琉治 葉月 .*˚
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《私生きれない。…ごめん、琉児とばいばいしなきゃ。》
どうして君はこんな時まで笑ってるのさ。
自分が今言っていることの意味を分かってる?
《だからさ、忘れて欲しいの。》
『…は?』
《会うの、今日が最後やけん。今までありがとう。》
『…なんだよそれ、待ってよ、!』
《ばいばい。》
君は笑顔でそう言った。
足が動かなかった。
地面に縫い付けられたようにビクとも動かない。
(…なんでだよ。追いかけなきゃいけねぇんだ。)
それでも俺の足は動かなかった。
そのうちに君は遠ざかって
いつもは綺麗だと思っていた
夕焼けで赤く染まった空が
今日は何故か嘲笑ってるかのように思えた__
これでよかったんだよ。
うん、良かった。
私のことを忘れたらきっと
君はもっと幸せな人生を歩める。
《……これでよかったんだ。》
か細い声は
夕焼けの空に消えていった。
「直ぐに入院しましょう。様子を見るでは
もうどうにもなりません。
入院の準備をお願いします。」
担当医の先生は淡々とした口調でそう告げた。
心も抑揚もないその声で。
その日から私の牢獄での生活は始まった。
ALS。筋萎縮性側索硬化症。
全身の筋肉が衰え、いずれは車椅子
そしてベッドで寝たきりの状態になる。
そして数年のうちに半数の人が命を落とす。
治療法はまだない。
死から免れることはできない。
きっと君は今頃私を探してくれてるよね、
とっても優しい人だから。
…ここにいるなんて、わかるはずないか。
なんで私なのかな。やっぱり罰が当たった?
でもひとつ言えるのは
琉治じゃなくてよかったってこと。
家にもいない。あいつの家にも来てない。
ねぇどこ、どこにいるの。
あの公園にも足を運んでいない
だとしたらどこに___
空を見上げた。
《困った時は空見上げてみて。その声私受け取るから。》
微笑んで君に言われた言葉を思い出す。
『声……受け取ってよ。』
半月が過ぎた。
学校の先生から伝えられた言葉。
「松下さんは、国立病院に入院することになりました。」
『…えっ?』
どういうこと?病気?あんなに元気だったのに?
『先生、どういうことですか。教えてください』
…そんな理由で君は僕から離れたの?
居なくなるから離れたの?
そもそもなんで死ぬ気でいるの。
生きたいって叫んでよ。
僕は君のそばにいたいのに。
それさえも許してくれない?
いつも君は自分勝手だ。
『いっつもずるかっさ……。』
渡されたメモを握りしめる。
国立病院。402号室
時間が過ぎるのが遅く感じるようになった。
病院ってこんなに暇なんだ。
病院に入ったらそれはもう
''一生を終えるスタート''なんだ。
今は動く手も足も
いずれ動かなくなる。
日が昇ってやがて沈むころ
四六時中ずっと頭にあるのは君のこと。
…ばいばいしたのに。
段々と嫌気がさす。
またネガティブのルーティーンだ。
コンコン
「葉月さん、お友達が面会に来ましたよ。」
《は、はい…》誰だろう。友達?
私には友達いないから誰も来るはずないのに。
『見つけた。』
《琉治……》
どうしてここに。
随分と息が上がっている。
きっと急いで来てくれたんだ。
やっぱり君はすごいね、いつどこにいても
必ず見つけてくれる。
自然と涙が零れた。
『葉月…』
君が抱きしめた。温かいその手で。
泣いているのだろうか、
君が嗚咽しているように感じる。
暫くの間ずっと抱きしめてくれた。
先に沈黙を破ったのは君だった。
『全部…全部聞いた。それでも僕は君のそばにいたい。』
耳元で君が囁く。寂しそうな声で。
でもハッキリと、強く。
《ダメだよ、琉治。》
どうして素直じゃないんだろう。
こんな時まで私は強がって。
『僕がわがままなことは知ってるでしょ。
言い出したら聞かないって知ってるでしょ。
絶対、譲らないって知ってるでしょ。』
真っ直ぐなその瞳に闘志が見えた。
純粋なその瞳はいつも私を救ってくれた。
間違いなく、それは琉治の瞳。
《うん、そうだね。》
いつも。いつもそうだ。
君といるときは、自然と涙がこぼれる。
そして笑顔にさせてくれる。
『何泣いてんの、泣きたいのこっちなんですけどー』
拗ねて幼い君が愛おしく思えた。
《…ごめん、嘘なの、全部、全部嘘。わがままでごめん、》
『よく頑張ったね。1人でよー頑張ったね。』
君の手が私の頭に触れる。
頭を撫でて貰えるのはいつぶりかな。
《琉治…》
『ん?なに?』
《私いつか死ぬ。
それ聞いて思い出したのは琉治のこと。
どうしよう、先に私いなくなるんだって。
好きで好きで、どうしようもないから、
余計苦しくて、》
『うん。』
相槌を打つ君の声は優しかった。
だから安心して話せる。
自分の気持ちを、全部。
伝えよう。
《…離れるのなんて嫌だ。だからさ、忘れないで…》
『よく出来ました。当たり前じゃんか』
その眩しい笑顔をずっと見ていたい。
誰よりも、1番近くで。
《大好き。》
『いや、それ僕もやけんな?』
やっぱり嘘はつけない、
感情を押し殺すなんて
もう無理みたい。
歩いていこう、最期の日まで
この人と、2人で____
2018年 11月5日
ピーピーピー
容態が急変。
2ヶ月前ICUに移されたばかりなのに。
部屋に緊張する空気が漂う。
「心拍ゼロですっ…!!!」
「葉月ちゃーん、戻ってきなさーい」
担当医の先生が声をかける。
その度に葉月の心臓は動いた。
音が病室の外からも聞こえる。
俺は外から何も出来ないのが苦しかった。
最期くらい……後悔したくない。
バタンッ
『葉月、俺はずっと愛してるから。!』
必死で叫んだ。力ある限り、
振り絞った声で。
葉月の涙が頬を伝った。
その顔は微笑んでるように見えた。
「最後までよくがんばられました。」
管やチューブを外したあと
俺は葉月に最初で最後のキスをした。
その唇は冷たかった。
でも君の温もりが伝わったよ。
『最期まで、ありがとう。』
「11月5日 午後2時08分 ご臨終です。」
繋いだ手は最後まで温かかった。
君に会えたから
『僕は幸せを噛み締めることができたよ。』