「アナタニハ 生キル 才能ガ アリマセン」
私の中のAIは
私の価値をそう弾き出した。
私は見事な程
何も出来なかった。
スポーツも
勉強も
文化も芸術も
友達関係すら
上手くいかない。
先生にも
両親にも
努力が足りないと言われ
血反吐を吐く思いでやってきた。
浪人はさせられない。
平凡なサラリーマン家庭。
両親に言い聞かせられて
ギリギリで挑んだ大学受験
たった一度限りの大勝負
私は、競り合いに負けた。
燃え尽きて灰になった気分だった。
帰路、電車に乗らず
二駅分を歩きながら
家に電話をした。
呼出音がプッと切れると同時に
「どうだった!?」
母の先を急かす声が飛ぶ。
母の声は矢のように
私の中に突き刺さって
心ごと凍りつかせるようだった。
「……ごめん、駄目だった」
長い沈黙に、私が死んでいく。
ああ、早く救って。
救済して。
祈るような想いが
電波に乗って
母に伝わればいいのに。
やがて母は、告げた。
「…そう。努力の結果ね」
努力ノ結果……
寝る暇も惜しんで
勉強したつもりだった。
塾だって一度も
サボった事がない。
二年生の途中から
父の言いつけ通りに
一つ塾を増やした。
授業だって、真面目に聞いた。
分からなければ
いくらだって教科の先生に
聞きに行った。
あれだけの努力の結果が
「不合格」なら
「合格者」はどれ程の努力を
しているというんだろう。
血反吐を吐くだけじゃ
駄目だったんだろうか
腕の一本斬り落とす覚悟がなきゃ
医者なんて目指しちゃ
いけなかったんだろうか。
誰も、努力の方法なんて
教えてくれなかったじゃないか。
悲しくて、寂しくて
報われなくて、苦しくて
悔しくって……涙は
とうとう、零れ落ちる。
「アナタニハ 生キル 才能ガ アリマセン」
ああ、また聴こえる…。
私の中の感情のないAIの声。
「確かに、才能……ないかもね」
私は、そう呟いて
帰路を反れた。
合格発表の日に
大学近くをゾンビのように
フラフラと歩く。
傍目から見たら
一発で不合格者だとわかるだろう。
「アナタニハ 生キル 才能ガ アリマセン」
街ゆく人が私の背中に
後ろ指をさしてヒソヒソと
「出来ない子」のレッテルを
貼っているような気がした。
「も……だめだ、私……やっていけない」
そう思った時
私は、突発的にアスファルトを蹴って
車道に飛び出していた。
ビビビビーーーーーー!!
けたたましいクラクションの音
その後に、ドンッ
鈍い音が聴こえて
私の意識は、途切れた…。
「アナタニハ 生キル 才能ガアリマセン」
うるさい
「アナタニハ 生キル 才能ガアリマセン」
うるさいな、わかってる
「アナタニハ……生」
夢の中で鳴り響き続ける、
AIの声に嫌気が差して
私は目を開く。
そこには
「花凛!」
幼なじみの光輝の姿が
ぼやけて見えた。
「こ……うき」
「あー……も、涙出るっ」
光輝は涙を流しながら
恥ずかしげもなく私の手をとる。
光輝と…手を繋ぐのは
いつぶりの事だろう。
「お前……何で車道に飛び出したりしたんだよ」
普通、そんなこと
事故から目覚めたばかりの
人間に聞かない。
こんなところが馬鹿正直で
空気が読めない光輝らしい。
「死に……たかったの」
そして私も私だ。
聞にくい問いかけに
答えにくい回答を
律儀にしてあげるんだから。
「なんで、死にたかった?」
「生きる才能が……ないから」
ずっと耳の奥で
聴こえていた声を
言葉に出した途端
涙が溢れ出す。
光輝は
優しく頭を撫でながら
「花凛さ、ひでえ怪我してんだよ」
と、言葉を繋ぎ始める。
「一時、昏睡状態だぜ?」
ひとつ、言葉にする度
光輝の目から
そして私の目から
零れ出した涙はひとつとなって
シーツの上に水たまりを作った。
「でも目、覚ましてくれたじゃん…」
目を覚まして「くれた」
その言葉が心に春を運ぶ。
そしてもう一言
光輝はこう私に呟いた。
「お前には生きる才能がないんじゃなくて、死ぬ才能がないんだよ」
光輝は、躊躇いがちに私を抱き締める。
「生きててくれて、ありがとう」
その言葉が心の中に
すとんと落ちた瞬間
土砂降りだった心模様は
春一番でも吹いたかのように
さーっと青空に晴れた。
もう、AIの声は聴こえなかった。
生きる才能なんて必要ない
そう言ってくれる人がいる。
ただがむしゃらに
走り続けるだけでいいんだ。
いつか私も胸を張って
そう言えるようになりたい。
「お金は返します、バイトもします、どうしても医者になりたいんです…だからお願いします、一年浪人させて下さい」
身体が癒え、退院を間近に控えたある日
私は両親に、そう頭を下げた。
人生、まだまだ、これからだ。