「結月、外だよ」
「うん、何ヶ月ぶりだろー」
外だ。
私は肺いっぱいに
新鮮な空気を取り込んだ。
朗らかな香り。
その傍らには縁。
互いの手は
互いの手の中にある。
最高に幸せ。
生きてる。
弾む鼓動がそんな事を
再認識させてくれた。
【surgicalmask~第三話 生きる】
「結月っ」
いつもの様に病室のドアが引かれて
縁はぴょこんと顔を覗かせる。
途端に、唖然と口を開いた。
私はくるんっ、とステップを踏み
その場で一回りしてみる。
「へへ、どう?」
その日の為に
お姉ちゃんに頼んだ服。
本当は初デートの時に着ていた、
白いワンピースを着たかったけれど
痩せてしまった私の体では
せっかくのかわいいワンピースが
不格好に見えてしまう。
だから似たようなワンピースを
新しく買ってもらった。
レース生地の
フリルのついたロングワンピース
ちょっと、ドレスみたい。
いつものニット帽じゃ合わないから
この日のためにブラウンのボブカット
ウィッグを用意してもらった。
少しでも元気に見えるように
少しでも可愛いと思ってもらえるように
たくさん、背伸びした。
「ちょー…かわい」
「ほんと!?」
「マジマジ!すっげえきれいだよ、結月。ウェディングドレスかと思った!」
ウェディングドレス
その言葉に、胸が高鳴った。
良かった
マスクをしていてもわかる。
笑顔の縁を感じる。
だって、今日は
縁の誕生日。特別な日。
「結月ちゃん、体調はどう?」
縁と二人で
出かける準備をしていると
看護師の咲良さんが病室を覗いた。
縁は眉間いっぱいに皺をためて
私の顔をしげしげと見つめる。
「もう、縁も咲良さんも心配症だなっ、大丈夫!元気っ」
大袈裟なくらい声を張り上げて
小さいけれど
二の腕に筋肉の山を作ってみせる。
咲良さんはケラケラと一笑すると
縁の肩を勢いよく叩いた。
「体調悪くなったらすぐに病電話してね、彼氏くんも頼むよ」
「はい、任せて下さい!」
胸を拳で叩いた縁は
思ったより力が入りすぎたみたい。
すごい勢いで咳き込む縁を見つめて
私は眉を下げて微笑んだ。
「大丈夫?」
噎せる縁の肩に手を宛てがうと
縁の潤む目が細まる。
「いつもと、逆だな」
「へへー、今日は私が縁の世話焼くよ」
「結月がー?出来んのー?」
「出来る…はずっ。今日は調子いいんだもん」
私は舞い上がってた。
久しぶりのデート。
つい最近まで抗癌剤の副作用で
体の免疫力が無くなってた。
そんな時に
誰かの咳ひとつで
風邪になんか
かかったら命とり。
だからずっと
病室で退屈な毎日を
過ごしてた。
院内学級もあったけれど
数える程しかいけていない。
縁とデートがしたくて
何度も何度も外出許可を
もらおうと先生に交渉したけど
OKをもらっても
前日に熱を出したり
風邪気味だったり
そんな理由から入院して以来
一度もデートの実現はしていなかった。
それなのに
縁の誕生日に
まさか外出許可が降りるなんて。
やっぱり神様は見てるんだ。
頑張った甲斐があった。
心の中は喜びに跳ね回ってる。
「縁、いこっ!」
「うん、行こう結月」
私たちは手のひらを取り合って
声を弾ませ、病院を後にした。
青い空が眩しい。
額に翳した手のひらから
漏れ来る日光の輝きが嬉しい。
「結月、外だよ」
「うん、何ヶ月ぶりだろー」
外だ。
私は肺いっぱいに
新鮮な空気を取り込んだ。
朗らかな香り。
その傍らには縁。
互いの手は
互いの手の中にある。
最高に幸せ。
生きてる。
弾む鼓動がそんな事を
再認識させてくれた。
病院前に止まっていたタクシーに
乗り込んですぐ私は縁に聞く。
「ねえ、縁、良かったの?」
「ん?何が?」
「デートの行先…せっかくの縁の誕生日なのに、遊園地なんて、私の行きたいところ、選んでくれたみたい…」
「えー?なんで?俺だって遊園地行きたいじゃん、だってさっ、」
だってさ
その次に続く言の葉
期待が膨らんだ。
もしかして
覚えてくれてる?
「俺たちの初デートの場所じゃん」
「…覚えてたの?」
「あったりまえだろ?忘れるわけないし!」
縁はマスクの向こう側で笑いながら
私の肩を抱き寄せる。
心臓が、うるさい。
「結月、大丈夫?」
「うん、平気」
「今日は楽しもうな」
「うんっ」
縁、今日はいっぱい笑ってね。
マスクの中でだって構わない。
二人でひとつ
笑顔になれたら
きっとこれからも私たち
幸せでいられるよね。
さあ、縁とのデートの始まりだ。
目の前には
大きな観覧車が聳えていた。
【surgicalmask~第三話 生きる(終)】