同じ夕焼けを・2025-04-13
十二等星ダイヤ
十二等星のダイヤ
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灯りをつけて
アクビをついて
大きく伸びをする
ようやく意識が回復して
五感を取り戻したら
カバンからノートを
引っぱりだした
ノートを広げて
自分で書いた物語を
読み返してみた
キミはとても愉しんでくれた
それはボクにとっても
嬉しいことなのだけど
キミが呟いた
独り言が気になった
いつもキミはすました表情で
何の不満も抱くことなく
日々を過ごしているものと
ボクは思っていた
それはクラスのみんなも
きっと同じに違いない
でもキミの吐露した感情に
ボクには見えない
キミの苦悩があることに
気づかされた
一緒に登下校し
図書室で昼休みを過ごし
キミの背中を見つめて
授業を受けているのに
キミの背負う事情は
ひとつも知らなかった
7ー3
星占いの星座には
何か分からない名前があるね
キミがそう言ったので
ボクは十二の星座を
頭の中で唱えていたら
確かに分からない星座が
あることに気づきました
カニ座やヤギ座は
よく分かるけれど
テンビン座って
一体何のビンなんだろうね
そして何でビンの名前を
星座につけたんだろう
ボクはテンビンが何かは
知らないけれど
ビンではないと思います
十二等星のダイヤ
138/320
なんでワタシは
こんなことをしているの
キミが声をあげたので
図書委員は厳しい視線で
キミに注意を促した
物語の中で取り乱している
自分に対して
キミは取り乱していた
キミは慌てて両手で
口を抑えた
その仕草がとても愛嬌に
満ちていた
こんな御託を並べる
時間があるのなら
解決策を考えれば良いのに
いやまずはみんなに謝ることを
先にすべきだよ
キミは小声で
物語の自分を責めている
そんなキミを
ボクは呆然と眺めていた
それにしても何でこんなことに
なったんだろう
やっぱりあの時の
アナタの発言を
冗談と思わずに
真剣に聞いていれば
良かったのかな
十二等星のダイヤ
130/320
学校からの帰り道
キミはボクを心配して
家まで送ろうかと
気遣ってくれた
でもそうすると
キミはボクの家から自宅まで
ひとりで帰ることになる
日の長い季節なので
心配は要らないけど
こんなところを担任に
見つかりでもしたら
また職員室に呼び出され
長々と説教を聞かされる
だからボクは
キミの好意を断固拒み
まるでフルマラソンの
ゴールにでもたどり着こうと
必死で走り続けている
そんな気持ちで家へと歩んだ
ようやくのことで
家の扉をくぐり
自分の部屋に到着したら
完徹による睡魔が
瞼に腰をかけている
ボクは抗うこともできず
うつ伏せに倒れ込み
夢の世界になだれ込んだ
十二等星のダイヤ
129 /320
図書室に静寂が戻り
キミは顔を上げた
ボクも羞じらいが
落ち着いたので
顔を半分だけ上げて
再び上目づかいで
キミの様子を眺めた
ワタシはこんな感じに
アナタの目に映っていたんだ
少しの驚きを含みながら
キミは物語の自分と
現実の自分を比較した
もし担任から
クラスメイトと関わることを
禁じられていなかったとしても
やっぱりワタシは
クラスの中に溶け込むことは
難しいのかもしれないね
キミは目を半分閉じて
右手の平で自分の頬を
引っ張りあげて
憮然とした表情で
呟いていた
更にキミは
こうなるとは注意されていた
でも絶対に上手くやって行く
そんな風に啖呵を切ったのに
その通りになってるなんて
言い訳のしようもないや
ふてくされたように
独り言を吐き出した
その時5時間目の
予鈴のチャイムが鳴り
ボクたちは教室に戻った
十二等星のダイヤ
131/320
ふと目が覚めた
記憶があやふやで
自分が眠っていたかも
定かではなかった
真っ暗な中に突っ伏している
ここは一体どこだ
頭をもたげて
ぐるりと見回してみる
一部少しだけ
真っ暗でない空間があった
目を凝らしてそこを見つめる
まだ完全に暮れていない空の
とことんまで黒色に近い
濃灰色の外の色と気づく
そしてその色は
窓越しに見ていた
ここはどうやらボクの部屋
でもどうして真っ暗なのか
まだ重さの残る瞼で
思い出していた
やがて意識が甦る
ボクは完徹の疲れで
寝落ちしていたのだ
そしてそのことを
忘れかけてしまったのは
全く夢を見ていないから
疲れがたまり過ぎると
夢さえも見なくなる
そんなことはこれまでに
幾度かあった
十二等星のダイヤ
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ボクは読んだことのある小説の
印象的な一場面を
書き替え始めた
キミがいて
ボクがいて
そしてクラスメートがいる
ボクはその景色を
想像しながら
ペンを滑らせていた
事実ではないから
こんなことが起こるのか
ふとそんな気分になると
書き進められなくなる
でも作り話なので
そんなこと起こりえない
そう思えることも
臆せずに書ける
むしろ起こりえないことを
書いていることが
楽しくてたまらなかった
キミが失敗する場面も
そのまま書いた
ボクが活躍する場面も
物語だからこそ
厚かましくも書けた
そして1時間ほど経過して
物語の一場面が
書き上がった時
ボクは心地よい疲労感に
マッサージを施術されて
机に突っ伏して
