蝶番・2023-12-21
scenery*
流れていった
消えてしまった
言葉は思いは追わない
またいつか
形を変えて戻ってくる
どこまでも歩けそうな夕暮れ
きれいな半月が輝いている
期待しない練習を
しているみたいだ
悲しみにちぎれそうな
光は はるか遠く
浅く撫でる
幾度目かの風
今日はあたたかいね
完全なる半月
バランスよく
距離もちょうど
このままでいい
上滑るような幸せでも
撫でるように日々を送って
笑みは笑みに違いない
いつか…
なんて来なくていい
祈るような夕暮れ
風が流れていく
春
もう吸い込んでも冷たくない
こうして歩いていくうちに
すべてが繰り返され
いつか終わる
ただ苦しませたくないだけで
規制していくことに
確証なんてなくて
真綿に覆われたこの世界から
不意に一段引き上げるような浮遊を
不安定がなお魅力的な
あなたのささやきこそが
真に必要なものなのかもしれない
海を見ていると
わたしが遠ざかって
混ざり合っていく
曇天の海
ずっと前に描かれたような
油彩のグレー
今日は足し引きはいらなかった
最初から過不足なく
海はわたしそのものだった
あたたかいコートを着る
首もとにきゅっとマフラーを巻けば
ちっとも寒くない
体感3度、宵の口
紺色の空は
小さな鈴を縫いとめて
楕円の月が虹光を纏う
風をよけて
人をよけて
ひとりきりなら
どこまでも行けそうだけれど
そうじゃない方を選んだわたしと
わたしとが見つめ合っている
昨日と今日は別の人
何の感慨もなく背を向けて
指すら伸ばせず
季節は変わる
必要のあるものしか必要ないんだったら
わたしのある必要もない
きらきらにも届かないチカチカ
その光の粒
確かに今、わたしを打った
もっと進んで
今くっきりと秋の触指
さざ波が押し寄せる
わたしがじっと焦がれていたのは
あなたじゃないとわかった
そんなに難しく
考えなくてもいいのかな
時々そう許される日がある
直進方向はもこもこの鱗雲
アクセルを踏みすぎないように
が飛んでいってしまいそうなほど
わたしはどこまでも行けるんだ
って気持ちに溶けていく午後
風を避けると歩くのは朝になる
ようやく散歩する時間が取れ
足を延ばした先には
数年前に切り倒されたカブトムシの森
真っ平らになっていた場所に林立する枯れ木で
新たな林が作られていたと知った
つくしを探しながら歩を進める
なずな、ホトケノザ、オオイヌノフグリ…
蕾を開こうとしているタンポポひとつ
お目当ての垂直はまだのようだ
遠くから人声
遅れて打球の音が響く
頬に当たる感触で
風速も測れるようになった
限界値であることを確認し踵を返す
車も増え始めた
ピピートゥトゥトゥ
行きに聞こえた
特徴的な鳥の鳴き声はもうない
朝と午前の境目は七時半というところか
水仙、クリスマスローズ…と
家々の植栽を冷やかしながら
帰途につくマスク越しの鼻先に
くっきりと甘い香りが絡む
思わず振り返ると
沈丁花が裏庭にひっそりと佇んでいた
白い花房を前に足が止まる
香りが姿より先に現れるのは
沈丁花にくちなし、金木犀…
どれも季節を知らせる花だ
鋭角的な香りに愁いを含む
そのイメージは、先日足跡を消した
美しい人を思い浮かばせた
はっきりと漂う甘い香りが
手では決してつかめぬように
春の別れはいつもより物悲しく
うずうずと胸を絞る
不意に初夏めいた風に背を押され
離れる瞬間わたしは目を閉じた
光、声、ぬくもり、香り…
たくさんの星が彼女の上に降りしきらんことを
夕暮れの店先に
錦花鳥の声を聞く
甲高くはない
独特のさえずり
街路樹を上へと辿る
知らないうちは流れていく背景なのに
知った途端、色をつける
そうして世界は描き込まれていく
不運の連続を
絶ち切るように懺悔した
五分五分の賭けに勝ち
無罪放免を掲げるように
ちゃっかり心軽くしちゃって
足取りも軽く
どこまでも続くような
秋と冬の境目で日が暮れていく
薄暗がりに灯る影だけの談笑
わたしまであたたかく包んで
寝込んでも
鏡に映るシルエットに
思わずパワーチャージ
夢みたいな朝の虹も
ちゃんと受け取って
どんな光も反射する
わたしだって確かにここにいるよ
朝に
そして夕に
秋の気配がそっと触れる
目を閉じて感じる
記憶を遡る
去年も今年も
こうして廻る
すべて奪うような射熱でも
後ろ姿はいつも寂しい
風が髪を梳かしていった