連続短編小説
『 ツグミ 』
#1
西沢 と 園田
自分の家族以外の人間に興味はない
正直…… 関わっても
対した利益にならない
赤の他人の
命なんて_
病室の窓から
今日も ぼんやり景色を眺める
「 今日は晴れて
気持ちがいい日だったね」
僕が明るく声をかけると
シュコー…シュコー…
無機質な機械音が返ってくる
「最近 母さんの好きな
カレーの作り方 覚えたんだ
ルー とか使わない方のだよ?
ちゃんと スパイスからつくるやつ
元気になったら
ごちそうしてあげるね 」
遠くからカラスの賑やかな声とともに
夕方6時を告げる 時報が響く
『 浜辺の歌 』
あした 浜辺を彷徨えば_♪
もう こんな時間か…帰らないと…
定期考査が近い 早く帰って勉強しなくては
「 じゃあ、また あした 」
そっと 耳元でささやくと
僕はせわしなくその場を後にした
…ウィーン
病棟 出入り口の自動ドアが開くと
研ぎ澄まされた風が僕の頬をかすめた
「 うわっ! 寒!」
見上げると 乾いた空の中を
粉雪が楽しげにチラチラと舞っていた
「 はぁ… あした からまた
冷え込みそうだな…」
凍てつくアスファルトを蹴って
僕はバス停へと急いだ
次の日 学校に着いた僕は
自分の席に荷物を下ろすと
教室の景色が なにやら
いつもと違うことに気がついた
前の席に 珍しく園田が座っていた
詳しくは知らないが
彼女は持病持ちらしく
最近は学校を休みガチだった
( これは 大雪にでもなるかな?)
窓の外を眺めると
ツグミが一瞬だけ
姿を現し そのままどこかへ
飛んでいくのが見えた
その時だ
…ガタッ!
教室に 鈍い音が響いた
音の方を見ると
園田が 床にひざまずいていた
「園田さん! 大丈夫!?」
クラスの女子が慌てて駆け寄る
「だ、大丈夫! ちょっと
ドジっただけ あはは…」
園田は おどけた口調で応えた
だが、顔は青ざめていて
誰がどう見ても 授業に参加できるほどの
元気はないのが分かる
「 体調悪いなら
始めから来なきゃいいのに」
___ベシッ!
頭の後ろを 誰かが叩いた
振り返ると 幼馴染みの津島が
怪訝な顔で僕を睨む
「バカ 聞こえる 」
声を潜めて言う
こいつは昔から 無駄に
人情に熱いところがあって
正直 面倒くさい
「 いや、聞こえた方がいいでしょうよ
無理して来るの効率悪いし」
敢えて 声をおおきくする
「お、お前さ! もう少し
思いやりというのを…」
焦ったように津島の口調が早まる
「なんだよ 偽善なお前よりマシだろ」
僕は顔を曇らせながら
皮肉めいた言葉の弾丸を津島に向けた
「 ……… 」
津島は 少し悲しそうな顔をすると
「 休んだほうがいいの
お前のほうな… 」
溜息混じりに 言葉を吐いた
( チッ なんだよ 俺のこと嫌いなら
始めから俺に絡むなよ)
動作がいつもより手荒になる
母さんが過労の末
クモ膜下出血で倒れ
意識が戻らなくなってから
早いもので一ヶ月が経つ
一般的にいう 脳死
最近 親戚から遠回しに
臓器移植のドナーについて提案を受けた
制度が変わったようで
家族の同意があれば提供できるとか
キーンコーンカーンコーン
いろいろと 思考を堂々巡りさせ
授業を聞き流していると
気づけば 夕方になっていた
時の流れが早まったように感じる
また、不穏な思考が
脳裏に影をおとす
__冗談 じゃない…
母さんの臓器は母さんのものだ
それに… 協力したところで
どうせ 金持ちの患者のところに
もっていかれるのが関の山…
それじゃぁ… まるで
母さんの命が
金で買われたみたいじゃないか…
イレギュラーな事態が
悪戯に迷い込んできて
正直 今は気が気でない
他人を思いやる感覚など
何処かに行ってしまった__
「 西沢君…!」
帰路につこうとする僕を
誰かが呼び止めた
__園田だった
「…は? 俺…? つっ、あー…
朝のことなら 気にすんなよ
俺の言うことなんて
君には関係ないから」
これ以上 不必要なトラブルは
抱えたくない
適当な言葉で 本音をぼかす
園田は きょとんとした顔をする
「 あ、いや… その話じゃなくて…
その… なんとなくなんだけど
西沢君から 変な必死さを
感じるというか… 少し心配というか…」
彼女から出た言葉は意外なものだった
これには さすがの僕も面喰らう
急にどうして__
「 ……… 」
僕は どう反応したら良いか分からず
沈黙すると 彼女は慌てたように
「 ああ! なんかごめん!