眠っていた
十二等星のダイヤ
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キミはボクの書いた物語に
興味を示している
そんなキミの姿に
ボクは興味を示している
キミがおかしそうにすると
ボクは嬉しくなった
キミがいぶかしげな
態度を見せたら
ボクのこころはざわめいた
物語の中のキミとボクとの
感情のやりとりが
そのまま現実につながって
不思議な感じを覚える
そして物語が
人の感情に与える
力のスゴさを実感した
そして物語は
キミが失敗を犯して
取り乱しながら
理屈にもならない言い訳を
並べている場面に突入した
この場面のキミは
現実ではまるで想像できない
だからキミは
どんな反応を見せ
どんな感情抱くのか
楽しみと気掛かりが
混ざりあった気分で
キミの様子を見つめていた
十二等星のダイヤ
140/320
キミはボク以外の
クラスメイトと話すことを
禁じられている
その理由は
それを課した担任は
教えてくれない
ボクが答えを
導かないといけない
でもボクはずっとその答えを
見つけ出せないままでいた
でも今この場で
その答えが分かった
キミは気になることは
徹底的に考える
だからもし
クラスメイトから
難しいことを問われたら
考え込んでしまうだろう
そうなればキミには
過剰な負担を与えることとなり
キミに対する
クラスメイトの印象も悪くなる
だから話せないボクを
唯一の窓口にすることで
弾む会話で和を築くことより
静寂による平安が
キミには必要だったのだろう
十二等星のダイヤ
141/320
5時間目の予鈴が
学校中に響いた
キミは肩をビクつかせて
現実世界に戻っていた
キミがいつものキミに
戻ったことに
ボクのこころが安らいだ
面白かったよ
取り乱してしまったのは
いつ以来か思い出せないけど
格好悪いよりも
みんなを慌てさせるのは
やっぱり良くないよね
ここではまだ
そんなことはないけど
そうならないように
気をつけないといけないと
改めて気づかされたよ
キミはお礼とも受け取れる
言葉を添えて
ノートをボクに返してくれた
そして席から立ちあがり
両手を組んで真上にあげて
体を伸ばしたら
心地良さそうな表情で
息を大きく吐きだした
十二等星のダイヤ
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次の日の昼休みも
図書室でキミに
ボクの物語を読んでもらう
キミはうやうやしく
ボクからノートを受け取ったら
楽しみだけど
無理はしないでよと
机を枕にして
眠ってしまったので
疲れが取り残された
ボクの顔色を見て
気遣いの言葉をかけてくれた
ボクは物語を褒めてもらうより
キミのこころからの気遣いが
余りにも嬉しかったので
書いて良かったと
思わず顔が綻んでしまった
キミはボクの
ニヤけた表情を
穏やかな眼差しで見つめながら
エクボを浮かべて
宝箱でも開けるかのように
さも楽しげにノートを開いた
ボクは昨日と同様
上目づかいでキミを見つめた
十二等星のダイヤ
139/320
キミは物語のキミと
同一化してしまった
もはや図書室にいることも
ボクが目の前にいることも
キミの意識の中には
ないようだった
キミがボクの書いた物語に
興味を持ってくれたことは
光栄なんだけど
余りにも真剣に
物語の世界の内部を
考え過ぎているので
心配で仕方なかった
もうボクには
キミを現実には戻せない
それはボクが話せないこと
それが最大の理由ではない
キミは問題があったら
自分が納得までその原因と
解決策を見つけだすまで
考えてしまうようだ
それは担任との社会の授業での
問答から見られる
キミの特徴のひとつだった
そしてボクはそのことで
ボクが気づかなければならない
あの問題に気がついた
十二等星のダイヤ
134/320
夕食を終えて
宿題も済まし
風呂から上がったら
ボクは机に向かって
ペンを執って
おもむろにノートを
カバンから取り出した
物語を執筆する準備は整った
ただ昨夜の疲労は
脱けきってはいない
昨日と同じだけ書くことは
到底できそうもない
その反面どうしても
今日も書きたい気持ちは
抑えることができない
この物語を読んでくれる
この物語でしか
こころ通わせる術を
ボクは知らない
ペンを指先で
クルクル回して
どうしたものか思案して
ある考えが閃いた
ひとつの長い物語を
読んでもらうより
毎日短い物語を
ひとつずつ読んでもらう方が
無理なくできる
そして無理なくできることで
キミはボクの体を
気遣うことなく
安心して読んでもらえるはずだ
十二等星のダイヤ
133/320
キミの事情を知ること
もしボクが普通に
話せたとしても
それは叶わないのではないか
そう思わせる何かを
キミから感じとる
その確証はあっても
理由は分からない
そもそもキミには
謎が多かった
そして担任にも
謎が多かった
キミと担任は一体
どういう関係なのか
単に教師と生徒の間柄では
なさそうだった
ドラマであるような
親子や兄弟とも違う
でも旧知の間柄だと
思わせるような会話をしている
真っ向からキミに聞いても
やはり話してはくれないだろう
それを知るためには
キミから話したくなるように
ボクが舞台を創るしかなさそうだ
その手段のひとつは
キミを主人公にした
物語を書き続けることだろう