り出した
中学校の時は
大人しかったんだよ
意外な返事が返ってきて
ボクは言葉が出なかった
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キミや彼女にとっては
さらに彼にとっては
この学校はどう感じるのか
活発でいつも楽しげで
そんなキミたちには
この学校は物足りないだろう
学校行事も充実していれば
もっと楽しい学校生活を
送れていたことだろう
それともこの位の
穏やかさ加減が
心地良いのだろうか
賑やかなことは
むしろ苦手で
静かな方がこころ弾む
盛り上げようと
趣向を凝らすよりも
与えられた場面を
自然体で過ごすこと
本当の心地良さとは
そういうことなのか
作られた雰囲気に
自分のこころを
合わせにいくのではなくて
楽しいと思えるから
素直に楽しい
当たり前のようで
いつか忘れられた感覚
なんとなく分かる気もする
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秋の黄昏時の空気に
感情を預けたので
恥ずかしくて
言えないことを
一切の躊躇いも偽りもなく
素直に話してしまった
彼女は振り返らずに
素敵な人だね
きっと男子から
モテモテなんじゃない
穏やかに言った
その問いかけに
代議員会の夜に
同学年の生徒が
気になる女子の話で
盛り上がっているのを
盗み聞きしていたこと
その話の中で
キミの名前が
出てこなかったこと
そのことに安心したのに
なぜか淋しさを
感じていたこと
ボクの感情をそのままに
彼女に言った
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夕暮れの住宅街を
秋の透明な空気を引き連れて
彼女と歩いていた
彼女はボクに
一緒に帰ろうと言ったけど
何も話しかけてこない
ただ穏やかな
笑みを浮かべている
ボクも何か話したいことが
あるわけではないので
斜め下を向いて
黙って歩いていた
コツコツという
ふたりの靴音が
乾いた音を響かせる
その音を愉快に聞きながら
凌ぎやすい季節を
どこか懐かしい心持ちで
穏やかに歩いていた
会話はないのに
気まずくはない
これが心地良い関係なのか
そんなことを考えていたら
なんだか恥ずかしくなって
一歩下がって
夕日で燦めく
彼女の後ろ髪を見つめていた
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1時間は踊っただろうか
みんな汗だくになっていた
体育館を出ると
日は大きく傾いていた
もう夜の時間の方が
長いんだな
いつしか過ぎていた季節が
ボクの目に映り出されていた
交流会は終わり
みんな校門で握手をしたり
ハイタッチしたりして
友情を固めていた
ボクも照れながら
同じグループのみんなと
握手をしていた
その手は洗ったら
駄目なんだよ
そんな楽しい意地悪を
言われたりした
ふと気づいたら
彼女の姿がないので
周囲をうかがうと
彼女は生徒会長と
何やら話しをしていた
やがてボクの姿に気づき
右手を大きく振って
駆けつけてきた