【拝啓。永遠に愛す人へ】
書き出しは これで合ってるのかな
まぁ、最初で最期の手紙だから
分からなくて当然だよ、きっと
【通学路の紫陽花がとても綺麗だよ
何色って言うんだっけ。この色。
…紫陽花色でいいか】
『紫陽花の色はひとつじゃないよ?笑』
聞こえるはずが無い声は
いつまでも耳の奥で響いている
このまま 響き続ける声に縋って酔って
溶けて逝ければいいのに。
そう思って目を閉じたら 蘇る
何度 夢に見ただろうか
チャイムの音 少しだけ薫る夏の匂い
言葉には決してできない音
これ以上無いぐらいに幸せなほどの
君の笑顔
何で笑ったの
解ってる気もするけど
それだけが 頭の中を回って
離れてくれない
【あのさ、僕のお弁当の卵焼き
まだ甘いままなんだよ】
僕の苦手な甘い卵焼き
もう食べてくれる人、居ないんだよ
卵焼きを入れなければ済む話なのに
それだけは 絶対に出来ない。
辛くとも 君との想い出に
浸っている時間が幸せだから
独りきりで食べるお弁当は
あまりにも不味すぎて
僕が料理下手になったのかな、
なんてほんの少し笑ってみては
君が 居ないからかな
解り切っている答えに泣きそうになる度
気を紛らすために
僕の苦手な甘い卵焼きを口にして
「…甘っ、」
結局 誰もいない屋上でまた涙する
_そんな日々ともお別れか
そう思えば 少しほんの少しだけ
案外悪くなかったかもしれない
そんな思いがふと湧く
…どこまで書いたんだっけ
考えるばかりで書くのを忘れていた。
「そんなに長々と、書く必要ない…か」
もうすぐでチャイムが鳴る。
思ってることを全部書いたら
時間がそもそも足りない。
それに続きは空で伝えられる。
…キーンコーンカーンコーン…
学校に鳴り響く、終りの合図
最期にひとつ
残しておいた卵焼きを口に放り込む
「…やっぱり甘すぎ」
でも少しは 君の世界が解っただろうか
【最期にさ、あの卵焼き
少しだけ美味しく感じたよ】
【紫陽花、やっぱりもう一度だけ見て
君に綺麗さを伝えたかったな】
嗚呼。解った気がする。
終るその瞬間だけは 世界は何故か
『幸せ』のように感じる
だから笑ったの?
手紙を握りしめて
フェンスの向こう側でそっと微笑む
降りかけの雨の匂いと
微かに薫る紫陽花の匂い
ふたりの少女の物語が 終を告げた