同じ夕焼けを・2024-11-13
迷霧の連弾
迷霧の連弾
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キミの近くに座って
様子をうかがえば
きっとチャンスはある
そう考えていたけど
都合よくいかない
キミはバスでも
保健の先生と
寄り添って座っている
ボクはキミと同列の
前方に座る羽目になり
キミの姿を
眺めることもできない
貸切バスではないので
マナーを守らねばならず
みんな窮屈な思いで
バスの中で
かしこまっている
でもその方がボクには
ありがたかった
今は他の生徒と
談笑する気には
なれなかったので
静かに過ごしていたかった
そしてバス内での
静かな時間の反動で
キャンプ場に着いたら
こころがはずんで
開放的になることを期待した
迷霧の連弾
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シダと言っても
何も日陰の
鬱蒼とした場所に
生えているとは限らない
日常的に目にするスギナも
シダ植物に属している
その胞子茎が
春の訪れを告げる
ツクシである
今では食べることは
珍しいけど
ツクシは食用にもなり
食べ物の少ない
早春の季節に
人々の生活の
助けになっていた
他にもワラビやゼンマイも
食用にしている
シダ植物なんだよ
そして食べるだけでなく
お正月の飾りつけにする
ウラジロもシダ植物だ
シダは日本人の生活とは
大いに関わりがあるんだね
もはや先生は
シダ植物に導かれ
自分の世界に
浸っていた
そしてキミも先生の世界に
入り込んでいた
迷霧の連弾
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でもキミとこころ通ったら
想像もしなかった
素敵な未来が待っていることを
期待することを
否定などされたくない
人との出会いは
一人では築けない
大きな未来を
築き上げる奇跡を
起こし得ることもある
キミとならば
そんなことがありそうだ
そして反作用として
失うモノなどは
想像すらできない
例えあったとしても
取るに足りないものだから
そんなことを
考えている間に
ホールルームは
終わっていた
キミは坂道から
転がり落ちるように
勢いよく教室を
飛び出していた
そんなキミの背中を
見送ったボクは
こころが揺らいでいた
キミと信頼を築くこと
ボクにできる自信は
初めからなかった
あったのはそれを
認めまいとする
自分のプライドだけだった
迷霧の連弾
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先生といえども
異性なので
じっと見つめられると
どこか照れくさい
だからこそ尚更
黙々とテントを
組み立てていた
でも時折キミが
先生と楽しそうに
話している声が
聞こえてくるので
どうしてもキミの方に
視線が向いてしまう
その様子を
保健の先生が
めざとく見つけて
ボクに小声で
キミのことが気になるの
そんなことを
問いかけてきた
何の前触れもなかったので
ボクは肩を
大きく弾ませて
保健の先生を
何も言わず見つめた
やっぱり気になるんだね
保健の先生は
楽しそうに言った
ボクは少し顔を染めて
俯き加減に作業を続けた
保健の先生は
キミの方を眺めながら
気にかけてくれる人がいて
良かったね
しみじみと呟いていた
迷霧の連弾
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物足りない昼食を終え
植物観察が始まった
みんな汗だくの体と
満たされないお腹で
気怠げだった
それでも他に
何もすることはない
気を紛らわすには
都合が良かった
先生は今日は
シダ植物の観察をする
みんなの前で
何か凄いことを
思いついたかのように
高らかに宣言する
山奥に来て
この地でしか
見るとこが出来ない
可憐な山野草を
観察するものと
思っていただけに
華やかさのない
シダ植物の観察だから
みんな不満そうだった
迷霧の連弾
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教室は独特の喧騒だった
明日から夏休み
それが理由に違いはない
それほどまでに
夏休みの存在は
偉大だということだ
部活動の最後の大会が
間近に控えていても
重量級の宿題を
抱えさせられても
高校受験に向けた
様々な業が待ち受けても
夏休みという空気が
苦しみを紛らわせてくれる
キミを見つけて
席に向かった
キミは特に何も
想いはなさそうに
いつものように
静かに席に鎮座していた
ボクはおはようと挨拶して
キミにキャンプの
参加申込書を
提出したか尋ねた
キミは視線だけを
ボクに向けて
軽く首をたてに振った
素っ気なくても
何か言葉を返されると
期待していただけに
少し残念だったけど
キミとキャンプに行ける
そのことが確認出来て
嬉しさが満ちてきた
迷霧の連弾
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駅に着いたら
先生と数人の生徒が
既に着いていた
その中にキミの姿もあった
キミは女性の先生に
ピタリと寄りそっていた
キミに話しかけて
良いものだろうか
こころは葛藤するだけで
答えは出やしない
とりあえず
朝の挨拶でもしよう
そう考えて
いざキミにおはようと
声を発しようとした
でも声が出ない
終業日のように
素っ気ない態度で
あしらわれようなら
キャンプに行くのが
辛くなってしまう
開放的な季節とは裏腹に
閉鎖的な考えが
こころを凍えさせた
迷霧の連弾
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先生から出された課題を
