同じ夕焼けを・2024-04-02
夕顔の背中
夕顔の背中
14/50
グラウンドの
反対側から
女子生徒の笑い声が
聞こえてくる
楽しげなその声に
キミの声はない
様子は見えないが
なんとなく分かる
キミは活発な生徒が
笑いあっている脇で
声を出すことなく
笑顔で愛おしそうに
みんなの姿を眺めている
キミはしっかりした
自分を持っている
だからキミは
みんなの中で一番心地良い
立ち位置と振る舞いを
心得ている
キミの充実した
高校生活は自分で
作り上げている
小さくても
かよわくても
足元はしっかりとしている
夕顔の背中
4/50
始業式に続いて
ホームルームがある
新学期なら
担任の先生にも
興味を持つのだけど
今のボクには
もはや自分しか
見えていない
先生の言っていることも
全く頭に入らない
ボクの頭は
自分が支配している
夕顔の背中
19/50
エアコンが効き始めて
ボクは微睡んできた
夢と現実の境界にいる
そんな気分だった
そうしている間に
眠りについていた
寝ている間は
全ての苦しみから
解放された
せめてもの救いだった
苦しくて眠れなかったり
目を覚ますことはない
ただ目が覚めた時
苦しみが癒えているのか
継続しているのか
予測はつかなかった
だからこそこの苦しみから
意識を支配者されている
苦しみの正体や治療法は
全く分からない
ただ苦しみから抜け出せる
唯一の手段は眠ることだけだった
夕顔の背中
17/50
中間テスト最終日の
6月はじめ
とても暑い日だった
テストの出来は
ひどいものだった
それでもテストの日に
休むことがないだけで
安心出来た
学校の帰り道
容赦なく日が照りつける
高い日差しと
梅雨入り前とは
思えないような
乾いた空気が
ボクのこころを
焼こうとしているようだ
なんとか駅まで
たどり着こう
気持ちを強く持って
歩を進める
しかしボクは勝てなかった
激しい嘔気が込み上げた
夕顔の背中
11/50
体の不調は一週間続いた
もうこんなことを
何度繰り返しただろう
一進一退を続けている間も
季節は進んでいた
よく晴れた日は
屋根瓦から陽炎が
揺らめいていた
今日は体育がある
しばらく見学ばかりだった
でも今日は
出席することにした
このまま見学を続けたら
もう体育が出来なくなる
そんな不安感に
悩まされていたからだった
グラウンドは日射しが
照り返して眩しかった
吹く風が心地良かった
この風がボクの苦しみを
消し去ってくれることを
期待するほどに
ボクの気持ちは
落ち着いていた
夕顔の背中
22/50
翌日は学校へ行った
気分は優れなかったけど
梅雨入りを告げる
どんよりした空が
自分に合っていたので
外に出たい気分だった
学校に着いて
席に座ろうとすると
様子が違った
隣の席の生徒も違う
どうやら昨日
席替えがあったようだ
ボクの席を確認したら
窓側の後方だった
席に着くなり
ぼんやりと曇り空を
見上げていた
前後と隣に
誰が座っているか
気になることもないほど
ボクは自分と曇天しか
見えていなかった
そのはずだった
キミが席に着くまでは
夕顔の背中
15/50
四月は体調が良くない日が
少なかった
このまま体調が戻ることを
期待するほどに
穏やかで暖かな
季節だった
ゴールデンウィークが明けると
体調が思わしくない日が
増えて来た
学校も何日か休んだ
自分の体を元に戻すため
せっせと階段を
上っていたのに
一気に転落した気分だった
こうなると
気持ちを維持するだけでも
大変なことだった
夕顔の背中
12/50
授業は短距離走だった
100メートルを走る
全力疾走が出来るのか
少し不安な気持ちになる
いざ走り始めると
思ったように体が動いた
100メートルを走りきり
スタートラインに戻る途中
少し気分が悪くなった
これ以上無理してはいけない
ボクはそう判断して
それ以後は
見学することにした
走り高跳びのマットに
横たわって休息する
日差しを受けたマットは
日干しした布団のように
温かかった
その温もりで
気分は落ち着いて来た
夕顔の背中
25/50
そんなキミが
ボクの斜め前にいる
自然と意識は
そちらに向かう
近くで見ると
夏服に衣替えに
なったことも相まって
か弱さが際立った
そんなキミは
悔いのない高校生活を
送るために
しっかりと勉学に
励んでいた
正しく言うと
勉強をすることが
キミには当然のことで
テストの結果は
日々の積み重ねを
チェックする作業でしか
なかったのだ
尊敬すべき日常だけど
一生で3年間だけの
高校生活を
勉強以外に楽しみは
しないのかと
思ってしまうのだった
夕顔の背中
21/50
月曜日になり
かかりつけの病院で
診察を受けた
一昨日の一部始終を
話したけど
急に暑くなったから
陽気にあたったのだろう
そう診断されて
様子を診ることとなった
思い返すと
この症状が出たのは
今年一月の終わり
初めはすぐに治る
そう信じていた
しかし症状は変わらない
それどころか
ボクの不安を増大させた
いくつかの病院を
受診したけど
体に何も異常は
みられなかった
だから治療法はない
あるのは絶望感だけだった
夕顔の背中
16/50
中間テストを控えた
五月の終わり
体調は戻りつつあった
梅雨の走りだろうか
雨を降らせない
暗い色の雲が
空を覆っていた
その雲から
吹き出されたような
湿気を帯びた風が
体を撫でる
風は草や木の葉の薫りを
飽和状態に含んで
呼吸をすると
乾いたこころが
少し安らいだ
夕顔の背中
30/50
普段目立たないボクが
大袈裟な態度をとったので
クラスの注目を浴びた
そしてキミもボクを
見つめていた
その眼差しは
ボクを祝福するようだった
負けて悔しとか
憎いといった
見苦しい感情は
全くなかった
だからキミに
勝ってしまったという
悪いことをしたという
感情が起こった
キミを励ますつもりなら
他の方法もあっただろう
でもそれは
取り越し苦労だった
もう一人の100点は
キミだったから
夕顔の背中
18/50
もうこれ以上
歩くことは出来ない
ボクはすぐ近くの雑貨屋に
救いを求めた
お店の人は
ボクを客間で
休ませてくれた
ボクの家にも
連絡を取ってくれたけど
誰も電話に出なかったようだ
ボクはソファで
横たわっていた
もう未来が閉ざされた気分で
お店の人の親切心に
感謝することも忘れていた
夕顔の背中
26/50
ボクの考えは
違っているのではないか
そう思う出来事があった
キミが髪型を変えたのだった
初めは後ろ髪を
束ねるといった
シンプルなものだった
暑いから束ねている
そう思っていたけど
キミはいろいろな髪型に
結うようになった
好奇心からか
異性を意識してか
分からないけど
普通の女子高生なんだと
そう感じたボクは
キミに惹かれるようになった
夕顔の背中
9/50
体調の優れた日が
三日続いた
一応ボクも大学進学は
考えいるので
今日は受験勉強を
することにした
参考書を開いて
読み始める
でも全く集中出来ない
問題を解く手順が
整理出来ない
頭が混乱しているのが分かる
でも対処法が分からない
参考書を閉じて
頭を抱える
身体的な症状は出なくても
精神は正常ではなかった
まだ四月だからと
焦るのは止めた