蝶番・2025-02-21
sketch*
diary*
遠くの屋根をさざなむ
まばゆい金色の波
ちらちらと囀ずる葉の揺らぎ
風の行方をわたしはじっと見ている
やっと一区切り
春の準備を終え
新しい始まりを待つ
前夜、ささやかな祝祭を
人のまばらな午後3時
レタスにきゅうり
ミニトマト、ハム
ツナ缶とパンをかごに入れ
何を作るか
どんな役柄か
もしかしたら明日の予定も
想像できるようなステロタイプ
小さく笑みがこぼれる
ストライプの雲が
気軽に縁取りした空
この気分こそがいかにもステロタイプなのは
幸福な呪いとしておこうか、今日は
倍速で同じ日々を繰り返す
目まぐるしく息もつけず
思考する隙間をなんとかこじ開けると
八月はもうそこ
そうは言ってもスライドする指
代わりを探すその目は多分がらんどう
長く終わりを夢想してきても
いざ目の前にすると恐れが立つ
経験してみないとわからなかったことが
これから年々続いていくのだろう
振り落とされないよう
飲み込まれないよう
己を叱咤し赦しながら歩を進める
どれだけ心は鍛えられるだろう
これを成長期と言わずして何と言うのだ
風を避けると歩くのは朝になる
ようやく散歩する時間が取れ
足を延ばした先には
数年前に切り倒されたカブトムシの森
真っ平らになっていた場所に林立する枯れ木で
新たな林が作られていたと知った
つくしを探しながら歩を進める
なずな、ホトケノザ、オオイヌノフグリ…
蕾を開こうとしているタンポポひとつ
お目当ての垂直はまだのようだ
遠くから人声
遅れて打球の音が響く
頬に当たる感触で
風速も測れるようになった
限界値であることを確認し踵を返す
車も増え始めた
ピピートゥトゥトゥ
行きに聞こえた
特徴的な鳥の鳴き声はもうない
朝と午前の境目は七時半というところか
水仙、クリスマスローズ…と
家々の植栽を冷やかしながら
帰途につくマスク越しの鼻先に
くっきりと甘い香りが絡む
思わず振り返ると
沈丁花が裏庭にひっそりと佇んでいた
白い花房を前に足が止まる
香りが姿より先に現れるのは
沈丁花にくちなし、金木犀…
どれも季節を知らせる花だ
鋭角的な香りに愁いを含む
そのイメージは、先日足跡を消した
美しい人を思い浮かばせた
はっきりと漂う甘い香りが
手では決してつかめぬように
春の別れはいつもより物悲しく
うずうずと胸を絞る
不意に初夏めいた風に背を押され
離れる瞬間わたしは目を閉じた
光、声、ぬくもり、香り…
たくさんの星が彼女の上に降りしきらんことを
中空の光、耀う
潔く風は吹き抜けて
春は、もうそこに立っている
重たい湿気に絡みつかれ
思考はまるで保てない
でも嫌じゃない
ぬるい気だるさは笑みを含んで
ほどかれる原色の花
束の間の光を浴び
窓を一つずつ開けていく
家中に風を通す
自分をコントロールできている
ささやかな積み重ねが
心を平らかにする
決してまじわらないと思っていた世界に
今、触れている
今日も日が暮れる
群青と緋色のグラデーション
やっとやっとやっと
年末の仕事が終わった
規則正しい生活は尊いけれど
ペースを乱してでも走り出さないと
跳べないことも多い
怠惰なわたしに
いつの間にか降り注ぐ月煌々
太陽が起きる前に歩く
継ぎ目に油を注したように
なめらかになる身体
今日は左手 明日は右手
少しずつ変化をつけ
律しながら朗らかなエチュード
秒針よりも速くこぼれ落ちる日々に
親愛なるものに囲まれたい欲求と
すべては無に帰すのに、という脱力感が
左に振れ右に振れ
同じくらいの力で引っ張り合い
均衡を保つのを眺めている
困ったような呆れたような顔で
悪いことと最悪は防げた安堵が
次から次へと押し寄せて
気持ちが追いつかないまま手を上げる
ただ眺めるように
でも足は止めない
そして整理のつかない部屋に
グレーの海面がさざ波立つ
ゆっくりと静かに
気持ちを乗せない灰面が
わたしを無音でなでていた
いつまでも続くとは思ってなかった
ほら、ね
懐かしいくらいの暗転
この足を止めたら
動けなくなる
もう一度 もう一度
って、何回立ち上がればいいの
今は目が開いてても何も見えない