おやすみ、ミケ
~夢の中でもう一度~
君は本当に猫みたいだった。
ミケはいつだってマイペースで自由気まま。
高い所が好きで簡単に登るし、華麗に降りる。
ふわふわした毛は柔らかくてずっと撫でていたい。
ひなたが好きで気づいたら眠っている。
そんな、女の子、だった。
ミケが交通事故で死んでもうすぐ1ヶ月。
小さな男の子を助けて自分が死んだらしい。
周りにいた人いわく、誰もがダメだと思った瞬間にミケが飛び出して行ったらしい。
その俊敏さはまるで猫だと。
悲しみにくれていた僕にとってその情報はある意味救いだった。
ミケとの出会いは高校3年だった。
僕の学校には映画やドラマで見るような屋上がある。
昼休みになると解放される屋上は見晴らしが良く、夏でも心地良い風が吹く。
僕のお気に入りの場所だった。
でも唯一開けてくれる屋上のドアは定教室からは遠く、いつも人は少ない。
それも僕が好む理由の1つだった。
そんな屋上の1番高いとこでミケは寝ていた。
膝を折り曲げて横向きで丸まってすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
それがミケとの出会い。
それからも屋上でミケと会うことが増えた。
ミルクティー色のふわっとしたくせっ毛。
ダボッとした白のカーディガン。
声は鈴のように綺麗で、体は子猫のように小さい。
気だるそうなタレ目は笑うとくしゃっとしてなくなる。
新しいミケを見る度にミケの存在は膨れ上がり、いつからか恋焦がれていた。
卒業式の日、告白した。
無事、志望校に受かった僕がミケと会うのは最後だ。
最後だから想いを伝えたかった。
“好きな人と同じ大学行くの大変だった。”
そう言ってミケは僕と同じ大学の合格通知をひらひらとした。
こうしてミケは僕の恋人になった。
ミケと行くデートは決まって公園だった。
大きな公園に出かけ、手を繋いでただ散歩する。
疲れたらベンチか芝生に座ってお喋りしたり、昼寝したり。
夕焼けが街を飲み込んだらそこで現地解散。
そんな穏やかなデートもミケとなら楽しかった。
むしろ満たされていく自分がいた。
2人で暮らすことになった時、部屋探しに苦労した。
“ベランダが広い所”という条件は建築構造上からなのか、純粋に人気からなのか、値段が張った。
結局、予算より3万高い家賃のアパートにはとても見晴らしのいいベランダがついていた。
それからベランダは2人のデートスポットの1つになった。
春には桜を見ながら昼寝するのが好きだった。
夏は近くの川で水遊びしてゴロゴロした。
秋には美味しいものを食べてそのまま眠った。
冬はこたつで寝て風邪ひいた。
夜には僕の手の中にすっぽり収まって寝るミケ。
“ハルの隣が1番落ち着くし、寝れる…”
そう言いながら夢の中へ入っていくミケ。
たまにふふっと寝ながら笑う。
その夢の中に僕はいるのだろうか。
寝ることが大好きでいつも急に眠るから、たまに
“本当に起きるのか”
なんて心配して。
“明日起きたらいなかったりして”
なんて思うから、眠ることを諦める日があることをミケは知らない。
いつからか僕の生活はミケ中心で回ってて。
だから今、ミケを失って僕は生きたくなくなってしまっている。
ミケの大好物を作れば帰ってくる気がして2人分作ってしまう。
ベランダに出ればミケが眠ってる気がして探してしまう。
公園に行けばミケに会える気がして1人でミケの面影を辿ってしまう。
ミケ、ミケ、ミケ。
何をするにもミケで、僕はまだミケのいない世界に馴染めていない。
“どうしようか。ミケ。”
ボソッ呟いた声は公園の熱気にかき消された。
ベンチにうな垂れる僕の前に小さな影が現れた。
ニャー
まるで僕に同情するように子猫は僕の足に擦り寄った。
薄い色素の毛並みがミケのミルクティー色の髪の毛によく似ている子猫だった。
周りに親や仲間がいる気配はなく、飼い主が居そうな感じもしない。
“おまえ、独りか?”
撫でながら問いてみた。
もちろん返事が帰ってくるはずもない。
変わりに子猫は喉を鳴らした。
“帰るとこはあるのか?”
そう聞くと子猫は僕の手をかわし、草むらに入った。
ついて行くと草むらの奥に段ボール箱が置いてあった。
可愛がってあげてください。
その言葉から捨てられたことが容易に想像できる。
“ああ、おまえ、独りになったのか。”
僕は子猫に同情した。
いや、僕自身にしたのかもしれない。
いつしかミケも猫を飼いたいと言っていた。
そのためにペット可のアパートにした。
今この場にミケが居れば即決で飼うと言い切るだろう。
僕は子猫を抱き上げた。
“帰ろうか、ミケ。”
ミケは鈴のような声で鳴いた。