【小説】
『やまと!かーえーろっ!』
その声に顔を上げると、ピンクのランドセルを背負った幼馴染みが、教室のドアから手を振っていた。
『もゆ!うん、いま、いく!』
僕は慌てて、教科書たちをランドセルにしまいこむ。
すると、クラスのボスと呼ばれている男子が、僕の前に立ちはだかった。
『おい、はやみ!おまえ、あそうさんとふうふなのかよ!いっつも、そうやって、なまえでよんでんだろ』
途端、周りの男子が爆笑して、手を叩く。
『ふーうーふ!ふーうーふ!!』
やめなよ、という女子の声が、小さく聞こえる。
ああ、嫌だな。この空気。僕が反抗しても、何しても、やめないんだもの。
思わず俯いた僕に、叱りつけるような声が飛んできた。
『だからなに!?』
ボスの、笑顔が消えた気がした…見てないから、分からないけど。
『わたし、あなたたちってだいっきらい!いっつも やまと をからかうんだもん!それに、やまととはふうふになるもん、べつにいいでしょ』
萌結が、ズカズカと教室に乗り込んできて、僕の腕を取る。
『じゅんびできたら、いこ?きょうのおやつはドーナツだよ!』
『…うん』
僕は、そんな彼女に、情けなく笑うしかできなくて…。
『…ごめんね』
帰り道、ポツリと呟いた言葉に、彼女は僕の顔を覗き込んできた。
『えっ?』
『きょうも、もゆ にまもってもらったから…。…まもるのは、おとこのやくめなのに…』
そう言うと、萌結は首を傾げたあと、ちょっと笑って、それから、繋いだ手に少しだけ力を込めて、言った。
『いまは、わたしが やまと をまもれるけど、おっきくなったら、おんなのこは、おとこのこにかてなくなっちゃうんだって。だから、やまと は、おっきくなったら、わたしをまもってね』
誰よりも可愛くて、誰よりも強くて、誰よりも優しい幼馴染み。
きっと、もう、この頃から、好きだったんだな…。
「…大和?」
背後から聞こえた声に、ゆっくりと身体を起こす。
「ん…」
「あ、寝てたの?ごめんね、起こしちゃって…」
「ううん、大丈夫」
隣に座った彼女を緩く抱き締めると、控えめな力加減で、心地よい香りと抱擁が返ってきた。
「あ、小学校のときのだ」
僕が何気なく開いていた、小学校の頃のアルバムを見て、萌結は微笑んだ。
「懐かしい?」
「うん。…ふふっ、わたし、結構やんちゃだったよね」
「そう?今も変わってないよ」
今の会話の中で、何が気に食わなかったのか、彼女は少し顔をしかめた。
「…落ち着いたと思ってたんだけど」
ほら、そういう頑固なとこ。変わってないよ。
「萌結は変わってない。昔から、ずっと可愛かった」
そう言うと照れるとこも、変わってない。
「…ね、萌結」
「なあに?」
大きくなった、彼女の腹部に手を添える。
「…今度は、僕が守るからね」
すると、意味が通じたのか…萌結は、僕の奥さんは、相変わらずの可愛らしい笑みで、頷いてくれた。