HM企画STORY
物語部門テーマ…どんぐり
題名 どんぐりまん
「あっ、どんぐりー!」
僕は弱虫です。
「おい、それおいらのどんぐりだっ」
「あっ…!」
いつも跳ね除けられて転ばされる
「何やってるのよ、たーくん泣いてるでしょ!」
「うわっ、化け物コウコだ、逃げろ」
僕は自分の身を守る術を知りません。
「大丈夫?」
君を守る術もわかりません。
心の中はこんなにざわつくのに。
「大丈夫…っ」
僕は涙を拭って、君の手をとります。
君の笑顔の半分には
どんぐりのような形の赤いあざがありました。
「はい、もうとられちゃダメだよ」
君に手渡されたどんぐりには
君の温もりと強さが宿っていました。
………………………………………
「あ!どんぐりまん!」
「本当だ、どんぐりまんだ」
「おーーい、どんぐりまーん」
「今日もパトロールごくろうさま」
地上で大声で「どんぐりまん」
そう呼ぶこどもたち。
彼らの憧れの眼差しが見つめるのは確かに僕だ。
弱虫だった僕はもういない。
ナカムラコウコ
幼馴染の中村虹子から
あの日もらったどんぐりは
何か特別な力があったようで
ある日、僕はお守り代わりの
どんぐりを握り締めたら
突然まぶしいくらいの光に包まれて
気がつけば僕は
全身茶色の「どんぐりまん」になっていた。
おできのような僕の力こぶは
普段の僕の何百倍もの力が
出せるようになっていたし
ジャンプしただけで
空を飛べるようになり
50メートル走13秒の僕が
リニアみたいに早く走れるんだ。
それをいい事に僕は
世界中をパトロールすることにした。
困っている人がいれば助けられる
僕はスーパーマンになったんだ。
そのうち僕には勝手に名前がついた。
「どんぐりまん」
世界中のメディアが僕をとりあげた。
正義のヒーロー
優しいスーパーマン
そんなかっこいい代名詞イコール
僕であること。
それを知る度に
僕は小さい頃みたいな
弱虫じゃないんだと思えた。
………………………………………
僕はパトロールを終えて地上に降り立った。
スターの中にどんぐり模様のバックルを
回転させると
どんぐりまんは僕の姿に戻る。
取り返してもらったどんぐりを
虹子から受け取ったのが六歳の時。
どんぐりまんになったのは
九歳か十歳の時だったと思う。
僕はもう、十六歳になっていた。
だけど
公衆トイレの鏡に映る僕は相変わらず
なんて貧相な姿をしているのだろう。
「ずっとどんぐりまんならいいのに」
僕は僕が嫌いだった。
トイレを出て、公園通りを歩いていると
「たーくん」
僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
今、僕をたーくんなんて
可愛らしい名前で呼ぶ人間は
お母さんか、虹子しかいない。
振り返ると
「あ、やっぱりたーくん」
虹子が赤いあざのついた顔で
にっこりと笑った。
「たーくんってのやめろよ」
「変なこと言わないで?たーくんはたーくんでしょ?それ以外になんて呼べばいいの?」
「僕には匠人って名前があるんだよ」
「匠人……」
虹子は少し考えると、やっぱり笑った。
「たーくんはやっぱりたーくんの方が合うよ」
「……弱そ」
僕が卑屈に笑って自らを貶めると
虹子は首を振ってまた、笑う。
「弱いんじゃなくて、たーくんは優しいの」
虹子は昔から僕の前では
適当なことばかり言うんだ。
僕は虹子のこういうところが
大嫌いだった。
大嫌いで、大好きだった。
虹子は歩き始めた僕と肩を並べて歩く。
横顔を見てみると
虹子は真っ赤だった。
高揚しているというわけじゃない。
恥ずかしいわけでもない。
横顔余すところなく全面
広がった赤あざが目立つ。
僕が年頃の男の子で
たくましい体に憧れるように
虹子もあざのない自分に
憧れたりするんだろうか。
だけど虹子は
いつも自信満々だった。
小学の頃から度々