生徒たちが提出にきた
全て正解で
歓喜の叫びをあげる者
間違ったシダを提出し
悲鳴をあげて
再び探しに行く者
ボクたちは
他人事のように
眺めてたら
先生はもうあと一人で
夕ご飯の仕事が
しなくて済む枠が
なくなってしまうぞ
ボクたちに向けて言った
キミは全く慌てることなく
せっかくのキャンプだから
夕ご飯の準備も楽しみたい
いかにもそれを
希望しているかのような
夏の日射しを反射した
曇りない笑顔で答えた
先生は喜んで
キミを見つめていたら
こちらを向いて
ボクにも同じ考えなんだな
そう問いかけた
迷霧の連弾
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テントを建ておわると
昼ご飯にありつけた
先生はコンビニのおにぎりを
みんなに配った
食べ盛りの上に
体を動かしたのに
おにぎり2個では
足りないので
みんな文句を言っていた
先生は晩ご飯は
奮発しているから
文句を言うなと
みんなを治めるのに
躍起になっていた
保健の先生が
怒ると余計に
お腹が減るから
ガマンしなさい
みんなに向けて言った
そして先生にも
晩ご飯も乏しかったら
みんな承知しないわよ
そう言って晩ご飯は
満足できる量だと
約束させて
ようやくみんな
落ち着きを取り戻した
迷霧の連弾
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いよいよキャンプ当日
8月上旬の夏真っ盛りの日
大きなリュックを背負って
学校近くの駅へと向かう
昨夜は楽しみで
なかなか寝付けなかった
朝寝坊しないか
心配していたけど
不思議なことに
いつもより早く
目が覚めていた
それでも寝不足とは
感じなかった
人は楽しいことで
感覚が痺れるのだろうか
歴史上の偉人たちは
睡眠時間が短かったらしいけど
寝る暇がないほど
忙しいのではなくて
毎日がワクワクの気持ちで
過ごしていたから
少し寝れば
それで十分なのではないか
そんな想像をしながら
足どり軽く歩いていた
迷霧の連弾
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バスはひたすら
山の中を進み
やがてキャンプ場前の
バス停に停車した
みんな一斉に
それぞれの荷物を担いで
バスを降りた
空調の効いた車内から
野外に出たので
ムワッとした
夏独特の熱気が
体にこたえた
そこへセミの
容赦ない鳴き声が
耳をつんざくので
暑さが何割も増した
先生は荷物を運ぶため
自分の車で
バスの後をつけていたけど
すぐにみんなと合流し
車のハッチを勢いよく開け
中の荷物を引っ張り出して
生徒に渡した
ボクは荷物を受け取ったら
バスの後ろ姿を見送った
迷霧の連弾
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全員がそろった
参加者は14人
生徒12人と先生2人
先生は出席確認の
点呼をして
注意事項を伝えた
その間にバスが到着して
みんないそいそと
バスに乗り込んだ
結局この間に
キミとは挨拶ができなかった
出だしでつまずいたので
もしかしたら
キャンプの間も
キミと一言も
話す機会などないのだろうか
そんな不安なことしか
考えられなかった
みんな楽しそうなのに
ボクだけか蚊帳の外だった
それでもキャンプ場は
二つ隣の町にある
移動手段は路線バス
一時間かけて
たどり着く
バスの中でも
きっとチャンスは
あるはずだ
迷霧の連弾
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先生は目的地へと
歩いている最中も
シダ植物の
魅力を語っていた
花を咲かせず
胞子で増える
昆虫による
受粉に依存せず
自らの力で繁殖する
凄く合理的なのに
なぜ植物は
花をつけることを
主流としたのか
もし花をつけることに
重大な理由があるなら
なぜ花を咲かせない
シダ植物が太古の昔から
生存し続けたのか
難しいことを
とても楽しそうに語る
キミはどう感じているのか
後ろを振り返り
表情を伺うと
瞳を輝かせて
活き活きとした表情で
先生の話に
聞き入っていた
迷霧の連弾
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周りを見ると
みんなの目つきが
変わっていた
夕ご飯の準備も
後片付けも
しなくて済む
そんな邪な気持ちで
シダの名前を覚えていた
ボクもその中の一人
一番はキミに
間違いはない
だから残り二枠を
手にしたかった
そうすればキミと
健闘を讃え合える
そんな邪な気持ちを
更に積み上げて
先生が手にしている
見本のシダの形と名前を
必死の思いで一致させる
もしかしたら
高校受験の勉強も
こんな感じなのだろうか
決して遠くない未来図が
頭の中を駆け巡る
迷霧の連弾
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バスの中で
何もしないのは
気分が落ち着かない
いっそのこと
ダメもとだとしても
何か行動をしよう
そう考えて
ある策を思いつき
早速行動に移した
ボクは席を立ち
網棚に乗せた
リュックから
ワザと何かを
探すフリをして
キミの様子を
うかがった
キミは保健の先生と
何か話している
さすがに聞こえはしない
でも何か真剣な話を
しているように思えた
ワザと探しものが
見つからないフリをして
キミを眺める時間を
稼いでいたら
保健の先生から
席に座りなさいと
注意をされたので
ボクは観念して
大人しく席に着いた
でもその一瞬に
キミがボクを見て
笑っている姿を
見付けだすことができた