『あと3分で来ないと帰る』
絵文字も顔文字も句読点もないメールの文章から、彼の本気度を感じた。いや、彼からの連絡の文面はいつも素っ気ないのだが。
それでも、そのたった一文。そこから滲み出ている怒気に気づかないほど、私は愚鈍ではない。
「や、やべぇ」
そのメッセージを、布団の中で確認した私。約束の時間はとっくに過ぎている。
ほんとにまじで仕事しろよ目覚まし時計!
「待ち合わせ場所は駅前でいい?」
そう提案したのは私だった。隣を歩く君が、変な顔をして首を傾げる。
「駅前、?」
「うん!いいでしょ?デートっぽくて」
「いや、でも」
君の足が止まる。ここが君の家である。
そしてその隣にあるのが、私のおうち。
「家、隣だぞ?わざわざ駅前で待ち合わせるのか?」
「恋愛小説でよくあるシチュエーションをやってみたいの!いいでしょ?」
「・・・別に、いいけど。ちゃんと遅刻せずに来いよ?」
「分かってるってば!」
昨日のやり取りを思い出す。ああもう、私のバカ!!
半泣きで前髪を整える。本当はアレンジ前髪をやってみたくて、色々調べてたけどそれをするにはあまりにも時間が足りない。
昨日、ものすごく悩んで決めた勝負服。
君とは、物心ついた時から一緒にいる。寝起きのぶっさいくな顔も、中学のジャージを部屋着にしているズボラなところも全部知られている。
それでも、今日だけは「かわいい」と思われたい。あわよくば「かわいい」と言わせたい!そう思っていた。
『ごめん!!!!!!今起きた!!!!!』
全力で歯磨きをしながら、君にメッセージを送る。すぐに既読がついた。やべぇ
『今、歯磨きしてます!!!!あと3分で家出るんで、待っててください!!!』
慌てて追加のメッセージ。こちらもすぐさま既読がついた。
なにも返してこないのが怖いので、クマが全力で土下座しているスタンプを送信。
そしてすぐに既読。返事はこない。こわい
ぐじゅぐじゅぺをして、鏡を覗き込む。最低限の準備をしただけ。メイクもしてないけど、このままだと初デートがおじゃんになってしまう。
そんなのいやぁあ!
申し分程度にリップだけ塗っとく。この日のためにメイク動画を見まくってたのに!
メイクをした大人っぽくて美しい私のお披露目は次回に延期になりそうだ。
バックをひっ掴んで、中身を確認する。財布さえ入ってればもういい!
『忘れ物確認してる!!!今から家でます!!どうか怒りを鎮めて待っててぇ!!』
クマが泣きながら謝っているスタンプと共に送信。即既読。だよね、知ってた。
玄関に走り、靴を履く。慌てすぎて、つんのめって転びそうになった。
そして手に持っていたスマホが震えた。ああもう、迷惑メールか?ゲームのライフが満タンになりましたよの合図か?
それどころじゃねぇんだぞ私は!
軽く舌打ちしながらスマホを開く。ぴこぴこと光っているアイコンはメッセージアプリ。
『気をつけてこいよ』
君からの返信。絵文字もスタンプもない素っ気ないメッセージ。
それを5回ほど読み返す。ニヤニヤが止まらない。
こういう所が好きだちくしょう!
私の家から駅前に行くには、バスが1番早い。私の家を出て、君の家の前を走り去る。
誰よ!隣同士に住んでるのに、わざわざ駅前集合にしたのは!
私か!
ダッシュでバス停まで走る。髪型が崩れるが、そんなこと気にしてられない。
バス停が見えた。ちょうど、止まっていたバスが走り去るところだった。
「うそじゃん!」
かなり大きめの独り言が飛び出した。通行人が私を見てくる。
だんだん減速して、最後はとぼとぼとバス停へ歩いた。私がバス停までどれだけ急いでも、バスが来なけりゃ意味は無い。
バス停横のベンチに座って、スマホを取り出す。
『目の前でバスが走り去って行きました。。。』
クマが大泣きしているスタンプと共に送信。即既読。うん、知ってた
『ウケる』
たった一言、君からの返信。
ウケねーよ!!
天気がいい。絶好のデート日和だ。
私の心には雪が吹き荒れてるけど
「ツイてないなぁ、」
独りごちてみる。そういえば、私は大切な日に風邪をひくタイプの子どもだった。
『バスきた!!!!』
『おう』
『のった!!!1番後ろの席!!』
『おう』
『動き出した!!』
『おう』
『1つ目のバス停に止まった!』
『おう』
『とびらひらいた!』
『もういい』
私は弾丸のようにバスを降りた。
駅前と言っても広い。しかも休日なので人が多い。
ここから君を見つけ出さねばならない。
人混みにひたすら視線をめぐらせる。君はどこにいるんだ?
何故だか泣きそうになった。
ぎゅっと握りしめたスマホ。ぽちぽちとメッセージを綴る
『ごめんなさい。早く会いたい』
送信。既読にならない。無性に悲しくなった、
怒ったのかもしれない。当然だ。自分から提案しといて遅刻してくる奴なんて、嫌いになって当然だ。
どうしよう。今日はもう会えないかもしれない。
それどころか、嫌われてしまったならもう二度と会えないかもしれない。
視界が歪んだ。どうしよ、泣いたって何も解決しないのに。
スマホを握りしめた瞬間、後ろからふわりと抱きしめられた。
「だから、俺は言ったんだよ」
耳元で囁かれる。私が、この世で1番だいすきな人の声。
「待ち合わせは家の前にした方がいいって」
じわりと涙が溢れた。
「お前は危なっかしいから、ひとりにするのは不安だ」
「う、」
「転んでないか?お前、3歳児並みに転ぶだろ」
「・・・ころんでない」
「いい加減、転ばないように気をつけた方がいいぞ」
「・・・受け身の練習するもん」
「努力の方向まちがってる」
べそべそしている私に気づいているのだろう。君は腕を解いて、笑った。
「そんなに急いで来なくてもよかったのに」
「だ、だって!君が言ったんじゃん!3分で来ないと帰る、って!」
君が呆れたように肩を竦めた。失礼なやつだ。
「勘違いしてるぞ、お前」
「へ?」
「俺たち家が隣同士なんだぞ。だから、」
『「家に帰ったら、お前に会えるだろ」』