- 不可解な殺人。 -
息が詰まる。
失くしたものは
あの日の景色に
溶けて歪んで落ちてしまった。
画面越し。
『本日15時21分、蓮は息を引き取りました。最後まで不甲斐ない息子でしたが、お世話になりました。今までありがとうございました。』
訃報。
端末でしか繋がれないような交際相手。
その母を名乗る人からだった。
白紙。
気づいた時には、視界が歪になっていた。
否定。
淡く熱を帯びた端末を握りしめ、読み返す。
変わらない文字。読み返す。変わらない。
思考。
何日か前の会話の記録。
7分間の端末を介した声。
回復への不確かさ。
崩壊。
持てる分だけ抱え込んだはずの覚悟。
心までもが歪まないようにするには足りなかった。
拙い言葉。
『ご報告ありがとうございます。こちらこそ、不甲斐ない私ですが、少しでも蓮の闘病生活の支えになれたなら嬉しいです。蓮が向こうで少しでも幸せであることを心から願っています。』
溢れている。
何度も拭った視界はずっと歪なまま。
最大限の前の向き方は酷いものだった。
不登校。
片足を抜き出し、体調すら忘れて登校した。
部活。
厳しい練習。日が沈んでもまた練習。
食事。
無い食欲を強引にかき集め、食べては吐いてを毎日。
衰弱していくこの体に鞭を打つ。
そんな毎日。
既に崩壊は始まっていた。
昇り日。
繰り返す頭痛の波に抗えず布団の中へ。
高き日。
自責の念に押し潰され乱れる呼吸。
沈む日。
思い耽っては歪に変わる視界。
夜更け月。
今にも閉じそうな虚ろな瞳。
瞼の裏から逃れようと瞳を閉じることを許さない。
自堕落な日々が1ヶ月。
微細ながら受け入れつつあった現実。
再構築。
壊れた生活も比例して直っていく。
LINEの音。
『久しぶり。俺、蓮だよ。(*^^*)』
唖然。
やっと受け入れられそうだったのに。
このタイミングで彼は天から連絡を差し向けた。
疑問。
忘れられそうだったのに。今更。何故。
言葉は止まらない。
『言いたいこと沢山あってさ。』
そう言って思い出と懺悔の言葉と綴った。
まだ、止まらない。
『あまり思いつめないで、君のせいじゃない。』
そう言って私への愛の言葉を囁いた。
否定。
揺れる心の在処を確かめ、もう一度読み返す。
あの頃と変わらない言葉遣いに顔文字。
何度読み返したって変わらない。
思考。
それでも思い返す。
不可解なものの多さに気づいてしまった。
崩壊。
見て見ぬフリした不可解が、崩れた彼への想いを作り直すことなんてさせなかった。
不可解。
変わるはずのないもの。
LINEのアイコンに背景、BGMにメッセージ。
彼が死してもそれは頻繁に変わっていた。
不可解。
彼が生まれた日。
沢山の友達からの遊びの誘い。
『これからもよろしくね』
隔された未来は希望に溢れていた。
不可解。
無知。
病名も症状も知らなかった。
余命半年、直前まで部活に励んでいた。
実は知っていたSNSアカウント。
更新されるはずのない記録が残っていた。
不可解。
『死者と生者は連絡が取れるか?』
不可解。不可解。不可解。
私的結論。
彼は『彼自身』を殺した。
私との関係に終止符を打つ為に。
人生最大の嘘。
『私も蓮のこと、愛しとるよ。』
壊れたものは直らなかった。
願わずには。
恋は盲目とはどうやらこの事らしい。
それでも願うこの感情に嫌気がさした。
7分間。
今でも7分間の音声が私に焼き付いている。
『大好きだよ、藍秘』
今となっては立派なトラウマ。
真実。
時々思う。
彼は本当に彼自身を殺したのか。
真実はもう、私には分からない。
それこそ死者に聞くでもしなくてはね。