〔 鷹は海月になりたかった 〕
『どんな気持ちだと思う?』
「何が?」
放課後の教室
補習のプリントを
必死に消化している私に
成績学年トップのクラスメート
成宮 綾人 君が話しかけてきた
『親が鳶な鷹』
言葉の意味が上手く理解出来なくて
首を傾げて見せる私の前の席に
ドカッと腰掛け
つい先程返却された自分のテストで
紙飛行機を折り始めた綾人君が
面倒くさそうに口を開く
『鳶が鷹を産むって言葉知ってる?』
"トンビが鷹を産む"
それは確か、平凡な親から
優れた子供が生まれた事の例え
「うん、知ってるよ」
じゃあ話は早い。と
紙飛行機を折る手を止めず彼は言う
『親より遥か優れた能力を持つ鷹は
どんな気持ちだと思う』
私は少し考えて、正直に答える
「私は多分
トンビに産まれたトンビだから
タカの気持ちは、よく分からない」
私の答えを聞くと
綾人君は感心したように
へぇ、と呟いた
『お前、面白いな』
「え、どこが?」
むしろ、彩花ちゃんはつまらない
ってよく言われるんだけどな
『鷹なんだから幸せなはず、とか
自分の価値観の押しつけも
決めつけもしないとこ
気に入った』
何故か気に入られた
この場合返事は
ありがとう、でいいのかな
『よし、できた』
なんて言葉を返そうか
私が熟考している内に
彼は紙飛行機を作り終えていたらしく
満足気な顔でこちらを見ていた
「それ、どうするの?」
興味本位で尋ねてみる
『海行ってすっ飛ばす』
「ええぇ?!」
勿体ない!と私は叫ぶ
「貴重な百点を海に飛ばすなんて…ッ」
勿体ないよ!と繰り返し叫ぶ私
また面倒くさそうに
あのなぁ、と口を開く綾人君
『鳶のお前には貴重でも
鷹の俺には当たり前なの』
だから要らねぇ
彼はそう続けた
「えぇぇ…
でもそんな事するくらいなら
名前のとこだけ消して私に頂戴よ」
『何で?』
「親とか友達に見せて
タカの気分を味わいたいから」
半ば本気でお願いしてみると
綾人君は一瞬目を丸くして
それから大層愉快そうに
今まで聞いた事が無いくらいの大声で
お腹を抱えて笑い出した
「え、なになに?
何でそんなに笑うの??!」
大混乱の私を他所に
ひとしきり笑い終えた彼が
はぁ、腹痛てぇと言いながら
紙飛行機にしたテスト用紙を
私に差し出した
『久々にこんな笑った
だから、お礼にこれやるよ』
「え、本当に貰っていいの?」
『ん、いいよ』
その代わり、と綾人君は言う
『その代わり、感想聞かせてよ』
「感想?」
『そ。
鷹になった感想』
「わかった」
『サンキュ
じゃ、また明日
補習がんば』
「うん、また明日
…うぅ、頑張る」
『あ、あとさ』
「うん?」
『その補習のプリント
解答欄一個ずつズレてるよ?』
「…え?
えぇぇぇぇ?!
何でもっと早く
教えてくれなかったの?!?!」
絶叫する私を見て
綾人君は再び大爆笑した
『いやいや俺も今気づいたんだよ』
「嘘!絶対嘘!」
ニヤニヤしながら
じゃあ頑張れよー。と
教室を後にした彼に
うるさいわー!!と叫んでやりたかった
__
綾人君に
満点のテストを貰った日から二日
帰り支度をしている私に
彼が話しかけてきた
『お前、今日暇?』
「え、あぁ、うん一応」
『じゃあちょっと顔かせ』
「良いけど、どこ行くの?」
『海』
「なんで?」
『いいから来い』
__
『で、どうだった?』
海に着くなり綾人君は私に尋ねた
「何が?」
『鷹になった感想』
「あぁ
友達には補習受けてたからバレたし
親にも
「あんたこんな字上手くないでしょ!」
ってバレちゃって
結局タカになれなかったよ」
『お前本当馬鹿なんだな』
「うるさいなぁ」
良いな、と綾人君は呟いた
『鳶は仲間がいていいな
分かって貰えていいな
もし俺に才能があったとして
それを差し出せば
仲間ってやつが出来るなら
喜んで差し出すのに』
"鳶はいいな"
「タカは大変なのね」
『分かってくれる?』
「大変さは理解できないけど
苦しんでるのは理解出来る」
『ありがと』
「うん」
『俺さ、鷹は疲れたから
次は海月になりたいな』
『もう何も考えたくねーから』
「クラゲって何も考えてないの?」
『そ、脳がないから
考えられないんだよ』
流石物知りだなぁ、と私は感心した
『そーいや、お前名前なんだっけ』
「彩花」
『イロハか』
確認するように呟く
『彩花』
「ん?」
『___?』
「うん」
『______』
__
あの日
二人で海に行った日
私達は何時間か語り合ったあと別れた
そして、数日後
綾人君が亡くなった
トンビの群れは今日も話す
『自殺だってさ』
『海に飛び込んだらしいよ』
『何でだろうな』
『さぁね』
『天才様の考えはよく分かんねーよ』
本当だ
タカの貴方を
誰も分かってくれない
キミ
"鷹"が飛ぶには
この世界は少し、狭すぎたね
『俺さ、鷹は疲れたから
次は海月になりたいな』
『もう何も考えたくねーから』
『彩花』
「ん?」
『一つ頼み事していい?』
「うん」
『俺の気持ち、分かって欲しい
誰にも伝えてくれなくていい
覚えとく必要も無い
ただ一瞬でもいいから
わかって欲しい』
「綾人君」
海に向かって声をかける
「お疲れ様」
「頑張ってるね」
「辛かったね」
「そう言って欲しかった
それだけなのにね」
綾人君。
クラゲに飽きたら
またタカになってくれないかな
その時は
私があなたに言うわ
「お疲れ様、頑張ってるね」って