あざのことで弄られたが
いつも笑ってた。
顔が汚れてると言われても
「おしゃれしてるの」
そう笑って返していたし
血だらけお化けと笑われても
「血流れてない人いたらびっくりだね」
そうとぼけられる素質をもってた。
僕だったら…耐えられない。
虹子を見つめた。
じっと見つめていたら気がついた。
「虹子のあざ」
「ん?」
「前からこんなに黒くなってた?」
真っ赤なりんごのようなあざだったのに
顎の骨の辺りが絵の具でも吹いたように
黒いホクロのような細かい斑点が出来ている。
「そう?黒い?赤じゃなくて?」
「うん、黒子みたいな小さいのがいっぱい。それになんだか少し、盛り上がってるみたいだよ」
「えー?そーなの?赤に黒の模様なんてかっこいいね!神様また私にプレゼントしてくれたんだ」
「プレゼント?」
「そ、命もプレゼント。このあざも、プレゼント。だってさ、例えばどんなに長い間離れて、歳とっちゃってお互いの顔がわからなくなっても、たーくん、このあざがあれば私のこと忘れないでしょ?」
「まぁ」
虹子の顔がどんなに年老いても
わからなくなるなんて事は無いと思う。
でも、そんな事は恥ずかしくて言えなかった。
僕はただ、うつむいて道を歩んだ。
虹子は空を見上げて言う。
「だからきっとあざの中の黒子もきっとプレゼントだよね」
ふいに虹子が手を差し出した。
「何?」
「手、つないでー」
「は?やだよ」
「えー、何?たーくんもあざ女とか思ってるー?」
「…そんなこと」
ごめんね、冗談。そう言って
虹子はあははと声を上げて笑った。
嫌なわけじゃないのに。
あざ女なんて思わない。
僕は虹子の事が…
そんな感情、まさか言い出せず
心の奥底に押し込んで
僕らは隣同士の家を目指し
帰路を歩んだ。
僕は二人の距離が切なかった。
………………………………………
「DONGURI,MEN!!」
「DONGURI,DONGURI!!」
耳に痛いほどの声援を受けて
僕は、アメリカで鉄道事故を
起こした車両撤去のお手伝い。
幸い死者は居ないようだが
怪我人が多い。
血だらけの人達が大勢いた。
どんぐりまんでなきゃ
恐くて、人助けなんて出来ただろうか。
どんぐりまんになれる魔法のどんぐりは
僕が大好きな自分になれるアイテムだ。
勇気を出せる奇跡のアイテムだ。
僕はその日、大忙しで
家に帰った頃にはもう
22時を回っていた。
へとへとで、玄関から
そのまま僕の部屋へ向かおうと
階段を登ろうとした時
リビングから
険しい顔をしたお母さんが出てきた。
「たーくんっ」
「驚いた、何?」
僕は目を剥き出して
勢いのあまるお母さんに聞く。
「何じゃないわよ、虹子ちゃん入院したの」
「え?なんで?」
虹子が、入院?
きょとんと目を置いた。
「虹子ちゃんのあざ、癌化しちゃったんだって」
脳裏に黒い絵の具を
吹いたようなあざの上の
黒子が浮かんだ。
「ガン?なに?」
頭がついていかない。
「厄介なものみたいよ。手術だけではだめなんだって」
「あぶない、ってこと?」
「…どうなのかしらね」
お母さんは、心配そうに首を捻った。
だけど、そんな返事じゃ
虹子の様子は何も、わからない。
神様のところへ行きたかった。
行って聞きたかった。
虹子は助かりますか。
どうして虹子なんですか。
あんなあざを与えられて
それでも心無い言葉を
笑ってはねのけてきて
黒子すらも神様からの
贈り物と言っていたのに
どうしてあなたは
その黒子を…癌にしたのですか。
掴みかかりたかった。
その日僕は、眠れなかった。
…………………………………………
「今日こそ虹子ちゃんのところに行きなさいよ。今週末、手術なんだから…」
お母さんの言葉に僕は反応することなく
朝食のパンを口の中に詰め込んだ。
「聞いてるの、たーくん。虹子ちゃんたーくんのこと待ってるんだって。元気づけてあげて?」
「……行ってきます」
