唄子・2024-10-13
詩
詩集
空飛ぶ鯨と魚の唄
モノクロームに映る
過ぎ去りし日々の足音は
遠ざかっては薄れゆく雲のようで
繰り返して 繰り返して
それが刹那とは気付かずに
やけに喉が渇く
夜明け前
止まない雨 頬を伝って
死んでしまったあの日々を弔うように
黒いヴェールで覆い隠す
冷たくなった指先で雨雲を抱きしめて
滲む視界、貼り付いたシャツ
憂鬱な空に虹の幻を見た
空白を必死に埋めるように
もがいて、あがいて、苦しんで
何かを残したくて爪を立てる
誰かの心の片隅にでも置いて貰えたなら
雑踏が水底に沈む午前0時
部屋の片隅 膝を抱えてうずくまって
眠れぬ夜を幾つ数えただろうか
枯れ果てた日々の、帰らぬ景色をただ想い
色褪せた写真を握りしめる
何も変わらない 街は今日も同じ顔
ノイズ混じりの世界は続く
どうしようもない 夜に溺れて
冷たい床 息が苦しい
時計台の鐘が鳴り響く
降り注ぐ黄金色の光
吹き鳴らす笛の音は
終わりと始まりを告げて
天使の祝福を運ぶ
手のひらの上にそっと舞い降りた
小さな卵を希望と名付けた
漆黒のキャンパスを彩る小さな灯火たち
風になって駆け抜けた摩天楼
黒猫の道案内 辿り着いた秘密の美術館
長い静かな廊下 突き当たりに一枚の大きな絵
空泳ぐ巨大な鯨 ボーッと低く鳴く声は
僕の胸の中を掻き乱し
その絵の前で呆然と立ち尽くした
たったひとつ信じたかった
愛なんて青臭さを夢見ていた
笑いあえたあの頃を
戻れないと知るほどに
愛おしく思う
その両手で全てを救おうとするには
あまりにか細くて
自分の無力さを嘆く君は
少し憐れで、とても愛おしい
時に理不尽で、時に嘘つきなこの世界で
誰かの幸せを願うのなら
このメッセージを君へ贈ろう
透き通った陽射し
夏の残り香
別れを惜しむようにまとわりついて
またね、と振り返りながら駆け抜ける
巡る季節 瞼の裏に映す憧憬
足音が聴こえる
やがて消えてしまうのなら
散りばめた欠片のひとつだけでも
この世界に残したい
私が生きた証
黄昏が風穴を通り抜ける
ありふれた幸福を羨んでは手放した
寂しさ愛した私には
愛のうたなんて唄えないけれど
哀しみ唄うことなら出来るから
流した涙が星となり
あなたに寄り添う導となりますように
帰る場所探して
ふわふわと漂う朧月夜
ひとり宛もなく見上げた夜空
静かに、そしてやさしい月だけが見つめていた
灰色の街 浮かぶ銀の泡
月灯りのベッドへ忍び込んで
虚ろを抱いて眠る僕ら
午前二時を過ぎた頃、魚たちは夢を見る
静寂が包み込む星の涙
ひとつ、ふたつ、落ちては夜空へ染みを付けて
優しい子守唄を奏でては
今はゆっくりおやすみなさい、と
まぶたをそっと撫でた
朽ちて逝く花ならば
落ちて踏み付けられて憎めばいい
些末な感情の矛先を許せなくて
綻び始めたこの色褪せた世界を
いっそ壊してしまえればと
願うほどに
この手に握りしめた黒い釘で
あなたの胸を貫いたなら
錆びついた空に
掲げた精一杯の歌を叫ぶ
不快なノイズをかき消すように
揺れる木漏れ日が微睡んだ午後
柔らかい髪を撫でる風が
囁いた歌を口ずさむ
少し疲れたあなたの背中が
この手を望むのならば
冷たくなったその指を
温め溶かし、そっと照らし出す
小さな花になりたい