いいの! 気にしないで!」
と一言を加え どこかへ駆けていった
遠くでヒヨドリの
けたたましい声がする
_五月蠅い
それからというもの園田は
時折 教室に来るようになった
体調は徐々に良くなっているのだろうか
他人事ながら 少し嬉しくは思う
……妙な優しさを
向けてくることは除いて__
「おはよう!西沢君
なんだか 目の隈が酷いね
ちゃんと寝れてる?」
「 う、うっせぇな!
お前のほうが 顔色悪いだろ!」
「 あ! 西沢君 今日も
不機嫌そうだけど 大丈夫…?」
「や… お前 その言い方
逆に失礼だから」
いや、………これは…優しさなのか
バカバカしい彼女とのやり取りに
呆れつつも 何か温かいものを感じた
心の奥の何かがほぐれていく
そんな ある日のことだった
学校帰りに 母のいる病院に立ち寄ると
偶然 園田に会った
「 あ… 園田じゃないか 珍しいね 」
僕は気さくに話しかける
「 ううん 私 昔からここに通ってるから
珍しいことなんてないよ」
彼女は笑いながら応えた
「 え? そうなんだ 気づかなかった 」
「 まぁ 西沢君は新参者だからね
古参の私は 西沢君が来ていることに
気がついていたけど 」
彼女は得意げに言う
なんだよ…古参って
少しして 彼女は
やや真剣な面立ちに切り替えると
「 あ…あの言いたくないなら
言わなくてもいいんだけど…その…」
少し 心配そうに話を切り出した
「あぁ、身内がね入院してんだよ
対したことない 多分 もうすぐ退院さ」
明るい口調で気持ちを
うやむやにする
「そうなんだ 良かったね
ちょっと気がかりだったから
あ… でも 西沢君来なくなるの
ちょっと寂しいな 」
彼女は悪戯に笑った
「何言ってんだよ どうせ学校で会うだろ?」
僕も笑って返す
そっか… だから___
彼女との他愛のないやり取りが
続いて 一ヶ月ほど経った頃
彼女は教室に全く顔を出さなくなった
体調がかんばしくないのだろうか…
例の病院でも 会わなくなった
受け付けに質問をしたが
個人情報は教えれないと断られた
まぁ いずれ また__
小春日和のある日
朗らかな日差しに目を細め
教室から 窓の外を眺めていると
ツグミがおどけた顔でこちらを
見ていることに気がついた
ピッ と一声言うと
そそくさとどこかへ飛び去った
冬鳥も 北へ帰る頃だろうか…
呑気なことを考えている
そんな 時だった
ガラガラと 鈍い音を響かせ戸が開いた
暗い面立ちをした担任が入ってくる
「 皆さんに 大事な話があります 」
重々しい口調で話し出す
「 同じクラスの 園田さんについてですが
持病が悪化し…
先週 大学病院の方で__ …」
嗚呼 さっきのツグミは
どこへ 行ったのだろう
学校帰り 僕はふらついた足取りで
母さんの入院している
病院に向かっていた
彼岸過ぎて七雪
午後からまた 冷え込む予報だった
僕はあまり 寒いとは感じなかった
『 ___西沢君 』
ふと 懐かしい声が聞こえた
前を向くと
___園田が立っていた
「 お前… こんな所で何やってんだよ」
ドスの利いた声を出す
胸の奥から何か
熱いものが込み上げてきたのを感じる
『 良かった 会いたかったの 』
彼女は安心したように微笑む
その優しい眼差しが
僕の心を逆撫でた
「違うだろ! 早く戻ってこいよ!
ノロマ!
なんで いつも 要領わるいんだよ!」
目から熱い雫が
ポロポロと落ちてくる
『 ごめんね 嫌な想いさせたね…』
彼女は申し訳無さそうに
肩をすくめた
「 別になんとも思わねぇよ!
俺は俺の家族のことしか興味ねぇし!」
嗚咽の中からなんとか声を絞り出す
視界が…ぼやけて
何も見えない
『 さいごに 伝えたいことがあって_』
「 駄目だ!!!」
必死になって金切り声をあげる
『今まで 本当に ありが_』
「 黙れ! それだけは 言うな!!!」
彼女の声に被せるように
僕は大声を荒げた
遠くから 時報の音が響く
『浜辺の歌』
僕の早まる鼓動をなだめるように
哀愁を纒ったメロディが
ゆったりと流れていく
はぁ… はぁ…
暑苦しい呼吸を
凍てつく大気が冷やす
時報が鳴り終わると
時が止まったような静寂が訪れた
僕は 恐る恐る 顔をあげた
___!
園田の姿は もうそこになかった
空を見上げると
灰色の厚い雲が
空全体を覆い
粉雪が 楽しげに舞っている
少しして 携帯の
バイブ音に気づいた
涙を拭い
おもむろに電話に出る
「もしもし、西沢颯真さんですか?
鳥羽病院の神崎です。
たった 今… お母様の心臓が_ 」
なぜだか 僕の心は
妙に落ち着いていた
せわしないな まったく
完