同じ夕焼けを・2024-10-13
虹彩のパルス
虹彩のパルス
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秋は更けゆき
落ち葉がカラカラと
風とダンスをする
そんな光景が
見られるようになり
麗らかな光の中で
木枯らしに吹かれる
そんな日もあった
今のボクには
木枯らしも心地よい
日ごと早く暮れて
一日が早く過ぎる錯覚を
愉快な気分で受け止める
むしろ宵やみを
この時期ならではと
満喫している
そんな満たされた気分で
過ごしていた
それでもやはり
ボクの目は
人と合わせられない
もうそのことで
悩んではいないけど
でも人と目が合うことが
どんな感覚なのか
知りたいという気持ちは
移ろう季節と相反して
変わりはしなかった
虹彩のパルス
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やってみない
キミは道具を
ボクにさし出した
その一言がボクを救った
慰めの言葉でも
いたわりの言葉でもない
目の合わないボクに
いつも通りのキミで
接してくれることが
どれだけ尊いか
身に染みたのだった
キミから道具を受け取り
キミがしたように
道具を操る
初めて使うこともあり
どこかぎこちない
手が小刻みに震えている
上手くドーナツを作りたい
そんな感情が
手を震えさせているのではない
キミが見ているからに
相違はなかった
そんなに力まなくても
大丈夫だよ
キミはそう言った
虹彩のパルス
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今日は月に一度の
学級活動だった
レクリエーションで
息抜きをする時間
そんな時間が
必要なことは
行事内容が希薄な
この学校でも
分かっているようだった
同時にこのくらいの
手軽な楽しみの方が
この学校の生徒には
ふさわしいのだった
今日はみんなで
おやつを作る
なんか子どもっぽいけど
そんな甘い時間が
新鮮に思えた
班分けはくじ引きだった
キミと同じ班に
なれたらいいな
そう願ってくじを引いたら
見事にキミと同じ班だった
キミと同じように
充実した毎日を送りたい
そう思い行動していたボクに
与えられた褒美だと
勝手に考えて
気を良くした
虹彩のパルス
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油が適温になったので
キミにもういいよと言った
ここからが一番
楽しい作業だよ
キミが言うと
本当に楽しいことが
起こりそうだった
そう言えば
ドーナツは穴があるけど
どうやって
作っているのだろう
あれだけ食べていても
そんなことに
気づいていなかった
なんとなく呟いたら
キミはやって見せるよ
そう言って
何か道具をボクに見せた
初めて見るその道具は
何か特殊という感じはない
キミはその道具に
上から生地を詰めて
真ん中の軸を押した
鍋の中にドーナツ1個分の
生地が押し出されたら
円を形作っていた
パチパチと音を立て
次第に膨らんで
綺麗なドーナツが出来ていた
虹彩のパルス
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すくんでいるボクに
彼女は紅茶を用意した
カップに注ぐお湯の音が
静かな部屋に響いた
桃の香りのする
紅茶のティーバッグを
カップに浸したら
部屋の空気が
まろやかになった気がした
彼女はカップを皿に乗せて
シュガーを添えて
ボクの前に置いた
甘い香りが頭をくすぐる
ボクのことを
幸せ者だね
彼女はそう言った
その言葉にハッとした
キミがいてくれたから
キミと出会えたから
充実した高校生活を
送りたいと思えたんだね
もしキミじゃなかったら
同じ気持ちになれたかな
彼女の言葉にボクは
何度驚かされただろう
何度頷かされただろう
カップから昇る
湯気の向こうに
優しい彼女の笑顔が
ボクを秋の日のように
優しく照らしていた
虹彩のパルス
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キミとは代議員会
球技会で一緒だった
そして今日も一緒
嬉しいと思うのは
ボクだけだろうか
少しばかり気にしていたら
キミはまた一緒だね
いつもの笑顔で
ボクに声をかけてくれた
そしてキミの着けている
エプロンは
水色のギンガムに
大きめの白い水玉模様
代議員会の時と同じだった
今日は玉ねぎを
むかなくてもいいから
楽しもうね
キミはあの日のことを
楽しそうに言って
フフフフッと笑う
ボクはその笑い声に
安心していた
本当のキミは
いつも笑顔で
何ごとにも全力で
楽しんでいる
バレーの練習を
しているキミは
偽りではないにしても
本当にキミが望む
自分の姿ではないはず
バレーボールが
心の底から好きだから
真剣に向き合ったからこそ
厳しい表情になるのだろう
でもこころの中では
笑顔でバレーボールを
楽しんでいる
生徒会活動に
身を投じたからこそ
ボクには分かるように
なったのだろう
虹彩のパルス
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ボクたち男子は油を温める
キミたち女子は
生地を作っている
練っては加減を確かめて
粉を追加したりしている
少し面倒な気がするけど
キミは本当に楽しそうに
手を動かしている
キミの笑顔の奥に
誰よりもおいしい
ドーナツを作る
そんな真剣さが
垣間見えた
ドーナツはいつでも作れる
いつでも食べられる
でもこのメンバーで
一緒に作ることは
もう二度とないだろう
だからこそ
一生の想い出に残るような
ドーナツを作りたい
そんなキミが素敵だった
そんなキミだからこそ
人が持つ感情の中で
最も美しくて
最も繊細で
決して壊したくない
壊されたくない
だからこそ
簡単に外に出せない
人を好きになる感情
ボクが持っていないことにした
その感情と
向き合わせてくれた
虹彩のパルス
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肩を落として
いつもより増して
下を向いて
トボトボと歩く
完全にボクの
思い違いだった
キミはいつも笑顔
