#妖精と騎士の子

"あの人"が誰に想いを馳せようと

私は最期まで戦える



＿＿＿"あの人"が私の手を離す、その日まで

緋色に染まった銀糸

悲しげに揺れる碧眼

口に広がる苦い鉄の味…


"其が、命令だと言うのなら…＿＿"


触れた唇を離し少女は告げる

無機質に、唯滔々と


"……さようなら……"


離れた温もりと大きな体

私を育てた銀糸の男

汚れたスータンを纏い、男は嗤う



＿＿＿其も唯、互いに秘める確固たる感情故に

"見切りを付けたら、手を離して"


幼子の身体に似合わぬ二丁拳銃
父親の遺品となった黄色のバンダナ
汚れて破けた黒の修道服


砂埃を払い、重い拳銃を腰に掛けた少女に
男は青い瞳を揺らし
短い睫毛を伏せて彼女を見据え
唯、黙って少女の頭に手を乗せた


"………そうして、捨てて"


頭に乗せられた手を握り締め
少女は男の温もりを感じながら
男の安寧の為にそう告げる


＿＿これ以上の犠牲を支払わぬよう


成ればこそ、男は幾度目かの葛藤を

"運命の赤い糸があるとして

運命の人に会いたいと思う？"


"思わへん"


"私も"


特別深く考えることなく

返事をした"あの人"の答えが

何故か妙に心地好かった

"私は選んだ

後は貴方が選ぶだけ"



＿＿"あの人"は驚いたように私を見た

＿＿＿死以外の約束など交わせはしない＿＿



故に母は"英雄"を選び抜き

父はそうして"館"へと足を踏み入れた




…＿＿其れならば



人々の交わす"約束"は

一体何の意を成すのだろう…＿＿

緋色に染まった貴方は、美しかった

＿＿＿貴方に触れて感じた温もりは、もう無い



此の無機質な液体ですら

つい先刻まで貴方の生を肯定していたのに

"運命を変えることが出来るなどと
思うこと自体が高慢なのよ"


幾ら運命に抗おうと
別の道へ進もうと
運命の糸に手繰られてしまえば同じこと


人々の抗いなど女神にとって
たいした意を成さない


それすら女神によって紡がれた糸だと
理解出来る人間は如何程か…
理解出来ぬ大多数の愚かな人間を
母はどんな思いで見つめて居たのだろう


＿＿運命の白き糸を人間は紡げない


故に、人々は赤い糸を紡ごうと
更に愚劣な沼底へ堕ちていく

"最期まで一緒に居ることしか、出来ない"


硝子玉のような瞳
銃弾を無くした二丁拳銃
守ることの出来ない約束…


怪我をした銀糸の男を前に
少女は諦観の言葉を告ぐ


歳の割に世界を見据えた少女の人生
少女を育てた男は彼女の腕を掴み
初めて根底からの"命令"を口にする


"お前は見届けるだけでええんや

此れは命令や…お前は＿＿＿＿＿"


少女の耳元で囁かれた聞き慣れた声音
彼女の生を願う男の"命令"
血濡れた掌で男の頬を撫で
少女は最期の接吻をする


＿＿そうして沸き上がる不可思議な感情を

少女は静かに手放した

箱庭で生まれた少女
人々の娯楽の為に幾千もの時を得て
仮面の男は少女を箱庭へと幽閉する


"貴女には期待しているんですよ"


男は嗤いながら少女の姿を画面越しに眺め
少女の他に連れ出した三人の男の名を口にした


一人は少女を育てた銀糸の男
一人は紫水晶の瞳を持つ金糸の男
一人は褐色肌の緋色の王子


"…さあ、愉しませて下さいね…＿＿"


耳障りな声音
音漏れするスピーカー
三人の男に掛けられた賭け金…


"遊戯"によって生まれた少女は箱庭へと舞い戻り
人工的に作られた不気味な箱庭で
初めて両親の運命を知る…＿＿

"魂をあげてしまったら、僕はもう君に会えないのかな"


寂しげな笑みを浮かべた幼い少年
自身よりも幼い少女の達観した価値観に心揺られ
無垢な少女に魅入られた哀れな子


"…いいえ"


少年の大きな瞳を見据え、少女は幾度か首を振る


何者にも囚われず、万物を恐れぬ穢れ無き乙女
妖精と吟われた少女と騎士と呼ばれた男から生まれた悲劇の子


純真無垢で残忍な少女は
無意識下に於いて少年を救い
彼を"男"の元へと歩ませる


＿＿＿＿それも唯、魂を貰うが為に