「もうっ、これだから反抗期は嫌いよっ」
虹子が入院したと聞いてから
二十日が経とうとしていた。
何度も、病院に行こうと思った。
でも、出かけると必ず
病院の前で足がすくんだ。
虹子が難しい癌なんて
実感したくなかった。
時間が経てば経つほど
今、虹子はどんな姿でいるか
今、虹子は苦しんでいないだろうか
今、虹子は泣いているのだろうか。
次から次に湧いて出る悪い予感は
あっという間に心を埋めつくして
病院へ行こうと思うことすら
躊躇するようになっていた。
本当は虹子に会いたかった。
会って、飛びっきりの笑顔で
「大丈夫だよ、虹子は助かるよ」
そう言ってあげたかった。
僕はいつの日も勇気足らずだ。
電気屋さんの前でふと耳にする
ニュースキャスターの声。
「どんぐりまんどうしたのでしょうか」
「姿を見たという情報が全くありませんね」
「町の子どもたちも心配そうです」
「そうですね、どんぐりまんはみんなのヒーローですから」
何が、ヒーローだ。
本当のヒーローは、
どんなに辛い事があっても
みんなの安全と平和を願い
勇気と責任感をもって
ヒーローで在り続けるものだろう。
僕はすっかり忘れていた。
虹子の病気を知って
動揺して恐くて……
ヒーローである自覚すら
なかったのかもしれない。
でも、思いついたんだ。
どんぐりまんなら
虹子のところへ会いに行ける。
虹子にとりかえしてもらったどんぐりは
きっと僕に力を貸してくれる。
どんぐりまんは、いつだって
僕に勇気をくれたから。
どんぐりまんになって
虹子を励ましに行こう。
思い立った僕はそのまま路地裏に入り込み
制服のポケットに
入れたままになっていたどんぐりを
強く握り締めて
虹子の病院へ向かって、飛び立った。
……………………………………
虹子の病室の番号はお母さんが
口を酸っぱくして言うのでわかっていた。
窓の外から覗き込む。
虹子は向こうをむいて
布団をかぶり、眠っているようだった。
窓を確認すると
1箇所、掛け忘れの鍵がある事に気がついて
僕はそこから虹子の病室へ入ることにした。
「誰!?」
静かに開けたつもりだったのに
虹子に気付かれてしまった。
虹子の落ちくぼんだ目と
サングラスの中の僕の目が合う。
「や、やあ」
「どん…ぐりまん…?」
「そうだよ、どんぐりまんさ」
どうしたって声が上擦ってしまう。
虹子の顔は疑念に満ちていた。
「どうして…?」
「そ、それはね、虹子…ちゃんが病気で苦しんでいる事がわかったからさっ」
「だから、何よ」
「虹子ちゃんを、なぐさめたく……でぇっ!?」
全て言い終わる前に
顔面めがけて枕が飛んできた。
どんぐりまんとしたことが
避けられずに顔面ストライクだ。
トサッと枕が足元に落ちた。
僕はそれを拾い上げて
手渡そうと虹子を見た。
「……っ、うっ、うう」
僕は目を見張った。
いつも笑顔の虹子が
僕の目の前で泣いていた。
どんぐりまんを睨みつけながら
目いっぱいの涙を溜めて泣いていた。
僕の頭は、一気にフリーズして
何も物が言えなくなってしまった。
虹子は涙に濡れながら
震える声を絞り出す。
「私が来て欲しいのはあなたじゃないっ。私が来て欲しかったのは…幼なじみ。臆病だけど、優しいの。ぶきっちょだけど、優しいの。恥ずかしがりで憎まれ口も叩くけど、優しいの。みんな私のあざを見て離れてく。でもたーくんだけは違うの。ずっとずっと私の…私の側にいてくれたの……ずっと辛かった、でもたーくんがいたから今まで笑って生きてこられた、た…くん、たーくん、たーくんに会いたい、会いたい」
とぎれとぎれに、息をつき
とぎれとぎれに、想いを語り
とぎれとぎれに、たーくん、たーくんって
僕のあだ名を呼んでいる。
僕は馬鹿だ。
大馬鹿者だ。
もう、勇気なんていらない。
今、欲しいのは
虹子を抱き締められる、僕自身の体だ。
僕は、静かにスターどんぐりの
