【あめの意味なんて知らないくせに】
「ねえ今日なんの日か知ってる!?」
「あ~うるさいうるさい。耳元で大きい声出さないで」
耳に手を当てて、君は目をつむる。ひどい。そんなに大きい声出してないのに。
っていうかそもそも、今日がなんの日か分からないのが悪い。
ムカついたので君の脇腹を小突く。たいした力も出してないのに、君はうっ、とひとつ唸った。弱い。
今日は朝から幸せだった。
大好きな友達のみーちゃんにも祝ってもらったし、クラスのみんなもおめでとうって言ってくれた。
中にはプレゼントをくれた子もいる。
家に帰れば、私の大好きなチョコケーキも待ってるし。嬉しい。
そう、今日は私の誕生日。
私の私による私のための日、私が祝われるためにあるといっても過言でない日なのだ。
なのに。
君という奴は。
「今日はひつじの日だろ」
「違う!っていうか、なにそれ!?」
そんな訳わかんない記念日の名前は出てくるくせに、私の誕生日は出てこないわけ!?
怒りに頬を膨らませて、そっと胸の前で拳を作る。君がお腹の辺りを腕で隠した。チッ。
しょうがないので拳を下ろす。代わりに睨んでおくことにした。
お互い何も喋らないまま、帰り道を歩く。あと曲がり角を三つ曲がったら、私と君の家はすぐそこ。
君は、少なくとも小学生の頃からこんな感じだ。
私の誕生日に限って、「今日お前の誕生日?全然知らなかったなぁ」とか、「プレゼントいらないよな?いつもお前の勉強見てやってるの誰だと思ってんだ」とか言ってくる。
いやまあ後者は私が悪いんだけど。
・・・なんだかんだ言ってプレゼント用意してくれてるの、知ってるのに。
今だって、その鞄の中に小さい紙袋が入ってることを知っている。今日の朝、君のお母さんが教えてくれた。
だから楽しみに待ってたのに。
いつもはからかいながらでも学校で渡してくれるから、今年もプレゼント楽しみだな、何くれるかな、あそこのお菓子屋さんのクッキーかなとか、考えてたのに。
こんなに渡してくれないとは思わないじゃん!
曲がり角を一つ、右に曲がる。まずい。もう猶予が曲がり角ふたつ分しかない。
これは、早々に貰わなければ。
「ねえ!」
思いきり君の方を向く。急に元気になった私に、君はびっくりしたように目を丸くした。
「な、なに」
「誕生日プレゼント!もう隠さなくていいから!ちょうだい!」
「は、いや、プレゼントとかないし」
「うそ!その鞄の中に入ってるの知ってるもん!」
「は!?なんで知って」
「君のお母さんが教えてくれた!」
ほら早く!と、催促するみたいに君の目の前に手を差し出す。ちょっとお行儀悪いけど、そんなことよりプレゼントが大事。
私に渡されるために生まれてきたんだし、このまま君の家にただいまする方がかわいそうだと思う。
じっと君の顔を見る。君はよく分からない顔をした後、私から目を背けてため息をついた。
「・・・はぁ、分かったよ」
「やった!」
思わずぴょんぴょん飛んでしまう。その間に、君は鞄の中から小さい紙袋を取り出した。
「ほら、誕生日おめでとう」
「わ~、ありがとう!」
早速もらおうと思って、手を伸ばした瞬間。
君が紙袋を持った手を上にあげる。
「え、なんで」
「言っとくけど」
ぐっと、君の顔が近づいた。
「これあげる意味、ちゃんとあるからな」
睨んでいるような顔が、私の目いっぱいに映る。
あげる意味、って、誕生日だからじゃないの?
「うんうん分かってる!だからちょーだい」
「・・・絶対分かってない」
失礼な。ちゃんと分かってるし、多分。
しぶしぶ下ろした君の手から、ほとんどひったくるようにプレゼントを貰う。ほら、君の気が変わらないうちにもらわないとだし。
「見てみてもいい?」
「・・・いいよ」
頷く君を見てから、紙袋の中身をそっと取り出す。
「わ・・・これ、みんな飴?」
中に入っていたのは、飴瓶だった。蓋が薄いピンクのリボンで閉められていて、赤、黄、水色、いろんな色をした飴玉が、夕日に反射してきらきら光っていた。
小さくゆっくり、幸せなため息がこぼれる。
君のほうへ体を向ける。こんなに素敵なものをもらえて、すごく嬉しい。ちゃんとお礼を言わないと。
「ほんとにありがとう、いっぱい大事に食べるね。君はセンスがいいから――」
それ以上言葉は続かなかった。
強い力で、腕を引かれる。
思わず足がもつれる。君の方へ、体が傾いてしまって。
君の顔が目の前に現れた瞬間。
なにか柔らかいものが、唇に触れた感触がした。
「・・・へ?」
思わず間抜けな声が出る。
今、くち、もしかして、いやもしかしなくても。
「はは、変な顔」
君が私の顔を指さして笑う。普通に失礼じゃないか。
って、違くて。
「い、今、くち・・・」
頬を軽くふに、とつままれる。
「ほら、やっぱり分かってなかった。」
いや、やっぱりって、え?
頭がぐるぐる回ってなにも考えられない。なんで、いやどうして、いつから?
目まで回りそうになって、少し上を向く。
瞬間。
君と視線がぶつかった。
私を見つめるその瞳は、溶けてしまいそうなほど愛しさにあふれてて。
私の顔にも熱が集まるのが分かる。息をする度に、心臓が信じられない音量で鳴っている。
君の口が、耳元に寄せられた。
「俺がお前に飴を贈ったのはな・・・」
『お前のことが好き、って意味だよ』