部活動も笑顔で
楽しんでいる
そんな勝手な想像は
塵のように吹き飛んだ
バレーボールはスポーツ
必ず勝敗がある
誰もが勝つために
練習を積んで
試合に挑んでいる
いつもの笑顔は
勝負の世界では
必要などない
一方で学校生活は
人生一度きりの
高校生活を
自ら希望して入学した
この学校の生活を
全力で楽しんでいる
キミの笑顔は
充実した日々を送っている
証なのだろう
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もしキミでなかったら
ボクはその生き方に
嫉妬していたか
ケチをつけていたことだろう
キミの存在が
ボクに素直という感情を
想い出させてくれた
キミとの出会いに
感謝したい気持ち
それ以上の感情を
もうボクは
認めなければならない
キミにボクは憧れた
でもそれは
ひとりの素敵な同級生ではなく
ずっと一緒にいたい女性
ひとり占めにしたい女性
好きになった女性
とうとうボクは
なかったことにしていた
人を好きになる感情が
ボクのこころに
しっかりと
秋の夕焼けのように
輝いていることを
認めたのだった
虹彩のパルス
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簡単でしょとキミは言った
その言葉に反応したボクは
鍋から視線を上げた
不意にキミと目が合った
ボクの目は
いつものように
人目を避けて
調理台を見つめていた
こんな和やかな
雰囲気にあっても
穏やかな笑顔に
照らされていても
目を合わせることを
拒絶するボクを
キミはどう思うのだろう
聞いてみたい気もする
聞かない方が良い気もする
こんなこころの振動は
もう何度感じたことだろう
ボクの知りたい答えは
キミから聞きたい答えは
大丈夫だよ
その一択だけだった
自分ではもう大丈夫と
思っていたことは
間違ではないけど
キミにだけは
大丈夫と直接聞きたい
それはボクが
キミを不快にしたくない
そうすることで
ボクが傷つくのが
辛いからだった
虹彩のパルス
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彼女は目を丸くしている
ボクは自分の言ったことの
真意が見つけられないでいる
しばらく沈黙が続く
ボクが作った沈黙
だからボクが破らねばならない
でも何も出来ずに
情けなく突っ立っている
ようやく彼女が先に
口を開いた
まあ座って落ち着こうよ
彼女の言われるまま
ボクは椅子にかける
ドーナツ食べないの
彼女は勧めた
ボクはお礼を言って
かぶりついた
程よい甘さが
混乱した頭を
優しく癒してくれた
彼女は指を組んで
あごを乗せて
ボクを見つめている
そしてボクの考えを
まとめ始めた
虹彩のパルス
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おやつはドーナツだった
奇遇なことはあるものだ
このところ
頻繁に食べているので
違うモノが食べたいと
本心は思ったけど
キミと作るドーナツなら
また違う味がするのだろう
そんなことを考えている間に
キミたち女子は
準備を始めている
ドーナツを作ったことあるの
キミに聞いてみたら
結構家でも作っているよ
難しくないから楽しいよ
キミは本当に
楽しそうに言って
ボウルに粉を入れている
その粉の袋には
ホットケーキミックスと
書いてある
見た目も食感も違うのに
材料は同じなのが
不思議な感じがした
虹彩のパルス
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紅茶が入れ終わった頃
先生がカメラを持って
ボクたちのグループに
やってきた
記念写真を撮るから
先生はそう言った
卒業写真に使うんですか
キミは嬉しそうに
先生に尋ねた
楽しそうに
映っていたらね
先生は答えた
みんなでドーナツを持って
写真に写ることにした
キミはボクに
ドーナツを差し出して
一緒に作ったドーナツだから
ボクにあげると言った
女子生徒はボクを
冷やかしていた
薬指にはめてみて
そんなことを言う生徒もいた
写真に写るのが
大嫌いなボクだったけど
写真に残して欲しい
そんなことを思っていた
たとえ写りが悪くても
変な表情になっていても
キミやみんなと
過ごした記録に
残っていることが
どれだけ嬉しいことだろう
そんな風に
思えようになった自分を
誇らしく思った
そしてボクにその気持ちを
授けてくれたキミに
喜びを伝えたい
今日のこの楽しい時間を
写真を見て
鮮明に蘇らせることが出来る
そんな穏やかな気持ちで
写真に収まった
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晩秋の穏やかな日々が
過ぎてゆく
一日一日が
終わってゆくのが
惜しいと思うほど
毎日が楽しい
生徒会活動では
彼女にこき使われている
でもいつも褒めてくれる
二人しかいない時は
決まってドーナツを
振る舞ってくれる
紅茶が好きな彼女は
いろいろな風味を
愉しんでいる
時に生徒会役員しか
行くことのできない
屋上へ連れて行って
晩秋の高くて
淡い青空を眺めた
空に雲がないことが
当たり前のようで
どこか不思議だね
彼女はそう言って
フフフフッと
笑っていた
虹彩のパルス
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生徒会室の扉の前に立つ
灯りはついている
安心したボクは
へたり込みそうだった
全力で走ってないのに
息は弾んでいる
鼓動は躍っている
これらが整うのを
待つことなく
扉を叩いた
中から返事がある
その声は彼女だった
ボクは安堵の息をつき
ゆっくりと扉を開いた
彼女はお疲れさまと
ねぎらって
椅子にかけるよう促した
ボクは椅子にかけず
彼女の隣に立った
そして想っていたことを
一気に発しようとしたけど
声が出てこなかった
もどかしくしているボクに
彼女は封筒のお礼だよ
そう言って
ドーナツを差し出した
甘い物食べて
気持ちを落ち着かせよう
そう言って自分の分に
かじりついた
体育教員に
怒られなかった
彼女はボクに尋ねた
ボクは正直に
ただ呆れていたと伝えた
彼女は安心して
二口目を食べた