「毒に花束」
小説
突然だが、
僕の友達は
余命判決をされている。
彼の砂時計は「残り1ヶ月」
そう指したまま止まっている。
…いいや、止まって見えている。
彼は今日は異常なく元気に笑っている。
病院の窓を見つめて
桜の花が満開になるのを待っている。
今日は3月17日。
まだ桜の花はつぼみだけを咲かせている。
「今日も来てくれたんやね。」
『まあ、暇やしなあ。』
「あんたの暇に、感謝しなきゃやなあ。」
『なんの感謝や』
「俺も知らん笑
なあ、今日はどんな話聞かせてくれるん」
彼はいつも自分が来るのを待っている。
彼の今言った「どんな話」というのは
毎日お見舞いにきたついでに
僕のくだらない話を聞かせることだ。
彼はこれが楽しいという。
彼が余命判決をされる少し前からやっていた。
僕はそんなに楽しくないけれど
彼が楽しいのならそれでいい。
『今日はなぁ…
そうやなあ…
桜の話でもしよか。』
「さくらあ?
ああ、病室からも見えるやん」
『そーや。
そんな桜の話や。
なあお前は、桜の花言葉って知っとるか?』
「ほああ?
そんなん知っとるわけないやん」
『やと思った。
桜の花言葉はな、』
「…けほ」
『?』
「けほっ、げほっ…
すま、ん、せんせーよんで、」
『は、大丈夫や!?
せ、先生!!すみません、いますぐ
きてもらえませんか!!』
がちゃっ、
「げほ、ケホ、
う、っ、けほ、」
そして僕は先生を呼びに行った。
そのあとは先生がなんとかしてくれただろう
そこからは僕はなにもしてない。
先生に「今日は遅いから帰りなさい」
そう言われたので仕方なく家に帰ることにした。
『体調、大丈夫か』
既読の付かないメッセージ。
もう寝てしまっているだろうか
あんなに咳き込んでいたんだ、仕方ない。
大丈夫かなと心配性の癖が出てくる。
落ち着かないとどうも爪を噛んでしまう
あいつにもよく指摘されていた。
「大丈夫や。
なんや、俺の事考えとったんか?
今頃俺の事心配して
爪噛んでるなろうなーって思って
しかたなーく連絡してやったわ」
こんなに心を撫で下ろせるような
LINEの通知は初めてだ。
メッセージを打てるほどには大丈夫だとしんじよう。
「心配すんな。
また会えるから」
次の日
彼は病室に居なかった。
桜が満開になるのを待っていた
彼の目は今は閉じたまま。
違う部屋に移されて
暖かくなってきている中
深々と布団をかぶっている。
しわさえないほど
綺麗に整えられた掛け布団
彼は穏やかな顔をしていた。
彼は桜の花びらのようになってしまった
散ってしまったんだ
どこか遠くへ
彼が昨日まで寝ていた病室のベットは
早々看護師さんによって片付けられていた
昨日まで通っていた部屋
昨日まで笑っていた彼がいた部屋
全体的に真っ白い壁に
整えられたカーテン
いつもは僕が来るのを待っているかのように
ガバッと開いているのになあ。
「あの。」
後ろから女性の声がした。
この部屋の片付けをしていた看護師さんだそうだ。
「昨日、この部屋にいましたよね」
『ああ、いました。
昨日までいた男の友達です』
「ああ、よかった。
あの人が、これを渡して欲しいって」
そんな看護師さんから手渡しされたのは
「いままでありがとう」
とひらがなで書かれた
一言のメッセージカード
そして一輪の「紫苑(しおん)」の花。
こう言っても僕は花には詳しい方。
紫苑の花言葉なんて知ってるさ。
「あなたを忘れない」
僕が彼に言った「桜の話」
その話にでてきた「桜の花言葉」
ネタバレをしてしまうと
「私を忘れないで」
さて、彼が
桜の花言葉を知っていたのかなんて
今の彼に聞きようはない。
花がいっぱいな棺桶に入った
彼の穏やかな顔立ちを見た。
『ほんとに忘れんなよ。』
彼からの返事が無いのは
これが初めてじゃないかなんて
今涙を流してしまったら
彼に笑われてしまうのだろうか
いいや、彼が笑ってくれるならば
僕はいくらでも泣こう。
膝を落とした。
涙をこぼれ落とさないように
目を出来るだけ閉じぬよう
床を見つめて歯を食いしばった。
その時初めて気づいた。
「心配すんな。
また会えるから。」
きっと彼は
もう僕に病室で会えないのが分かっていた
「次は来世で」ってか。
あいつも変なこと言うようになったなあ。
僕の嗚咽に喉が焼けそうだ。
痛くて熱くて死にそうで
ああ、いまなら死んでもいいんじゃないか
昔は苦しまず死にたいと思っていたけど
いまなら彼に追いつきそうだ
ああ、こんなこと言ったら
きっと彼に怒られてしまう。
『ほんと、世話がやけるやつや…』
彼が散って49日間
毎日あの病室に通って
同じ場所で「あの話」をしていたのは
きっと僕と彼以外知らないだろう。
「世話焼きで、ごめんなあ。」
メッセージカードのうらには
こう書いてあった。
-----------------------------
♯毒に花束
END