バックルに手を伸ばした。
そして、ゆっくりとそれを回転させる。
カチッ
音が鳴ると、どんぐりまんは僕になった。
「虹子…?」
顔を覆った虹子の側に
静かに近づいて
その腕に手をかけた。
「え…?」
涙でべしょべしょになった、
虹子の顔が僕を見た。
「たー…くん?」
「ずっと頑張ってたね。知ってたよ」
やっと言えた言葉。
ずっと、虹子が頑張っているのは
わかってた。
虹子の目からは
また大粒の涙が流れた。
「たーくん…たーくんっ」
「虹子…」
僕は、虹子をしっかりと抱き締めた。
泣いてる虹子は、なんて小さくて
なんて頼りないんだろう。
「たーくん…私、死んじゃうよ…怖いよ」
これが虹子の本音。
「ずっと我慢してきたのにどうして私ばっかり…」
それが虹子がずっと抱えてきた想い。
僕は虹子を一際強く抱き締めて、言った。
「虹子は死んだりしないよ…」
僕の言葉に、どれ程の力があるのだろう。
「虹子は病気を治して、僕と付き合って、僕と結婚して、僕との子どもを生むんだよ」
勝手に漠然と考えてきた夢のまた夢。
まずは想いを伝えないといけなかったのに
虹子を失うのが恐かった…。
「たーくん…私のことが、好き…なの…?」
この期に及んでも
虹子にアシストしてもらうなんて…
格好悪いったらない。
僕は涙を落としながら
「うん…っ、うん、虹子が好きだ…っ好きだよっ」
そう、何度も、何度も虹子に伝えていた。
肩を震わせた虹子は
やがて僕を優しく引き離すと
僕の顔をじっと見つめてこう言った。
「私も…ちっちゃい頃からずっと…たーくんが好きだよ」
「ずっと両想い…だったんだね」
「たーくん…来てくれて、ありがとう…」
涙が零れ続ける虹子のあざのある頬は
朝露に光るりんごのように綺麗だ。
「僕…虹子のあざ、好きだよ」
何の飾りもない気持ち。
「あざのある虹子が大好きだよ」
少しでも伝えたい。
「強く生きる、虹子が大好きだ」
一度、伝え始めたら止まらない。
僕はこんなに感情豊かだったのかと思うくらい。
虹子も照れ笑いしちゃうくらい
僕は、僕になれた。
二人でやまほど泣いた後、
ベッドに腰掛ける虹子の肩を抱きながら
とりかえしてもらったどんぐりを取り出した。
「虹子…これ覚えてる?」
「幼稚園の時の」
「うん…虹子がいじめっ子から取り返してくれたどんぐりさ、今まで僕のこと、ずっと勇気づけてくれたんだ」
「どんぐりが?」
「うん、きっと虹子の強さがどんぐりに移ったんだと思う」
そう言うと、虹子は、やっと笑った。
虹子らしい笑顔を見て、僕は心底安心した。
そして、僕はどんぐりを
握り締めて力を込めた。
「んーーーーーーっっ!」
気張るように唸りながら
大袈裟に力を込めた。
くすくすと笑う虹子の手をとると
力をこめたばかりのどんぐりを
ころん、と落とした。
「…たーくん?」
「それ、あげる」
「え?」
「長いことお守りにしてたけど、もう僕には虹子がいてくれるでしょ?」
「…たーくん」
「僕の力も込めておいたからきっと虹子を守ってくれる」
虹子はおどける僕に微笑むと
どんぐりを包み込んで大きく、息をついた。
「たっくん」
「うん」
「このどんぐり」
「うん?」
「すごーく…あったかいね」
また涙を零しながら
それでも虹子はえへへと微笑んだ。
…………………………………………………
虹子は、あざを持って生まれた。
癌になった。
でも、いつだって負けなかった。
それは僕がいたからだという。
僕はひ弱に生まれた。
いじめられもした。
いつも何かに頼っていた。
だけど虹子のどんぐりが
僕に勇気の種をくれた。
そして虹子が僕の生きる理由になった。
長い闘いはここからはじまる。
虹子は病と
僕は自信のない自分と。
どんぐりには頼らず
どんぐりまんみたいな力は持たなくても
僕はこのひ弱な手で
誰かの命を救ってみたい。
僕は医者を、目指そうと思う。