灰谷 椿・2022-01-19
亡き人
2022.
♡
〝逃げよう〟の4文字さえ言えば
君の命は救われるはずだった
白い肌
長い髪
透る声に
冷たい手
全部、全部、覚えているのに、
それなのに_。
今まで耐えれた事が偉い
そのまま『お疲れ様』と言って
良くやった、頑張ったんだねって
もし君が星になったのなら
流れないでずっと
僕を照らしていて_。
もし、神様になれたら
自分のことはどうなってもいい
二度と会えなくなった彼を
再びこの世界に呼び戻す
彼と家族が笑顔になれるように
もし、神様になれたら
世界から少しでも病気を無くしたい
彼のように亡くなる人も
私のように
何も出来ずに泣くしかできなかった人を
生まないように
ありがとうって言いたかった
いつだって君に比べれば
私の痛みなんて
これっぽっちも痛くなんてないはずなのに
痛くて痛くてたまらない
君は痛みに解放されて幸せなのかな
それとも不幸なのかな
人間がこの地球で
自由に行動するように
地球も気にせず
自由に生きるのだね
ふと窓の外の景色をみる
紺色の空が広がっていた
どうやら今は夜らしい
いつか絶対帰る場所
あの子に会うのはまだ先みたい
今はまだこの空の下で
落ちる椿に愛を伝えてみても
さよならの痕は癒えなくて
あなたを好きだと知った時
あなたはもう居なかった
日に照らされて
光る派手髪が
あなたに似合いすぎていて
私の瞳から
想いが零れてしまったの
あなたが愛した全てを愛せる人になりたい
こんばんは。
晴れのち曇りです。自分語りをさせてもらいます。
私は生まれてからずっとA県に住んでいました。
でも、小学5年生で隣県のB県におばあちゃんをA県に残し引っ越しました。まだA県のお家にはおばあちゃんが残っていたので毎週のように帰っていました。
私は友達が少なかったので帰ったら兄と家に来る兄の友達と毎日のように遊んでいました。
その友達は私が小学校低学年からの仲ですごく優しくあまり怒っているところを見たことがない。そんな人でした。兄が高校生になり、A県よりに住んでいた所から、A県に着くまで4時間もかかるところに引っ越すことになりました。それからはおばあちゃんの家へ帰ることも減り、長期休みにたまに帰る程度になっていました。それでも長期休みになれば兄の友達は当たり前のように家に来ていました。朝9時には家にいて、6時になったら帰る。そんな生活でした。それが当たり前でした。そして今年兄が大学生になったこともあり、おばあちゃんの家から通える学校だったのでおばあちゃんの家に住み始めました。それからは授業のない日は毎日来ている。と聞いていました。
私はその兄の友達が家族的な意味で大好きで毎日"好き!!"と伝える程でしたし、本人も"はいはい"って感じでした。
そんな今年のゴールデンウィーク。
その人が入院したと聞かされました。
前から腕が痛いとは聞かされていたものの、
腕が痛いだけでしょ?入院って言っても大丈夫でしょ
なんて思っていました。
7月7日学校行事でバレーボール大会をした日、
帰ってから母にその人が亡くなったのを聞かされました。まだ大学生に入ったばかりだし。まだ18歳になったばかりだし。まだまだ。若いんだし。
甘い考えでした。その日のうちにA県に行き、
火葬の直前顔だけ見させていただきました。
ただ突っ立って声も出ませんでした。
最後なのに。6月の最後またゲームをしようねなんてLINEをしたのに、きっとその言葉も彼を苦しませたのではないか。ずっと脳の中を這い回っています
会いたさと後悔が心を支配して、私を7月7日から動かしてくれない。
これも1種の幸せ…と思うことしかできません。
死にたいわけじゃない。
君がいないこの世界からいなくなりたいだけ。
君がいるその場所に行きたいだけ。
君の隣にいたいだけ。
君に会いたいだけ。
近道する方法もあるけど、思い出話を沢山できるよう
少し長くなるけど待っててね