「……マヤッ」
友紀さんが、叫ぶ。
悲痛な声に
私の眉は顰められた。
元気で、いてね
私は、背を押されるがまま
パトカーに乗り込んだ。
【Looking for Myself~分岐にゃん編~第十二話 離別】
友紀さんと……一緒にいたい。
彼の身体に縋ろうとしたその時だ。
「そいつぁ出来ない相談だな」
その声に振り返ると
昼間会った楠木さんが
煙草をふかして立っていた。
「楠木……さん、どうして」
友紀さんの声に答えず
私の元へ歩み寄った楠木さんは
私を見下ろしてこう言った。
「新山まやちゃんだろ」
「え……?なんで、私の、名前……」
「ご両親が心配しているよ」
「え?」
父と母の顔が……脳裏を掠める。
「捜索願届が出されている」
「捜索……願い?……嘘、だよ」
心配するわけがない。
出ていけと言われた。
ずっと学校にいけない私のこと
邪魔だと思っていたはずだった。
今更、何?
こめかみに
玉の汗が浮かんだ。
友紀さんは
私の肩を強く抱き直し
楠木さんに物言った。
「学校へ行けなくなったマヤの話も聞こうとしなかった親です……それどころかきつく当たったと聞きました」
両親のところに居た時の
息苦しさが心を掠める。
何気なく吐露した両親への愚痴を
彼は覚えていてくれた。
友紀さんの脇に
押し付けられた、
耳が聴く、彼の鼓動。
涛々と急く鼓動は
まるで私を追いかけるかのようで
少し、切ない。
楠木さんは
ポケット灰皿で
煙草をもみ消すと
こう、告げた。
「その子は未成年だ。何をするにも親の決定が必要になる。それがどれ程、理不尽でも、だ。お前も刑事だったんだ、わかるだろ」
「……それは、そうですが」
「杉浦。下手したらお前、誘拐罪で逮捕だ。俺もそんな事はしたくない」
誘拐……罪?
友紀、さんが?
彼がいなかったら
私はそれこそ
生命を、落としていたのに。
俄に信じ難い言葉に
彼の横顔を見やる。
友紀さんの眉間には
皺が寄った。
険しい顔だ。
「ちが、違います……っ、私、家出したんです、それで友紀さんの家に置いてもらっていただけで、誘拐なんて、そんなこと……!」
私が思わず、声を張ると
楠木さんは腰を折り
私と目の高さを合わせて息をつく。
「それでも、未成年を成人が家に囲うことがあれば、世間や法の判断は“誘拐”そうなってしまう」
「そんな……」
あまりのことに
声も出ない。
目の前が暗くなる。
雑踏も聴こえない。
周囲の楽しげな笑い声も
遠く聴こえた。
「楠木さん」
苦悶の表情で、彼が呼びかける。
「それでも俺は……、こいつを針のむしろの様な両親の元へ、学校へ帰したくは……ないです」
「冷静になれ、杉浦。お前らしくもない」
厳しい楠木さんの声。
風が、まるで口笛でも吹くように
音を立てて耳元を通り過ぎて行く。
友紀さんは
拳を握りしめ、眼差し強く
楠木さんを見つめると
こんな一言を吐露した。
「楠木さん……俺はもう、後悔したくない」
「……じゃあ、どうするんだ」
諦めに顰められた眉。
への字に曲がった口元。
楠木さんのため息と共に
吐き出された言葉に
友紀さんは私に向き直る。
「マヤ……帰ろう、俺たちの家に」
俺“たち”の家……。
その言葉は彼が見せた、
離れたくない、の
意思表示にさえ聴こえる。
心臓が苦しくなる程
彼が、恋しい。
このまま縋りたい。
一緒に帰りたい。
でも。
楠木さんを見やると
「君は“家”に帰るんだ」
やたら優しくそう言って
手を差し伸べられた。
「マヤ……?」
私は、楠木さんの手のひらに
自らの手を重ねる。
横目に見た友紀さんの
唖然とした顔が胸をじくじくと刺す。
「友紀さん……私、帰るね」
「なん、で」
友紀さんを犯罪者に
するわけにはいかない。
本音を沈黙というオブラートに包んで
私は精一杯の笑顔を友紀さんに向ける。
彼の顔は
まるで、泣き出しそうだった。
うまく笑えていないかな。
そうだよね。
本当はずっと一緒にいたいもん。
「さあ、まずは署にいこうか」
重ねた手を
楠木さんは強く握り締める。
手錠をかけられるより
きっと重たい鎖を施された。
「はい……」
理解のない
あの家に、
帰る……
そう思うと
じんわりと涙が浮かんだ。
「……マヤッ」
友紀さんが、叫ぶ。
悲痛な声に
私の眉は顰められた。
元気で、いてね
私は、背を押されるがまま
重たい一歩を何度も繰り返し
道端にとめられていた
パトカーの後部座席に
楠木さんと共に乗り込んだ。
走り始めたパトカーの車窓に
とりどりのネオンが
尾を引いて駆け抜けていく。
後ろを振り返れば
友紀さんが立ちすくむ姿が
網膜に焼き付いた。
堪えきれず、溢れ出した涙は
呼吸さえも、私から
奪い去っていくようだ。
息が出来ないほど
唇を噛み締めて泣いた。
両手で顔を覆い
泣きじゃくった。
楠木さんは言う。
「辛い決断をさせてしまってすまない」
温かな言葉が胸を尽く。
「よく杉浦を、守ってくれた」
頭をぽん、と一度
叩くように撫でられる。
その手のひらの重みが
彼と重なって私は余計
声をあげて泣き頻った。
ひとひら☘☽・2020-06-19 #幸介 #幸介による小さな物語 #LookingforMyself #LookingforMyself~分岐にゃん編 #刑事 #離別 #サヨナラ #本音 #苦しい #これはきっと雨のせい #独り言 #辛い #恋 #好きな人 #警察 #パトカー #保護 #鼓動 #母 #父 #未成年 #こども #境界線 #誘拐 #誘拐犯 #辛い #幸せ #ポエム
