ー騒がしい日々がすぐ近くにー
「シェイクスピアと言ったら何を想像する?」
視聴覚室に並べられた机と椅子。
そして目の前にある小さな舞台。
彼女は僕の目を真っ直ぐ見ながら問いかけた。
「シェイクスピア…か。恋愛観すごそうな人かな」
「…ぷっ、あはははは。何それ。いくら宇津野でもその答えは意外すぎだよ、あはは」
舞台の上でクルクル回っていた彼女は足を止め笑い始めた。いや笑ったせいで足が止まったのかもしれない。
「そんなに笑うことかな、君も思わないかい?役者なら彼の作品は演じたことがあるはずだ。いや、演じたことはなくても読んだことぐらいあるだろう。あんな世界観を描けるのは普通の人には分からない恋愛観だよ」
僕に意見を聞いてきたくせに笑い転げて話なんてひとつも聞いちゃいない。
笑いが収まったのか深呼吸をしながら目尻に滲む涙を拭う。
その姿は僕が初めて彼女と話したあの日の光景と重なった。
「マクベス夫人を知っていますか」
劇場に響く声。凛とした背中優雅な立ち振る舞い。
一瞬一瞬を閉じ込めておきたい衝動に駆られる。初めてそんな感情を抱いた。
マクベス夫人について語る劇。
いや、劇というよりも朗読に近く感じた。
どちらにせよ、そこにはマクベス夫人が存在した。
75分
瞬きをすることも無く終わった。
圧巻された。息の仕方を忘れたんじゃないかと言うぐらい圧倒された。あれが同い年の子の演技力なのかと
劇場の雰囲気からして彼女の力がどれほど凄いものかがわかる。
隣に座るお爺さんはしきりに拍手をしているしステージ前に座るお姉さんはハンカチで目元を拭っていた。
彼女は凄い。
それが第一印象だった。
外はもう茜色に染まっていた。
冷たく凶器にすらなりそうな風が首を撫でる。
鞄にしまっておいたマフラーを取りだし今日の晩御飯を考えていた時肩を叩かれた。
「君、うちの学校の生徒だよね」
先程までよく見ていた顔。大勢の注目の的だった彼女がいた。衣装から着替えたのか紺色のセーラー服に身を包んでいる。
「そう、だけど」
「わざわざ見に来てくれてありがとう!!もしかして君演劇に興味あったりするの?」
少し、驚いた。僕はクラスでも大人しいタイプの人間だ。良くも悪くも目立つことなくその場に静かに溶け込むようなタイプ。そんな僕の存在をきちんと認識していることに驚いた。
「いや、別に興味があったわけじゃない。たまたま君の顧問からチケットを渡されたから見に来ただけなんだ。でも、面白かった。初めて演劇をちゃんと見たけど飽きることなく楽しめたよ」
「あっはは、そうなんだ。あの先生強引なとこあるでしょ、?」
「確かに、そうだね。プリントを届けただけなのにお礼として、ってチケットを受け取るまで帰してくれなかった」
「んふっ…!君可哀想すぎるでしょ!!」
今の話がツボにはまったのか彼女が笑い出す。
背中を叩いてくる力が強くてちょっと痛い。
「まぁ、楽しめたから問題ないんだけどさ」
目を丸くする彼女。それも束の間頬が溶けるのではないかと言うぐらい緩ませて笑ってくる。
「ふふっ、嬉しいなぁ…!ねぇ、やっぱり演劇部入らない?!」
文脈が理解できなかった。今の話のどこから入部の話になるのか、
「いや、別に演劇に興味があるわけじゃ、」
「でもでもっ!面白かったんでしょ??」
「まぁ、ね」
「じゃあ入ろうよお願い!!部活の危機だから…!!」
彼女の言う部活の危機とは単に部員数が居ないということだった。それだけ?と問えばそれだけなんてもんじゃない!!とこっぴどく怒られたが…。
部員が一人しかいないせいでこのままだと今月には廃部になるそうだ、それを阻止するべく今日の公演会は開かれたらしい。
「…君ほどの実力者がいながら部員が集まらないって、君よっぽど性格に問題があるの?」
「なっ、ないよ?!ただ、どうしても演劇は難しそう、とか恥ずかしいって意見が多くて、、」
「確かにそれは僕も思う。未経験だしなんの知識もない僕が入ったところで、何が出来ると思う?」
「それは…入ってみないと分からないでしょ?だから、試しにでもいいから!入ってみない?」
気づいたら入部届を渡されていた。
一人でもいいから紙を渡せばこっちのもんだとかなんだとか言っていたが、僕はまだ書くなんて言ってない。
でも、不思議と演劇部という空間に自分が混ざる未来を想像して楽しそうな未来が思い浮かんだ。