突然降ってきたのは
天気雨でも夕立でもなく
真っ青な空の色をしたイルカだった。
そのイルカは子供のようだ
彼が言うには空を泳いでいたところ
偶然地上へ降り注ぐ雨雲にハマってしまい
落ちてきてしまったらしい。
僕の腕の中にすっぽりと納まって
キュウキュウと悲しげな鳴き声を上げる彼。
まるで羽毛、いや、雲ほどに軽く
少しでも強く抱き締めてしまえば
押し潰れて消えてしまいそうだった。
僕は会社の屋根に乗り物置に
しまわれていた脚立をめいいっぱい伸ばし
そのイルカを空という海に返してあげようと試みた。
しかしどうしても上手くいかない。
家族や仲間のイルカが青空から
顔を覗かせて心配そうにこちらを見ている。
「絶対帰してやるからな」
僕は脚立が倒れそうなほど、うんと背伸びし
両手を限界まで伸ばし羽のように
軽いイルカをぐぐっと抱き上げる。
ディズニーの映画こんなシーンがあったな…
なんて考えながらも奮闘していると
ぽちゃん、と空に波紋が広がった。
イルカの鼻先が、空に届いたのだ。
イルカはそのまま何度か体をくねらせそして
まるで吸い込まれるように空の海に体を躍らせた。
「やった、っ」
その瞬間、脚立からバランスを崩す。
ああ、これは…ダメなやつだ。
スローモーションで自分の体が
落ちていくのがわかる。
このまま屋根に体をたたきつけられて
そのまま地上に落ちてしまえば確実に
「し、」
そう覚悟して目を閉じた瞬間、
体はグンッと空へと落ちた。
透き通る水色の中、
呼吸が出来ることに対してなんの疑問も持たず
呆然としていると
「だいじょうぶ?」
と鈴を転がすような澄んだ声が
目の前から聞こえた。さっき助けたあのイルカだ。
どうやらこの子が引っ張って助けてくれたらしい。
「あ、ああ。助かったよ。ありがとう」
「お互いさま、だね」
イルカは子供のようにふわりと笑って
こっちよと、ふわふわとしたヒレを僕の手に重ねる。
「わたしもね、ここなら落ちちゃったの」
そう言ってひとつの雨雲をさして言う。
「ここからだとキミは安全に帰れるよ」
この雨雲を滑るように降りていけば
地上に戻れるそうだ。
「助けてくれてありがとう、優しい人間さん」
イルカはゆらゆらと空の水色の中を漂いながら
今日にひれを振って僕を雨雲の中送り返してくれた。
ーーー地上は茹だるような夏の快晴。
僕だけがまるでゲリラ豪雨に、
降られたようにびっしょりと濡れている。
さっきのはいったい。
そう思って空を仰いでも、
真っ青な空に泳ぐのは真っ白な雲だけだ。
「白昼夢でもみていたんだろうか」
ぽそりと呟くと遠くから
あのイルカの家族と仲間達の
綺麗な鳴き声の合唱が聞こえた。
いつの間にかかわいていたスーツ
不思議なこともあるものだと
僕は少し壊れてしまった脚立を持って会社に戻る。
歌うような綺麗な鳴き声がいつまでも
鼓膜の奥、心地よく響く。
いつかまた会えるだろうか。
なんでもない、いつもの日常に戻った
風景にため息を着く。
その溜め息はいつもよりも少しだけ小さく
心做しか弾んでいるかのようにも聞こえた。
「白昼夢の奇跡」
ーーー
ツカサさんのタグ、お借りしました。